21-自由を破壊される風
「よう、堕天使ちゃん。やっと会えたな」
「あなたは……」
完璧に作られた笑顔で声をかけてくるユウリに、アオイは無表情のままで呟く。
次の集落に向かっていたらしい彼女は、草原の上でいきなり道を遮られて戸惑っている様子だ。
少し目を泳がせた後、首を傾げて疑問を投げかける。
「……なぜ、堕天使なのです?」
「しらばっくれるな。俺はお前を殺しに来たんだ」
「しらばっくれるもなにも、私はあなたを知りませんよ。
堕天使と呼ばれる謂れも、殺される謂れもありません」
「は……!?」
正面から真っ直ぐ射抜いてくるユウリに、アオイはほとんど表情を動かさずにそう告げる。その言葉に驚愕するユウリを見ても、彼女に変化は現れない。
どうやら、本気でユウリのことを知らない……というよりは、覚えていないらしい。彼の目の前にいるのは確かにアオイ。
だが、もはや犯人であるかどうかを確かめる術はなかった。
「まぁ、あなたも蜜柑さんの眷属のようですから、まるっきり無関係ということもないようですが」
純白の翼で羽ばたいているアオイは、同じように羽ばたいて行く手を阻むユウリを見て、あまり気にした風もなく言葉を投げかける。
アオイとユウリは、現在どちらも同じく神秘だ。
それも、蜜柑の果実を食べたことで成った同質の存在。
ユウリを忘れていることを除けば、彼女の指摘はそう的外れなことでもない。
だが、事件解決に向けて協力していたはずが、家族を惨殺されることになったユウリに対しては、当然火に油を注ぐ結果となった。
彼女の言葉を聞いたユウリは、さっきまで作ることのできていた笑顔を崩壊させて、今にも倒れそうな、既に壊れきった内面を露呈させて声を荒らげる。
「ふざ……けるなよッ!! 俺が、どんな思いでッ……!!
俺はお前を、なのにお前がッ……!!」
「少し落ち着いて‥」
「お前がそんことを、言うなァーッ!!」
"壊れゆく世界"
ユウリを忘れているらしいアオイにとっては、この状況は一から十まですべて意味不明だ。
いきなり現れた少年に戸惑いつつも静止するべく声をかけ、結果、ユウリは暴発した。
「っ……!?」
ユウリが叫ぶのと同時に、彼の周囲は段々と壊れていく。
風が壊れ、空気が壊れ、酸素が壊れ、木々が壊れ、地面が壊れ、彼を中心として、破壊をもたらす不可視の球体が生まれた。
彼と言葉を交わしていたアオイも、もちろんその影響内だ。
バッと両手を顔の前に持ってきて扇子で庇い、壊される前に風で身を守ろうとするが、すぐに風を破壊され、骨身がギシギシと軋んでいく。
神秘には寿命がなく、普通の生物よりも遥かに丈夫。しかしだからといって、死なない訳でも傷つかない訳でもない。
山を川が削ってしまうように、同等の神秘であれば傷つけ、殺すことができる。
ユウリの破壊を受けたアオイは、どうにか耐え続けながらも、確実にダメージを蓄積させていった。
「こ、れは……!? 自然現象というよりは、概念……!?
地震で大地が砕かれるような、破壊……!!」
とはいえ、もちろんアオイも無抵抗でやられるようなことはなかった。その身を破壊されながらも、冷静にユウリの力を分析し、この場から離脱しようとひしゃげた羽を広げる。
彼の領域内にはもう壊れていない風はないが、外から少しずつ呼び寄せることで、離脱の助けにしていく。
風はひしゃげた翼を包み、離脱の準備は万端だ。
「逃げるなッ……!! 俺の日常は、破壊された……!!
逃げる猶予すらも、与えられず……!! お前も、壊れろ……!!」
だが、確実にアオイを殺そうとしているユウリが彼女の離脱を許すはずがない。血走った目で彼女を睨むと、震える手を眼前に掲げて力を使う。
「壊れた物も、消えはしない……!! 破壊されたもの、すなわち破壊そのものとしてこの場にとどまり、俺の支配下に……」
"カタストロフ・クラフト"
すると、粉々に破壊されていたはずの風や大地は再び形を持ち、彼の手の動きに従って広がっていく。
外からの風を阻むように、アオイの逃げ道を塞ぐように。
不可視の球体の外周をなぞるように壁を展開し、自分もろとも彼女を球体に閉じ込めてしまった。
「退路が……風も……!?」
「壊れろ、お前も……!! 壊してやる、お前を……!!」
「っ……!!」
狂ったように繰り返し、球体内での破壊を続けているユウリに、アオイは表情を歪める。
壁が生み出されたことで逃げ場はなく、外から風を呼び寄せるような隙間はなく。彼女は絶体絶命だった。
しかし、神秘とは大自然そのもののような存在だ。
破壊の神秘であるユウリが破壊そのものであるように、風の神秘であるアオイも……
「私は風を操れますが、別にそれだけしか能がない訳ではありません。私は風の神秘であり、風そのもの。この世界に風がないのであれば、私という風を生み出すのみです……!!」
神秘であるという自覚、これまでに得た旅の知識。
それらから魔人や聖人の性質を理解しているアオイは、瞳に歪みを渦巻かせながら風である自らの力を開放していく。
「自由を求めて吹き荒びなさい、風よ! 自由を奪う死を、立ち塞がる敵を、私は決して許さない……!!」
"自由を望む風"
瞬間、彼女の身から迸るのは、世界を吹き飛ばしかねない程の神秘の風。翼は風を纏って輝きを取り戻し、破壊された物は風に流されて彼女から離れていく。
もしも彼女達がこの球体内にいなければ、付近の集落どころかこの国、隣国までも崩壊しかねない程の全力の風。
それを見たユウリも、同じように自身の神秘を全力で開放していった。
「テメェ一人の自由のために、他の誰かの日常は破壊されていいってか……!? 犯人ならば報いを受けろ。しらばっくれるなら、反論できねぇなら受け入れろ。日常を奪った破壊者を、大切なものを奪う敵を、俺は決して許さねぇ……!!」
"破壊された平穏"
瞬間、彼の身から迸るのは今までとは比にならない程の破壊衝動。翼は自らの力の影響でギザギザに崩れ、押し寄せる風はみるみる破壊されていく。
お互いに己の全力を発揮する2人は、この閉じられた球体内で風と崩壊を激突させていた。
暴風に曝されるユウリは体を切り裂かれ、拗られ、潰されていき、破壊に蝕まれるアオイは体をヒビ割らせ、血を吹き出し、骨身を砕かれている。
どちらも倒れはしない。
だが、確実に限界に近づいていっていた。
「ぐうっ……!! 動けない、不自由……否!!」
「かふッ……!! 壊されていく、体……止める!!」
全身を破壊されて、段々と動く余裕を失っていくアオイと、全身を切り裂かれて、体を破壊されていくユウリは、やがて互いに自身に発破をかけ始める。
片や砕けた体を風で包み込むことで補助し、片や風そのものを破壊して道を開いていく。
当然、身に纏った風はもちろん段々と破壊され、吹き荒ぶ風をすべて破壊することはできない。
それでも、彼女達は目の前の人物を排除すべき敵とみなし、確実に殺すべく接近していった。
"シルフィードテンペスタ"
"ディザスターエクスプレス"
アオイが纏うのは、巨大な弾丸のような風の塊。
彼女は破壊されながらも、後から後から風を生み出すことで絶えず凄まじい暴風をその身に保っていた。
対して、風を破壊していくユウリは破壊的急行列車だ。
目に見えない破壊という概念でありながら、暴風や瓦礫等の影響を尽く無視して突き進む。
破壊をもたらす不可視の球体の中で、破壊されたものにより閉じられた世界の中で、彼女達は互いを殺すべく激突した。




