12-誘き出される悪徳
アオイ達がそれぞれの場所で、敵の妨害をした日の晩。
夕暮れ前に合流していた彼女達は、先日敵が密会をしていた街外れの廃屋付近に身を潜めていた。
ウィステリアが昼間の広場で見ていた感じ、ペオル達は昨晩彼女達がこの場にいたことに気がついていない。
彼が表立って妨害をしても、通りすがりの聖人とでも思っているのか、ユウリ達が来ているとも思っていないようだ。
しかし、それでも彼女達は油断せずに身を潜める。
万が一のため、街と廃屋の間に隠れていた前回とは違って、街の外側にある建物の陰に隠れていた。
「お疲れ様です、皆さん。風のたよりによると、彼らはかなり動揺しているようです。ユウリ・アキレギアさんは中途半端な仕事をしたので、セファールに動きはありませんが……
他の2人は誘き出せたでしょう」
風からのたよりで情報を集めつつ、敵の動向や周囲の様子を探っていたアオイは、情報や位置の確認を終えると、扇子で口元を隠しながら口を開く。
彼女が2人を労いながら伝えたのは、昼間に自分達が行っていた作戦の成否だ。
街にはマンダリンにいる精霊の噂が広がり、不自然な取引をする者が激減している。
同じように、ウィステリアという希望を見出した町人達は、街に入る代償で荒んだ心に安寧を得ている。
その結果、彼女達は無事にペオルもリデーレを誘き出すことに成功していた。唯一、セファールを誘き出すために行った歓楽街への妨害は、お世辞にも成功したとは言えないが……
「歓楽街で男が男を止めんのとか無茶じゃんよー……
てか、セファールが来ねぇなら失敗じゃね?」
アオイに中途半端な仕事と評されたユウリは、申し訳無さそうにしながらも、かなりの無茶振りだったこともあり顔をしかめてぼやく。
だが、彼は自分達の行動で起こったことまでは知っているが、その結果敵がどう動くのかは知らなかったため、すぐに深刻な表情を浮かべると、作戦について質問し始めた。
この作戦は、町の住民を巻き込まないということもあるが、動揺を誘うことや前回のように敵を逃さないためでもある。
2つ目までは達成できているが、最後の1つは1人足りないので失敗したと言えるだろう。
彼の指摘は尤もだった。しかし、不安そうなユウリとは対象的に、アオイは特に表情をまったく動かさない。
扇子をパタンと閉じながら、淡く微笑みながら彼の質問に答える。
「いえ、十分ですよ。セファールも捕捉はしていますから。
たとえ人格を崩壊させるとしても、目視だけでは無理なのでしょう? 1人だけなら、逃げても問題なく追えます」
「でも、前回逃げられたよな?」
「私のケースは違ったのでは?」
「なおさら駄目じゃねーか。残りの敵2人いんぞ」
「ですが、どちらにせよ人格の崩壊に近い能力ですよね?
能力や正体が割れた状態の逃げに関しては、暴動の足止め、取引の記憶消去よりは手強い能力ではありません。
知ってさえいれば、対処は可能です」
ユウリは反論される度に指摘していくも、それでもアオイは意見を変えない。どうしてもここでペオルとリデーレを倒したいのか、彼女にしては慎重さに欠けているとも思えた。
とはいえ、彼女が強行しようとしているのも、そうおかしな判断ということもないだろう。
実際に、暴動を起こすペオル、不自然な取引により記憶のような不確かなものさえ奪うリデーレを抑えられれば十分だ。
セファールの力は定かではないが、全員同時に人格を壊されない限り逃がすことはないので、他の2人よりかも優先順位は低いと言えた。
また、リデーレの取引は痛覚や記憶のような精神的なものを取引対象としている。アオイの風による感知を封じているのも、彼女の取引の可能性があるのだ。
能力の制限を取り払う……これ以上に優先すべきことなどそうそうない。被害の大きいペオルも同時に来るのなら、全員でなくても十分に勝負を仕掛ける価値があった。
どうしてもアオイの意思は変わらないと理解したユウリは、
ある程度納得もした様子で、ため息をつきながら頷く。
「ここに来るの敵が2人だとして、俺達の内の誰かは人格崩壊を警戒することもできる……か。わかったよ」
「そもそも、あなたがここまで落ち着いてるのが意外ですよ。もっと暴走すると思ってました」
いつもと変わらないどころか、自分を諫めるような言葉までかけてくるユウリに、アオイは小首を傾げる。
すると、一瞬ポカンとしたユウリは、すぐに吹き出して苦笑し始めた。
「ふはっ……いや、それで失敗したら意味ねーじゃん。
俺は何があろうとペオルを殺すんだよ。
あいつを誘き出すって時に、バレるような真似しねーって」
「……そんなあなたから見て、今強行するのは悪手ですか?」
「んー、そうだなぁ……」
ユウリはいつも通り軽薄に笑いながらも、ペオルへの憎しみからひび割れた瞳に凶暴な光を宿す。
そんな彼を見つめていたアオイは、しばらくしてからどこか不安そうに問いかけた。
自分で考えた作戦で、自分がいけると判断したことではあるが、やはり完全な成功ではないので自身に満ち溢れているという訳では無いようだ。
彼女の上目遣いを受けたユウリは、真面目な表情で顎に手を当て、真剣に考え始める。
「俺としては、別にそこまで心配してた訳でもないぜ。
正直、俺はペオルを殺せれば満足ではあるしな。
その後で誰が来ようが、興味ない」
「いえ、そういうことではなく……」
じっくり考えた末、彼が口にしたのはアオイの問いとは少しズレた答えだ。数度瞬きを繰り返した彼女は、戸惑ったように話を戻そうとする。
すると、ユウリは軽い調子で笑いながら手を上げ、また真剣な表情に戻ると今度こそ質問に答えていく。
「わかってるわかってる。さっきの前提があって、重視してねーってことも踏まえてだけど……悪くはないんじゃね?
あいつらがそこまで強い仲間意識を持ってるかも怪しいし、後から来たって、最初から来るのと同じことだろ。
どうせセファールの妨害はできねーしな。それに、俺は天使ちゃん的にそれでいいのかなって思っただけだからさー」
「……そーですか」
「ははっ、そーなのよ」
ユウリの答えを聞いたアオイは、若干彼の口調を真似しながら目を伏せる。その様子を見た彼も、楽しそうに目を細めて言葉を返していた。
しかし、そんな穏やかな空気も長くは続かない。
ここはペオル達を誘き寄せた場所、ユウリの呪いに決着をつける土地。
蜜柑よろしく彼女達を見守っていたウィステリアは、会話の区切りがついたところでそっと近寄ると、彼女達に廃屋の方を見るように促す。
ユウリは状況を察すると、ひび割れた瞳をひときわ輝かせながらアオイに語りかけた。
「まーだからな? 今はただ、その他なんざ気にせず、あれを殺すためだけに動くぜッ……!! 俺はよォッ……!!」
「っ……!!」
言い終わると同時に、彼は破壊衝動を迸らせていく。
今自分達が潜む建物を粉々に粉砕し、黒く染まって破壊によりボロボロになった翼を広げて、仇の入った廃屋へ飛ぶ。
「俺の平穏と同じように、破壊してやるぜペオルーッ!!」
"破壊された平穏"
空気すらも破壊し、空気抵抗を受けない彼は瞬く間に廃屋の屋根の上に。黒い雷のようなヒビを全身に纏いながら、街から離れた屋敷に災害のような大破壊をもたらす……
ユウリの破壊により、廃屋は完全に吹き飛んだ。
屋根はもちろん壁もほとんど消し飛び、残っているのは壁や柱の根本、床などのごく一部のみである。
街までの道すらも原型を残さない中、廃屋跡地にはいくつかの人影が……
「こほっ……一体なんですかぁ? まったく愉快な……ゲフンゲフン。失礼、面倒なことになりましたねぇ。キヒッ」
「あー、狙われたっぽいですねー。
お金にならないことは興味ないのになー、馬鹿らし」
「……」
粉塵が収まってきた頃、廃屋跡地に姿を見せたのは小綺麗なスーツを着た怪人――ペオルと、身軽そうな旅装束の女商人――リデーレ。そして……
「……シロォ!!」
「……っ!? シロさん……!?」
「……」
破壊衝動に身を任せたユウリが叫び、彼に追いついたアオイが驚愕に目を見開く先に立っていたのは、髪も肌も、目すらも真っ白い男性。
クレープ屋の制服を適当に来て無言を貫いている、アオイ達の知り合い――シロだった。




