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蜜柑の対策  作者: 榛原朔
蜜柑の対策3 聖邪の対立

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19-邪悪の顕現

『私は、先に邪魔者を……』


白髪碧眼で黒い軍服のようなものを身に纏っている、漆黒の翼を広げた青年は、隣の少年にそう告げると右手を掲げる。

背中の黒翼と同じように夜闇を飲み込む程に禍々しく、だが他の追随を許さない程に神秘的な右手を……


"インストール・サタン"


瞬間、彼の右手から放たれるのは黒い波動。

夜の闇を塗り替えていく、黒いカーテンのように揺蕩う無形の神秘だ。


それは風の結界とほぼ同程度の大きさに広がると、倒れ伏すリデーレ達もろともウィステリア達を包み込もうとしていく。


「っ……!?」


ユウリは倒れ、アオイは直前まで受けていた攻撃の影響からかまだ動けていない。そんな中、唯一ウィステリアだけは翼を広げ、必死の形相で飛翔する。


右手には師匠からもらったナイフ。

全身に金色の炎を纏い、迫りくる黒いカーテンと激突した。


"ディヴァイン・オウレオール"


ウィステリアの炎は神秘の炎。

普通の水をかけられてもその気であれば消えないし、他の神秘と激突してもちょっとやそっとでは消えはしない。

そんな、炎そのものを超えた、炎という概念的なもの。


だが、黒い波動と激突した彼の全身からは、凄まじい勢いで金色の炎が消えていく。まるで普通の炎が息でかき消されるように、彼の炎がただの炎であるかのように。


いや、消えていくのは炎だけではない。

彼の全身から炎が剥がれていくのと同じく、その背中からは純白の翼も失われつつあった。


「な、なんで……!?」


全身から炎が完全に消え去り、翼も消失したウィステリアは訳も分からず目を見開く。空中に放り出された彼は、もはやただの人間。


むしろ普通の男の子よりも華奢な男の娘として、その細い手足で藻掻きながら地上に落下していった。


青年にまで届いてはいなかったが、高度は数十メートルはくだらない。もしも体まで普通の人間に戻っていれば、ただでは済まないだろう。


「ウィル……!?」


落ちていくウィステリアを見ると、すでに思考が追いつき、行動を起こしていたアオイも空を見上げて目を剥く。


彼が新たな敵向かっていったことで、自分もディアボロス達を無視してユウリの元へ向かっていたアオイだったが、飛ぶことを止めないながらも彼を助けようと風を操った。


"シルフィードブレス"


まだ純白の翼が生えている彼女の背後には、風で形作られた羽のある少女――シルフが現れる。

シルフは両手を広げると、落ちてくるウィステリアに対して優しくも力強い風を送って衝撃を殺した。


同時に、風と自らの翼を重ねて使い、全速力でユウリの元へ向かっていたアオイは、無事に彼の元へ辿り着く。

黒翼の少年に放置されたまま、四肢を欠損した状態で倒れ伏す彼を抱き起こす。その、直後……


「うわっ、風も消えて……!?」

「っ……!? 私の翼……!!」


遥か上空から青年の放った黒い波動は、ついに地上に到達した。滑り台のようにウィステリアを運んでいた風も、彼の炎と同じように消失し、ユウリを抱き上げていたアオイの背中からも純白の翼とシルフが消える。


まだ中空にいたウィステリアは、そのまま身を投げ出されて地上に落下してしまう。もちろん途中までの勢いは殺されており、辛うじて着地も成功したので彼は無事だ。


しかし、久しぶりに無力な人間に戻った彼は、厳しい表情のアオイの隣で、以前のように不安げな表情を浮かべていた。


「……!!」

『あまりやり過ぎると、私達も危険なのですが……

自分から距離を取ってくれて助かりました』


彼女達が黙って青年を見上げていると、彼は包み込むように穏やかな声色で言葉を紡ぐ。楽器の演奏のような、木の洞で音が響くような、不思議な感覚を受けるその低い声は、彼女達から不安や恐怖を取り除いていった。


新たな敵を前にして、焦らず冷静になること。

それはきっと、通常であればいいことだろう。だが、今回に限っては最悪の一歩手前……といったところである。


「セファール、リデーレ……」

「ディアボロス、ベルゼブュート……」


青年の声を聞いた彼女達が何も感じられずにいると、少し離れた位置……ついさっきまでそれぞれが敵と相対していた辺りから、2つの人影が飛び立つ。


その人影とはもちろん、現在彼女達がいる場所とは違って、ペオルのように回収されていないリデーレとディアボロスを運ぶ、セファールとベルゼブュート。


彼らはアオイ達とは違って神秘がかき消されていないのか、漆黒の翼を広げて青年が羽ばたいている辺りまで一気に飛翔していく。


ぽつりぽつりと彼らの名前を呼ぶアオイ達は、もう一度翼を生やせるか試しもせず、倒した敵が回収されることを焦りもせず、ただ無感情に空を見上げていた。


『こんばんは、皆さん。随分とボロボロになっていますね。

セファールさん、色々と吸い取ってあげてください』

「えぇ、お安い御用ですわ。支えていただいても?」

『もちろんです』


彼女達がじっと見つめ続ける中、自分の近くまで飛んできたセファールに対して、青年は礼儀正しく挨拶をした。

彼女は特に返さないが、彼の指令を受けると迷わず了承し、リデーレ達を差し出す。


意識のない彼女を受け取るのは、彼が手を動かすのと連動して地上から伸びてきた木だ。このやり取りが始まってから、まだ10秒も経っていないはずなのだが、凄まじい速度と精密さだった。


そしてどうやら、吸い取るというのは治療に近いものらしい。隣で羽ばたいていたベルゼブュートと青年の後ろにいた少年も、青年が伸ばした木の台座にそれぞれが回収してきた仲間を下ろしていく。


「では、頂きますわね」


腹部の傷から破壊が侵食しているペオル、全身に重度の火傷を負っているリデーレ、頭が割れて脳みそが飛び出し、四肢が千切れて血肉を垂らしているディアボロス。


それぞれ神秘でなければ即死していそうな程の重傷を負った仲間を前に、セファールは恍惚とした笑みを浮かべる。

右手をディアボロス、左手をペオルに当てて、真ん中に寝かされたリデーレに身を乗り出す。


"オールゲイン"


彼女がリデーレの唇を奪った瞬間、彼女を含めたけが人全員の体が怪しく発光を始めた。


ディアボロスから溢れた血肉は消え去り、頭や四肢の傷は何もなかったかのように閉じていく。ペオルの腹部を侵していた破壊は収まり、リデーレの火傷はみるみる薄れ、顔をのぞかせるのはツルツルの肌だ。


しかし、その発光の原因であると思われるセファールには、彼女達とは真逆の変化が訪れた。

頭は割れて血を流し、腕は吹き飛び、美しいドレスは真っ赤に染まる。


腹部はドレスが千切れて飛び、中からのぞくのは徐々に侵食していくひび割れのような症状だ。

極めつけに、陶芸品のようだった全身には見るも無惨な火傷が現れた。


"すべてを取り込む欲(アドラメレク)"


しかし、全身を苦痛に苛まれた彼女は恍惚の笑みを浮かべ、両手で自分の体を抱く。すると、おそらくは吸い取ったのだと思われるそれらの症状は、一瞬で消え去ってしまう。


血に染まり千切れ飛んだドレスすらも元通りに、彼女は漆黒の翼を広げて満足そうに息を吐いていた。


「……治るんですね、あれ」

「……うん、すごいね」


直前までの戦いが全て無駄になったアオイ達だったが、やはり無感情に空を見上げているままだ。

まるでシロのように無表情で、無機質な声で結果のみを呟いている。


だが、ここにはちゃんとした人格を保っている人物も存在していた。それは、彼女達の人格が壊れた時には意識を失っていた人物……アオイに抱き上げられていたユウリだ。


ペオルが復活したことで意識を取り戻した彼は、虚ろな目で空を見上げ、破壊された……漂白された人格で言葉を紡ぐ。


「……あぁ、マダ。まだ、あれハ破壊できテ、いなイノですカ……なラバ、倒れテイる暇ナド、ないデスネ……

状況的に、この子達ハ味方……ウザい無感動は、破壊しマス」


"破壊された平穏(カマエル)"


再び生やした純白の翼を広げ、無感情なアオイの腕の中から飛び立った彼は、自分の周囲で微弱な破壊を実行する。


今はこれ以上自分を壊さず、彼女達を壊さず、土地を壊さない。だが、形のないもの……彼女達に追加された無感動だけは的確に狙い打たれ、2人は正気を取り戻した。


「あ……ユウリさん、助かりました」

「っ……!! 油断していたよ、ごめんねユウリくん」


まともな人格を取り戻した彼女達は、口々に感謝を伝える。

しかし、もうペオルを破壊することしかわからないユウリは返事をせず、黙って遥か上空の青年達に向き合った。


「怪人……と、ソの他6人。知ラズ知らズ知らず知ラず知らず知ラズ。ダが、そレノ仲間ダト言うのナラ、全員破壊シまス」

「ユウリさん、あなたはそんな状態になっても……」


ひび割れた瞳で青年達を射抜くユウリに、アオイ達は苦しそうに表情を歪める。もちろん、彼がペオルを恨んでいたのは知っていた。


だが、四肢を破壊してでも殺そうとするとまで思っていたはずがない。これまで調べた内容――セファール達や、心を通わせたアオイ達のことを忘れ、それでもペオルだけは忘れずに殺意を向けるとまで思っていたはずがない。


共に事件を追っていた分、事情を知っている分その痛々しさは際立ち、しかもそんな状態の彼に今、救われたのだ。

ディアボロスに人格を壊されるまでもなく、彼女達の心は砕けていた。


「アオ……」

「……はい。私は、彼に報いましょう。事件を止められず巻き込み、助けられた私は。私は彼を守ります。覚悟しなさい、彼の自由を奪うお前達を、私は必ず破壊する……!!」


気遣わしげなウィステリアの視線に、アオイも決意を固める。歪みが渦巻く瞳を輝かせ、彼と共にユウリの隣へ。

上空に並んだ7人の邪悪と相対した。


『改めて挨拶を。私は"死を運ぶ邪悪の樹(クリフォト)"。

あなた方の主、セフィロトと対になる存在……です』


アオイ達が全員戦闘の意思を見せると、彼らの中央で羽ばたく青年は改めて頭を下げ、名を名乗った。

碧く虚ろな瞳を輝かせ、これから殺し合うとは思えないほど丁寧に。




闇夜を突き破り、星々は彼女達の行く末を見守る。

ここは、花咲き誇る恵みの国、フラー。

その一角にあるランジャの街にて、邪悪と聖者は激突した。



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