28-世界の調律者
「よう。久しぶりだなぁ、クリフォト。
随分とまぁヤンチャしてんじゃねぇか」
ボロボロの仲間達を守る蜜柑は、クリフォトの視線が自分に向いていないことに気が付き、背後の空を振り返る。
すると、そこに浮かんでいたのはマンダリンにいきなり現れた人物。
蜜柑達にクリフォトの伐採を依頼した、口元しか見えないくらいに深くフードを被る、黒ローブの怪しい男だった。
しかも、彼は空を飛んでいるというより、何もない空に浮かんでいる。まるでそこに見えない椅子でもあるかのように、空に腰を下ろして足を組んでいた。
いつだかのエリスと同じく、実に唐突な出現だ。
だが、他の何よりも蜜柑を驚かせ、思わず口をついて出たのはそんなことではなく……
『ちょっと、なんであなたこんなとこにいるの!?
私の本体を守ってくれるって話だったじゃん!?』
「依頼はどうした?」ということだった。
もちろん、その問いには「なんでこんなところにいるのか」という問いもあり、唐突な出現についても含まれるだろう。
しかし、より重要で彼女の心を占めていたのは「本体を守るという話はどうした?」という部分だ。
口ぶりからおそらく味方で、明らかに劣勢だった現在、救援に来てくれること自体はとてもありがたいことではある。
だが、本体を守る人物がいるということは、彼女的にはより重要なことだと言えた。
蜜柑は木の精霊であり、本体はマンダリンにあるみかんの木なのだ。意識がない木に手を出されたらひとたまりもない。
そのため、彼女の遠出には本体の護衛が必須であり、何日もかけてここまで来た蜜柑と同じように彼がここにいることは、何よりも先に問い詰めなければいけないこと。
蜜柑が食い気味に詰問するのも、仕方がなかった。
しかし、伐採と護衛の話を出した黒ローブの男本人は、そこまで重要だとは思っていないらしい。
フードで蜜柑を見ているのか定かではないが、幽霊のように近づきながら、至極どうでも良さそうに口を開く。
「なんでって、そりゃここにいるからいるんだろうがよ。
他に理由なんてあると思うか?」
『だからそれがなんでって話でしょ!? あんたが私の本体を守るってことで、私がここまで来たんだから!!』
「……あぁ、なるほど! そっちな!
いや、俺は今もお前の本体をちゃんと守ってるぞ?」
蜜柑が自分の本体を守ってもらうという部分を強調すると、彼はようやく言いたいことを理解したようだ。
呑気なことに、左手のひらで右の拳を包み込むような形で手をポンっと打ち鳴らし、大きくうなずきながら首を傾げる。
『はぁ!? ここにいて守れるハズないじゃん!?』
「いやいや、守れるんだって! 俺さっきまでマンダリンにいたからな? お前らよりも速く移動できるんだよ俺は」
ここにいるというのに、今も守っているなどと宣う男。
蜜柑は堪らず男へ噛み付いていくが、嘘か本当か、彼は実際にさっきまでマンダリンにいたと言い始めた。
騙してまで伐採依頼をする理由はないし、彼もまた神秘であるのだから速いと言われればそちらの方が信じられる。
それを聞いた蜜柑は一気に声を落としていき、むしろ引いたように眉をひそめていた。
『え、さっきまでいたって速すぎない……?』
「だから速いって言ってんだろ?
あいつ追い払ったらすぐ帰るから、まぁ待ってろよ」
『ちょっ、追い払うの? 伐採が依頼なんじゃ‥』
「だってお前ら勝てねぇじゃねぇか。戦力増やせ」
「う……」
依頼とは真逆の行動に蜜柑はさらに戸惑いを深めるも、男はぞんざいな態度で言い放つ。
実際に2倍の戦力差となっている蜜柑達なので、もちろん彼女は反論できずに口をつぐんでいた。
だが、彼女はすぐに気を取り直すと、自分達が及ばないことを受け入れた上で依頼を放り投げる。
『だったらもう、あなたが自分で討伐してよ。
全員を追い払えるくらい強いんでしょ?』
「……俺が手を出すのはよろしくねーんだよ。
下手したらルール違反だ。俺にできるのは、こうやって助けたり道を示すだけ。あとはけがを……
いや、まぁとりあえず追い払ってくるわ」
蜜柑の言葉を否定した男は、黒ローブらしくそのまま闇に紛れるように空気に溶けていく。
ローブが広がっているように錯覚してしまう動きは、実体がないかのようにまるで捉えどころがない。
実際にどうなのかは謎だが、全身から血を流して倒れているウィステリアとユウリに覆いかぶさるように闇が広がると、流れるように空へ昇っていった。
周囲が暗いことも相まって、その動きはまさに幽霊だ。
近くで揺蕩うローブを感じた蜜柑達は、思わずといった様子で身をすくめている。
「きゃ……!? あの人、毎回こうなのね」
『うわっ、ゾクッとする! やだなぁ……』
「ですが、ウィルとユウリさんのけがが少し治りましたよ。
流石に腕が生えたりはしていませんが……斬られた傷は」
「本当ねっ! 墜落の時も庇ってもらっちゃったんだけど、ちゃんと意識は戻るかしら……?」
朧気に飛翔していく彼を見上げて顔をしかめていた彼女達は、アオイの言葉でパッと下を見る。
すると、目に映ったのはピエロに斬られた傷や、美女に殴り抉られた傷が回復している家族の姿だ。
ホッとしたように頬を緩める彼女達は、クリフォトのことはきっと大丈夫だと任せて彼らの看病を始めた。
~~~~~~~~~~
亡霊は太陽の去った夜を飛ぶ。
ウィステリア達に覆い被さった後は、その体積を一気に縮めて邪悪の元へ。
ジッと待ち続けていたクリフォトと対面した。
彼らは男と戦うつもりはないのか、クリフォト本人から眷属に至るまでほぼ全員が動かない。
新入り2人のうち、フュイールと違って自ら事件を起こしていくペオルは騒いでいるが、それもリデーレに睨まれればすぐに大人しくなる。
蜜柑達の遥か上空では、幽霊のように姿が曖昧な男と漆黒の翼を羽ばたかせるクリファ達が、静かに睨み合う。
しばらく黙り込んでいた彼らだったが、やがてクリフォトは澄ました表情を浮かべると、穏やかな声色で言葉を紡いでいく。
『……私としては、特にヤンチャしているつもりはないんですけどね、お義父さん。性に従うのは悪ですか?
私は自らの機能に疑いなど持っていません。
私は、こうあるものです。あなた方の望み通りでしょう?』
ようやく口を開いた彼が投げかけるのは、男が空にやってきた時の呼びかけに対する返事だ。
翼もなく、風を吹かせるでもなく、なぜか浮いている幽霊のような男は、その言葉を受けて不満げに鼻を鳴らす。
彼の顔はフードで隠れており、口元だけしか見えないのだが、不思議と目には力が入っているように感じられた。
その感覚通り、彼は硬い声で強く意思表示をする。
「俺の意志をお前が決めるな。それはあの女の意志だ。
俺は穏健派でね、実は世界平和を願ってる」
『ははは、私に嘘は通用しませんよ。あなたも彼女のように死にたいと願っているし、世界を滅ぼしたいという衝動がある。だからこそ、私はこうあるのです』
男がすぐさま否定しても、クリフォトは澄ました表情でその否定を否定する。どうやら嘘というのはある程度本当らしく、彼もそれ以上は食い下がらない。
さっきの言葉が嘘であるということ、クリフォトに指摘された願いや衝動があることなどは否定せず、しかし明確に彼を拒絶した。
「そうだとしても、俺の望む形じゃあねぇな。
歪な形で人の願いを踏みにじるな、邪悪な死の大樹」
義父と呼んだ男に拒絶されたクリフォトだったが、それでも彼の澄まし顔は崩れない。
いくつもの世界を内包したような瞳だけを爛々と輝かせて、美しくも邪悪に微笑みかける。
『はっはっは、下心があって育てたのはあなたでしょう?
いくら義母に横取りされたからといって、その事実は変わらない。あなたは私に強さを望んだ、あなたを滅ぼせるだけの機能を持たせようとした。多少軌道はズレても、結局は同じことですよ。あなたも、邪悪だ……!!』
――パチン
段々と狂喜的な笑みを浮かべながら、なおも言葉を紡いでいくクリフォトに、男は黙って指を鳴らす。
世界中に響き渡りそうなその音色は、この神秘の星の美しさを象徴するかのように幻想的だ。
月を映す水面のように世界を震わせると、気がついた瞬間にはもうクリフォト達は影も形もない。
彼らを追い払うと宣言した幽霊のような男は、指パッチン1つで敵を消し去ってしまっていた。
「この世界は綺麗だ。そうじゃないといけねぇ。
だから……泥に塗れた失敗作は処分だ、クリフォト。
セフィロトが最後まで育つのを、首長くして待ってな」
誰もいなくなった虚空に向かって呟くと、男は何もない空の上で、階段を降りるかのように降下を始める。
依然口元以外をフードで隠し、だが明らかにスッキリしたような足取りで、一段ずつ高度を下げながら。
嘘か本当か、幻か現実か、取り繕っているのか本物なのか。
何もかも偽物のようで、ただクリフォトの討伐を望むという事実だけを引っ提げて、男は蜜柑達に笑いかける。
「さて、これで一件落着だな。
アオイが追っていた事件はこれにて終幕だ」
戦いが終わった後の夜空には、未だ禍々しい星が輝いていた。




