7-三人目
「あの、何をしているの……?」
いつの間にか現れていた黒髪の美少女――アオイは、着物の袖で口元を隠しながら困り顔で彼女達の話に耳を傾けていた。
どうやら話の内容はあまり理解していないようだが、ウィステリアが嫌がっていることは確かなので、その視線はガーベラを責めるようなもの。
同じように、精霊がいると聞いて来たであろう彼女は、自身の前で枝葉をしならせる蜜柑にも同様の視線を向ける。
その視線に晒された女子2人は、爽やかだったはずの夏風が、いきなり辛く厳しい北風になったかのように身を震わせた。
「それで、精霊様……? ベラと一体何をしてらっしゃったのでしょうか? 随分とウィステリアが苦しんでいるようですが……何かを強制させてました?」
「い、いやっ……!! そそのようにゃことはっ……!!」
アオイに問い詰められた蜜柑は、いまいち判別できないが、恐らく上半身と思われる辺りを反らしながら口籠る。
口がないのに、テレパシー的な声であるのに、吃ってしまう。
筋金入りの人見知りだ。
しかし、そういった人種は大抵心の声が大きい。
蜜柑も例にもれず、自身が吃ったことも噛んだことも気が付かずに、心の中でマシンガントークを繰り広げていた。
(和服美少女きたーっ!? 着物は詳しくないけど、夏らしい爽やかさ! だけど、ヤバい!! なんか怒られているよ!?
好きなことを話して周りが見えなくなるのは私の悪い癖。
さぁ、正しい選択肢はどれなんだぁ……!?)
「うふふ。蜜柑ちゃんったら、かんでるじゃない。この子はわたし達の友達なのだから、きん張しなくてもいいのよ?」
「ガーベラさん……? あなたもウィルを苦しませていましたよね……? たのもしいおじょう様はどこへ……?
私が授業をして差し上げましょうか……?」
「ひっ……!! ごめんなさい、リア! わたしはわたしの努力をするから、あなたはあなたの努力をがん張ってね!」
いきなりのことで、つい噛んでしまった蜜柑を笑うガーベラだったが、アオイの非難は彼女にも向いている。
むしろ、よく知る仲だからこそ強く責められており、脅しつけるような声色にビビった彼女は、すぐさまウィステリアに頭を下げた。
すると、アオイ同様に彼女をよく知っているウィステリアは、悪気がないと理解しているからか、むしろ焦ったように首と手を横に振り始める。
ガーベラの頭を上げさせようとしているので、どうやら彼女に頭を下げられることに慣れていないようだ。
つまるところこの3人の力関係は、アオイ、ガーベラ、ウィステリアという順番だといえる。
ウィステリアは謝罪を止めようとしていたが、アオイとガーベラのやり取りを見た蜜柑は、さらにアオイへの緊張感を高めていく。
「まったく……さて、逆にウィルを困らせてしまうので、そこまで強く問いつめはしませんが、何をなさっていたので?」
「え、ええとですね……!! ウィステリアは可愛いなぁという話をしておりました、アオイさんっ!」
「……この方は、なぜこのような話し方を?」
再びガーベラから蜜柑へと移された視線に、蜜柑はピシッと幹の背筋辺りを伸ばして言葉を返す。
告げた言葉は正しい。しかし明らかに緊張しており、丁寧に答える彼女の声は裏返ってしまっていた。
その答えを聞いたアオイは、当然のように違和感を覚えて2人に問いかける。
「たぶん、アオが怖いんじゃないかな……?」
「え……!? わ、私、そんなに怖いですか……?」
それに答えたのは、ガーベラに謝られたことで冷静さを取り戻し、赤くなっていた頬を正常に戻したウィステリアだ。
彼の言葉を聞いたアオイは、ガーン……とショックを受けた様子で頬に手を当てる。
彼女もガーベラ達と同じく12歳であり、蜜柑からしたら年下なのに情けない限りであった。真面目なアオイは大いに嘆き悲しんでしまう。
はっきりと口にしてしまったウィステリアも、またしても申し訳なさそうにあわあわと手を動かしている。
だが、唯一それに便乗したの人物がいた。
もちろん、最も強気な性格のガーベラだ。
蜜柑が萎縮し、ウィステリアが焦り、アオイがショックを受けている中、彼女は元気よく胸を張って断言する。
「怖いと思うわっ! わたしもさっきおどされたもの!」
「わかりました。ベラは明日、私の家にいらしてください」
「な、なにゆえ……?」
「まる一日私が教育して差し上げます。もちろん、畑仕事もなしですよ? あなたのお家は、沢山やとっておられるでしょう? あなたもまだ子どもなのだから、お勉強しなさい」
叱られた後なのに調子に乗ったツケは、すぐにやってくる。
じっとガーベラを見つめたアオイは、彼女に恐る恐る呼びつけられた理由を問われると、先程脅した通りに勉強会の開催を宣言した。
しかし、その脅しを聞いてすぐにウィステリアに謝ったガーベラだ。すんなりと頷くわけもなく、怒れるアオイとの全面衝突に移行する。
「はぁっ!? なんでそうなるのかしら!? わたし、思ったことを言ったまでよ!? あなたに自覚があるからそんなことを言うのでしょうねっ! 村長の娘といえど、仮にも爵位を与えられているグロリオーサ家のわたしに八つ当たりなんて、許さないわよっ! 言動をかえりみなさいっ!?」
「自覚があるから? ええ、そうよ! 自覚がないあなたとは違って、私は私の立ち位置や欠点は自覚していますっ!
だから気にしているのよ、厚顔無恥なあなたとは違って!
あなたこそ、村長の娘にそんなことを言っていいのかしら!?
能力と人心から任じられたのが私の家よ! 立場は同等!
むしろ、こんな辺境のちっぽけな町の貴族に、どれだけの力があると言うのでしょうねっ!? もっとはげみなさいっ!」
「はぁぁっ!? 厚顔無ちですって!? わたしは行動力があるだけよっ! そもそも、この国の貴族はそんなにくさってないわ! かつてフラーのためにシュルト様に協力して、今もそれぞれの領地の顔役を‥」
『ぷっ、あははははっ!』
アオイとガーベラの口喧嘩は、お互いの弱い部分どころか、お互いの家の事情まで踏み込んだかなり大きなものとなる。
どちらも手を出したりはしていないが、今にも絶交してしまいそうな危うさもあって、ウィステリアはやはりオロオロと涙目だ。
しかし、さっきまで堅く怖かったアオイが取り乱したことで蜜柑が吹き出してしまい、先程のガーベラ同様その流れに水を指すことになった。
どうやら、年下ながら大人顔負けの思慮深さを見せた彼女が人間らしさも見せたことで、怯えていたことがバカらしくなったようだ。
緊張して硬かった声とは打って変わって、柔らかく勢いのある蜜柑の笑い声に、アオイとガーベラは毒気を抜かれた様子でぽかんと彼女を見つめる。
「み、蜜柑ちゃん……? どうしたの……?」
「ええと……特に緊張をほぐすというような意図はなかったのですが、ほぐれたのならばよかったです」
「え? あ、そういう……」
『へへ、ごめんねアオイちゃん。ウィステリアをいじめるつもりはなかったんだ。気をつけるね』
「いえ、これもたわむれの1つですから。私はこの中ではどうしても止める立場になりますが、ありのままの表情を見せてくれる相手を、人は信用するのだと思います。
ぜひ、このままで」
突然の笑い声にガーベラは戸惑いを見せていたが、アオイはさっきのやり取りがどう思われたのかを察したようだ。
柔らかい声で謝る蜜柑に微笑みかけ、あんな言い方をしてしまった訳と共に蜜柑を肯定する。
それを見ると、喧嘩をしていたガーベラは表情を緩め、オロオロしていたウィステリアもニッコリ笑う。
緊張も険悪さも、すっかり霧散して和やかな雰囲気だ。
『そうだね! アオイちゃんも、普通に話してね。あんまり畏まられても話しにくいから』
「そう、ですね。……さっきのような場合は別として、私は割りとこれがふ段通りなのですが、意識してみます」
蜜柑の要望に少し戸惑ったアオイだが、すぐに気を取り直すとまっすぐ彼女を見つめてそれを受け入れる。
すると、一旦すべての話が落ち着いたと見たガーベラは、本来アオイが来たら頼もうとしていたことを口に出す。
「オッケー、じゃあ蜜柑ちゃんの話に移りましょうか?」
『よろしくー!』
「蜜柑様のお話……?」
「ええ。蜜柑ちゃん、あまりこの星のことを知らないらしくて。神秘や精霊様のことについて、教えてほしいらしいの」
「なるほど……確かに私が適任ですね。あなたはよくお勉強をサボっていますし、ウィルにはあまり必要のないことです」
「畑仕事を、しているのよっ!」
「そういうことにしておきます」
蜜柑の頼みを快く承諾したアオイだったが、その理由をはっきり口にすることでまたしてもガーベラを口撃する。
ガーベラもすぐさま抗議すると、楽しげに微笑むアオイによるこの世界の勉強会が始まった。
「ちなみに、明日は家に来てくださいね? ベラ」
「なんでよーっ!?」
爽やかな風が吹くこの草原には、勉強会が開始する合図としてガーベラの悲鳴が響き渡っていた。




