四神
再び小舟に乗り、俺たちは目的地であるタワワ岩礁へと到着していた。割と陸から近い場所であり、時間を要することなく辿り着いている。
「魔王さん、あそこから上陸できそうです!」
冗談なのか本気なのかパリカは俺のことを魔王と呼んでいる。間違ってはいないのだが、元聖職者として魔王と呼ばれるのは心外でもあった。
タワワ岩礁は沖に突き出た岩山の連なり。海面に顔を出した岩山の中に一際大きなものがある。よく見ると進入できる洞窟があり、それが海底火山まで繋がっているのだと思われた。
パリカが見つけた場所に上陸。幾つか岩を飛び越える必要があったけれど、全員が難なく洞窟のある岩礁へと到達している。
どうしてか荒い息を吐くのは俺だった。一番の手練れであったというのに、誰よりも苦痛に顔を歪めている。
「クリエス様……?」
「近付くな、ヒナ!!」
心配したヒナには悪いと思ってる。でもな、近付かないでくれ。こんな今も俺は込み上げる衝動に抗っていたのだから。
「すまん……。性欲がやべぇんだわ……」
無尽蔵に湧き立つ精力は半端ない。リング(絶)を遙かに凌ぐものだった。ただ割とムラがあるらしく、今は抑え込むのに苦労する周期だと思う。
『婿殿、じゃから娘ッ子で解消しろと言ったじゃろ?』
「るせぇ。俺はヒナに迷惑をかけたくねぇんだ……」
俺は怖かった。ヒナと結ばれることは転生前からの望みであったけれど、一度タガが外れるともう抑え込めそうになかったから。魔王ケンタがそうであったように、ヒナが死ぬまで行為を続けてしまうのではないかと。
「クリエス様、わたくしが必要なら構いません。婚前交渉とかお気になさらず。天界でお話しましたように、わたくしは最初からその覚悟をしておりますから」
「ヒナ、黙っててくれ。集中できない……」
俺は大きく息を吸って、気持ちを落ち着かせる。海を眺めては煩悩を抑え込もうとしていた。
「お嬢様、婚前交渉とか聞き捨てならない話が聞こえましたが? 絶対になりませんよ? 私はお嬢様の護衛。純潔は守ってくださいまし」
エルサさんはヒナの話から状況を把握している。俺の精力が増強され、性欲が溢れ出していること。その解消にヒナを使うかどうかという話なのだと。
「エルサに言われたくないわ……」
さりとてヒナは不満そうだ。俺が苦しんでいるのだから、彼女は助けたいだけのよう。
「独身なのに妊娠して……」
「イカは婚前交渉などではありませんから!」
そもそも妊娠ではないとエルサさん。彼女はイカに寄生されただけだと主張している。
「とにかくクリエス様、わたくしのことはご心配なく。残り少ない人生なのです。わたくしは好きなように生きたいと考えております」
ヒナの話には返す言葉がない。チンチポッポ島では僅かにしかレベルアップできなかったのだ。オーブを守護していたペタンコを討伐できなかったこと。ヒナはその事実を重く受け止めていた。
「もう落ち着いた。行くぞ……」
何とか俺は性欲を抑え込んだ。唇を噛みながらも、真っ先に洞窟へと入っていく。
ただし、ヒナの言葉が心に突き刺さっていた。彼女の手助けをしようと合流を急いだというのに、今のところクラーケン・ガヌーシャを討伐しただけであったのだ。
タワワ岩礁の内部は細い通路のよう。これでは大型の魔物は現れない。魔素が漏れ出す通風口でしかない感じだ。
現れるのは小さく弱い魔物だけである。これならばヒナだけでも対処できるだろう。
「ヒナ……」
俺は溜め息を吐いていた。諦めたような話をしたヒナであるが、魔物と戦う様子は真剣そのものだ。
やはり簡単ではないよな。一度受けた生を諦めるなんてことは……。
ヒナの愛刀デカボイーンもまた切れ味は抜群であった。体力値はともかく戦闘値はスキル効果もあってアストラル世界で無双できるほどだ。よって俺が心配するような場面はまだ訪れない。
「ヒナ、レベルは幾つ上がった?」
強い魔物は少なかったけれど、それでもかなりの数を倒してきたのだ。ある程度は上がったのではないかと考えている。
「4つです……」
上がらないよりマシであったが、期待とは裏腹に僅かなレベルアップでしかない。ヒナはレベル1300に迫ろうとしているのだ。雑魚を幾ら倒したとしてレベルアップなど期待できない。
「やっぱ強敵を倒すしかねぇ……」
ひとえに強敵と言っても数が限られている。災害級以上の魔物が多くいるはずもないのだ。やはりペタンコを無理にでも倒しておくべきであったと思う。今後、ヒナが大幅にレベルアップする機会はあまりないはずだ。
「ここのダンジョンボスは絶対に……」
もしもヒナが大幅にレベルアップするならば、考えられる適切な魔物は二体のみ。オルカプス火山とチンチポッポ島の守護者がいなくなった現状では二体だけしかいない。
残すはタワワ岩礁のダンジョンと、北にあるデスメタリア山のダンジョンだけ。その二つのダンジョンボスは確実にヒナが討伐しなければならない。
「クリエス様、火口が見えてきました!」
山ではなかったタワワ岩礁のダンジョンは意外と浅かったらしい。レベルアップという目的もあった俺たちには残念にも感じるところである。
灼熱の火口を彷徨く。ここもやはりエルサさんとパリカには上階にて待機してもらっている。彼女たちは邪魔になるだけだ。元より生存すらできない火口まで連れてくるなんてできるはずもない。
「主たち、何ようかの?」
オーブを捜す俺たちに声かけがあった。恐らくはダンジョンボス。かつてタイラーが守護者として配置した魔物に違いない。かといって、これまでのダンジョンボスとは異なり、いきなり交戦になることはなかった。
振り返るとそこには巨大な亀がいる。さりとて、竜種ほどの巨躯というわけでもなく、全高にして俺よりも少し高いくらいだった。
「お前がオーブを守るダンジョンボスか?」
不意打ちしてこなかった現状から、一応は理性的なのだろう。ならば戦う前に聞いておこうか。
「ほう、ならば地平十字について知っているようだな? 如何にも儂がダンジョンボス。オーブの守護者たる玄武だ」
「玄武?」
俺は質問を続けた。固有の名を持つ魔物だろうか。亀の魔物は割と種類がいたけれど、玄武は俺の記憶にない名称である。
「如何にも。儂は誇り高き四神の一角。かつては世界の守護者であった。白虎、青龍、朱雀、更には玄武たる儂を合わせて四神だ……」
どうやら玄武は四神という神格持ちであるらしい。思えばタイラーが配置した魔物は全て神格相当であったように思う。精霊から神獣、そして四神。タイラーは言葉巧みにオーブの守護者としてしまったようだ。
「世界を裏切ったってわけだな? ちんけなオーブの守護者に墜ちたってことは……」
恐らく四神とは世界が配置した地神であろう。世界の安寧を願って生み出された神に違いない。
「それは儂のせいではない。全ては青龍が裏切ったからだ。四神は四体でこそバランスが取れておったというのに……」
どうやら四体が合わさり、強大な力を有していたのだという。青龍の裏切りによって、三体となった四神は力を失ってしまったのかもしれない。
「青龍は四神を抜け、竜神となった。儂らが足手纏いであると独立した神になったのだ」
竜神という名は俺も知っている。それは確かイーサが超催婬をかけて倒したという地神の一つであったはず。
「まあ竜神は滅びたようだがな。欲どしい奴に相応しい最後だ……」
まあ確かに。世界に認められた四神とはいえ、スタンドプレイをしたのなら滅びて然るべき。自分を過信した者は往々にしてそうなる運命なのかもしれんな。
玄武が続ける。青龍が四神を抜けた理由について。
「単独ソロライブで儲けようなど笑わせる。青龍が急に脱退したせいで、儂らは解散コンサートすらも開催できなかったのだ。傲慢にも程があるわ……」
何だかよく分からない話になった。俺は眉根を寄せている。
「総選挙でセンターを勝ち取ったくらいでソロ活動とか片腹痛い!!」
「四神ってそういうやつ!?」
目が点になってしまう。まるで理解不能な話だが、世界はその頃からバランスを崩していたのではないかと思う。何しろ四神は世界の安寧に少しも寄与しそうな気がしないのだ。
「儂ら四神はアストラル世界のアイドルであった。青龍のセイに朱雀のスーと白虎のハク。全員が大人気であったわ。もう少しでミリオン神力が貯まろうとしていたのだがな……」
「お前もアイドル神だったのか? 人気グループの……?」
どう考えても亀は人気がなかったと思う。青龍や白虎、朱雀とは見た目の差が激しい。
「当然だろ? 一番人気であったかもしれん。何しろ儂の愛称にだけ敬称がつけられていたほどだ。ファンは儂を手の届くアイドルではなく、神だと崇拝しておったわ」
饒舌に玄武が語る。スーやハク、セイよりも人気があったというアイドル時代の愛称について。
「ゲン爺さんと……」
「お前だけ場違いじゃん!!」
やはり断トツで人気がなかったのだと思われる。ゲン爺さんが足を引っ張っていたから、青龍は脱退したという仮説が考えられた。
「とにかく儂はアイドルとして第一線に残ることに疲れてしもうたのだ……」
「疑わしい第一線だけどな!?」
俺は認識を改めさせようとするも、無駄なことであった。
「儂は超人気アイドルを引退し、普通の亀になりたかった……」
「図々しい亀だな!?」
圧倒的に自己評価が高い。
三人のかませだということに玄武だけが気付いていないようだ。
「儂は一人、ステージにそっとマイクを置いた……」
「誰も見ちゃいねぇから!!」
正直に疲れている。さっさと戦闘を始めたかったというのに。
「まあそれで儂は世界を放浪しておったのだ。タイラーに出会ったのは神力も底を突いた頃であった」
ようやく話が進む。玄武の昔話にタイラーが現れていた。オーブの守護者となる経緯が語られようとしている。
「奴は儂にアイドル復帰を願った。まあしかし、スポットライトの中央にはもう興味がなかったのだ……」
「絶対に見切れてただろ!?」
過度に美化された話である。玄武の身体はスポットライトから確実にズレていたはずなのに。
「あまりにしつこく頼むものでな。仕方ないから、儂は裏方なら引き受けると返答した」
どうやら玄武はタイラーの言霊によって操られたようだ。心にもないアイドル復帰を頼むことで、労せずオーブの守護者としてしまったらしい。
「それでオーブを守っているのか?」
「そうだ。四神は既に解散したのだ。青龍亡き今、復活するなどあり得ん。儂らは四人で四神。シークレットセンターの儂がいたとして、当時の人気には届かん」
「シークレットセンターってなんだ?」
アイドル神文化に疎い俺は問いを返している。シークレットセンターなるものが、どういったものなのかと。
「なんだ? そんなことも知らんのか? フロントセンターは三人の人気投票で決まっておったのじゃが、シークレットセンターは儂で固定されていたんじゃよ。一番人気である儂は総選挙に出る必要がなかったからの……」
語られる四神の活動内容。今度もまた胡散臭い内容を含んでいる。
「儂は明確にリーダーじゃった。何しろメンバーだけでなく、バックバンドの動きをも注視する役目があったからの。シークレットセンターとは儂がリーダーたる由縁なのじゃよ」
饒舌に語る玄武はシークレットセンターについて口にしていく。
「儂はバンドよりも後方にて全体を見ておったのじゃ……」
「ああん、騙されてるぅぅ!!」
どうやら玄武はタイラーだけでなく、四神のメンバーにも良いように扱われていたらしい。
体のいいシークレットセンターという名称を与えられていたが、そこは確実にスポットライト外だ。何しろバックバンドよりも後方に追いやられていたのだから。
「馬鹿をいうな。儂は全員に信頼されていたんじゃ。いつも仲間から掛けられる言葉に責任感を覚えておったわ」
玄武は騙されていたことに気付かない。純粋な彼にとって、この世界は穢れすぎているのかもしれない。
「背中は任せたぞ、とな……」
「ピュアすぎぃぃ!!」
可哀相な玄武。青竜たちが非道な神ではないかと思えてならない。イジメともいえる仕打ちを玄武にしていたのだから。
「まあタイラーに義理はないのだが、引き受けた以上はやり遂げるのが儂の信念だ」
「損な生き方してんなぁ……」
同情してしまうけれど、玄武は倒しておく。俺は決意していた。
どうせ、この亀は生きていたとして誰かに騙されるだけだ。俺は魔王らしく彼を輪廻に戻してやることにしよう。
『婿殿、やる気か?』
「ああ、四神なら問題ねぇ……」
かつてイーサは四神を脱退した青龍を倒したのだ。竜神になった青龍を魔王候補となる前に討伐しているのだから、魔王化した俺であれば玄武に負けるはずがない。
せめてもの情けだ。意味のない役目は終わらせてやる。楽に逝かせてやんよ。
俺は手に入れたばかりのスキルを実行に移していた。
「超催婬ッッ!!」
本作はネット小説大賞に応募中です!
気に入ってもらえましたら、ブックマークと★評価いただけますと嬉しいです!
どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m




