23-氷炎の貯え
ついに蜜柑達がランジャへとやって来ていた頃、ガーベラがクリフォトを任せて仲間の加勢に来ようとする少し前。
リデーレの生み出した爆炎を突き破り、彼女との本日2度目の決着をつけようとしていたウィステリアは、背後から急襲してきたセファールと激突していた。
「くっ……!? いくら神秘だといっても、見た目と筋力がまるで釣り合っていないよ、お姉さん……!!」
いきなり彼女に殴り飛ばされたウィステリアは、リデーレから離れていく形で横方向に吹き飛ばされていく。
彼女と同じ神秘であり、やはり同じく人並み外れた身体能力を得ているにも関わらず、だ。
いくら彼が隙を突かれたとはいえ、これは明らかに普通ではない。痺れる腕を振る彼は、痛みにうめきながら驚愕していた。
「うっふふふ。あなたが華奢過ぎるだけじゃなくって?」
「たしかにぼくは、男らしくないけど……」
「あら、あなた男の子なのね。華奢で可愛らしいわ〜」
「……」
彼が男の子だと聞いたセファールは、追い打ちをかけるように接近しながら、なぜか嬉しそうに口角を上げる。
絶世の美女である彼女に、誰よりも女らしいとも言える彼女にまでそう言われたウィステリアは、微妙な表情で黙り込んでしまっていた。
聖人に成っても、結局スカートやタイツなどの女の子らしい服装をしている辺り、自分がそう見られることは受け入れているだろう。
しかし、同じように華奢な見た目の相手に力負けすること、そんな相手にまで可愛らしいと煽られることなどは別らしい。
腕力と同じように、同じ翼による飛行とは思えない程にずば抜けたスピードで接近してきた彼女を、彼は真正面から受け止める。
「まぁ、今は見る影もないのだけれど……
この戦いが終わって傷を治せば、また美しいでしょう。
だから、あなたはほしいわ。持ち帰ってあげる」
「お断り……するよ。ぼくにはもう、大事な人がいるからね」
「あら、残念。この街の男の子は、みんな私を拒絶するんですわねっ……!!」
「っ……!!」
とはいえ、事実としてセファールの腕力は、ウィステリアが踏みとどまれない程だ。さっきとは違って奇襲ではなかったが、やはりウィステリアは簡単に殴り飛ばされてしまう。
彼女は一応、リデーレの加勢としてこの場に現れている。
だというのに、いくら彼が満身創痍とはいえ、彼女との共闘ではなく1人で彼を圧倒するのは無茶苦茶だとしか言えない。
再び吹き飛ばされていくウィステリアは、特に残念などとは思っていなさそうなセファールを見上げて思考を巡らせていた。
(はぁ、はぁ……!! この怪力、どうなっているんだろう……!?
取引、人格崩壊、醜悪……他の3人とは違って、概念系ではない直接的な戦闘に使える能力……? でも、触れずにアオの人格を壊したのがディアボロスなら、触れるのが彼女のはず……
なぜか味方の治療もしてたし、もう意味がわからない……!!)
彼がこの街で存在を確認したのは、3種類の事件だ。
その元凶はどれもが、彼の炎、アオイの風とは違って目には見えない不確かな概念的な神秘である。
クリフォト襲来前に戦った相手に当てはめると、現在彼らの近くでガヤを入れているリデーレが取引、二種類あった人格崩壊のうち触れない方がディアボロス、ユウリに破壊されて地上で痙攣しているクズが醜悪だろう。
また、彼らが確認していた神秘はその3人に加えて、現在彼の目の前で見た目にそぐわない怪力を披露している絶世の美女――セファールもいた。
消去法的に、触れる方の人格崩壊はセファールの能力ということになる。そうなると、この怪力は自前のものということになるのだが……
「ありえ、ないっ……!!」
たしかに華奢で女の子らしい彼だったが、それは現在対峙しているセファールも同じこと。
むしろ、実は男性だなんてこともない本当の女性で、圧倒的な美貌を持つ美女である彼女の細腕に吹き飛ばされているというのは、明らかに異常だった。
つまるところ、セファールの能力が人格を崩壊させる類のもの、という彼らの分析が間違っているとしか考えられない。
どうにか体勢を整えたウィステリアは、思考を能力看破へと切り替えて、再び接近してきたセファールに向き合う。
「何がありえないのかしら? 自分が押されていること?
手足が無くても勝てるとでも思っていた?
あなた、案外自信過剰なのね」
「っ……!!」
"すべてを取り込む欲"
流石に今度は筋力でなく、炎で応戦しようと祝福を使っていたウィステリアだったが、彼女に妖艶な微笑みを向けられると、いきなり体勢を崩して地上に落ちていく。
彼のまぶたは閉じていない。気絶や眠りによる意識昏倒ではないにも関わらず、彼は為す術もなく落ちていた。
しかし、ベルゼブュートの影響下にはいないので、思考への影響は0だ。頭から落下しながらも、彼は今まで得た手がかりからセファールの能力を考察し続ける。
(蜜柑お姉さんとアオイの話では、アドラメレクは科学文明に伝わる神または悪魔の名前。それが意味するのは威厳ある王。だけど、生命の樹の対になる形では……貪、欲。
クリフォトの言葉、吸い取れ……けがの吸収……
人格の崩壊は、何で……? でも、貪欲に何かを得るのが能力ならば、このパワーは彼女が蓄えたもの……筋力の開放。
すなわち、彼女の呪いは貯蓄と放出……!!)
「これは、弱点がなさすぎる……!!」
セファールの呪いの看破に成功したウィステリアだったが、その正体はやはり、他の敵と同じく概念的なもの。
彼の炎のように、真正面から力比べができるものではなく、単純な貯蓄には取引のような隙もない。
さらには、現在の彼は全身の筋力を貪欲に貪られて落下中だ。もしも弱点があったとしても、彼に抵抗する術は残っていなかった。
脱力した状態で手足や翼を風に任せる彼は、悔しげに呟くことしかできずに頭から落下していく。
だが……
「キャーっ!?」
「……!?」
突然、彼の頭上からは甲高い断末魔の悲鳴が聞こえてくる。
それは、明らかに何か状況が変わっている音であり、全身の筋力を奪われていたウィステリアも、どうにか目を向けた。
すると、そこにあったのは輝かしい氷のドレスを身に纏ったガーベラが、美麗な氷剣でリデーレを斬り伏せている光景。
さっきまでガヤを入れていた女商人を、セファールが守れないうちに倒している姿だ。
どうやらリデーレは取引に失敗したらしく、本当に斬られてウィステリアのように落下していく。
それを見たセファールは、彼女を助けるために彼には目もくれず飛んでいった。少しずつ筋力が回復していた彼も、翼を羽ばたかせようとしながら驚きの声をあげる。
「え……ガ、ガーベラ!?」
「ええっ! あなたを可愛くする私が来たわよっ!!」
「え、えぇ……!?」
"プルウィア・ブレッシング"
彼の言葉に力強く答えたガーベラは、若干引いた様子の彼の元へ急行し、抱きとめた。見た目の影響もあって、アオイとユウリのような違和感はまったくない。
ただ、はつらつとした表情の令嬢が、彼女の登場と共に振り始めた雨によって、段々と火傷が治っていく美少女を華麗にお姫様抱っこしているだけである。
リデーレの撃破、ガーベラとの再会、いきなり降り始める雨、同時に治っていく火傷。
すべてがいきなりのことで、戸惑いを隠せないウィステリアはぼんやりとした目を彼女に向ける。
「ありがとうガーベラ、助かったよ。でも、いつの間に来てたの? 必死に戦ってて気づかなかったよ」
「ついさっきよ。あと、切り飛ばされていたあなたの手足も回収してきたから、多分すぐに治せるわ!
あの人……ユウリさんのものは原型をとどめていないから、私では治せないけれど……」
ガーベラはリデーレにけがの押し売りをされ、切断されていた彼の手足を取り出すと、彼自身が風の腕で回収していた分も合わせて切断部にくっつけた。
すると、傷口を清らかな雨が濡らし、切り離されていた腕や足はピッタリと隙間を埋めていく。
繋げるだけだったこともあり、ウィステリアの治療はあっという間に完了だ。
筋力も回復してきた彼は、ガーベラの腕の中から降りると、自分の翼で羽ばたきながらセファールを見やる。
彼女はガーベラとほぼ同時に駆けつけていたので、やはりもうリデーレの元へ辿り着いていた。
しかし、先に動いていなのはガーベラなので、今すぐに接近すれば体勢を整える間もなく一撃を与えられるだろう。
彼女についてくるよう促した彼は、手を引きながらこれからの行動を伝えていく。
「ううん、十分だよ。一緒に戦ってもらってもいいかな?
あの敵……セファールは味方の回復ができるから、さっき倒してたリデーレも復活しちゃうんだ。速攻で攻めるよ。
そして、ユウリくんも蜜柑お姉さんもぼく達で助けるんだ」
「任せておいて。私とあなたが揃えば負けはしないわっ!!」
すぐに意図を察していたガーベラは、彼の言葉を聞いて自信満々に頷く。最初は手を引かれていたのだが、それもすぐに終わって2人は手を繋いだまま肩を並べていた。
"ディヴァイン・オウレオール"
"エスペラール・フロイライン"
目的のすり合わせが完了した彼らは、一直線に敵へ向かっていく。彼女が輝かしい氷のドレスを身に纏っているのと同じように、ウィステリアも神の如き炎の鎧を身に纏って。
「ッ……!? あなた達ッ……!!」
直前で彼らの接近に気がついたセファールは、回復を終えたリデーレを庇うように前に出る。
しかし、彼女も気がついたのは直前であり、ウィステリア達の速攻を防ぐだけの余力はない。
彼女は軽々と躱され、彼らの握っている炎剣と氷剣は、その背後にいるリデーレを十字に斬り裂いた。
"氷炎のロザリオ"
「あぁうっ……!!」
「リデーレッ……!!」
セファールは慌てて手を伸ばすも、斬撃の威力で吹き飛ばされるリデーレには届かない。そんな彼女の宝石のように美しい瞳には、太陽とその隣りに現れた氷星を背に、糸が絡み合うように交差飛行を繰り返す令嬢と騎士が映っていた。




