決戦前に
北大陸の南端にある聖域。地平一文字の陣にて復活を遂げたタイラーだが、その姿は神というべきものではなかった。
彼はエルフの姿をしている。依り代であったリルという少女の身体を借りたままの姿で顕現していた。
「タイラー様……でしょうか?」
全員を呑み込んだかと思われた地平一文字の陣であったけれど、約束通りにペターパイだけは見逃されていた。まだ役に立つと判断されたのか、彼は今も生を残している。
「残念ながら地平一文字の陣は完全に機能しなかった。本来ならこの娘の魂ごと昇華する予定であったが、不完全な術式行使のせいで肉体と魂が残ってしまったようだ」
「そうであれば問題ないのでしょうか? これから天界へ向かわれるのですよね?」
予定では依り代とした肉体は残らないはずであった。また神という存在には肉体など不要。よってタイラーは完全な復活を遂げられたわけではないらしい。
「魂と肉体を完全に取り込める時を待つしかない。天界へ向かうのに魂や肉体は重すぎるのだ。輪廻に還るのとはまるで異なる。何しろ神は魂すら持たぬ存在。神格とは魂の昇華であり、天神となるには肉体と魂の全てを昇華させねばならない」
タイラーが神について語る。地上に生きる者たちは肉体という入れ物に魂を宿す。しかしながら、天界に存在する神たちは魂すら持たないという。
「精神値の高いエルフを依り代としたことが裏目に出た。まあしかし、エルフでなければ千年という時を生きられぬ。地平一文字の陣であったことを考慮すれば、成功したといえるだろう」
魂どころか肉体をも残していたけれど、タイラーは成功したという。この顕現は想定内であったらしい。
「贄とした魂は全て取り込めている。私を神と仰ぐ者たち。急速に神格は高まった。あとは肉体と魂が溶けていくだけ。そのとき私は完全な天神となるだろう」
失敗だと思われた地平一文字の陣であったが、どうやら時間がかかるだけのようだ。時間さえあれば、タイラーは完全なる神としてアストラル世界に存在できるらしい。
「であれば、計画はどれくらい延期されるのでしょうか?」
「一ヶ月。その程度であると思われる。半神化状態においては徐々に溶け込ますしかできぬのだ。そのうち私の身体は淡く消えゆく。完全に失われたときこそ、魂の完全昇華となるはずだ」
地平の楽園の計画。それはタイラーがアストラル世界の主神となることであった。穢れた世界を浄化するため、彼はディーテに代わってアストラル世界に君臨するつもりである。
再び大地に足を付けたタイラー。北から南へ真っ直ぐに伸びた地平線を眺めている。地平一文字の陣は直線上にあった全てを破壊し、大地から盛り上がるものを消し去っていた。
満足げに声を上げる。タイラーはようやくと訪れたこの機会に声を昂ぶらせていた。
「千年の時を経て、私の願いは叶おうとしている」――――と。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
俺たちが聖域を目指して南下してから二週間が経とうとしていた。
途中に世界の狭間があったけれど、二度目のニルヴァーナにて海と接続したため、完全な大河となっている。標高のない内陸部では船での移動が可能となっていた。
とはいえ、簡単ではない。馬車をアイテムボックスに収納し、馬を無理矢理に小舟へと乗せて渡らねばならなかったのだ。
「天界の情報が入らないのはきついな……」
魔王化した俺は寵愛による通信どころか、今やステータスすら確認できなくなっていた。復活したタイラーがどうなっているのか、少しも分からない現状には焦りすら覚えてしまう。
『婿殿、タイラーは南におるぞ。感じないか? 奴の魔力波を。忌々しい光の魔素で構成された強大な力を……』
そう言われると俺にも感じ取れた。魔王化の影響だろうか。光属性に対して敏感になっているように思う。
「この感覚がそうなのか。俺も一端の魔王になって来たじゃねぇか?」
『ふはは、よいよい! 妾は楽しくなって来たのじゃ!』
もう全員が俺の未来を知っている。邪神を討伐したのちに浄化されること。ヒナの手によって、この世から去って行くことを。
一蓮托生であるイーサはどうしてか駄々をこねることなく了承していた。俺の死は明確に彼女の死でもあったというのに。
『婿殿、地獄巡りは楽しみじゃな? ハネムーンに相応しいスポットじゃ』
「タイラーも道連れにしてやるんだぞ? 二人きりで逝くのは勘弁だ。地獄へと旅立つのは絶対にタイラーを含めた三つの魂でなければならない」
俺は勝っても負けても地獄行き。地獄という行き先など実際には存在しないのだが、天に還られぬというのならば、そこは地獄だろうという話だ。
『分かっておる! ようやく現世から旅立てるのじゃ。しかも生涯を共に過ごすと誓った相手と一緒。少しばかり浮かれたとて仕方ないじゃろう?』
ニシシと笑うイーサ。彼女は千年も悪霊として現世に留まった。しかしながら、もう既に未練などないように語っている。
「クリエス殿、貴方様は死にたいのですか? まるで悲愴感がありません。もしも邪神とやらを討伐したのなら、女神様も考え直してくださるはず。私には貴方様が邪悪な存在だとは思えないのです。たとえジョブが魔王だとしても……」
エルサさんはまだ天界の決定に不満があるようだ。詳しい経緯は伝え終えていたのだが、世界に生きる人々が理解できる話ではないらしい。
「エルサさん、天界の決定は何もゴリ押しではありません。魔王の魂を消去することは決まりごとなんです。今は問題なかったとしても、いつ闇に呑まれるのか分からない。もし仮に俺が問題なかったとして、俺の魂は転生後に再び魔王となる可能性があるからです」
「いやしかし、クリエス殿の余生まで奪うなんて殺生です。しかもお嬢様に殺めさせるなんて……」
俺たちの感情を知るエルサさんには天界の決定など受け入れられるものではない。
俺は一応、ヒナの想い人である。俺が失われるだけでなく、俺を殺める者にヒナを指名した女神様の考えなど彼女が理解できるはずもなかった。
「俺はヒナによって送られたい。だからそれは喜ばしいこと。黄泉路も一人じゃありませんし、何も怖くはありません。邪神タイラーを討伐することが俺の望みです。今はそれだけしか考えられません」
俺の話にエルサさんは嘆息している。
本当に大丈夫なのに。俺は貴方が考えるほど立派な人間じゃない。前世は女性関係で刺し殺され、今世は魔王になってしまった。普通の生活を送るアストラル世界の人々とはまるで違うのです。どうしようもない煩悩まみれの聖職者なのですから。
「あと決戦の場までエルサさんを連れて行くわけにはなりません。貴方を守る余裕などありませんし、相手は邪神ですから」
「いえ、お供します。私は覚悟を決めておりますから。守ってもらう必要はありませんし、見届けさせてください!」
エルサさんは折れなかった。最後の最後でパーティーから外されることを彼女は望まない。世界を救った魔王の最後まで見届けるつもりらしい。
エルサさんの懇願に俺は溜め息を漏らす。最後の時、ヒナには彼女が必要だと思う。俺自身を無に還したヒナが冷静でいられるはずもなかったからだ。
「必ず距離は取ってください。それ以上の譲歩はできませんので……」
「もちろんです。結末が変わらないのであれば、私にはパーティーメンバーとして見届ける義務がございます。世界を救った心優しき魔王の一部始終を後世へと伝えるためにも……」
エルサさんの決意は固いようだ。
納得のいかない結末が確定的な未来だとして、俺という魔王が世界を救った事実を記憶したいのだという。人知れず消失するのではなく、言葉にして俺という存在をアストラル世界に残したいのだと語る。
「ならば邪神タイラーに挑みましょう。地平線の向こう側に世界の敵がいる……」
頷く俺が言った。
エルサさんの話は望んでもいないことであるけれど、彼女の心遣いを嬉しく思う。
もう失うものは何もない。人生さえも尽きる運命なのだ。死を受け入れた俺にとって、恐れるものなど何一つなかった。
願わくば、この命の代償としてアストラル世界に平穏が訪れることを期待している。邪神がこの世を去り、再びアストラル世界に女神の加護があるようにと……。
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