9-黒幕は扇動者
「はぁ……彼にあんな側面があったとは」
明るい笑顔で休憩中の札を外していくシロを見たアオイは、一瞬だけ見た彼の別側面との落差にため息をつく。
暗い顔だからとクレープを奢ってもらい、家にまで招かれていた彼女なので、より衝撃が大きいようだ。
しかし、同じように彼に色々してもらったことがあるはずのユウリは、家での惨状を見ていたからか、あまり衝撃を受けても驚いてもいない。
シロに対する警戒心を緩めながら、いつもと変わらない様子で言葉を発していた。
「……ま、とりあえずは納得だ。
完全に気を許しはしねぇけど、そこまで警戒もしねぇ」
「……なぜです?」
シロの言い分を受け入れ、警戒することをやめていながらも、完全に気を許しはしないというユウリ。
彼が見た惨状の具体的な内容を知らないアオイは、それを聞いて不思議そうに問いかける。
だが、彼は彼女に答えるつもりはないようで、いつも通りの軽薄な笑みを浮かべると、何てことはないように言葉を並べていった。
「理由はねぇよ。さ、そろそろ活動再開といこうぜー。
なんか有耶無耶にされちまったけど、あいつにも怪しいところに心当たりないか聞いた方がいいだろ? ほら、俺が聞くより天使ちゃんが聞く方がいいから行ってきなー」
「……? わ、わかりました。押さないでください……」
アオイの問いを軽く流したユウリは、彼女の背を押してシロへの聞き込みを促していく。
もちろん釈然としない様子を見せるアオイだったが、実際に聞くべきなのは確かであり、不満げながらもベンチから立ち上がって店に歩いていった。
ユウリはついさっき尋問したばかりだから、ウィステリアはまだついさっき会ったばかりだから。
彼に聞き込みに行くのは、多少は疑いながらも敵意を見せなかったアオイだけだ。
ベンチに残った彼ら2人は、クレープを食べ終わって手持ち無沙汰になりながらも、とことこ歩いていくアオイの背を眺めてから顔を見合わせる。
「ユウリくん、ぼくに話でもあるの?」
「まぁな。風は壊してっから、隠さずに話すぜ」
"破壊された平穏"
ウィステリアに問いかけられたユウリは、背後に薄っすらとした翼を広げる。透けているため往来の人々にははっきりと見えていないはずだが、実に大胆な行動だ。
彼は呪いの力を使うことで、アオイが支配し、探知するために循環させている風の流れを破壊していく。
風自体の破壊はしていないが、流れを断たれて拡散していく風は、決してアオイに情報を届けないだろう。
もっとも、破壊したいだけならばわざわざ翼を広げる必要はないはずなのだが。
「あの子に聞かれたくないの?」
アオイ本人が離れている時を狙うというだけでなく、彼女が支配している風まで破壊するという周到さに、ウィステリアは不思議そうに首を傾げる。
タイミング的に、シロについての話であることは確実だが、彼は初対面なのでいまいちピンときていないのだろう。
シロへの警戒心、アオイだけを向かわせる意味など、さっきのやり取りだけで完全に理解するのは不可能だった。
とはいえ、ユウリも彼女に伝えるべきではないという確証はなかったようだ。度々暴走しかける不安定さからは想像もできないような慎重さで、彼は言葉を紡いでいく。
「どーなんだろうなぁ。一応あいつには、一度手を貸してもらってるからさ。このままシロとの繋がりを持ち続けるやつはいた方がいいとは思うんだ。俺は嫌だし、信頼されるとも思えねぇ。いや、本当にただの狂人なら何とも思われてないかもしれねぇけどさ……まぁ、念のためだ」
「警戒した上で、か……なるほどね。どんな話?」
「あいつの家での話だよ」
彼の言葉を聞いたウィステリアが納得し、促すと、彼はやや顔色を悪くしながら口を開く。
おそらく、自分の屋敷で起きた惨劇とシロの家で見た景色がリンクしているのだろう。
しかし、それでも彼はいつも通りを装って話し始めた。
先程説明した、自殺願望あり、アスセーナでの事件後行方をくらました、家は血だらけだったという話の、さらに詳しい部分を……
「まず、さっきは自殺願望とだけ言ったけど、あれは受動的なやつじゃなくて、能動的なやつだった」
「死んでもいいじゃなくて、死にたい?」
「いや、その上だ。殺せとばかりに包丁を渡してきた」
「怖……」
「な? しかも、あの街にいたのは、誰かに言われたからとか言ってんだ。自殺は止められてんのかもな」
「殺されるのはいいんだ……」
もっとも簡単に、一言で説明されていた自殺願望。
これについて、その時の正確な状況を聞いたウィステリアは、自分の体を抱くように恐れを見せる。
シロの事情はどうあれ、自分を殺させようとするのは敵じゃなくても関わりたくない手合いだ。
内面的な話でもあるので、神秘である彼が怯えるのも無理はない。
彼はその見た目も相まって、つい守りたいと思わせるような可憐な姿を見せていた。そんな彼をちらりと見たユウリは、アオイが戻る前に話を終えようと立て続けに残りの話の詳細を伝えていく。
「2つ目は言葉通りっちゃ言葉通りだけど……家具類は全部持ち出されてた。荒らしたやつがわざわざ持ち出す理由はねぇし、あったとしても怪しい。もし自分で持ち出したのなら、荒らされるのをわかってたみてぇじゃねぇか?
家が血だらけだったってのも、多分想像以上だぞ。
壁も床も塗りたくられてた。まぁここに関しては、俺の主観で嫌ってるだけかもだけどなー……」
「ユウリくん、思った以上に大変な経験してるよね……」
より詳細に語られるユウリの体験を聞いたウィステリアは、顔を伏せながらしみじみとつぶやく。
これまでもユウリについては聞いていた彼だったが、やはり苦しげに自分の口から語られると少し違うようだ。
とはいえ、ユウリ自身はもう他に目を向けている。
戻ってくるアオイに対して、いつも通りの軽薄な笑みを浮かべながら手を振っていた。
「はっ、違いねぇ。貴族のままじゃありえねーよなぁ。
……ま、今はシロより黒幕だ。天使ちゃん戻って来たぜ」
「そうだね。彼女が聞いてきたことを元に、黒幕探そうか」
前を見るよう促されたウィステリアは、彼に倣ってベンチから立ち上がる。そして、風を破壊されて不機嫌な彼女を2人がかりでなだめると、黒幕を探すべくクレープ屋を後にした。
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「……まぁ、ウィルもそう思うのならいいです。気になりますが、何を話していたのかは聞かないことにしますよ」
クレープ屋から離れて数分後。
ユウリどころかウィステリアにまでなだめられたアオイは、渋々ながら秘密にされていることを受け入れていた。
先頭を歩くユウリは彼女を気にせず笑っていたが、彼女の隣を歩いているウィステリアは申し訳なさげだ。
シロの情報を元に移動しながらも、常に横を見ていたことで頼りない足取りで歩いている。
「ご、ごめんね……? ぼく達も確証はないんだけど……
も、もしかしたら、聞かない方がいいかもしれなくって……」
「ふふ、大丈夫ですって。あなたは頼りにしてますから」
「あなた"は"……!? なぁ天使ちゃん、俺はー?」
「ユウリ・アキレギアさんは……そこそこですね」
「マジかー」
聖人に成る前のように頼りなく話す彼に、アオイが温かい言葉を投げかけていると、ユウリは耳聡く反応を示す。
それはもちろん、2人のいつものやり取りだ。
当たり前のように雑に扱われたユウリは、やはり明るく笑い飛ばし、彼に釣られたウィステリアも笑みを浮かべていた。
「ま、さっきも言った通りシロより黒さ。あいつが言うには、この先の広場で頻繁に演説してるやつがいるんだろ?」
「はい、そのようです。風で怪しい人物を探ることは封じられていますが、目視しさえすれば……」
ユウリがこれから向かう先のことへ話題を変えると、アオイは緊張した面持ちで首を縦に振る。
もう広場は目の前であるため、風でユウリの動きを押さえて慎重に進みながら。
そんな彼女の耳には、既に騒がしい声が聞こえていた。
近づくにつれて段々とはっきり見えてくると、広場には台の上に立っていると思しき人物が……
「耐えることは美徳なのだと、人は言います。
ですが、それで壊れては元も子もない。あなたは人類だが、人類はあなたではないのです! 己の感情に従いましょう!
たとえそれが醜いものでも、自然界では当然のこと。
生きるとは、醜く命を奪い合うことなのですからッ!!」
台の上で目立っているのは、身振り手振りを交えて演説をする、やけに小綺麗なスーツを着た男。どこか物騒なことを語りながら、観衆にペオルと呼ばれる怪人だ。
いくつもの問題が起こっているランジャの広場には、あからさまに怪しい扇動者――ペオルがいた。




