24-扇動者の戯れ
アオイとユウリが殺し合いを始める数日前。
まだ、アオイが取り引きに酔って記憶の一部を失ったまま空を飛び、ユウリがマンダリンを目指して走っていた頃。
彼女達の標的であるセファール商会は、とある街にて秘密の会合を行っていた。といっても、彼女達は特別秘密にしようとしている訳ではない。
もちろん、バレなければバレない方がいいのだろうが、そこまで隠すことに執着はしていない。彼女達は商会なのだ。
最悪商談だとすればよく、またこの情報を得るためには対価が必要である。
そのため、マンダリンのように領主がおらず、だがあの村より大きな街であるこの地の片隅にある建物内で、彼は夜闇に紛れつつも声を潜めることもなく口を開いていた。
「キヒッ……!! あぁ!! なんと素晴らしい成果でしょう!!
あの少年は想い人に両親を惨殺され、使用人達を惨殺され、血の海に沈んだ!! さらには、逃げた先でも壁中に塗りたくられた血!! 怒り、悲しみ、憎しみが目に見えるッ……!!」
話している内容の趣味が悪い割に、やたらと小綺麗なスーツを着ている彼は、体をくねくねと曲げながら恍惚とした笑みを浮かべる。
仰々しく演説をするように手を広げている上に、骨がないのかというくらいにぐわんぐわんと回る首。
前後左右、柔軟すぎる動きを見せており、かっちりしたビジネスマン風の見た目ながら、彼は明らかに怪人だった。
彼の前に座る女性も流石に耳障りだったようで、しばらくしてから鬱陶しそうに注意を始める。
「すっごくうるさいんですけどー。あなた少しは黙れないんですかー? もう商売は終わったんですから、目障りだったら容赦なく殺しますよー、ペオルさーん」
彼の前にある椅子に座り、テーブルの上に置かれたお金を数えていた彼女は、足を組み替えて身軽そうな旅装束を揺らしながら脅す。
手に握られた紙幣はどういう訳か怪しく輝いており、人工物だというのに実に神秘的。その光景だけで、脅しは嘘ではないのだと思い知らせるようだった。
スーツ姿の怪人――ペオルも、流石に直接的に言葉で殺すと宣言され、さらには実際にその予備動作を見せられれば黙らざるを得ない。唇をギュッと歪に引き結びながら、広げた手を降参するように高く掲げる。
「んーんーんー、大恩あるリデーレの姉御に言われては従わなければいけませんねぇ。えぇ、薬と金銭の取引関係は終わり、これからは価値を証明した私の時間です……」
「セファールが例のものを持ってきますよー。
ただ、才能がなければ結局殺すから気をつけてね……?」
「キヒヒッ、なんとゾクゾクすることだろうッ!! まさか私の人生にこのようなことが起こるとは……素晴らしいッ!!」
例のもの、という言葉を聞いたペオルは、最悪殺されるという話を聞いてもまったくお構いなしだ。
直前のやり取りでは降参していたというのに、今はむしろ嬉しそうに頬を緩めている。
ペオルの狂った反応を見て、彼と向き合っている女性商人――リデーレも満足そうだった。
「うっふふ……えぇ、あなたは本当にいい人材よ。
初期メンバーに並べるだけの価値がある。
あなたもそう思うでしょう? セファール」
ペオルの言葉を受けて邪悪に笑うリデーレは、ペオルの価値を認めるように語りかけながら、なんの前触れもなしに視線を建物の入り口に向ける。
最後の言葉も、直前までと違ってペオルに向けたものではない。まだ扉は閉まっていたのに、もう誰かがいることを察しているようだ。
すると、扉はその彼女の言葉に反応するようにゆっくりと開き、外からは月光の奔流が流れ込んでくる。
同時に、その幻想的な光に包まれながら現れたのは、大きくスリットの入った、動きやすそうなドレスを身に纏った美女――セファールだった。
「さぁ? 私は存じ上げませんわ。
だって、選定なされたのは貴方ですもの」
月光を散らしながら入ってきた彼女は、リデーレの問いかけに返事をしながらペオルを見やり、歩み寄っていく。
仲間の選定が正しかったのか確かめるように、自分が持ってきたものを与えるべきか考え込むように。
その切れ長の目に冷たい光を宿し、陶器のようにきめ細かく美しい肌を輝かせ、まるで女神か何かのように神々しい歩みでペオルの側に寄り添い、囁いた。
「ですが、私は貪欲ですの。身を捧げる覚悟がお有りになるのでしたら、迷わずこの実を与えましょう。すべてを捧げてくださる? もちろん、断っても頂きますわ」
「ふーむ、捧げるつもりなど毛頭ありませんよ?
私は私が見たいもののために場を荒らすのみです」
「結構。何者にも揺るがされない強き心……
それが眷属に成る条件です。貴方には確かに価値がある」
絶世の美女であるセファールに胸を押し当てられながらも、一切の迷いなく自分を貫いたペオル。
そんな彼を至近距離で見つめていたセファールは、自分に心を惑わされなかったこと、まるで躊躇がなかったことなどから彼を認めた。
スッと彼から離れると、手に持っていたポーチから1つの果実を取り出してペオルに差し出す。
「口になさい。貴方ならば、きっと神秘に成るでしょう。
クリフォトは貴方を歓迎します」
「キヒッ、感謝を」
セファールに促されたペオルは、唇の端を吊り上げて三日月のような不気味な笑みを浮かべると、恭しく果実を受け取る。
この世には存在しない、神に与えられたかのように神秘的でありながら、どこまでも禍々しく、不可思議なオーラを放つ悍ましい果実を。
そして、ペオルがやはり迷いなく果実を口に運ぶと、変化は唐突に現れた。
"醜悪な扇動"
「……!!」
彼の背中ではドス黒く大きな翼が広がり、瞳は濁ったようでいてどこまでも透き通った、不思議な引力を感じるものに。
ただ見ているだけで不快感が増し、今すぐにでも彼を殺したくなるような醜悪さを放っていた。
「ご機嫌よう、私達の新たな家族。少し……不快ですわ」
「キヒヒッ、酷い言われようですねぇ!」
禍々しく羽ばたくペオルを見たセファールは、開口一番に彼を罵倒し、彼もそれに応じるように不気味な笑みを深める。
醜悪であること。それが彼の在り方であり、価値だ。
それを認めるということは、罵倒であると同時に褒め言葉にもなっていた。とはいえ、それが良いことであろうと不快なことに変わりはない。
セファールと違って、隠しもせずに思いっきり顔をしかめていたリデーレは、自らがきっかけを作って生み出された神秘に神妙な面持ちで取り引きを持ちかけた。
「……ペオル、少し取り引きをしません?」
「なんです? 何かしてほしいことでも?」
「街で好きに暴れていいから、目の前から消えて?」
「うぅーん、随分と嫌われてしまったものですねぇ!」
取り繕うこともなくはっきりと面と向かって放たれた口撃に、流石のペオルも驚きを見せる。
といっても、それもどこかコミカルで、彼自身が望んでいることでもあるようだ。
顔の横で両手を広げていた彼は、少しふざけたあと大人しく街へ向かおうと翼を羽ばたかせていく。
だが、彼が建物から出ていこうとすると、罵倒していて同じ感想を持っていたはずのセファールは彼を引き止め始めた。
「お待ちなさい。どうせなら私達も行きましょう」
「は……? なんでわざわざこれについていくの?」
「もちろん、私が貪欲だからですわ」
「なら、あなただけが行けばよろしいのではなくて?」
「嫌ですわ。貴方、随分と慎重でいらっしゃるのね。
マイペースなのは美点なのかもしれませんけれど」
「ビビってるんじゃなくて、無意味だと言ってるんですけどねー。それに、自分勝手なのもあ、な、た!」
「私は今回、貴方の望むものを持ってきて差し上げたはずなのですけれど、対価は払われませんの?」
「……」
自分達もついていくと言うセファールに、もちろん反抗するリデーレだったが、今回は相手が悪い。
激しい口論の末言い負かされた彼女は、中空を羽ばたいているペオルを見上げると、黙って翼を広げて一気に飛び立つ。
それを見たセファールは満足そうに微笑んで翼を広げ、ニヤニヤと笑うペオルも彼女達に続いて飛行を開始する。
醜悪で、貪欲で、質の悪い取り引き。
類まれなる悪徳によりアスセーナを荒らしていた彼女達は、アオイ達が誤解を解くよりも前に、次の病巣を作るべく街へ飛び去った。
蜜柑の対策2はこれが最終話です。
次回キャラの投稿をしてから3に入ります。
よければブックマーク、評価、感想などしていただけると嬉しいです。




