14-防嵐の箱庭
証拠を手に入れ、監視も一度終わりにするよう連絡を入れたアオイが倉庫を去ってから数十分後。
風を纏うことで、一直線にクレープ屋の前まで戻ってきていた彼女の目に映ったのは、ベンチに並んで座る知り合い2人。
不機嫌そうに顔を背けているユウリと、そんな彼の様子を気にせず話しかける笑顔のシロだった。
どうやらユウリは、シロがアオイのお泊まり会を止めようとしなかったことに怒っているらしい。
彼女がゆっくりと地上に降りていく間、ずっとキレ気味に怒鳴り返していた。
「だーかーら!! なんで断わんなかったんだよシロちゃん!?
俺がすっぽかすだけじゃ意味ないよなって思って来たけど、これじゃ止める手段ないじゃねーか!!」
「えー? でも、前も言ったじゃん?
お兄ちゃんならわがままくらいは聞いてあげようなーって。
あの子、お泊まり会待ち遠しいがってたよ?」
「そのわがままは認めちゃ駄目なやつだろ……!?
大人としても、男としても……!!」
「ワタシ、知らなーい」
「逃げんな成人男性!! ほのぼのしてりゃいいと思うなよ!? やるべきことやって初めて好き勝手していんだよ!!」
普段のシロとユウリは、割と似た性格をしている。
どちらも軽い調子で、いつもほのぼのと笑っているような人達だ。しかし、その芯は案外違っていたらしい。
何か問題が起こりそうなら注意するし、気に食わないことがあれば食って掛かるユウリとは違い、シロは本当に何も考えずに笑っているだけのようである。
無責任なシロに怒り続けるユウリと、気にせずに笑い続けるシロのやり取りは、アオイが降り立って声をかけるまで続いていた。
「もう来ていたんですね、褒めてあげます」
「はいはい、どーも、天使ちゃん。
お前を人質にされてのこのこやって来ましたよーっと」
待ち人が来たことに気がついて顔を上げるユウリは、やはりどこまでも不機嫌そうな表情だ。
少し離れた位置に降りていたアオイが近づきながら話しかけると、鼻を鳴らしてヤケクソのように吐き捨てる。
彼はシロと話していた時よりは柔らかい表情だが、やはりこんなことをしようとしているアオイにも怒っているらしい。
少し軽い調子を取り戻しながらも、変わらず口を曲げていた。
「随分と不機嫌ですね。頭でも撫でてあげましょうか?」
「誤魔化すな。宿まで送るからさっさと帰るぞ」
「よしよーし」
「はーなーしーをー聞ーけー」
ベンチから立ち上がったユウリは、コテンと首を傾げて見せるアオイの手を取ると、この場から離れようとする。
しかし、彼女に配慮してか力尽くで引っ張ることはなかったので、どうにか数歩動いたあとすぐにピタリと止められた。
神秘に成った人の身体能力、風による抵抗などもあり、もう彼はされるがままだ。
風で止められて動けずにいる間に、足りない身長を飛んで解決するアオイに頭を撫でられてしまう。
どうやら、悔しさを感じながらも心地よさには抗い切れないようで、実に複雑そうな面持ちである。
「では、早速シロさんの家に行きましょうか」
「お前が行くのは自分が泊まってる宿だ、バカ」
話を無視してお泊まり会を強行しようとするアオイに、流石のユウリもさっきより力を込め始める。
風で帰る動きを止められているものの、向かい風に逆らって歩くように顔を庇いながら、アオイとは真逆の方向に進もうと足を動かす。
予想以上に止めようとしてくるユウリに、アオイもこれからどうしようかと思案顔だ。
そんな彼らのやり取りを見ると、ようやく立ち上がったシロは、ユウリの道を阻むように前に立ち塞がった。
「まーまー、君がちゃんとしてればいいんだって」
「まずはあんたがちゃんとしろって!? 大人だろ!?」
「ずっとこうして、この子を休ませないつもりかい?」
「休む場所じゃねーんだよ、あんたんちは!!」
ヘラヘラ笑うシロが何を言っても、見かけによらず真面目なユウリはすべてに的確なツッコミを入れる。
それも毎回正論で返ってくるので、のらりくらりと逃げることから説得することに目的を変えた彼は、段々と追い詰められていった。軽薄な笑みを保ちながらも、どこか困り顔だ。
「うーん……あー、まぁちょっとしたパーティだから。
寝る時は送って行けばいいんじゃない?」
「は……? これってお泊まり会じゃなかったのか……?」
しかし最終的には、土台をひっくり返すことで彼のアオイが外泊することは止めなくては、という意識を消すことに成功する。
拍子抜けした様子のユウリがポカンとした表情で問いかけると、アオイもこれは勝ったな……とばかりに薄く微笑みながら言葉を返す。
「別に、泊まることは重要じゃありません。
ここまで抵抗されるのなら、最後には帰りますよ」
「……ならいいや。は〜、よかったよかったー」
「チョロくないです?」
すると、ユウリは途端に表情を緩めて脱力する。
それこそ、望み通りの結果になったはずであるアオイがつい戸惑ってしまうほどだ。
呆れたような目を向けられる彼だったが、彼の中では問題が解決しているため軽い調子で笑みを浮かべていく。
アオイに軽く貶されるも、会ってすぐの頃から彼女と仲良くなりたがっていたユウリに怖いものはなかった。
「いやぁ、泊まらねぇなら送れば済むからなー。天使ちゃんと親睦を深めるってのは、俺としては願ってもねぇことだし、信用が落ちてないどころか上げられるんだろ?」
「……まぁ、別に何でもいいです。ユウリ・アキレギアさんの気が変わらないうちに行きましょう」
「フルネーム……」
「オッケー、俺の家はこっちね」
とはいえ、彼も無敵ではない。より仲良くなるためのお泊まり会のはずなのに、変わらずフルネームで呼んでくるアオイに堪らず意気消沈してしまう。
だが、初対面から雑な扱いをしてきたアオイとシロだ。
ようやく話がまとまったことで、彼女達は落ち込む彼を気にせず連行して会場となるシロの家まで向かっていった。
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ユウリがシロの家に連行されてから、数時間後。
親睦を深めるためのお泊まり会……もとい、ただのパーティを開催していた彼女達は、シロが用意していた食事などを前に歓談していた。
用意されていたのはピザやステーキ、何種類かあるサラダにケーキなどといった非常に豪勢なもの。それもすべてシロの奢りだと言うのだから、彼女達のテンションは爆上がりだ。
最初こそアオイは申し訳無さそうにしていたが、当然食べてほしがるシロに押されて、今ではすっかり楽しんでいる。
そして現在、彼女達はシロに促されて様々な話をしていた。
「さぁ、お泊まり会(仮)と言えば恋バナなのではなかろうか。ワタシはまったくわからないけど、君達どうだい?」
酒を飲んでいるからか、逆にいつもよりもテンションが低いシロは、ソファで手足を投げ出しながら問いかける。
そのテンションの通り、興味があるというよりは普通はするものだという意識からの質問のようだ。
しかし、残りの2人にとってはその限りではない。
特にアオイなどは、自分はしたことがないと澄まし顔をしながらも、面白そうに相方に問いかけていた。
「私はしたことないのでなんとも……ユウリさんは?」
「んー? そりゃあもちろん天使ちゃんに恋しているさ」
「冗談は顔だけにしてください。
さっきまでの真面目な雰囲気は何だったんですか?」
「グサァ……!! 俺、そんな面白い顔してるか……?」
「……愉快な髪色ですね?」
「そこかよっ!?」
アオイから放たれる遠慮のない物言いに、ユウリはいつもの調子に戻って大袈裟に突っ伏して見せる。
だが、少しして返ってきた答えを聞くと、驚きからかボールのように思い切りよく跳ね上がっていた。
さっき使われた呼び名はユウリさん。
親睦を深めるというだけあって最初の呼び方に戻っており、さらにはある程度は気を許している様子のアオイに彼は心底嬉しそうだ。
対するアオイも、彼の本心がどうあれ、好ましくは思われていることに少なからず嬉しそうにしている。
ただ、話を促した本人であるシロはグラスを傾けて無感情に適当な相槌を打っていた。
「はーはー、上手くいくといいねぇ」
「聞いといてなんだよ……あんたはねぇの?」
「ねぇねー。友情はなんとなくわかるけど、恋愛はねぇ……」
「何で聞いたんだよ……」
「いやー、いやー。定番だって言うからサー?」
「このメンツじゃ話が広がらねーって。もっと興味あること聞けよ。例えばさ、経験豊富そうなあんたの昔話‥」
「じゃあ夢とか聞くかなー。なんかあルー?」
「相変わらず扱いが雑だな!?」
あまりの無関心さを指摘されたシロは、続いて彼女達の夢を聞き始める。興味があることと言われて出た質問だが、やはりあまり興味はなさそうだ。
質問を無視される形になったユウリは、相変わらず雑な扱いに苦々しげな表情を浮かべながらも、ため息をついて答えていく。
「夢ねぇ……大したもんはないけど、このままこの街が平和であればいいとは思うなー。でも今は……」
「今は、何です?」
「んー、やっぱり平和なのが一番だよ。
速くこの事件を終らせたいもんだな」
わずかに口ごもったユウリにアオイが小首をかしげると、彼はゆるゆると首を横に振って言葉を紡ぐ。
どこか遠くを見つめている彼だが、口振りから察するにすべて解決した後の未来を想像しているのだろう。
解決のために全力を尽くすつもりであるアオイは、静かに、だが確かな覚悟を込めてそれに同意した。
「……そうですね」
「天使ちゃんは?」
「私は自由に生きたいです。だから旅をしていました」
「旅って自由なのか……?」
「さぁ、どうでしょう? すべてを兼ね備えた地などありません。きっとどのような生き方を選んだとしても、自由などないのでしょう。それでも、私はこの自由を選んだのです」
「……まぁ、そのお陰でこうして笑い合えてる。この街の問題に手を貸してもらえてる。その選択に感謝を」
「はぁ……やはり大袈裟ですね」
アオイの夢……というよりは願いを聞いたユウリは、この巡り合せに感謝しながら目を閉じる。
まるで騎士のようにかしずきながら、この街が、民たちが、そして父が救われますように、とでも言うように。
すると、相変わらずテンションが低く、この話にも興味がなさそうなシロは、仮面のように固定された表情で酒を呷り、適当につぶやく。
「へー、立派だナー。ワタシには何もないケド」
「何を聞いてたんだよ、あんたは……」
「子ども達のお話を聞いていたよ……ふふ」
「あんた、昼と夜の……というか、正常時と酔った時の落差がおかしすぎるだろ……! もはや怖ぇって……!! ん、あれ?
天使ちゃん、もう帰るのか? それなら送ってくけど」
感情が抜け落ちたようなシロに怯えるユウリだったが、唐突に立ち上がったアオイに気がつくと素早く視線を向ける。
さっきまでジュースを飲んでいた彼女がいたのは、この家の窓際。風を操る彼女であれば、このまま帰ることもあり得る場所だった。
しかし、目的を果たしていない彼女は当然まだ帰らない。
少なくとも、宿には帰らない。そのことを知っているシロと素早く目配せをすると、アオイは窓に手をかけた。
「いいえ。自由について話していたら、故郷の友と話したくなっただけです。私は遠くの友と話せるので」
「そっか」
微笑みながら告げると、ユウリは優しげな笑みを浮かべた。
酔って異常にテンションが低くなったシロを介抱しながら、ベランダに出る彼女を見送る。
「……ふぅ」
アオイはユウリに見送られると、夜空を見上げながら静かに白い息を吐く。
背後の家からは、この街の友の温もりやご馳走の香り。
街の闇からは、微かに聞こえる暴動の音や血の香り。
「蜜柑ちゃん」
『……お、久しぶりだねー、アオイ!
何かあればって言ってたけど、何かあったのかな?』
虚空に向かって呼びかけると、彼女の頭の中には故郷にいる友人の声が響く。元気なその声は、嬉しそうながらも彼女を気遣うように声をかけてきた。
だが、アオイは室内にいる2人との会話で話したくなっただけであるため、心配されるようなことはない。
これから何をするとしても、今だけはただ友が恋しくなっただけだ。
相手に見えることはないが、彼女は微かに首を横に振りながらリラックスした様子で口を開く。
「いいえ、少し声を聞きたくなっただけです。
何もなかった、ということもありませんが」
『んー……危ないことでもするの?』
「魔人に成った私にとっては、ただの散歩ですよ」
『そっか。……2人にも声をかけようか?』
「あの子達は大騒ぎしそうなので、遠慮しておきます」
『あははっ、確かにね!
じゃあ私だけだけど、幸運を祈ってるよ、アオイ』
提案をやんわりと断られた念話相手は、アオイの予想した光景を思い浮かべたのかおかしそうに笑う。
アオイは彼女から祈りをもらうと、その声や室内の温もりを振り払うように夜空へと飛び立った。




