10-黒幕の正体
「さぁ、欲しい物があるのならば奪いなさい!! 美しい女がいれば蹂躙しなさい!! 醜さこそが、人間なのですッ!!」
広場の外からペオルの演説を聞くアオイ達は、不快そうに顔をしかめながらその様子を伺う。
目の前の小綺麗なスーツを着た怪人が、アスセーナやこの街に不安を振りまいていた黒幕なのかは不明。
しかし、彼はシロの言っていた頻繁に広場で演説をしている人物であることは確実だ。
遠目から、声だけでもわかるほどに邪悪であり、広場で演説を聞いている人々の多くは、既に影響を受け始めているようだった。
広場内が段々と殺伐としてくる中、その外から観察しているアオイ達は話し合いを始める。
「……あれが黒幕なのかな? ペオルと呼ばれているあの人」
「んー……まぁ十中八九? あれ神秘だろ」
「そうですね、あれは神秘です。そして、オーラが……気配がドス黒いので魔人でしょう。ほぼ確実に黒幕です」
小綺麗なスーツを着た怪人――ペオルが邪悪なのは言うまでもない。彼女達はほとんど話し合う必要もなく、邪悪な神秘である彼を黒幕だと断定した。
もちろん彼女達も、頭ごなしに決めつけている訳ではない。
神秘が発するオーラ……普通の人でもなんかすごいとわかる、いわゆるカリスマを可視化したかのような気配。
同じ神秘であれば、その質を見極めることができる。
つまりは言動だけでなく、存在からして恨みなどの暗い感情から神秘に成った歪みのある魔人だ。
さらには、周囲の人々は少しずつ暴徒になっているのだから、もうほとんど確定したようなものだった。
「……もう1ついいか? あの男、親父のとこで相談役やってたやつだ。多分、親父がリデーレと取引したのも……!!」
話し合いながらも、ジッとペオルを見つめていたユウリは、しばらくして憎々しげにつぶやく。
彼はアオイが風で抑えるまでもなく、唇を噛み締めながらも自分の力で暴走を抑え込んでいる。
そんな彼に、アオイ達は気遣わしげな視線を送っていた。
とはいえ、彼が自分で耐えているのならば、彼女達がするべきはいち早く解決することだ。
アオイは彼の背をポンポンと叩きながら、既にわかっていることから明確な目標を設定していく。
「アスセーナにいたことも確定、不安など醜悪な感情を撒き散らしていることも確定、目視したことで神秘であることも確定、魔人であることも確定、と……もはや黒幕じゃない要素がないですね。はい、魔人ペオルを黒幕だと断定します」
「おう……!!」
彼女に背をさすられると、ペオルを睨みつけていたユウリは目を閉じて深呼吸を始める。暴走こそしていないが、自分を抑えることに必死のようだ。
両親の仇であり、故郷で起きた事件どころか狂わされた歯車全ての元凶である黒幕を前にしているのだから、そうなってしまうのも無理はない。
だが、彼はアオイの風を身近で感じ、優しさや温かさに包まれ、ペオルがこの場全員の敵として必ず排除するべき対象に設定されたことで、落ち着きを取り戻していった。
その様子を見たウィステリアは、ペオルを殺すという目的に近づき、より彼の精神が落ち着くように予定を考え始める。
「あとはこれからどうするかだけど……
敵の全貌がわかっても、逃げられたら意味ないよね。
この街で起きている事件は、暴動、抜け殻、取引で、暴動がペオル、抜け殻がセファール、取引がリデーレ。
頻繁に集まってくれてたりすると、少し楽なんだけど」
「そうですね。ペオルは補捉しましたが、他2人は名前とそれぞれの元凶であるという予想のみ。能力も制限されて風での感知もできませんし、個別に始末するのは難しいでしょう。
目視すればその後も捕捉できるので、彼が仲間と合うことに期待しますか。ちょうど、演説は終わったようですし……」
彼の言葉に同意したアオイが促すと、その視線の先には暴れ出す人々と台から降りるペオルの姿が。
もう既に彼の演説は終わり、醜悪な感情は撒き散らしきってしまったようだ。
彼は演説していた時と同じように、フラフラと体の半分くらいは関節がないんじゃないかと思うような動きで去っていく。
もしもこの後、リデーレかセファールに会うようなことがあれば、アオイが風で捕捉できる絶好の機会である。
人混みに紛れかけている彼を見ると、アオイ達は顔を見合わせた。
「ひとまずは追いましょう。ただ、1つ言っておきたいのですが、3人揃っていたとしても手は出しませんよ」
「は……? なんで?」
「町の人達を巻き込んでしまうからです。全ては無理ですが、暴動と取引くらいなら妨害可能。狙った場所に誘き出せればより被害の少ないので、そちらを取ります」
「……はいはい、暴走すんなってことな」
アオイが釘を刺すと、ユウリは同意しながらもあからさまに不満そうな様子を見せる。肩を落とし、口を曲げ、ため息までついている始末だ。
それを見たアオイは、少し黙ってから彼の顔を覗き込んで、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
普段冷静で落ち着きのある彼女にしては珍しく、感情を表に出してからかっている。
「お留守番していますか?」
「おいおーい、俺これでも最年長よ?
天使ちゃんはちょっと舐め過ぎじゃねーでしょーか?」
「はい、舐めてます」
「正直か」
アオイのからかいに軽口を返して立ち上がっていたユウリは、真面目くさった表情で断言する彼女にツッコむ。
しかし、もちろん彼女に悪意はなく、むしろ親しみを込めての言葉だ。
同じように立ち上がり、彼を見上げているアオイは、苦笑する彼の肩にポンと手を置いて微笑んでいた。
「ふふふ、それだけ親しい間柄になったということですよ、ユウリ・アキレギアさん」
「ならフルネーム呼びをやめねぇ?」
「さぁ、出発しましょう。ペオルを見失ってしまいます」
「話を逸らすなよ。いや、たしかに急がなきゃだけど……
いや、もうあいつのこと捕捉してんだよな? なぁ?」
親しくなったと言いながらも、相変わらずフルネームで呼ぶアオイ。もはや一種の様式美だ。
しかし、今回は苦笑しながらもユウリは食い下がり、ペオルを捕捉済みであることからさらにツッコまれていた。
話を逸らすことに失敗した彼女は、少しの間にっこりと微笑んみながら固まっていたかと思うと、すぐにウィステリアに向き直って口を開く。
「ウィル、ユウリ・アキレギアさんは黒幕追跡よりも気になることがあるみたいです。私達だけで行きましょうか?」
「えぇ……? あはは……え、えーっと……うん?」
「えぇ……!? そりゃねーって天使ちゃーん……天使くんも同意してんなよなぁ。はぁ、行きゃいんだろ行きゃー」
彼女達のやり取りを微笑ましく見守っていたウィステリアは、いきなり話を振られて顔をひきつらせた。
視線を泳がせながら瞬きを繰り返し、困ったように笑っている。
だが、最終的にはアオイに同意して後に続いたので、ユウリも話を終えて追跡を始めざるを得ない。
2人の対応にぼやきながらも、彼はため息を付いてアオイ達と共にペオルを追っていった。
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それから数十分後。
フラフラと人々に醜悪な感情を撒き散らしながら歩くペオルを追っていたアオイ達は、最終的に彼が入った街外れの廃屋の前にやってきていた。
それも、彼女達が泊まった宿屋とは真逆の方向に進んだ先にある、やけにおどろおどろしいもの。
廃屋とはいえ、以前は立派な屋敷だったのかツタなどが壁を覆っているくらいで、扉などはまだまだ頑丈そうなものだ。
だが、どれだけ丈夫でも、廃屋であることには変わりない。
当然周囲にはもうポツポツとしか建物がないため、身を潜められるのは少し離れた先に立つ家の影くらいである。
ペオルと彼に会う可能性のあるリデーレ達の様子を探るために追っていたはずだが、現在地からは中の様子も話し声もろくに聞こえないだろう。
ただの廃屋を観察することになった彼女達は、本来の目的とはズレた現象について相談を始めた。
「……これ、やっぱり私だけで来ればよかったですね」
「ないない。神秘3人のとこに1人とか絶対ありえない。
俺はともかく、天使くんくらいは連れてけよ」
「えっと、別に今からでもアオがしたいようにしたらいいんじゃない? ぼくらはここで見守ってるからさ」
「おいっ、余計なことを……!!」
アオイのつぶやきを聞いたユウリは、明らかに危ない作戦を真っ向から否定する。しかし、同行者として名前を出されたウィステリアは案外乗り気だ。
彼は今からでもできると後押しをして、ユウリを大慌てさせていた。とはいえ、結局その作戦はアオイが動くかどうか。
彼女はそのまま観察を続けていたので、取り越し苦労に終わる。
「……というか、ここまで人気がない場所なら、このまま攻撃を仕掛けることもできましたね」
「暴徒が何人かついて行ってたけどなー」
特に危ない作戦には触れずに話題が変わったことで、ユウリはホッとした様子で返事をする。
すると、速攻についても本気ではなかった様子のアオイは、何を当たり前のことを……とでもいう風に首を横に振った。
「実行するとは言ってません。それに、妨害は誘き出すだけではなく、心を乱す効果も期待できますから。
心配しなくても、今回は捕捉するだけですよ」
どうやら彼女は、意識のほとんどを廃屋や周囲に向けていたようだ。思い浮かんだことをそのまま口にしているらしく、まともな会話になっていない。
だが、それは誰よりも速く異変に気がつけるということでもあった。どこか一方通行だった会話の少し後、さり気なく風で全員を移動させたアオイは、道路に鋭い目を向け呟く。
「……来ましたね」
「……!!」
彼女の言葉に釣られたユウリ達は、表情を引き締めて同じく道路に視線を向ける。
その先にいたのは、身軽そうな旅装束の女商人――リデーレと、大きくスリットの入った、動きやすそうな洋風ドレスの美女――セファールだ。
邪悪なオーラを迸らせる彼女達は、それぞれ部下と思しき商人、この場に似つかわしくない少年を引き連れて廃屋に消えていく。
問題の元凶を視認すると、彼女達全員が廃屋に消えるのを確認してから、アオイはゆっくりと立ち上がった。
「……やはり魔人でしたね。これで問題ありません。
相当な距離を取られない限り、敵の動きは感知できます」
「オッケー。なら、次は妨害だな」
「扇動はぼくが止めるよ。多分、炎が一番向いてるからね」
「えぇ。ですが今は、急いでこの場を離れましょう。
街にいる限り大丈夫だとは思いますが、私達の存在に気づかれたら風が解除されてもおかしくありません」
アオイに続いて立ち上がるユウリ達は、それぞれひび割れた瞳と炎の輝きが揺らぐ瞳で神秘的に笑う。
だが、彼女に注意されると素早くそれを収め、敵にバレないよう密かにその場を離れていった。




