0-維持という歪
空は青く晴れ渡る。
冬であろうとも恵みを与え、人類をただ維持しようと、雲を吹き飛ばして暖かな光を降り注がせていく。
人々の頭上に浮かんでいるのは、彼らを見守るかのように、絶えず目を光らせている太陽だ。
ここは、この世界の中心であるエリュシオン。
人類の守護者たる現人神――アークレイが座する、この神秘の星にあって、最も人類滅亡とは程遠い国である。
そんな国の都――パノプテスにある石造りの教会では、とある女騎士が聖導教会の聖女と面会をしていた。
「……さて。アークレイ様に面会したい、とのことですが」
至って普通の教会……特別目を引くようなものはなく、特別な素材で作られているということもなく、ただ全体的に不思議と神秘的な雰囲気で包まれた、異質な空間内で。
壁や床、テーブルなどと同じように、神秘的なオーラを放つ神像の前に立っている聖女は、目の前で深くかしずく女騎士に向かって厳かな顔つきで問いかける。
頭を下げている女騎士は、彼女の問いを受けてより深く頭を下げると、ピシッと礼儀正しく言葉を返した。
「はっ、おっしゃる通りでございます」
「……あなた、これで何度目ですか? 以前も直談判をして、認められなかったのでしょう? 無駄だと思いますけど」
迷いのない彼女の返事を聞くと、聖女は先程までとは打って変わり、困ったように頬へ手を添えて確認を取る。
眉をひそめている上に、そっとため息までついているので、これは相当繰り返されているやり取りのようだ。
しかし、何度も何度も聞きに来ているらしい女騎士は、当然まったく揺るがない。
わずかに声のトーンを落としながらも、決して諦めることなく現人神との面会を申し入れていく。
「はっ……それもまたおっしゃる通りでございます。しかし、だからといって見過ごしていいことではありません。
たとえ何度否定されようとも、私は意義を申し立てます」
「シャイターンの討伐……ですか。私としては、あの方が人類存続に影響なしと判断したのなら、異論はないのですが」
「理解はしております。ですが、それは無理に抗議するほどではない、というだけではありませんか?
最善を見るのならば、フィディス様も討伐を選ぶはずです」
現人神への抗議内容を口にする女騎士は、顔を伏せながらも強い光を瞳に宿し、髪の間から正しき熱意を覗かせていた。
聖女――フィディス自身もそう乗り気ではないようだったが、それでも不敬にも彼女の説得しようとする程だ。
「あの暴禍の獣すら撃退のみなのですよ?
聖導騎士団にいる限り、不可能だと思いますけどね……
まぁ、一応は掛け合ってみますが」
内側に入り込んででも直談判の機会を得ようとする彼女に、フィディスは諦めたように弱々しく首を振る。
口では無理だと言っていたが、どこか期待しているような目で神像を見上げていた。
「感謝いたします、フィディス様」
「いえ……あの、結果には期待できませんからね?」
「十分でございます」
女騎士はパッと顔を上げるも、またすぐに深く頭を下げる。
ほんの一瞬だけ見えた顔は、騎士らしく飾り気のないものではあるが、すっと通った鼻筋やきめ細やかな肌が印象的だ。
頬にかかっていた髪の間から見えた表情、顔を上げた勢いで舞い上がった長い栗毛の影響もあり、その姿は花が咲いたかのようだった。
そんな期待や崇敬に溢れる彼女の様子を見たフィディスは、かなり居心地が悪そうに身動ぎしている。
とはいえ、掛け合うと言った以上は下手な仕事などできない。
コホンと1つ咳払いをすると、気を取り直して神像を見上げ、目を閉じて両手を組み、祈りを捧げ始めた。
女騎士が静かに顔を伏せて待機している中、彼女の体からは目を開いていられない程の光が迸る。
"サイエンティフィック・ネットワーク"
フィディスの全身が一際輝くと、教会内は神聖な光に包まれる。もちろん目を傷つけるようなことはなく、その優しい光は窓から溢れ、糸状になって国中へ拡散していった。
ほとんどの糸が向かう先は、現人神が普段座する神殿だ。
しかし、この時代の神とは人が大自然そのもののような神秘に成ったというだけの存在である。
彼らは概念として神ではあるが、人でもあるとも言えるだろう。河川は動かないが、河川の力を宿しただけの人は動く。
現人神が必ず神殿にいるとも限らない。
そのため、光は神殿以外の場所へも積極的に向かっていた。
「……」
「……」
光が国中に散らばったその直後、フィディスは明らかに表情を強張らせていた。
そんな彼女の様子そっと伺う女騎士は、しばらくは催促することなく待っていたものの、やがて痺れを切らすと控えめに口を開く。
「……あの、結果はいかがでしたか?」
「そう、ですね……あの方はもちろん拒否されました。
ですが、問題はそちらではなく……」
彼女に促されたフィディスは、当然怒るようなことはない。
むしろどこか申し訳無さそうにしており、はっきりと断られたことを告げる。
だが、彼女には他にもまだ何か言いたいことがあるようだ。
ふわふわと目を泳がせながら、これ以上ない程言いにくそうに口ごもっていた。
その様子を見た女騎士は、その何かに思い当たったようで、あからさまに顔をしかめながら恐る恐る続きを促していく。
「まさか……?」
「……はい、シャイターンが襲撃してきました。
とても申し訳ないのですが、迎撃をお願いしますか?」
「はぁ……了解しました」
彼女に促されたフィディスが告げたのは、つい先程も話題に上がったシャイターンが襲撃してきたという連絡だ。
現人神との面会を拒否された女騎士だったが、指令を受けると深くため息をつきながらも速やかに立ち上がる。
そしてビシッと敬礼をすると、長い栗毛をふわりとなびかせながらスタスタと入り口に向かっていく。
ここに来た目的を果たせなかったというのに、彼女の表情はなおも凛々しい。
強い光を宿している瞳は、目下に迫った脅威を撃退するという正義に燃え、拒否された過去など振り返っていなかった。
やはり迷いなく入り口に向かい、ピシッと頭を下げてドアを開ける。
頬にかかった髪を払う彼女には、眩い日光が降り注ぐ。
直前まで聖女に会っていたこともあり、正しく世界に祝福された戦乙女のようだ。
しかし、彼女にかけられるのは日差しだけではない。
教会の外に出てきた彼女には、ドアの横で待機していた1人の青年騎士から声がかけられる。
「ユスティー様、結果はいかがでしたか?」
「今回もだめだったよ、ジエン。だが、それよりも……」
「はい、存じております。シャイターンが襲撃してきたと」
開口一番に結果を尋ねてくる青年騎士――ジエンに、女騎士――ユスティーは現在の状況について伝えようとする。
だが、どうやら彼は知っていてなお結果を聞いてきたらしく、彼女は顔をしかめて口をつぐむ。
口をきゅっと結んでいた彼女は、歩みを止めないままむっとしたように文句を言い始めた。
「……だったら、そっちを先に気にしなさいよ」
「いえ、貴方様の願い以上に重要なことなどなく」
「いつも言ってるけど、私はそこまで偉い人間じゃない。
ただの人間だしね。やりにくいからそういうのやめて」
「はっ、了解しました」
ユスティーに態度を改めるように言われたジエンだったが、彼はまったく揺るがない。彼女の文句を真っ向から受け止めたように、変わらず恭しく接していた。
フィディスを崇敬しながらも揺るがないユスティーに、彼女を崇拝しながらも揺るがないジエン。
どこまでも似た者同士の主従である。
「フィディス様の気持ちもわかるってものだね。
だとしても、聖人様と気安く話すのは……うーん」
フィディスの心情に思いを馳せる彼女は、うんうん唸りながら土煙が立ち昇っている辺りを目指して行った。




