最後の祈り
セントリーズをあとにした俺たち。三週間をかけてデスメタリア山の麓まで到着していた。
問題ごとの予感がある聖都ネオシュバルツは華麗にスルーし、真っ直ぐに進んだ結果である。
街道の果て。そこにはディーテ様の石像が設置されていた。悪い気の堪りやすいデスメタリア山に光の加護があるようにと建てられたものだろう。
「クリエス様、わたくしは最後のお祈りをしておきます。ご一緒されますか?」
ヒナが聞いた。長く信用されていなかったヒナは未だ加護が昇格していない。これより先に状況を聞いたりできないのだ。ここは天界の方針や世界の情報を聞いておくべきである。
「ああいや、なんつか俺は近寄れん。どうにも恐ろしく感じてしまう」
今や俺のメインジョブは魔王だからな。サブジョブであった頃は何も感じなかったのだけど、メインジョブになったからか、聖堂や聖像に対して得も言われぬ恐怖心を感じている。
「そうですか。ならば、わたくしが代理で聞いておきますね」
言ってヒナだけが馬車を降りる。天界の方針を聞いておこうと。
このときはまだ強くなることしか考えずに済んでいた。北のオーブを破壊し、制約を遂げることだけしかないのだと、俺たちは考えていたというのに。
◇ ◇ ◇
北大陸の南端。見渡す限りの岩峰であり、不毛の地であるそこは本来なら誰も寄りつかない場所であったはず。けれど、今は一万という人間がそこに集っている。
「さあ、祈りを捧げるのだ! これよりタイラー様が神として顕現なされる!」
岩峰にある祠。そこは聖域と呼ばれるタイラーの魂が眠る場所だ。従って集まったのは地平の楽園の信徒たちであり、僧兵も含めた一万という生け贄である。
ペターパイ教皇の話に信徒たちは祈りを捧げた。彼らは疑いを持っていない。神として復活するタイラーが世界を安寧に導くのだと。邪神として復活するだなんて思いもしていなかった。
全員が熱心に祈ると聖域が輝きを帯びていく。その様子は神々しいものであり、信徒たちの期待を自然と煽っている。長く迫害を受けた歴史がここに終わるのだと。
どこからともなく声が聞こえた。これまで信徒たちが一度も聞いたことがない神の声。姿こそ見えなかったけれど、誰しもがタイラー神の声であると分かった。
『これより降臨の儀を始める――――』
◇ ◇ ◇
ディーテ様の像に祈りを捧げるわたくしは目を瞑り一心に願っていました。ここでも顕現してくれるようにと。
しかしながら、わたくしは祈りを止めてしまう。なぜなら唐突に地面が揺れ始めたからです。
「地震!?」
そういえば転生してから地震は経験していませんわね。イーサ様が放った強大な魔法で大地が割れたときくらいですの。大精霊によって自然が管理されるアストラル世界において、自然発生的な地震は起きないのかもしれません。
刹那にデスメタリア山が噴火しました。地震と噴火に関連性があるのは明らかであったものの、それが大自然の驚異であることを否定する事象も同時に発生しています。
「どうなっていますの!?」
デスメタリア山の北側から天へと突き刺さるような光の柱が延びていたのです。神々しいその輝きは膨れ上がったあと、南に向かって閃光を走らせている。
視線を向けると南にも同じような光柱がありました。加えて、北部へと向かって閃光が迸っており、その二つの輝きはぶつかるように伸びています。
まるで意味不明な事象だったのですが、一瞬のあと理解できました。
なぜなら北大陸の南側に集約する輝きは、その一点で強大な力となっていたのです。あらゆる全ての力が集められているかのよう。戦闘勘のない人間でさえ、畏怖するような強大な力を感じずにはいられません。
「邪神が……復活した?」
そうだとしか思えない。北のオーブと南のオーブが結ぶ点。そこには聖域と呼ばれる祠があるみたい。東西のオーブを破壊したというのに、北と南だけで術式が発動したのだと思えてなりません。
刹那に北のオーブがある場所から強大な稲光が南に向けて発せられる。それはデスメタリア山を貫通し、一直線に聖域へと突き進んで行く。
途中に存在した全てを薙ぎ払い、閃光が走った場所にあった全ては整地されたように何も残りませんでした
「ヒナ!?」
「問題ありません。ですが……」
これから北のオーブを破壊する予定でした。オーブの守護者を倒してレベルアップする予定であったのです。三週間を要してここまで来たというのに、達成する前に全てが終わっています。
クリエス様は唇を噛んでおられます。彼にも現状が理解できたことでしょう。
オーブの守護者はわたくしの命を繋ぎ止める存在であったはず。しかし、強大な術式は守護者をも取り込んだと考えるべきです。何しろ、その術式はイーサが放ったニルヴァーナの威力を遥かに超えていたのですから。
「ヒナ、ディーテ様と連絡を。天界の見解を聞くしかない」
現状では主神様を頼るしかありません。使徒の一存で決めるわけにはなりませんでした。
頷いたわたくしは再びディーテ様の像へと跪き、祈りを捧げている。
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