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蜜柑の対策  作者: 榛原朔
蜜柑の対策2 自由なる風の旅路

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23-五人目

「あれ……? もしかして、喧嘩でもしているの……?」


巨大な炎の剣で壁を斬り裂いてきたウィステリアは、満身創痍のアオイとユウリを見て首を傾げる。


それも、ただ満身創痍というだけでなく、今にも相手に襲いかかろうとしている瞬間、明確な殺意を秘めている目をしている2人を……だ。


喧嘩というのはかなりズレた問いかけだったが、彼が疑問に思い、動きを止めてしまうのも無理はなかった。

しかし、彼女達は彼を見たからといって止まることはない。


ユウリにとっては多少は絆を感じる程度で初対面、アオイにとっては誰よりも大切な人の1人だが、記憶の混濁が見られ、さらには体中がひび割れて気にする余裕はないのである。


ウィステリアの姿はほとんど目に入っておらず、壁が破壊されたという異変以外に気づかずにユウリに襲いかかった。


"ブレイクスルー"


"ディザスターエクスプレス"


アオイは直前に敵として滅ぼそうとしていたように、神秘的な風を纏ってユウリに向かっていく。


三角錐のような、ドリルのような形状の風で領域内に舞っている瓦礫を砕き、彼の破壊という概念には及ばないながら、破壊の力を秘めた風を渦巻かせる。


対して、ユウリが繰り出すのは何度も見せていたように破壊的急行列車だ。やはり目に見える変化はない。

だが、空気は破壊され引き裂かれ、近くを舞っていた瓦礫は粉塵となり、空気抵抗もなく彼女にすっ飛んでいく。


「堕ちろッ……!! 堕天使ーッ!!」

「私の自由を奪うな、破壊者ッ……!!」


互いが互いに向かって全速力で突撃していく彼女達は、当然二人分のスピードが重なり合っており、激突は瞬き一瞬だ。

たとえ神秘であっても、手を出す暇がないくらいのスピードでぶつかり合った……はずだった。


「ッ……!?」

「っ……!? ウィ、ル……?」


だが、実際には彼女達の間には他の人物が存在していた。

その他の人物とは、もちろん壁を破壊し彼女達に呼びかけていたウィステリアだ。


彼は金色の炎を纏った両手を交差しており、左右でそれぞれ破壊的な拳と突き破る風を受け止めている。

2人の攻撃を真正面から受け止めたのだから、当然彼の両手はボロボロだ。


ユウリの拳を受け止めた方は、金色の炎が破壊されて消えかけており、アオイの渦巻く風を受け止めた方は、砕かれつつも揺らぐ程度で保っている。


「そうだよ、アオ。ようやく周りに目が向いた?

らしくないね。何かあったの?」

「私、は……ただ、商会を追わないといけなくて……

けど、それ以外に直近の記憶がなくて……もう、それだけしかなくて……邪魔は、しないでください……ウィル」


ウィステリアが気遣わしげに問いかけると、アオイは焦燥感に駆られたような余裕のない表情で言葉を返す。

彼女はユウリと同じように炎で包まれ、軽く拘束されているのだが、それでも抗うように周囲の風を吹き荒び始めた。


"ディヴァイン・オウレオール"


しかし、アオイが致命的な行動を取る前に、ウィステリアは彼女を無力化するべく能力を使う。

全身に纏った炎の鎧をひときわ輝かせ、彼女から暴れる余力を奪うために炎を放出する。


金色の炎は両手から吹き出していたため、炎を破壊することに躍起になっていたユウリも巻き添えだ。

彼女達は金色の炎にまとめて焼き払われていき、その勢いで地面に叩きつけられた。


「うぅっ、あぁっついっ……!!」

「あっちぃ……!! 壊れろ、熱……!!」

「ボロボロの君達に対してこんなことするなんて申し訳ないんたけど、止めない訳にはいかないから……ごめんね」


金色の炎に焼かれ、息も絶え絶えに地面へと叩きつけられるアオイとユウリ。だが、ユウリはそれでも抗おうと、アオイを殺そうと、邪魔な炎熱の破壊を始める。


それを見たウィステリアは、苦しげに顔をしかめながらも彼を大人しくさせるべくさらに加えて能力を使った。


"アトーンメント・ドラウト"


すると、彼らの頭上に現れたのは、太陽の如き輝きを放っている神炎の球体。それはただ浮かんでいるだけで、ユウリが破壊したものから創り出した壁を塵に変え、彼らが横たわる地面を砂漠にしてしまう勢いで焼き焦がしていく。


風すらも焼き、破壊を通さず、この場の神秘をすべて制圧し支配する勢いの日照りは、ただでさえ燃えていたアオイ達を一瞬で弱体化してしまった。


「かはっ……み、水……!!」

「熱、壊れろ……動け、俺……!!」

「……えっと、ユウリさん? あなたは記憶ありますよね?

とりあえず落ち着いてもらってもいいですか?

アオを元に戻して、真実を明らかにしますから」

「……!! できる、のか……?」


全身の水分を奪われてしまい、喉の乾きに苦しむ2人。

アオイが水を求めて弱々しくもがく中、それでもユウリは暴れようとしていたのだが、ウィステリアの言葉を聞くと正気に戻り、思い切り目を見開く。


彼は全力で呪いを使っていた時のような、ひび割れた瞳でもなくなり、もう完全にいつものユウリだ。

もっとも、家族を惨殺されたことによる暗い光は残ったままであるが。


「はい、蜜柑お姉さんからあなたの記憶を見せてもらいました。同じように、アオにも見せて思い出させます」

「わかっ、た……じゃあ、水」

「はい、どうぞ」


ウィステリアの答えを聞くと、ユウリは大人しく差し出された水を飲み始める。頭上に浮かんでいた神炎の球体は、既に消え去って残るは乾きのみだ。


水分が蒸発してもう動けないアオイも、彼が殺意を収めたこと……つまりは自由を奪われる恐れがなくなったことに加え、ウィステリアがこの場にいることで抵抗をやめていた。


記憶が欠損した状態でいながらも、彼の言っていたユウリの記憶というものを待っている。


「ウィル、私も、水……周囲の神秘、熱に……」

「ごめんね、暴れられたら困るから……」


アオイにも水を要求されたウィステリアは、ユウリに渡したのと同じように水を渡す。そして同時に、彼女が失った記憶を戻すべく、眷属の繋がりを活性化させ始めた。


「ごく……っ!?」


水を飲んでいたアオイは、あまりにも自然に繋がれた念話に驚き、軽く肩を跳ねさせる。しかし、決して体に触られたりと衝撃が加わった訳ではないので、それ以上の反応はない。


流石はアオイと言うべきか、そのまま水を飲みながら静かにこれから起こることを待っていた。


「えっと、見せるよ……?」

「はい、お願いします」


ひとまず念話を繋げていたウィステリアは、彼女が水を飲み終わったことを確認すると声をかける。


アオイは間髪入れずに頷いたので、すぐに記憶共有開始だ。

彼女の頭の中には、蜜柑が見たユウリの記憶が映し出されていく。


「……!!」


次々に映されていくのは、ユウリ視点ではあるが、アオイが忘れていた彼との思い出や彼の葛藤。

街中を苛んでいた不安、共に解決に向けて動いていたこと、好意、家族を殺した犯人に見えた彼女自身。


そして、ユウリがわざわざマンダリンに行って、蜜柑の加護を受けて来た理由……


「思い、出しました……ユウリ・アキレギアさん。

忘れてしまっていてすみません」

「……で? 堕天使ちゃんは説明してくれんのか?」


失っていた記憶を取り戻したアオイが頭を下げると、ユウリはフルネーム呼びも気にせず問いかける。


殺し合いをしていた時よりは柔らかい表情ながらも、彼女が家族を惨殺した可能性はまだ残っているため、少し不安そうで張り詰めた雰囲気だ。


そんな彼に釣られたのか、アオイもいつもよりさらに真剣さを増して引き締まった表情で答えていく。


「はい……私は屋敷でシャンヴル様を問い詰めた後、街から離れた商会の幹部、リデーレを追っていました」

「ちょっと待て。俺が知りたいのは、お前は親父達を殺したのかってことだ。その後のことは今どうでもいい」

「シャンヴル様がお亡くなりになったのですか……!? あなたはなぜ私に殺意が向けているのか、と思っていましたが……」


ユウリに少し強めに言葉を遮られたアオイは、彼女はシャンヴル殺害時に現場にいたはずだという彼の予想を裏切る反応を見せる。珍しく取り乱した様子で、ようやく合点がいったという感じだった。


だが、ユウリは彼女の言葉をすぐには信じない。実は本当に殺していたけど、まだ全部思い出した訳ではないので殺していないと勘違いしている、という可能性を追求していく。


「……それは、全部思い出しての反応か? 嘘もなく?」

「は、はい……私があの方にしたのは、風を体内に入れて薬物の効果を浄化したくらいです。その後はすぐに追跡を」

「そこまではっきり……じゃあ、これもまた黒幕か」

「醜悪な扇動、ですね……」


どこまでも疑いの目に曝されるアオイだったが、怯むことなく事実を伝えていく。彼が知りたがっていた追跡の前の行動をはっきりさせたことで、彼女の無実は確定した。


同時に、ユウリより前に屋敷にいた可能性があって、アオイ以外で屋敷内の惨劇を起こせた人物は、黒幕または商会の者――おそらく幹部のリデーレのみとなる。


ここまでくれば、ユウリももうアオイに対して憎悪を向けることはない。両親が死に、貴族の立場を投げ出してきた彼は、唯一残った救いを求めるように彼女に熱い視線を送る。


「……はぁ。お前が犯人じゃなくてよかったよ、天使ちゃん。

あと、そんなボロボロにしちまってごめん」

「あら、堕天使は終わりですか?」

「親父の仇を追ってくれてたんだろ?

なんで俺を忘れてたか知らねーけどさ」

「それは私にもわかりません。ですが……」

「ですが?」

「……たしか飛行中、私の人格がわずかに崩れました」

「人格が崩れたぁ……!?」

「はい。そのせいで墜落したところ、商人と取引をして……」


もはやアキレギア家の惨劇以上に不可解な証言に、ユウリは堪らず口をあんぐりと開く。直前までからかうように微笑むアオイと談笑していたが、一転してまたシリアスムードだ。


「私は、記憶を対価に正常に追う権利を買った……?」


記憶を失っていた理由はアオイ本人すらわからない。

だが、彼女に残された記憶から出された結論は、取り引きで失ったというものだった。


そもそも彼女が追っていたのがセファール商会であり、墜落地にいたのも商会の商人だ。何かの取り引きを最後に記憶が途切れているのなら、十中八九それが原因だろう。


結論を聞いたユウリは、もう限界だとばかりに両手を掲げて大袈裟に苦しんで見せる。


「意味わっかんねー……と言いたいとこだけど、俺も破壊とか言ってるしなぁ。神秘ってのは意外となんでもありだ」

「はい。何かが破壊されることも、何かを得るために何かを失うことも、自然の中で普通にあることです。特殊ですが」


しかし、彼ももはやただの人ではなく神秘だ。

人知を超えたものなど自分自身がそうであり、案外すんなり納得した。


ずっと彼女達の再会を見守っていたウィステリアも、この話を聞くと状況確認を始める。


「つまり、結局は全部商会のせいってことかな?

元々アオが追ってたなら、ぼくらも同行するけど」

「ありがとう、ウィル。

あなたがいてくれると、とても心強いです」

「……俺はー?」


アオイがいつになく嬉しそうに、言葉を噛み締めながら感謝を伝えているのを見て、ユウリは不満げに問いかける。

だが、彼女にとってウィステリアは自由の象徴のような親友の1人だ。


かなり仲は深まっているとはいえ、少し前に出会い、行動を共にしていただけのユウリに太刀打ちできるはずがない。

雑な扱い自体が親愛の証になっていたこともあり、アオイはもちろん軽く流していく。


「ユウリ・アキレギアさんは、まぁそこそこですかね」

「なぁ、まだフルネームなの? もうよくない?」

「ふふふっ。とりあえず、今は休もうよ。みんなボロボロだし、君達は誤解が解けたばっかりだ。こうしてまた話せるんだから、また敵を追う前に、ね」

「そうですね……」


アオイは同い年、ユウリは年上のはずなのだが、なぜか彼女達のやり取りを微笑ましそうに見守るウィステリア。

そんな彼が2人に提案すると、アオイは破壊された体を地面に横たえる。


同じく風で手足が曲がっているユウリも、彼女の隣に。

醜悪な扇動を乗り越え、黒幕を敵と定めた彼女達は、今はただこの時間に浸った。


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