16-箱庭の住人は外を見る
アオイがまだ空を飛んでいた頃。
そろそろ領主宅へと到着するかどうか、といった頃。
彼女の目論見により置き去りにされていたユウリは、半強制的にシロの面倒を見させられていた。
お酒を飲んだからか、はたまた夜だからか。
シロはパーティだというのに、まるで感情がないかのようにテンションが低い。
それでも普通であろうと藻掻いている彼は痛々しく、アオイが消えたことにまだ気がついていないユウリも、その面倒見の良さを存分に発揮していた。
「シロちゃん、飲んだらこうなんの?
わかってたんなら飲むなよなー」
「ハハ、ワタシは普段からこうだヨ。仕事だから、みんなに慕われている君のマネをしていたダケ」
「なんじゃそりゃ? ってか、俺のこと知ってたのな」
「有名だから、ネ……普通というのも人の数だけあるだろうけど、君ほど愛される人ならば間違いはない。
ワタシは言われた通り、こうして街に溶け込むだけだ」
「は……? って、おい待て!! アオイちゃんいなくね!?」
しかし、アオイのお泊まり会を必死で止めようとし、彼女が立ち上がっただけで声をかけていたユウリだ。
淡々と意味深な言葉を呟くシロの面倒を見続けて、予想外の事実を聞きながらも、そう時間をかけずに彼女の不在に気がついた。
さっきまでのんきに面倒を見ていたのは、当然彼女の不在に気がついていなかったからである。
一度気がついてしまえば、彼女のこと以上に優先するべきことはない。彼は様子がおかしいシロを放り出すと、ベランダに駆け寄っていく。
「さっきまでここにいたよな!? あいつどこ行った!?」
「……散歩にでも、出ているんじゃないのかな。パーティならご馳走がいるのかな……と、随分とたくさんの料理を出してしまったからね。乙女は体重を気にするものなのだろう?」
念の為ベランダ中を探し回るユウリに、無表情のシロは酒を呷りながら無感情に言葉を投げかける。アオイが普通の少女であれば、その言葉は概ね正しいだろう。
実際に1人で散歩に行くかはともかくとして、体重を気にして運動をするというのはありえないことではない。
しかし、彼女は現在この街に数名しかいない神秘の1人だ。
自然そのもののように寿命がなく、災害のような規模の風を操る彼女がそんなものに左右されるとは考えにくく、それをよく知っているユウリは勢いよく噛み付いた。
「あいつは風だぞ!? 運動になんのかよ!?」
「そもそも彼女は神秘だ。体型とかは変わらないかもね」
「じゃあ前提からして駄目じゃねぇか!?」
どうでも良さそうにしれっと言葉を返すシロだったが、それは直前の自分の言葉も否定するものである。
当然ユウリを落ち着かせるようなものではなく、いつも通り鋭くツッコミを入れた彼は、やはり彼女がいないのはおかしいと玄関に向かっていく。
「ちょっと探しに行ってくる!!」
「まー、待て。ワタシは行き先を知らないが、本当に散歩に出ていたら入れ違いになるぞ? もう少し待つことだ」
アオイにこのお泊まり会の目的を聞いていたシロは、一応は彼を外に出さないように声をかけた。
最初に彼が集合場所にやってきた理由は、彼女とシロの二人きりでお泊まり会などさせられるはずがないからだ。
二人きりにしたくないから来たのに、今入れ違いになっては意味がないだろう……と、暗に匂わせることで足止めを図る。
しかし、今のユウリをとどめるには足らず、彼はテーブルを蹴り飛ばす勢いで進んでいった。
「一人で外歩いてるよりはあんたんとこのが安心だ。
入れ違いになってもいいから、俺はあいつを探しに行く」
「……駄目だ。君はここにいなくてはならない」
「テメェ、なんか知ってんな……!?」
もはや暴走とまで言えるユウリの行動を見たシロは、先程までの無気力さが嘘かのように、素早く彼の目の前に移動し、ゆらりと不気味に立ちふさがる。
今までのテンションとの差、執拗にこの場にとどまるようにしてくることなどから何かしら察したユウリも、もはや彼に向けるのは好意ではなく敵意だ。
今にも掴みかからんばかり勢いで、彼に強い感情を向けていた。しかし、対するシロはもちろん無感情である。
昼間は同じように気のいい青年だったが、現在は燃える彼とは真逆で、本来の空っぽの瞳で見つめ返す。
「恋は盲目と言うが、君もそのクチか? なにかに夢中になれるというのは、素晴らしいことだ。せいぜいその気持ちを忘れないようにな。……たとえ、この先で何が起こっても」
「アオイの協力者、黒幕の協力者、どっちだ!?
どちらにせよ退いてもらうが、後者なら殺す……!!」
「……ワタシは、この街に来いと言われたから、ここに来た。
君を屋敷から遠ざけろと言われたから、遠ざける。
ただ、それだけだ。……殺すというのなら、殺せばいい。
ワタシは自分の生死になど興味はない」
「お前、イカれてんのか……!?」
ユウリに鋭く問い詰められたシロは、主体性のないぼんやりとした口振りで呟いていく。それも、本当に自分を殺させるつもりなのか、彼にゆっくりと包丁を差し出しながら。
その狂気に満ちた言動を見たユウリは、思わず後退りする。
さっきまでは勇ましかった顔つきも、今では恐怖に染まってしまっていた。
しかし、彼が言われたこの街に来いという言葉は、明らかにアオイの頼みではない。黒幕であるとも限らないが、少なくとも純粋な彼女の味方ではないだろう。
気が動転している様子のユウリだったが、その発言からなんとか冷静さを取り直すと、荒い息を吐きながらも力尽くで彼を押し退けた。
「……!! 足止め、形だけ……!?」
ユウリに押されたシロはほとんど抵抗せず、暖簾に腕押ししたかのように手応えなく背後に倒れ込む。
透き通るように輝く白い髪や肌は、彼に中身がないからこその白さ、輝きなのだとでも言うように。
一瞬怯んだユウリだったが、障害がなくなったことでアオイの元へと向かう道は開かれている。無理やり握らされた包丁を放り投げると、屋敷を目指して全力で駆けて行った。
「はぁー……やっぱり人は、ワタシを見ると怯えるものだな。
元から彼にワタシは殺せないが、残念だ……そう、思っている可能性がある。……うん。多分、そう思うのが普通だ」
部屋に残されたシロは、中身のない空っぽな表情で、動きで、声色で、淡々と呟く。手にはさっきユウリが放り投げた包丁。彼はキラリと光るその刃を見ると、躊躇なくそれを自らの喉元に突き刺した。
「……今度会ったら、アオイちゃんに頼んでみよう。
彼女は神秘だ、きっとワタシを殺すことができる」
だが、包丁が彼の肌を貫くことはなく。
血すら滲まず、彼は無感情に呟いた。
アオイにかける望みを。どうでも良さそうな望みを。
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ユウリがシロの家から逃げ出して十数分後。
彼は暴れ出した人を止めた夜、風を纏って飛ぶアオイをその身一つで追いかけたように、全力で街を駆け抜けていた。
「はぁ、はぁ……!! 屋敷から遠ざけたのが、アオイ……!!
いつもこの件から遠ざけようとしていたのが、アオイ……!!
あいつ、一体何をするつもりなんだ……!?」
シロの狂気への恐怖、食後であるということ、単純に人の身を超えたスピードを出していたことから、彼の息は絶え絶えだ。
しかし、彼はアオイが何かしようとしていること、彼女を1人にさせないことなどといった強い心を持つため、決して足を止めることはない。
今にも倒れそうになりながらも、必死でその足を回して屋敷までの道を進んでいく。その努力の甲斐あってか、彼は普段よりも遥かに速く自分の家へと辿り着いていた。
「ゼェ、ゼェ……!! やっと、着いた……!!
アオイは、いつ来た……? 俺は、間に合ったのか……!?」
揺れる視界、震える大地。彼は既に限界を超えていた。
だが、それでも彼の足は止まらない。
大切なものを守るという、聖人にも負けるとも劣らない強い心を持ち、深く深呼吸をしながら正門を……
"シルフィードテンペスタ"
「くっ……!!」
瞬間、敷地内に入ろうとした彼の目に飛び込んできたのは、屋敷から飛び出してくる途轍もない風の塊。
巨大な弾丸のようなその中心にいたのは、返り血のようなもので和服や白い羽を赤く染めているアオイだった。
「アオ、イ……?」
彼の目は確かにアオイの姿を捉えた。
神秘的な風の繭に包まれていても、彼の焦がれる少女の姿ははっきりとその目に映し出されていた。
だからこそ、彼は大いに戸惑うことになる。
自分の家から飛び出してくる、血だらけのアオイ。
この家にいるのは、自分の家族や執事などの身内のみだ。
そんな屋敷の中から、血だらけで出てきた人がいる……
もう答えは自分の目で確かめるまでもないだろう。
しかし、それでも彼はゆっくりと屋敷へと足を踏み入れた。
目を逸らしてはならない。逃げ出してはならない。
思った通りなのだとしても、助けられる人はきっと……
「っ……!!」
屋敷に足を踏み入れた彼の鼻孔を満たすのは、血なまぐさい鉄のような香り。屋敷の木材に染み付いたかのように濃厚なそれは、ねっとりと彼の全身を包んでいく。
ところどころに赤が散るその木材も、一部は烈風に吹き荒ばれたかのようにボロボロだ。
まるで、この場にて無惨な虐殺が起こったかのように。
今にも吐きそうな顔色をしたユウリは、左右で半開きになっている部屋は無視して、心当たりのある奥へと向かう。
普段、父親が唯一入ることを禁じていた部屋に、フラフラとした覚束ない足取りながらも。
「親父……!! アオイ……!! これは、これは……!?」
彼は願う。今想像していることが、ただの妄想であることを。自分が恋している少女は、決してそんな非道な行いをしていないはずだと。
しかし、そんな儚い願いも虚しく、目的の部屋まで辿り着いた彼の目に飛び込んできたのは……
「ああ、ああぁあぁぁぁ……!? うわぁぁあぁッ……!!」
全身を風でズタズタにされ、手足どころか首すらもねじ切れている両親と、その周囲で肉片になっている使用人たちの姿だった。
実は最初の予定ではここら辺で蜜柑の対策2は完結予定だったのですが、流石にほぼ2キャラのみでは無理でした。




