0-蜜柑と魔導騎士
これは、蜜柑の果実を食べたユウリが神秘に成り、そのままアオイを探して飛び去っていった直後。彼が彼女と激突するずっと前の話。
フラーにある村マンダリン……その付近にある崩れかけの丘では、冷たい風に吹かれながら二人の人物が対面していた。
崩れかけていながら、蜜柑の本体である木が根を張っているおかげでまだ形を保つ丘の頂上付近には蜜柑。
その反対側に立つのは、ほとんど完全に崩れた崖をガーベラに案内されて登ってきた、長くウェーブした髪の女性騎士――ミモザ・スノーフレークだ。
片や、近いうちに来ると予告されていたとは言え、いきなり現れた女性騎士にビビり、片や、具体的な日付けを告げずに訪れ、マイペースにジッと相手を見つめている。
一応は用事があって生まれた対面のはずなのだが、蜜柑は人見知りから、ミモザはマイペースに観察をしていてどちらも話を始めない。
しばらく間に立って様子をうかがっていたガーベラは、ついに痺れを切らして2人のクッションになっていく。
「えっと……蜜柑ちゃん、こちらはさっきも名乗っていた通りミモザ・スノーフレークさん。フラーの聖花騎士団で騎士団長をしているんですって」
「あ、は〜い、ミモザ・スノーフレークです〜。
一応魔導騎士長をやらせてもらってま〜す」
『えっと、ミモザ・スノーフレークさん。はじめまして……』
改めてガーベラに紹介されたミモザは、蜜柑をジッと見つめ続けながらも挙手して紹介を繰り返す。
目は蜜柑に釘付けになっているが、その表情に浮かぶのはほのぼのとした人懐っこい眩しい笑顔だ。
まだ緊張した様子の蜜柑も、ひとまずは会話が始まったことで表面上は笑顔を見せる。
「……」
「……」
だが、それでも会話は始まらない。
蜜柑はガーベラ達との初対面同様どうしていいかわからず、ミモザはマイペースに彼女を見つめ続ける。
この丘に彼女を連れてきたガーベラとしては、とてつもなく居心地の悪い空間だった。
否応なしに2人の間に立たされるガーベラは、しばらくするとやはり自分から話を振っていく。
「……あの、ミモザさんって用事があって来たんですよね?
蜜柑ちゃんを眺めていないで、本題に入ってもらえるとありがたいんですけど……この丘、崩れそうですし」
「ガーベラちゃん!」
「は、はい……?」
「ミモザお姉さんは、あなたと仲良くなりたいな〜。
敬語とかいいから、普段のあなたを見せて頂戴?」
「あの、丘が崩れる前にお話を始めてほしいのだけれど……」
ガーベラが話を振っても、ミモザは自分のペースを崩さない。丘は崩れているというのに、それよりもガーベラが一歩引いた姿勢であることの方が重要のようだ。
普通に接してほしいとの要求を受け、ガーベラはいつも通りの口調ながら、やや控えめに本題に入ることを主張していく。
聖花騎士団の騎士団長ということは、おそらくはこの国の王にかなり近しい存在だ。流石のガーベラも、国の重鎮に友達感覚で話しかけるのは躊躇われるようだった。
「まだ距離を感じるな〜。だけど、仕方ないですね。
いいでしょう! 本題に入りましょうか〜」
蜜柑程ではないにしても、やや硬い表情のガーベラ。
仲良くと言っても壁を感じさせる彼女に、ミモザは少し不服そうにしていたが、これ以上は無理だなと察したのか本題に入っていく。
とはいえ、蜜柑は話しそうにないので、主にガーベラに対して話し、それを彼女にも聞いてもらうという形だ。
ちらりと木の前に立つ蜜柑を見ると、案内してきた時のまま自分の近くにいるガーベラに向き直る。
「えっとですね〜。今回私がやってきた理由は、お手紙にも書いた通り、新たな精霊……そして魔人などの神秘が生まれたという噂を聞いたからです〜。危険な存在ならば討伐対象、友好的な存在ならば騎士団に入ってくれないかな〜……と」
「それで、実際に見てみてどうかしら……?
私達、危険な討伐対象になる……?」
みかんの精霊とその眷属たる魔人・聖人の見極めに来る……とだけ聞いていたガーベラは、その後の対応を聞いて自分達はどうだったのかと不安そうに問う。
その様子を見たミモザは、意味深に笑みを深めていた。
「どっちだと思います〜?」
「あの、遊ばないでいただけません……!?
こっちは真剣なんですけどっ……!!」
「うふふ〜、ごめんなさい。答えは〜…………」
はぐらかし始めるミモザに、当然ガーベラは声を荒げる。
だが、楽しげに微笑む彼女はそれでもすぐに答えない。
実際に見てみた結果を告げる直前で言葉を切り、体を左右に振って長い髪をふわふわと揺らし始めた。
ひたすら弄ばれてしまうガーベラは、緊張を高めてふるふる震えている。
ここまで来ると、流石に蜜柑の緊張も解けてきたようだ。
焦らすように黙り込む彼女と、やきもきしているガーベラを見て、やや表情を崩して困ったような笑顔を浮かべていく。
それを見たミモザは、満足気に笑いながらようやく答えを口にした。
「答えはもちろん、友好的な存在です〜。全員揃ってはいなさそうですけど、騎士団に入っていただけませんか〜?」
「友好的……!! よ、よかった〜……!!」
もし敵対すれば、戦うことになるのはおそらく聖花騎士団。
そのトップであるミモザが出した結論に、ガーベラは一気に緊張を緩めて息を吐く。
へにゃへにゃと地面にへたり込んでいるので、彼女は見た目以上に敵対を恐れていたようだ。
単純な人見知りだった蜜柑は、遊ばれるガーベラを見てもう緊張が解けていたので、彼女を支えるために駆け寄る。
『ごめんねガーベラ。ビオレ奴隷商会の時のこと、結構気にしちゃってたんだね。なのに任せっきりにしちゃって……』
心配そうにガーベラに駆け寄った蜜柑は、彼女の肩を抱きながら申し訳無さそうに声をかける。
前回の戦いでは、彼女はハオ相手に危うく食べられるところだった上に、自分達も一度は全滅しているのだ。
トラウマという程ではないにしても、少しはあの時のことを恐れていても無理はないだろう……という風に。
だが、実際にあの時のことに怯えていた様子の彼女も、人生に支障が出る程の恐怖を覚えている訳では無い。
勝ち気な彼女は気丈に微笑んで見せると、蜜柑の腕をポンポン叩きながら言葉を紡ぐ。
「ふふ、別にいいのよ。私はウィルだけじゃなくてあなたにも頼るけど、寄りかかるつもりはないものっ! 私達の時もそうだったし、初対面は苦手なんでしょ? 任せてっ」
『ありがとう。でももう慣れたから、休んでていいよ。
ウィステリアのこともあるし』
「さっきのね。用事ができたって言っていたけれど」
勇ましいガーベラの言葉に、蜜柑は嬉しそうに微笑む。
しかし、彼女もまた寄りかかるだけでいるつもりはないらしく、さっき軽く伝えた事情も踏まえて、自分がミモザと話すことを決めた。
蜜柑は木を操って彼女に椅子を作ると、同時に丘中に枝や根を伸ばして崩落を止めてからミモザに向き直る。
さっきまで人見知りしていたとは思えないような、毅然とした態度だ。
『待たせてしまってごめんなさい。改めまして、私は蜜柑。
この村に生まれた精霊です。騎士団に入ってほしいという話に返答してもいいですか?』
「もちろんです〜。拒否でも敵対はしませんから、どうしたいかをはっきり言っていただいていいですよ〜」
礼儀正しく頭を下げる蜜柑に、微笑ましそうに見守っていたミモザはほんわかと言葉を返す。
思っていることを話しやすいように前もって害意がないことを伝え、ニコリと笑って彼女の答えを待つ。
どこまでも優しげな態度を見た蜜柑は、安心したように微笑むと同時に、少し申し訳無さそうにしながら望みを告げた。
『はい、では正直に……私達は騎士団に入ることはできません。理由は、家族が遠くで何かを追っているからです。
たとえ今さらだったとしても、私は彼らの元に行きたい』
「そうですか〜……おそらくその家族というのも、あなた方のように善良な方々なのでしょうね〜。どうぞ、そちらを優先してくださいな。我々はあなた方と敵対しませんから〜」
『ありがとう、ミモザさん』
騎士団加入を断られたミモザだったが、残念だというような感情などおくびにも出さない。
蜜柑が会いに行くつもりであるウィステリア達を肯定して、ほんわかとした笑顔でみおくりの姿勢を見せる。
木の椅子で成り行きを見ていたガーベラは、信頼されているらしいことにホッと一息つき、脱力していた。
「でもね、1つ言っておきたいことがあるの〜……」
しかし、自分の呼び方については不満があったらしい。
蜜柑が顔を上げると、ミモザは先程までとは打って変わって口をとがらせ、彼女達を驚かし始める。
今までと違った脅すような低めの声色に、ガーベラどころか蜜柑もビクリと肩を跳ねさせていた。
『な、なんですか……?』
「えっとね〜……私のことは、ぜひミモザお姉さんでお願いします〜!」
2人が恐る恐る問いかけると、彼女はまたも声色を激変させた。脅すような調子はどこへ行ったのか、堂々と要望を出す彼女の声色は今までで一番優しげだ。
その言葉を聞いた蜜柑はポカンと口を開き、ガーベラは椅子からずり落ちている。ミモザはワクワクした表情で待っているが、彼女達が驚くのも無理はない。
わざと結論を出すのを伸ばして焦らしたり、脅すような声色を作ったり、彼女が騎士団長のくせにお茶目すぎるのだ。
蜜柑達の反応に首を傾げるミモザだったが、本来、首を傾げるべきなのは彼女達である。
しばらく沈黙した後、何度もお姉さんを強調する意味が分からない蜜柑達は、ややぞんざいに彼女に問いかけた。
『……はい?』
「あ、えっとね〜? 私はもちろん神秘なのよ〜。だから何百年と生きていて、おばさんとかお婆さんとかって呼ばれることがあるのよね〜。……もうわかるでしょ〜?」
『あ、はい。ミモザお姉さん』
すぐに真意を察した彼女達は、ミモザをお姉さんと呼ぶことを余儀なくされる。とはいえ、まだ馴れ馴れしくし難いというだけで嫌っている訳では無いので、言い淀むことはない。
距離感はあまり変わっていないものの、スムーズに発せられたお姉さんという単語に、ミモザはご満悦だ。
「うふふ〜、ありがと〜。あ、私はもうこれ以上干渉しないから、気にせずお友達を助けに行っていいわよ〜」
『あ、はい』
「じゃあまたね〜、ばいば〜い」
ほわほわと手を振って去っていくミモザに、蜜柑達は呆然としながらも手を振り返す。
彼女達にとって今回の出来事は、わざわざ審査に来ると予告までして来たのに、ひたすら緩く不思議な時間だった。
(なんか、前世のお姉ちゃんみたいだったな……
他の人達はともかく、お姉ちゃんにはまた会ってみたいかも……まぁ、今更だね)
ほわほわとしていながら、ただただ振り回して帰っていく、穏やかな嵐のようなミモザの後ろ姿を、蜜柑達はぼんやりと見つめ続けた。
「……えと、リアを助けに行きましょうか?」
『う、うん。そうだね……』
ミモザ魔導騎士長を見送った蜜柑達は、その後しばらく黙り込んでから顔を見合わせる。この地に留まらなければならなかった理由はなくなり、いざ旅立ちの時だ。
しかし……
『あ、でも……』
「どうかしたの?」
ガーベラと同じく天使のような翼を広げたところで、蜜柑は何かを思い出したように声を上げた。
飛び立ちかけていたガーベラが問うと、彼女は困り顔で口を開く。
『えっと、今は魂か何かが人型を形作って活動してるけど、私の本体ってこの木なんだよね……放置して大丈夫かな……?』
「あー……気に留めていなくて忘れてたわ。
村のみんなは精霊だって知ってるけど、エリスみたいなのが来ないとも限らないし、たしかに少し心配ね」
蜜柑が思い出した懸念点を聞くと、ガーベラもそれに頷いて眉をひそめる。それも、蜜柑が思いついたことをポロッと口に出したのに対して、彼女は前回のことがあるからか本気で気にしている様子だ。
前回の戦いに巻き込んだ蜜柑なので、自分よりも不安そうなガーベラを見てしまうと、もうスルーはできない。
彼女を気遣いながら、先程より深刻な表情で思案し始めた。
すると……
「じゃあ俺が護衛任務を受けようか、お嬢さん方?」
「誰っ……!?」
まさに彼女達が心配しているみかんの木の上から、軽やかな男性の声が投げかけられた。
警戒心を高めていたガーベラは鋭い声を飛ばすが、声の主は気にせず風に乗ってふわりと降りてくる。
重力などないかのように、見えていないだけでそこに幻の道があるかのように。足音もなく丘に着地し現れたのは、ボロボロな黒いローブを纏った明らかに怪しい人物だ。
当然ガーベラは警戒心を解くことなく、蜜柑も軽く身構えて口を開く。
『あなた、誰……?』
「……悪ぃな、俺に名前はねぇんだ。好きに呼んでくれ。
だが、敵じゃねぇってことだけは断言できるぜ?
俺達の物語に、お前達は存在しない。あぁ、こう言った方がいいな。俺はエリスの敵だ」
「……」
蜜柑に誰何された黒ローブの男は、フードで顔を隠したまま言葉を紡いでいく。名前はない、物語、エリスの敵。
ほとんどは意味がわからず、唯一意味の理解できる部分も、信じて良いのかがわからない内容を。
その言葉を聞いた蜜柑達は、もちろん警戒を解かない。
黙り込んだまま、男の目的を読み解こうと頭を悩ませる。
だが、考えがまとまる前に男は再び口を開いた。
「エリスの敵ってのは本当なんだけどなぁ。
じゃあ、こっちから依頼を出そうか?」
『そんな暇は‥』
「エリスの部下であるクリフォトの伐採。
俺はお前らセフィロトに、それを依頼するぜ……」
男の依頼を聞かずに断ろうとする蜜柑だったが、彼はそれを遮って依頼を告げる。
この地球と星にあって、蜜柑が得た力――"友を護る神秘の樹"の名と対をなす名を持つ者の討伐を……




