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蜜柑の対策  作者: 榛原朔
蜜柑の対策3 聖邪の対立

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16-崩壊を流す風

ウィステリアと分かれたアオイは、背中にひしひしと幼馴染の視線を感じながらも、気にせず空を飛ぶ。


向かう先にいるのは、これまでシロと名乗っていたクレープ屋――ディアボロス。さっき廃屋跡地で出会うまで、友人だと思っていた人物だった。


しかし、彼女が歪みの渦巻く瞳に宿すのは、明確な敵意である。相手が友人であろうと関係なく、外敵として排除しようとしていた。


友人に殺意を抱くというのは相当な事態だが、こと今回の事件に関してはそれも無理もない。


アスセーナでの暴動、ランジャでの黒幕追跡、アオイ自身は見ていないが、屋敷での惨状に家での悪意。

彼はそのすべてを傍観していて、さらには魔人であることを隠して黒幕への協力までしていた可能性があるのだ。


彼女が躊躇なく敵視するのも、幼馴染の心配を振り切ってでも向かうのも、極自然な流れであると言える。


風の結界内を風で移動する彼女は、寒々しい気候により過酷な冷気を与えながら地上に降り立ち、扇子を開いて彼と対面した。


「……昨日ぶりですね、シロさん。本来のあなたと会ったのは、これが初めてなのかもしれませんが」

「いいや、あの私もワタシであることに変わりはない。君はずっとワタシに会っていたさ。ただし、ユウリ・アキレギアの真似をしたワタシではあったが」


扇子で口元を隠しながらアオイが問うと、ディアボロスは無表情のままで無感情に答える。

どちらも冷静と言えばそうなのだが、同じ冷静でも彼は彼女とは違ってまるで温かみがない。


何も感じさせない機械的な顔つきと口ぶりで、そこに彼自身の中身自体は一切感じられなかった。

挨拶を終えた彼女達の間には沈黙が流れ、しばらくお互いの様子を観察するかのように睨み合う。


「一応聞いておきますが、敵なんですよね?」


先に沈黙を破ったのはアオイだ。

彼女はやはり静かな口ぶりであるが、微かに悲しみや不安を滲ませながら目を細めていた。


「ワタシに敵対の意思はない。だが、リデーレやあのクズに協力していたことは認めよう。あれは家族なのでね。

……まぁ、他人でも求められたことはするが」


だが、彼は静かなだけでなく感情のない淡白な声で、どうでも良さそうにぼんやりと答えていく。

アオイの質問に反応こそしているが、彼はその見た目通りに中身まで真っ白で、ただ反応しているだけだ。


それをどうにか理解したアオイは、困惑したように視線を泳がせてから、再び落ち着いた様子で目を合わせる。


「では、あなたは敵だとして……なぜ、リデーレ達だけでなく私達にまで協力したのですか?」

「……ワタシは、あの街にいろと言われたからいた。

協力を求められたから協力した。君を妨害しろと言われたから妨害した。ついて来いと言われたからここに来た。

ただ、それだけだ。怒っているのなら謝ろう。

別に何が変わる訳でもないがな」

「主体性が、ないんですね……」


ディアボロスの答えを聞いたアオイは、行き場のない感情を込めてため息をつく。彼はリデーレ達を家族と呼んだのだから、紛うことなき敵だ。


しかし、ただ言われた通りに動くという彼には、当然ペオルのような邪悪さはない。


魔人であったことを隠していても、ユウリの家族を惨殺したペオルの仲間でも、彼自身はただ毎回いたのとアオイの人格を一瞬壊した程度である。


敵対こそすれど、彼女はユウリがペオルに向けるような憎悪を向けることはなかった。

敵意を無くさないながらも、やや刺々しさを弱めた彼女を見たディアボロスは、無表情のまま無感情に語りかけていく。


「そうだな……何かを望めること、それは誰もが持つものであり、誰もが失う可能性のあるものだ。君は今自分で判断できることを、希望を持っていることを、大切にすると良い」

「あなたにはそもそも、自分の意志がないと?」

「少なくとも、まともな人格は残っていないだろう。

ワタシはとある科学者に人格を壊された、実験体だから」

「こうして普通に話しているのに?」

「……何も感じないんだよ。君は抜け殻を想像しているのだろうが、ワタシは人格がないのではなく、まともな人格がないんだ。何もかもを望まずに、どうやって行動を決めろと?」


自分の過去や状況を語るディアボロスは、やはり内容に反して無表情、無感情だ。


しかしもちろん、アオイはそんな彼とは対象的に、彼を邪悪ではないと判断した時以上に感情を揺れ動かす。

真っ直ぐと彼を見つめていた目は泳ぎ、凛としていた表情は悲しげに歪む。


彼が敵であることに変わりはない。彼の事情を聞いたからといって、戦えなくなるほどアオイは甘くはない。

だが、それでも……


彼女はディアボロス――シロの生きてきた世界に思いを馳せ、その苦しみを心に焼き付け、扇子を閉じていた。


「この無味無臭で、意味のない人生に幕引きを……

ぜひワタシを殺してくれないか? アオイ」


そんなアオイの様子を見たディアボロスは、無造作に両腕を広げて無機質に呟く。彼は変わらずまっさらな無表情で。

彼の声は底なしに無感情で。

だが、瞳だけは無色透明の中に微かな輝きがあった。


何も感じていないようでいながら、切実に願ってきたであろうその要請に、アオイも覚悟を決める。

閉じていた扇子を力強く開き、破裂的な風を吹き荒ばせる。


「……わかりました。どこまでも真っ白なあなたに救済を」


"自由を望む風(ラファエル)"


冷静に堂々と宣言し、背中の翼を広げて風の中心で羽ばたくその姿は、まさしく天使だ。

歪みが渦巻く瞳に、いつもとは違う清く輝かしい光を宿して彼女は呪いの力を行使する。


ディアボロスと同じく負の感情から生まれ、だがまだ制御下に置かれている彼女の力を……


"身解きの疾風"


扇子を振るう彼女が生み出したのは、槍状に形作られた禍々しくも神秘的な風。槍が触れている周囲の夜を解いているかのように錯覚する、いくつもの不可思議な風の槍だ。


アオイは左右にズラッと風の槍を並べると、扇子の動きで彼を囲うように調整し、一斉に発射しようとした。

ディアボロスを貫こうと、扇子を傾けようとしていた。

その、はずだったのだが……


「くっ……!? ここは、あなたは……!? いや、これは……!!」


扇子を傾けかけていたアオイは、突然反対の手で頭を押さえる。もちろん扇子の動きは止まり、風の槍はそのままだ。


何が起こったのか、むしろ何も起こっていないと言うべきなのか。ひとまず言えることは、どうやら彼への攻撃が防がれてしまったということらしい。


混乱した様子の彼女は、途切れ途切れに言葉を漏らし、周囲を見回すのみだった。


「これは、知っている……!! 人格の……!?」


とはいえ、アオイは混乱しながらも思考を止めない。

この症状に心当たりはあるらしく、素早く体勢を整えると、地上で無表情を貫いているディアボロスに声を荒げる。


「っ……!? 死にたいのでは、なかったのですかっ……!?」

「死にたいのは、ワタシという人間の望みだ。

何も感じないからこそ生まれた、たった1つのね。

だが、ワタシは既に人をやめた魔人。

今はないこの心は、きっと彼女を恨んでいたのだろう。

無感情に人を壊してきたワタシだが、無意味に人を壊してきたワタシだが、そのワタシを形作るものはあったのだ。

何かを感じていたかつての私は、あの女を殺したかった。

死にたいと思うのと同じように、死ねないとも思うのだよ。

君はこれを感情的だと言うだろうか? しかしね……これは、ワタシが私の願いに従うだけの話」


"人格崩壊者(アスタロト)"


「ッ……!!」


アオイに詰問されたディアボロスは、彼女と同じように背中から翼を生やす。ただし、その色は純白である彼女とは真逆の漆黒だ。


同じ高さまで飛翔した彼は、どこまでも透き通った瞳に彼女の姿を映し、その呪いにより彼女の人格を破壊していく。

至近距離という程でもないが、確実に彼の能力の範囲内にいるアオイは、扇子を落として頭を抱えていた。


「これは、あなた、私が、どこに、条件……」

「私は普段、これを抑えているだけでね。放っておいたら、きっと今みたいに無差別に人格を崩壊させてしまうだろう。

……つまり、100か0か。ピーキーな呪いだよ」


崩壊した人格でありながら、アオイは思考を続けていた。

まともに考えられているかは謎だが、彼女の口から漏れ出た言葉から察するに、リデーレと同じように制限などを探しているようだ。


しかし、それを聞いたディアボロスは、素直に自身の呪いについての情報を明かす。リデーレがちゃんと取引しなければ効果が弱まるのに対して、彼の力は調整ができない代わりに条件などはないのだと。


「僕は、呪い、街へ、俺の、お前が、力尽く、で……私は!!」


早々に答えを聞くと、アオイはかつてないほどに荒れ狂った歪みを瞳に渦巻かせていく。暴風で地面をめくり上げ、敵を圧殺するべく叩きつけ、制御するべく扇子を巻き上げる。


言葉を紡ぎ、力の方向を定め、扇子を取り戻したアオイは、血走った目で彼を睨んで魂の叫びを表出した。


"自由を望む風(ラファエル)"


その瞬間、風はスッ……とコンマ数秒だけ収まる。

だが、その直後。アオイ自身が作っていた風の結界は軽々と破壊され、街を洗い流さんばかりの狂風が吹き荒れる。


嵐の中心にはもちろんアオイが。

正気を失った、負の感情から神秘に成った魔人として、自らの体が引き裂かれようとも気にせず呪いを暴れさせていた。


規模は今までの比ではない。

ユウリとウィステリアは、それぞれ風を破壊し、炎の熱で押し返しており無事だ。


だが、背後の草原はすべての植物が地面ごと吹き飛ばされ、ただの荒れ地に。前方の街はウィステリアの炎が障壁になっているが、家を揺らす暴風に住民が悲鳴を上げていた。


「私の、自由を、奪うなッ……!!」

「ただの魔人も、暴走状態にまで成れば神と変わらない。

今の君は、この街に吹く風ではなく風という概念だ。

さぁ、君にそれだけの力があるというのなら、ワタシを……」


人格が崩壊している影響があるからか、アオイは呪いの衝動のままにディアボロスへと向っていく。

近寄るだけで皮を裂き、肉を削ぎ、骨を断つ程の狂風を身に纏い、無表情な彼に扇子を振るう。


荒れ狂っている中でも多少制御された風に、ディアボロスは腕を散り散りに弾き飛ばされながら地面に叩きつけられる。

辺り一帯をアオイの狂風が覆っているため、粉塵など上がりはしない。


彼女の眼下には、飛ばされた腕どころか他の四肢からも肉片を撒き散らし、いくらか割れた頭蓋から脳みそを溢しているクレープ屋の姿があった。


「ユウリさんを、苦しめ……私を、壊し……

あなたは、えがおを……子ども達に、癒やしを……」

「いやぁ……期待以上、期待以上。このまま行けば、俺は無事死ねそうだ。しかし、残念ながら時間切れのようだよ」


まだ息のあるディアボロスに、アオイはありったけの狂風を差し向けた。背後の草原に向かっていたものも、街を揺るがしていたものも、すべてをただ目の前のクレープ屋に。


だが、再び感情を取り繕った彼は、完璧にユウリの色に染まりながら意味ありげに背後に視線を送る。

ヘラヘラと軽薄に笑いながら、透き通った瞳を対極にあるような極彩色に染めていく。


「……はぁーーーぁいーーー?」


同時に、風であるアオイはやけにゆっくりとした返事をしながら、なぜか扇子を振るう手を止めていた。



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