近付く決戦
キュバスに案内され、俺たちは施設へと入る。そこは聞いたままの養殖場。小さな仕切りにあらゆる種族の男女が裸で閉じ込められていた。
思わず目を逸らすヒナとエルサさん。女性陣には見るに堪えない現場であったことだろう。
「キュバス、全員を解放しろ。もうこの施設は必要ない」
「承知いたしました。解放したあとはどうされますか?」
千人以上いると思われる。恐らくは施設で産まれた者も多いはず。しかしながら、全員を連れて歩くわけにはならない。これより俺は魔王候補ケンタと戦うことになるのだから。
「シル、救助隊の要請を頼む」
ここは主神を頼るしかない。シルアンナが駄目であればディーテ様に伝えてもらうだけ。このような施設からはいち早く救出してあげるべきだ。
『了解。でも時間はかかると思う』
直ぐさま脳裏にシルアンナが降臨し、俺に応答していた。とはいえ時間がかかると彼女は話している。
『周辺の国々が壊滅状態だからね。救助隊は南大陸から送ることになる。そこに到着するまで一ヶ月以上かかるかもしれない。食糧の問題はなんとかなる?』
ここで問題が浮上する。救助隊が到着するまで千人からの人間を食べさせなければならない。俺たちはそれなりの食糧を買い込んでいたけれど、一ヶ月という期間を賄うには心許ない量である。しかも、ここは砂漠の真ん中なのだ。食材を見つけるなど不可能に思えた。
「それは何とかする。急いでな?」
『分かった。クリエス、気を付けてね』
急な通信は直ぐさま切断となる。とにかく時間がないのだ。魔王化する前にケンタを討伐したい俺たちは当然のこと、シルアンナも神託を与えて救助隊を求めなければならないのだから。
「さてとキュバス、食糧はどれくらいある? ないとは言わせないぞ……?」
「もちろん備蓄はございますが、魔王候補ケンタが運んでくれなければ、一ヶ月と持たないでしょう。それだけの数がおりますし……」
聞けば魔王候補自ら食糧を運び込んでくれるらしい。北へと向かう前に補充されたのが最後であるようだ。
救助隊が到着するまで、一ヶ月くらいかかるとシルアンナは話していた。よって一日の食事量を減らしたりして調整しなければならない。けれど、救助隊が一ヶ月以上かかる可能性も否定できなかった。
「困ったな……」
手持ちの食糧を置いていくのは難しいな。量はあっても三人分しか持っていない。周辺の街が破壊され尽くしていることを考えると容易に手渡せないと思う。
俺が思案していたそのとき、
「うえぇぇえええぇぇぇっっぷ!!」
エルサさんがイカを産んだ。
その様子に俺はポンと手を叩く。
「そういや無限食糧供給機があったな……」
どこかでエルサさんと別れなければと考えていた。だからこそ俺はここにエルサさんを残しておこうと思う。剣術の心得があるらしいし、護衛としても彼女なら相応しいはずと。
「エルサさんはこの施設に残っていただけますか? 護衛が必要かと思いますし、申し訳ないのですが、彼らには食糧が不足しているのです……」
流石に明言できなかったけれど、伝わったと思う。道中もイカを産むたびに開いて干していたのだ。エルサさんであれば食糧がイカを指すのだと理解できたことだろう。
「承知しました……」
渋々と頷くエルサさん。護衛でもあるという名分は裏に隠された目的を誤魔化すのに最適であった。よって彼女もまた明言を避けて同意している。
「エルサ、たくさん産んでね?」
「お嬢様ァァッ!」
俺たちが明言を避けていたのに、台無しである。せっかく二人共が気を遣った結果だというのに、ヒナの一言はエルサさんを傷つけていた。しかしながら、エルサさんは直ぐさま表情を厳しくし、俺の方を向く。
「クリエス殿、これから魔王候補と戦うのは理解しています。けれど、何卒お嬢様を助けてください。アストラル世界にはお嬢様が必要なのです」
文句ではなく要望であった。天然な毒舌をもらおうとも、彼女はヒナの従者なんだ。自分が足手纏いなのは理解していても、それでもやはり心配なのだと思う。
「任せてください。俺は自分の命よりも、ヒナが大切ですし」
「クリエス様、わたくしは共にありたいと申し上げたはず。犠牲となって欲しいなどと考えておりませんわ」
デレヒナは俺の腕に絡みつくようにして意見した。やはり全員が生き残ってこその世界平和なのだと。天界での約束を果たした今、彼女は次なる目標を立てているらしい。
「それと私がいないからといって、お嬢様に手出しすることのないように願います」
俺は無限に湧き立つ性欲と戦っている最中であるが、一応はずっとイーサが精気を抜いてくれている。よって二人きりになったからといって、一線を越えることはないはずだ。
「分かってます。全部終わってからです。何しろ俺はそれだけが楽しみで転生してきたといっても過言ではありません。ヒナを失うつもりはありませんし、俺自身も未練を残して死ぬつもりはない。自分が悪霊になってしまうなんて、考えたくもありませんしね?」
俺は冗談交じりに返している。ご褒美は世界救済のあとであると。
「貴方様の強さは既に承知しております。必ずや魔王候補を討伐してくださいまし」
エールにも似た話に頷きを返す。ヒナがパーティーに加わったことで、能力値は半減しているけれど、魔王候補相手にダメージが入らないとは考えていない。
何しろ神格を持つ邪神竜ナーガラージに圧倒できたのだ。半減したとして、俺は充分に戦えると考えている。
「世界に安寧をもたらせてください。お嬢様を連れて必ず戻ってきてくださいまし」
エルサさんの要望は俺も望んでいることだ。絶対にとは言えないけれど、彼女を安心させるための言葉が必要かと思う。
俺は少しばかり考えてから、エルサさんに返答するのだった。
必ずや二人して戻ります――――と。
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