11-悪徳の浄化
街外れの廃屋にて、黒幕の扇動者――ペオル、不自然な取引をする女商人――リデーレ、甘く人格を壊す美女――セファールの存在を捕捉したアオイ達。
ようやく敵の全貌を明らかにした彼女達は、その翌日。
町民を逃がすため、敵を誘き寄せるため、敵の動揺を誘うため、彼らの起こす問題の妨害をしていた。
「君達は不安なのでしょう? だけど、もう大丈夫だよ。
この歪みに満ちた街ランジャには、このぼくが来たから」
3人の中で唯一表立って姿を見せるウィステリアは、今日も来ているペオルと同じく、広場の中央辺りの台に立つ。
周りには100人は超える町人の姿があり、ペオルが醜悪な演説で暴走させようとするのに対抗するように、彼も口を開いていた。
その背中には金色の翼が生え、頭上には太陽のような眩い炎の球体が浮かんでいる。ペオルの邪悪さとは真逆の、溢れんばかりのカリスマ性だ。
いや、実際に金色の翼や擬似的な日輪、全身に散る金色の炎、炎が揺らぐ力強い瞳によって神々しい。
もはや溢れんばかりではなく、普通の人にも明らかなほどに、彼の身からは光が溢れていた。
「歪みに満ちたとは失礼ですねぇ! 歪みがあることこそが正常です! 人だからではなく、生物として正常のこと!!
あなたは他の誰でもないあなたなのだから! 不安ならば、生物として当たり前のように醜悪に奪うのです!! ほぉら、欲しい物があるでしょう? 恐ろしいものがあるでしょう? 恨ましい者がいるでしょう? 好きに暴れなさい!!」
そんな彼に対抗して、反対側でやはり台に立つペオルは声を張り上げる。小綺麗なスーツを着こなし、端正な顔を醜悪に歪め、軟体動物かのように気味悪くぐにゃぐにゃと動く。
彼の口から紡ぎ出されるのは、もちろん醜悪な扇動だ。
安心させるようなウィステリアの言葉とは真逆で、歪みや醜さを肯定し、不安を増幅させていた。
だが、今日の人々はすぐには扇動されはしない。
彼らは反対側に立つ光……ウィステリアの言葉をジッと待っていた。
町人の様子をひしひしと感じるウィステリアは、ペオルの声の余韻が完全に消えてから口を開く。
「歪みがあることは正常かもね。だけど、それを正そうとするのが人間だよ。道を外れた者がいないとは言わないけど……
人類は、正しくあろうとすることで前に進んできた。
不安だったら、ぼくが君達の道を照らすよ。恨みや欲を忘れろとは言わないけど、自らに誇りを持つために。
ぼく達は正しくあろう」
ウィステリアの言葉を聞いた人々は、醜悪な感情に呑まれかけていた瞳に光を宿す。不安に苛まれたことで暴れるのだから、それを消すように道を照らすというのなら。
本来の彼らに、暴徒になる理由はない。
視線から、体の向きから、歩を進める方向にいる相手から、彼らがどちらに心惹かれているのかは明らかだった。
そんな町民の様子を見たペオルは、醜く表情を歪ませて叫び始める。変わらず不気味に体を曲げながら、目を背けたくなる程に醜悪に。
「綺麗事を言いますねぇ。生物である以上、人間は醜いものです! 実現できない理想に身を滅ぼすことはない。
私達は、私達自身の幸福だけを追い求めるべきなのだ!!」
「綺麗事は、綺麗で美しい輝きだから綺麗事なんだ。
多くの人々はきっと、そんな理想に憧れる。
なら、聖人であるぼくが導こう。君達が折れそうになった時、不安に苛まれた時、きっとぼくが助けてあげるよ」
「悪人がいないとでも思ってるんですかねぇ、お嬢さんは」
「そのように生きるしかなかったとして、はじめからそうだなんて誰が言えるの? たとえそうだとしても、負の感情を抱えて生きるのは辛いことだから。楽な方に流されようよ。
童心を、夢、希望を捨てないで……ぼくの手を、とって」
ひときわ頭上の日輪を輝かせ、背中に生える美しい金色の翼を広げ、ウィステリアはその華奢な手を伸ばす。
圧倒的な輝きとカリスマ性、清く正しい心に優しさ、天使のように可憐な見た目。
どれをとっても圧倒的で、結果を見るまでもなく、人々の心は完全に彼の方に傾いていた。
もはや人々はペオルなど見向きもせず、ウィステリアの前に集まっていく。
「うう〜ん、残念。まさかぽっと出の聖人に負けるとは。
これは姉御達に報告しなければですねぇ、キヒヒッ」
しかし、ペオルはさっきまでの熱弁が嘘だったかのように、まったく気にしていない。広げていた手を下ろして、なぜか愉快そうに笑いながら彼に背を向ける。
その背を不安そうに見送るウィステリアだったが、ひとまずは目標を達成しているため、人々へ街から出るように告げ、誘導を始めた。
~~~~~~~~~~
ウィステリアが表立って敵の妨害をしていた頃。
密かに商店街へやってきていたアオイもまた、裏側から敵の妨害をするべく、空中を移動していた。
目的は当然、この辺りで行われている不自然な取引の妨害をすることだ。それは明らかにリスクとリターンが釣り合っていない取引であり、止めるべきもの。
さらには、敵への精神的な攻撃にもなるのだから、なんとしても果たすべき役割である。
(現在行われている取引は……7件くらいでしょうか。
街に入る時の取引や一昨日聞いた取引から、おそらく大体の取引で餌に使われているのは神秘に成ること。
こちらから提示できるものもありますし、欲に正直になった商人達の頭を冷やせるといいのですが……)
建物の陰に沿うように空を飛ぶアオイは、目立たないように移動と停止を繰り返し、周囲の目を気にしながら現場に向かう。
壁に張り付いて思考を巡らせる彼女の眼下には、昼間らしく正常な活気のある商店街。だが、不自然な取引が行われるのは路地裏などの陰であり、人目はあまりない。
そういった道の上を選んで進む彼女は、必要以上に隠れずに移動が可能だったため、直に1つ目の取引現場上に到着した。
「それで、どうします? 痛覚等の取引をしますか?」
「……破産した以上、選択肢はない。この取引に応じよう。
所詮、神秘に成るなど夢のまた夢だったのだな……」
路地裏で密かに行われていたのは、痛覚を取引する、などという普通では考えられないような取引。
そのような方法があることも応じることも、すべてが異常で不自然な取引だった。
彼らの取引内容を聞くと、アオイは迷わず地上に向かって風を差し向けていく。狙いはもちろん、痛覚の取引を持ちかけられている方の商人だ。
『その取引、後悔しませんか?』
『……!?』
彼女の風に包まれた商人は、風に乗せて伝えられる彼女の声に大きく肩を跳ねさせる。人気のない路地裏で、いきなり少女の声が聞こえてきたのだから、無理もない。
彼はキョロキョロと周囲を見回し始め、リデーレの部下はその様子を見て不審そうに目を細めていた。
「では、リデーレ様の元へ……どうしました?」
「い、いえ……」
『あなたが欲しいものは、本当に痛覚を代償に得る程のものなのですか? 手放せば決して取り返せないというのに。
場合によっては、支配される結果になるかも……財産を失い、選択肢がないと視野が狭まったあなたがまさにそれですね』
リデーレの部下に胡乱げな目を向けられ、声を気にせず取引を続けようとする商人。
だが、アオイが語りかけるのは、軽率な行動の行く末を直視させるようなものだ。
実際に現在の状況を例出してに指摘されれば、反論など出来はしない。商人はアオイの言葉に表情を歪め、苦しげに目を閉じていた。
「……どうしたというのです?
取引する気がないなら、こちらは一向に構いませんよ?」
『リデーレは神秘に成ることを餌に、いくらでも蜜蜂を呼べますからね。代わりなどいくらでもいます。
つまり、あなた方は独占市場で彼女に群がるいいカモです』
「っ……!! わかった。取引はやめておく」
決断を急かすリデーレの部下に、客観的な事実で解説をするアオイ。両者の言葉を受けた商人は、どうやら正常な思考力を取り戻したようで取引を中断する。
彼の態度の急変、取引がなくなったことなどから、リデーレの部下はようやく余裕そうな表情を崩し、目を見開いていた。
「は……? 何を急に……!?」
「私は、神秘に成る代償にすべてを捨てるところだった。
すまないが、君達の操り人形になるのは御免だ」
呆然とするリデーレの部下を尻目に、商人は路地裏を後にする。迷いを振り払うように、決意を表すかのように。
そんな彼が敵の視界から完全に抜けると、風で壁に張り付いていたアオイは満足そうに口を開く。
『英断でしたね。おそらく、人生で一二を争う程の。
せっかくですから、こちらもそれに報いましょう』
「報いる……? いや、助けていただいたことには感謝するが、そもそも貴女は誰なんだ?」
『精霊の眷属です。では早速情報を差し上げるので、聞き逃さないでくださいね。マンダリンという村には、精霊がいる。現在は眠りについているが、タイミングさえ合えば代償なしに神秘に成れる可能性があるだろう』
「何っ……!?」
『ぜひこの情報を広めてください。マンダリンでは別け隔てなく機会が与えられますから。それでは』
「ま、待ってく‥」
アオイがもたらした情報に驚愕する商人だったが、もう彼に取引から手を引かせた彼女は、彼に関わる理由がない。
詳しく聞こうとする彼を無視して、風を送るのを停止した。
地上から遥か上空に張り付いている彼女の眼下には、声の主を探して走り回る商人の姿が。彼はまさか空にいるとは思いもしなかったようで、そのまま表通りに走り去っていく。
「……これで、新しく取引を始める輩は減りますかね」
商人の姿が完全に消えたのを確認すると、アオイはポツリと呟いて次の取引現場に飛んでいった。
~~~~~~~~~~
一方その頃。
前回と同じく歓楽街に来ていたユウリは、抜け殻になる人を減らそうと妨害活動をしていたのだが……
「物のように扱わせないだなんて、この街に来て初めて言われましたわ……私、とても感激しています……!」
「ユウリ様、宿屋かホテルへ行きましょう?」
「貴方様に大事にしていただけるのなら、たとえ他に多くのライバルがいても……」
「う〜ん、これって男どうすりゃいいんだ? セファールは女性だし、メインは男だろうけど……無理くね?」
歓楽街にいた多くの女性達を魅了し、囲まれていながらも、セファールの魔の手にかかる男性を止める術がなく、困っていた。




