1-邪悪を討つために
『あなた……一体何をしたの?』
クリフォトと対峙していた黒ローブの男が、階段を降りるようにゆっくりと上空から降下してくると、空を見上げていた蜜柑は怯えたように口を開く。
どうやら彼女は、倒れているウィステリア達の看病をガーベラ達に任せて、男達の様子を窺っていたようだ。
クリフォト達が男の指パッチン1つで消え去ったことについて、恐る恐る問いかけていた。
しかし、そんな蜜柑とは対象的に、男はさっきまでと変わらない調子で、ややズレた答えを口にし始める。
「何って……追い払っただけだぜ」
『だから、どうやって』
「指パッチン」
『いや、おかしいでしょ!? 何その指パッチン!?』
彼とクリフォト達の様子を窺っていた蜜柑だが、その現場は遥か上空だ。地上から見上げているだけでは、もちろん詳しい状況などはわからない。
男が敵を追い払った方法がただの指パッチンだと知らされると、ヘラヘラする彼に思いっきりツッコミを入れた。
予想以上に強い彼に恐れを見せていた蜜柑だったが、中身は変わらないことで怯えを忘れたようである。
「何って、俺の指パッチンだ」
『ドヤ顔するなそこぉ!!
口しか見えないのに感情表現豊かすぎか!?』
そんな彼女を見た彼は、口元だけでニヤリと笑いかけながらやや胸を張ってふんぞり返って見せた。顔を反らしているが、それでもどういう訳か顔はフードで見えない。
だが、その体勢や声色、口元だけでもドヤ顔をしていることは想像に難くなく、蜜柑はさらにツッコんだ。
戦闘後とは思えないほど元気な彼女に、男は愉快そうに笑うばかりである。
「はっはっは、よく喋るなぁ。
前回は結構静かにしてたのに、エライ違いだ」
『……初対面じゃないし、あなたにビビってても仕方ないし、そもそもあなたが無茶苦茶すぎて、衝動が抑えられないの』
「衝動……支配欲とか?」
『ツッコミ!!』
蜜柑の言い分を聞いた男は、彼女が自分を押さえつける勢いで声を出しているからか、またもズレた回答をする。
もちろん蜜柑は強くツッコみ、男は腹を抱えて笑い始めた。
これには、まだ意識の戻らないウィステリア達を看病していたガーベラ達も、つい苦笑いを漏らす程だ。
「……まぁ、方法などはこの際どうでもいいです。
助けていただき、ありがとうございました」
男の笑いが収まったのを見ると、アオイは居住まいを正して彼と向き合う。彼女はユウリに膝枕をしながらも、真意を見極めるようにしっかりと彼を見つめていた。
とはいえ、実力的にも関係性的にも、男がそこまで真面目に接する必要はない。ズレたフードを直す彼は、なんてことはない軽い調子で彼女に応じる。
「おう、必要経費だ」
「……金銭や物資などを消費したのですか?」
「いや、精神力。7人も吹き飛ばして疲れた」
「そうですか……まだまだ余力があるように見えますが」
「ほう……なぜそう思う?」
男の発言に首を傾げるアオイを見ると、彼は仰々しい態度で理由を尋ねた。フードを深く被っていることもあり、それっぽく顎に手を当てる彼はどこぞの賢者のようだ。
しかし、もちろんアオイは彼の無駄に芝居がかった態度などまったく気に留めない。おもむろに開いた扇子で風を操り、倒れているウィステリアと添い寝するガーベラの頬を撫でながら、男のフードを揺らす。
「オーラ、雰囲気、脈拍、体温、その他諸々」
「おいおい、風で感知すんのやめろよな。
全身弄られるとか恥ずいじゃねぇか」
「……誤解を生むような発言はやめていただけませんか?
恩人とはいえ、容赦なく殺しますよ」
風を感じたらしい男は、ブルリと体を震わせると感知をやめるようにアオイに要求する。だが、その仕方がよくなかったため、彼女に強く睨まれることになった。
といっても、彼は1人でクリフォト達を退けた強者だ。
もちろんアオイよりも遥かに強く、まるで動じずにニヤリと挑発的に笑いかける。
「ハハッ、殺せるもんならやってみなー」
「無理ですね、格が違います。あなた……なんですか?」
迷いなく殺すと脅したアオイだったが、どうやら彼我の実力差はきちんと理解していたらしい。
諦めたようにため息をつくと、目を伏せながらパタンと扇子を閉じ、風を止める。
その問いに答え始める男は、愉快そうに笑いながら、なぜかまだ風に黒ローブを揺らしていた。
「俺は……そうだなぁ、お前らよりも概念に近い存在だよ」
『どういう意味?』
「そんなんアオイに聞けよ。
そこのお嬢ちゃんは、世界中を嗅ぎ回ってたんだから」
「何ですかその言い方は……」
いまいちよくわからない曖昧な言い方で答える男に、蜜柑が首を傾げると、彼は説明をアオイに丸投げする。
やや棘がある言い方で押し付けられた彼女は、顔をしかめながらも説明を始めた。
「はぁ、概念に近い神秘というのは言葉通り概念に近い存在ですよ。私がこの街にだけ吹く風ならば、彼は風という概念そのものであると言えます。
また、彼らはたった1人でも環境を一変させることが可能で、魔人や聖人のワンランク上の存在として、魔神や聖神と名乗っています。名実ともに神と同等ですが……まぁ結局のところ、特別強いだけの神秘ですよ」
『ほぇ〜……』
すらすらと流れるようなアオイの説明を聞くと、蜜柑は感心したように息を漏らす。
いくら精霊でも、やはりマンダリンに根ざしている彼女と旅をしていたアオイとでは、かなりの知識差があるようだ。
もっとも、蜜柑の場合は過去の科学文明からの転生者であるため、それ以外のこともだいぶ無知であるのだが……
ともかく、蜜柑の疑問は解消され、男は適当に話を切り上げようとし始める。
「ということで、俺は俺だ。満足したか、アオイ?」
「何も聞けてないんですけど……!! それに、なぜ私の名前を知っているのですか? 旅をしていたことも知っていたようですが、あなたと面識ありましたか?」
だが、彼が概念に近い存在……おそらく魔神であるという予想の確認しか取れず、ほとんど自分で解説させられたアオイは納得しない。
クリフォトの討伐依頼を出したこと、名前を知っていること、行動を知っていること、いきなりこの場に現れたこと、どんな神秘なのかなど、彼は変わらず怪しさ満点だ。
扇子を広げこそしないものの、アオイは警戒を緩めずに彼を射抜いていた。男は目を逸らしているような仕草をすると、少ししてからヤケになったように言い連ねていく。
「俺は強い、お前らを助けた、クリフォトを殺したいけど、自分では動けない。それくらいでもう十分だろ?
自分で言うのもなんだが、間違いなく味方だ!
事件は終結したんだから、次行こうぜ次」
「では、とりあえずお名前は?」
「ないんだよっ!! いいだろ俺のことはさぁ!?」
延々と話が逸れ続けることに痺れを切らした男は、続いて名を聞かれてついに爆発する。ローブをバサリと翻しながら、全力で拒否り始めた。
蜜柑はその様子を見て苦笑すると、最初に話を逸した張本人でありながら、何事もなかったかのように応じていく。
『幽霊みたいだし、レイスさんでいいよ。それで次って?』
「お、急に落ち着いたな。聞き分けがいいのはいいことだ」
『殴ってい?』
「殴れるもんなら‥」
『むん!』
だが、男――レイスが上から目線な言葉を投げかけたことで、またも話は横にそれる。ピクリと頬を引きつらせた彼女は、レイスが煽ったことで迷いなくさらりとした拳を握った。
クリフォトの討伐を強制されること、無茶苦茶やって説明は雑なことに加えて上から目線。初対面から、ずっと振り回されっぱなしの彼女には、一切の遠慮がない。しかし……
「ハハッ、そんなんが俺に当たると思うなよ。
じゃなくて、話を進めるぞ小娘共! 静まれい!!」
レイスは幽霊のように身を翻すと、彼女の拳を簡単に躱してしまう。はためくローブには当たっているが、明らかに体は捉えられていなかった。
空振った蜜柑を見て楽しげに笑った彼は、すぐに我に返ると何もない空に翼もなく浮くと、号令をかける。
すると、蜜柑はやれやれといった風に腰を下ろし、アオイは質問をやめる。他の面子は全員寝ているため、ようやく辺りは静まり返った。
「少しあなたを見極めようとしただけじゃないですか。
そんなに探られたくないなら、ここではやめておきます。
少し落ち着いてください」
だが、質問をやめたからといって、レイスについて気にならないということにはならない。
アオイは静かにしてはいるが、彼の神経を逆なでするようなことを平気で呟く。
その言葉を聞いたレイスは、口元しか見えていないながらも、明らかにジト目を彼女に向けていた。
「おい、どこで探るつもりだよ……俺の情報収集能力の凄さはもうわかってるよな? 消されたいのか?」
「……」
「ったく……」
レイスがやや低くなった声で脅すと、アオイは目を逸らして黙り込む。探ることをやめるとは言わない辺り、別れたあとでまた探り始めるつもりのようだ。
しかし、これ以上突っ込むとまたも話が逸れることになるため、彼は諦めたように力なく毒づき、本題に入っていった。
「事件は一旦終わった。これからお前らが選べる道は2つだ。
マンダリンに引っ込むか、依頼を受けてクリフォトの討伐を続けるのか……話はそこからだぜ、ニュービー」
セフィラの主である蜜柑と、頭脳であるアオイ。
多くの仲間が寝ている中、彼女達は正しい決断のために彼の話に耳をそばだてた。




