26-神秘の否定
神秘の消失が始まる少し前。
まだ蜜柑がクリフォトと戦いながらも対話をしていた頃。
それぞれ、輝かしい氷のドレスと神の如き炎の鎧を身に纏うウィステリアとガーベラは、リデーレを見捨てざるを得なかったセファールを全力で攻め立てていた。
「くっ、チョロチョロと鬱陶しいわねッ……!!」
純白の翼で天空を飛ぶ彼らは、2対1という状況でありながらも、決して油断せずにヒット&アウェイを繰り返す。
相手は武器を持たないセファールなので、見た目的には氷剣と炎剣を持つ彼らが有利だと言えるだろう。
しかし、セファールは今までの貯蓄によって凄まじい怪力を持っているので、決して油断はできない。
ウィステリアとガーベラが交互に、より隙を生み出すような立ち回りでの必勝を狙っていた。
それも、ウィステリアの生み出した太陽、その光を反射する氷星を上手く活用して、目を潰しながらという徹底ぶりだ。
「当たり前でしょう? だって、私達は他のみんなも助けないといけないんだものっ!」
「これを卑怯と言うかな、セファール?
でも、ぼくの誓いは正々堂々じゃない。守ることだから。
たとえ卑怯と罵られても、容赦はしないよ……!!」
彼女のぼやきに言葉を返すも、その合間合間に彼らは交互に襲いかかる。縦横斜め、前後左右問わずにあらゆる方向から斬撃を浴びせかける様は、まさに炎と氷の乱舞だ。
絶世の美女であるセファールに対して、リデーレを倒した十字切りが何度も花のように咲く光景は、神秘的と言えた。
とはいえ、2人の神秘相手にいいようにやられている彼女も、神秘であることに変わりない。
彼らの襲い来る順番、タイミングなどを冷静に見計らって、今まで貯蓄してきた筋力を込めた拳を振るう。
"リベレ"
狙いはガーベラ。ウィステリアが背後から斬撃を放ったあとを選んで、前方から来る彼女を迎え撃つ。
彼女はウィステリアよりも弱いため、迎撃する相手としてはこの場で最も適しているだろう。
事実、セファールの繰り出した拳は見事に彼女の剣を捉え、それを叩き割ると同時に彼女の体をわずかに掠った。
片手に握っていた武器を失い、攻撃を避けて体を曲げていた彼女は、バランスを崩してキリキリと落下していく。
「きゃ……!?」
「連携が崩せれば、あなた達なんて怖くないわッ……!!」
「でも、視野が狭まってもいるよ!」
「ッ……!!」
体勢を立て直そうとするガーベラを追撃するセファールだが、もちろんそれを許すウィステリアではない。
炎で加速することで、目にも止まらぬ速さで接近し、彼女を肩から腰まで斬ってしまう。
"エコノミー"
しかし、一度仲間からけがを吸収したセファールだ。
パッと血の花を咲かせながらも、すぐさまその損傷を貪欲に自らのものとして吸収し始める。
胴体を縦に横断した切り傷はみるみる消えていき、その周囲どころか手足にまで舞った炎は彼女に溶けていく。
切り傷も火傷も、炎自体も、既に貪欲な彼女のものだった。
さらには……
"アントルギフト"
すぐに離脱していたウィステリアに片手を伸ばした彼女は、リデーレにすべてのけがを返したように、彼に今吸い取ったけがを与え始めた。
リデーレとは違って条件なしに、だが代わりに相手から何かを得ることもなく、ただ貯蓄を開放する。
それはとてもギフトとは思えないながらも、たしかに絶世の美女からの贈り物。彼は問答無用にその貯蓄をぶつけられると、わずかに体勢を崩してしまう。
「お馬鹿さんね。
余裕さえあれば、そんなもの問題にならないのよ!」
「こっちを見なさい、セファール!!」
「……!?」
身構える間もなく斬撃や火傷に見舞われた彼に、追い打ちをかけようと翼を広げるセファール。
だが、彼女の動きを察したガーベラが大声で呼ばわることで、彼女の意識は彼から逸れることになる。
「恵みの雨はやまないわっ! 氷星が反射し増幅させた太陽光は、さらに複雑に折れ曲がる!」
セファールが目線だけガーベラに向けると、その先には再び生み出した氷の剣を向ける彼女がいた。
しかも、その先端にはウィステリアの太陽を凝縮した輝きが宿っており、背後に浮かぶ氷星にもその数十倍もの熱が秘められている。
ウィステリアのけがを癒やす雨――プルウィア・ブレッシングも、一部は太陽に蒸発しているが、一部は凍りついて熱を宿しているという有様だ。
これには堪らずセファールも体の向きを変え、腕をクロスさせることで彼女の放つ熱光線への防御態勢をとる。
セファールが防御態勢を取ったことで、彼女とウィステリアとの距離はどんどん開いていく。確実に彼を巻き込むことはないと判断できた瞬間、ガーベラは氷に乱反射していた熱の光線を放った。
"ソルグラディウス"
熱線の射出元は、彼女の握る氷剣、背後に浮かぶ氷星、雨が凍りついた氷粒と数え切れない程だ。
それが雨あられとセファールに向かって降り注ぐ。
とはいえ、その雨もすべて一定の大きさという訳ではない。
当然、氷が大きければ大きい程内側に籠もった熱量も大きくなる。
背後に浮かぶ氷星からは大河のように太い熱線が、辺り一帯を舞っている氷粒からは、水滴のように細かい熱線がそれぞれ放たれていく。
しかも、氷星以外の熱線は雨に反射することで軌道を変化させるので、もう無茶苦茶だ。避ける隙などなく、濁流のような熱線がセファールを直撃した。
「ウィル、大丈夫!?」
「うん、ありがとう。けど、あれはこの程度じゃ倒せない。
上のクリフォトも不穏だし、星をぶつけるよ……!」
「オッケー!!」
熱線は間違いなくセファールに直撃した。
だが、彼女の強さを信じているウィステリアが油断することはない。
飛んできたガーベラに警告すると、直前までセファールがいた辺りを睨みながら右手を掲げる。
彼の言葉に応じる彼女も同様に、2人はそれぞれ、太陽と氷星を操って人影の浮かぶ空へ放つ。
"バニッシュメント・デスフレア"
"セレスティアル・アイシームーン"
炎と氷の2つの星は、容赦なく空を昇る。
空を焼き、凍てつかせ、空間を食い破る勢いで宇宙を目指していく。空に浮かぶ人影に動きはない。
太陽と氷星はみるみるうちに空を飲み込み、微動だにしないその人影を挟み込むように炸裂した。
かのように、思われたのだが……
「ッ……!? またこの黒い膜が……!!」
「えぇっ!? 何よこれ!?」
ちょうどその瞬間、空から降り注ぐクリフォトの黒い波動が彼らを包み込み、制御を失った太陽と氷星は人影に激突する前に解けてしまう。
炎と氷、相反する2つの物質は正常な反応を示し、挟み込もうとしていた人影を中心に上昇気流になっていた。
当然それ自体にもパワーはあるだろうが、殺すために凝縮していたものが分裂したのだから、威力は落ちる。
また、風で吹き飛ばせるとしても、焼くことや凍てつかせることに比べれば殺意が低いので、成果は期待できなかった。
「翼が消えて……!?」
「ベラっ……!!」
そしてもちろん、またもウィステリア達の神秘はかき消える。炎や氷の制御どころか、背中に生えていた翼も消えてしまい、彼らはただの人間として落下していく。
ウィステリアのせめてもの足掻きは、どうにかガーベラに手を伸ばして抱き寄せるだけだった。
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ベルゼブュートと戦うアオイ達は、彼とディアボロスの能力――思考力の鈍化と人格破壊に最新の注意を払いながら、空を舞う。
彼はピエロながらもずば抜けた剣技を持っているため、彼女達の戦いは基本的には距離を取りながら、風と破壊の粒子を操る形での遠距離戦法だ。
だが、ベルゼブュートはふざけた見た目に反して戦い慣れしているらしく、風も破壊の粒子も軽々と受け流していた。
「……ナゼ、こうモ劣勢にナル? 理解不能……」
無感情ながらも不可解そうに呟くユウリは、風の補助を受けながら破壊したものを操る。
その形状は、人間と同じくらいの大きさがある巨大な剣。
ベルゼブュートの武器が剣だからか、地面や木々などを剣の形にして、弓矢のように放っていく。
"カタストロフ・クラフト-ソード"
狙いは接近してくるベルゼブュート、そして離れた位置から人格に影響を及ぼしてくるディアボロスだ。
彼らの距離は数十メートル近く離れており、すぐには助けられないだろう。少しでも隙を作るべく、彼は容赦なく棒立ちのディアボロスに襲いかかる。
「だーかーらー、意味ないって言いようろうがー!
愉快な動きになっちもうよ! まぁいつも通りっちゅうか、あいつが笑うてくれるなら本望なんやけどな」
しかし、見た目は愉快なピエロであるはずのベルゼブュートは、そんな攻撃ものともしない。
懐から取り出したボール状爆弾を投げて爆破し、単純に飛び回って斬り落とし、すべての剣を防ぎ切ってしまった。
どこか曲芸じみたところこそあるのだが、その動きは明らかに武人のそれである。完全に防がれ、なおも接近してくる彼を見ると、流石のユウリも微かに顔をしかめていた。
もちろん、破壊したものはユウリの支配下にある。
斬られたところで、破壊したもの=破壊と定義しているのだから、普通ならまた操ることが可能だった。だが……
"サイレンスオペレーション"
今彼が戦っている相手は、ベルゼブュート。
思考を遅くする呪いの力を持つ魔人だ。
流石に全ては無理でも、斬ったもの……つまりは触れたものを操る思考を止めることで、一度斬った量子の剣を制御不能にしていく。もちろん、アオイの風も同様である。
ピエロらしく長剣、双剣、ナイフとコロコロ入れ替わる彼の武器だったが、どんな武器でも簡単に受け流されていた。
無傷で舞踏のように空中を跳ね回る彼は、風を器用に使いながら回転し、おそらく無意識に変顔をして接近する。
「アッハッハ! おぅおぅ、あんたら曲芸に向いてるんとちがう? 演出派手やから、あいつも笑いそうじゃろ? あ、ばってん君ら良か人たいなぁ。……ま、そんなら今踊れや」
「うるせぇ……デスネ。踊りタきゃア1人デやれ……デスヨ」
思わずビビってしまうようなピエロ顔が至近距離まで来ると、ユウリは無表情ながらやや荒々しく吐き捨てる。
彼の人格は破壊されているはずなのだが、流石に彼を相手にすると、欠片しか残らない感情でも刺激されるようだ。
派手なクラウンメイク、無自覚に煽るような表情、ふざけた口調だというのに、2人を軽々といなすだけの実力まであるのだから無理もない。
両手の破壊粒子をビキビキと組み換え、殺傷力の高い尖った爪を作ると、目の前に迫った道化に繰り出す。
"破壊爪"
「んじゃ、そうすっか」
「……!?」
しかし、その爪がベルゼブュートに当たることはなく。
急に脱力して体勢を低くする彼は、道化らしく流れるような動きでユウリの下を通り抜け、爪は虚空を裂くことになる。
ユウリは自らの翼を破壊して背後に追撃するも、その時にはもう彼はいない。いきなりどうしたのか、ピエロは遥か上空で嗤っていた。
「いきナリ何デ‥」
「ユウリさん、上っ……!!」
「……!?」
ユウリはディアボロスを警戒しながら、ゆっくりと視線を持ち上げる。だが、いち早く異変を察したのはアオイであり、彼は彼女の声を聞いて慌てて空を見上げた。
すると、そこにあったのは黒いカーテンのように降りてくるクリフォトの黒い波動だ。それは彼らよりも上を吹いていた風を散らし、神秘をかき消しながら迫ってくる。
「……ふむ、ワタシの神秘もかき消されるな。
ただの人間に戻れば、落下死もできるだろうか?」
「あなたはこんな時でもっ……!!」
同じくその波動を見たディアボロスは、無感情に死を呟く。
対抗策のないアオイ達も、そんな彼共々神秘をかき消され、地上に落下していった。




