8-聖導騎士団本部へ
「こふっ……あぁ、相変わらず、ふざけた野郎だ……
神秘をかき消さねば、相手にもならんか……」
ケルミスに軽く捻り潰された怪物は、折れ曲がった4本の腕を持ち上げながらフラフラと立ち上がる。
それの腕はどれも何度も折れ曲がった針金のようで、へこまされた顔も落としたケーキのようにぐちゃくちゃだ。
しかし、それでもあまりにもタフなそれは、変わらず深淵のような深い瞳には輝きが宿っていた。
すると、自己肯定感がこれでもかというほどに上がっているケルミスは、高らかに笑いながら再び腕を振るう。
「クク、フッハハハハ!! ハハハハハ!!」
「ガペッ……!?」
当然、既に腕がひしゃげている怪物に抵抗する力はない。
4本とも動かすことすらままならないため、防御すらできずに胴体を打ち抜かれ、遥か彼方へと吹き飛ばしてしまった。
「フハハハハ、さらばだ悪魔よ!!
軽い運動くらいにはなったぞ、褒めて遣わす!!
もう我の声は届かないだろうがな、フハハハハ!!」
ケルミスに殴り飛ばされた怪物は、あっという間に姿を消す。3メートルもある巨体が宙を舞うのは異常事態だが、それを起こした彼にとっては他愛もないことだ。
もういなくなった怪物に向かって、ご機嫌に笑いかけていた。それを見た周囲の騎士達は歓声を上げ、連れてきた張本人であるジエンは彼を落ち着かせるべく近寄っていく。
「お疲れ様です、聖騎士長」
「うむ、我が殴ったのだから当然だ」
「そうですね。ですが、流石に疲れて休みたいのでは?」
「いやいや、我に疲れなどないとも」
「まさか。あなたはお体が弱いでしょう? 小柄ですし」
「何? 俺は、小柄……」
戦いは終わった。鉄棒をなくしたカストルは、なぜか付近の建物に頭から刺さり、呆れ顔のユスティーは渋々と彼の足を引っ張っている。
すっかり戻ってきた平穏に、地上の騎士達は団欒ムードだ。
それを屋根の上から見守っていた蜜柑達は、ひょっこり覗かせていた顔を引っ込めながら話し合いを開始する。
『終わったねー、思った以上に強いなぁ聖騎士さん。
特にあの人、なんか存在からして違う感じだよ。
チートキャラかギャグキャラの次元にいる』
「一部よくわからないけど、そうだね。あと、カストルって聖騎士は殺すなと言われてるって言ってたし。不殺が騎士団としての方針なのかも……何度も来てるらしいのに謎だね」
「あのゴリラ聖騎士長も、圧倒してたのに結局吹き飛ばしただけだものね。絶対にまた来るわよ、あの怪物」
彼女達の話題は、聖騎士長の強さとあの怪物を殺さなかった方針についてだ。蜜柑が前世も踏まえてつぶやくと、完全には意味が理解できないながらウィステリア達も同意する。
しっかりと下で行われていたやり取りを聞き、行動の理由や結果を考察している辺り、不参戦で、聖騎士の実力的にこの後も必要ないながらも無視できない事柄のようだった。
ちらりと下の騎士達を見やるウィステリアは、不可解な方針に眉をひそめながら口を開く。
「それでも、彼らは団の方針として不殺を貫くんだろうね。
追ったり捕まえたりするつもりもないみたいだけど、明確な害意があったのに、神は人を守る気がないのかな?」
『ありゃ、そこまで言っちゃう?』
神の座する国の中で、その神である現人神を疑うような発言をするウィステリアに、蜜柑は目をまんまるにする。
彼は最初に蜜柑と出会った時とは違って、随分とはっきりとした物言いだ。
精神的な成長が著しい彼は、驚いた彼女に諫めるように指摘されても構わず続けた。
「だって何度も来てるんでしょう? 見逃す理由がないよ」
『うーん、まぁね』
「だったら、直接に聞いてみない?
ちょうど騎士団長は下にいるんだし!」
敵対も辞さない態度で神に対する疑いを見せるウィステリアに、蜜柑は同意しながらもハラハラとした様子を見せた。
するとガーベラは、明るく強気な提案をする。
騎士団の方針に疑問があるのなら、その最高責任者であると思われる騎士団長に……ちょうど怪物を撃退するために来ていたケルミスに聞けばいいのだ、と。
しかし、それを聞いた蜜柑は、途端に表情を曇らせる。
まだ敵か味方かわからないからではない。
彼があまりにも強かったからでもない。
彼女が表情を曇らせた理由は……
『え、でもあの人……』
「なにかあるの?」
『もう、最初の頼りない感じに戻ってるよ?』
「えー!?」
なにか言いたげにしている蜜柑にガーベラが問いかけると、彼女は困ったように笑いながら地上を見るように促す。
素直に下を覗き込んだガーベラ達が目にしたのは、再び小柄になってジエンに抱えられているケルミスの姿だ。
どうやら自己肯定感が下がってしまったらしく、彼は怪物を殴った腕を引きつらせて嘆いている。
あの状態では気にならなかったようだが、それなりに負担はかかっていたらしい。
頑張って褒めないようにしている騎士達に囲まれて、医者にでも行こうとしていた。
その様子を見たガーベラは、さっきの蜜柑と同じように微妙な表情を浮かべて、ポツリと呟く。
「……うん。なんか、邪魔しちゃいけない雰囲気ね。
けが……しているのかしら?」
『巨大化してたし、肉離れとか筋肉痛とかじゃないかな。
まぁ、それがなくても怯えられそうというかね……』
「たしかに、あまりまともに話してくれなそうだね。
うーん……それなら、いっそのこと騎士団本部に行く?」
『ひゃー、これまた大胆だねー』
ケルミスが再び小柄で内気で弱々しい上に、頼りなく責任感も皆無になっていることを確認すると、ウィステリアは直接騎士団本部に乗り込むことを提案した。
勝ち気なガーベラに影響されたのか、監視されていたことも気にしない強硬策だ。聖人に成ったこともあり、もしも敵対すれば力技で逃げるつもりなのだろう。
蜜柑は呆れたように笑っているが、彼は気負った様子もなく柔らかい表情で話を続ける。
「どうせ仲間になってくれる人を探さなくちゃだし、それなら騎士団に行くのは一石二鳥だよ」
『あはは、それもそうだね。じゃあ行こっか、騎士団本部』
ウィステリアは発案者で、ガーベラはその原案の発案者だ。
唯一ストッパーになっていた蜜柑が納得すれば、他に異を唱える者はいない。
彼女達は地上で騒いでいるケルミス達を尻目に、騎士団本部を目指して羽ばたいていった。
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騒ぎに乗じて純白の翼を広げた蜜柑達は、冷静に避難する人々の意識が向く前に騎士団本部前へと降り立つ。
その建物はやはり他と同じように普通の洋風建築だが、より多くの神秘を秘めており、やや豪華な造りだ。
必要以上に華美ということはないものの、どこぞの神殿のように白塗りの外壁、ところどころに施された装飾品により、美しい城のような様相を見せている。
周囲には当然騎士がいるし、入り口にも左右に扉を守護する騎士が仁王立ちしているので、よりそのような印象が強まっていた。
『……やっぱり大胆すぎじゃないかなー』
威厳に満ち満ちた騎士団本部を前にした蜜柑は、空高くそびえ立つそれを見上げながら呟いた。
初対面の人と話すのが苦手な彼女なので、ここまで立派な場所に突撃するのも気が引けるようだ。
しかし、人材集めにおいても方針についての疑問を聞くことにおいても、最善なのはここに来ることに間違いない。
彼女の2人の友人達は、片やいつも通りに、片やそれに影響されて、強気に彼女を引っ張っていく。
「はいはい。話すのはリアに任せれば良いんだし、さっさと行きましょ! 急ぐに越したことはないんだから!」
「えぇ、ぼくに丸投げするの? 別にいいけどさ……」
「いいならいいじゃない。ほら、行くわよー!」
『うわーん、人多いー……』
聖導騎士団本部へと向かう彼女達は、3人で仲良く手を繋ぎながら守護騎士に挨拶をしようと口を開いた。




