13-推測通り敵は蠢く
アオイが集まった人達に対して、必要最低限の情報、何をしてほしいかなどを伝えた数十分後。
彼らは少人数ずつのグループを作り、それぞれアスセーナの街に散らばってセファール商会を探っていた。
シロが指摘した通り、集められた人達は全員ただの商人で、調査や捜索などの面では完全に素人だ。
そのため、アオイが取った行動は……
『Aチーム、セファール商会のアスセーナ支店前。噂や薬物などの影響は見られずいつも通り営業中。監視を続けます』
『Bチーム、セファール商会所属の行商人。これから商売をする予定があるのか移動中。尾行します』
『Cチーム、同じくセファール商会の行商人……』
街中に放った人達の動きや声を風で感知し、セファール商会の者が怪しい動きをしていないかどうかを見張るというものだった。
もちろん、これは素人である彼らを監視に使っても問題ない作戦だ。相手にバレなければ、そのまま尾行することで黒幕の関係者ならば証拠を抑える。
相手にバレたのならば、商売相手からの信用を失わないために撒くことを選択するであろう商人を、彼女自身が追う。
もしもその商売が重要なことで、さらにはその商人も慎重な相手だった場合でも、こちらは人数だけは十分いる。
どちらに転んでも成果を挙げられると思われる作戦だった。
「動きがあれば教えてください。
その相手を補足したまま私が追跡します」
『了解』
詳しい事情は伝えていないものの、魔人であることはぼかして風の神秘であることは伝えてあった。
そのため彼らは、この場にいないのに聞こえてくるアオイの言葉に驚くことなく返事をする。
特にアオイから言葉を伝える場合、風に乗せる分実際に言う瞬間と聞こえる瞬間にはラグがあるが、離れていても伝わることが重要だ。
それに、彼らからの報告ならアオイ自体が風のようなものなのでほぼラグはない。このような場合に最適な能力として、アオイは"自由を望む風"という呪いを最大限活用していた。
全チームからの報告を聞き、引き続き監視するように指示を出し終わったアオイは、すぐに動けるよう緊張を緩めずにいながらも、ホッと息を吐く。
すると、集めた人達とのやり取りを終えたと察したシロは、なぜか彼女の側に唯一残る人物として、のんきに彼女へ話しかけ始める。
「やー、すごい力だねぇ。サポートが得意なの?
風の神秘だと思うけど、戦闘もできるのかな?」
「なんです? やけに知りたがりますね」
「ははっ、だって珍しいじゃん?
俺はこれでも商人だし、いつか役に立つかも」
彼がここに残ったのは、彼の仕事が人を集めることだったということもあるが、この話をするためということもあるようだ。
なぜか細かな部分まで詮索してくる彼に、アオイが不思議そうな目を向けると、彼はしれっと笑いながら言葉を返す。
それを察した彼女は微かにため息をつくが、彼にはそれなりにお世話になっており信頼しているため、表情を緩めて口を開く。実際、話して不利益になることもない。
「あなたは商人というより料理人なのでは……?
まぁ、別に減るものじゃないのでいいですけど」
「うんうん♪ それで、君は魔人……?」
「……!?」
だが、拒否されなかったシロが続いて口にした言葉を聞くと、アオイは風のたよりを感じることも忘れて飛び上がる。
目を大きく見開いて、いつも通りに笑う彼を黙って見つめる。
普通の人から見たら過剰とも思えるその反応を見たシロは、彼女とは真逆で何も感じていないような、本当にいつも通りの笑顔だった。
「なぜ、そのことを……? 神秘でなければ、そこまでわからないはずですよね……? それに、そもそも普通の人にとって重要ではないので、聖人か魔人なんて知りもしないはず……」
普通の人間でありながら、神秘について異常に詳しい様子のシロに対して、アオイは今までになく警戒の色を見せる。
目に見えて困惑し、わずかに声を震わせながら。
しかし、彼は軽く身構えられても気を悪くした様子はなく、まるで変わらない笑顔で言葉を紡いでいく。
「いやいや、興味がある人はこれくらい知ってるよ。
君を魔人だと思ったのは、暗いから。判別はつかなくても、それを知るための材料がない訳じゃないんだ」
「それにしても、ここまで……!?」
「まぁ、別に話したくなければいいよ。俺が壊れてることは自覚してるからね。もし不快に思ったら謝る」
「……いえ、協力してくれているのですし、先程も言った通り減るものではありません。答えましょう」
彼の返事を聞いたアオイは、未だ戸惑いを残しながらも質問に答えることを決める。何度も言っているように答えて減るものではないし、彼が普通の人であることに変わりはない。
ただの知識欲が強い人なら、むしろ商人として有用だ。
それら感じたことを自分に思い込ませるように頭を振ると、彼女は深く深呼吸してから答え始めた。
「……たしかに私は魔人です。呪いは風。別に戦闘もできなくはないのですが、強者相手だと厳しいのでサポート特化だと思ってもらった方がいいですね。他に何かあります?」
「どんなサポートができるのかなー?」
「流石に遠慮なさすぎでは……? 少なくとも、今やっているように人の動きや声は拾えますよ。所詮空気の動きを察知しているだけなので、完璧な精度ではないですが」
「オッケー、ここらで撤退しとく‥」
『報告!! こちらSチーム、目標に動きがありました!!』
「……!!」
アオイの反応から引き時を見誤ったと感じたらしいシロは、今やっていることの補足説明を受けると手を上げて、質問をやめることを宣言した。
するとその直後、ちょうどアオイの能力についての説明が終わった、狙ったのかというくらいいいタイミングで、一つのチームからのたよりが届く。
報告の内容は、そのチームが見張っていた商人に、明らかに怪しい動きがあったというもの。
シロはただの斡旋者であり、作戦の成否は彼自身にはなんの影響も及ぼさないため表情は動かない。
しかし、作戦の立案者であり、この問題を解決しようとしているアオイにとってはもちろん重大なことだ。
彼女は彼とは真逆で、呆れ顔を素早く引き締めると、監視役の居場所から風を使って商人を探知し始める。
「Sチーム……場所はわかります。追っているというと……
早足のこの方ですかね? 確認は取れませんが」
『追っているのは早足で歩く人物なので、おそらくは』
「目的地は……街外れにある倉庫?
なるほど、いかにも裏取引の行われそうな場所ですね」
『どうしたらいいですか?』
「あなた方はバレていないのですよね? そのままバレずに監視を続けてください。私もすぐに向かいます」
『わかりました』
怪しげな動きをする商人を補足したアオイは、監視役にそのまま追跡するように頼んでからシロを振り返る。
仕事が終わっている彼は本当に結果はどうでもいいらしく、隣でぽけーっと空を見上げていた。
「シロさん、私は商人を追います。夕方頃に店まで行くので、待っていてください。ユウリさんも来ますから」
「あー……ほんとに泊まるの? 普通ってそんなだっけ?」
「私は神秘ですので、普通じゃなくてもいいのです。
それに、目的はユウリさんを屋敷から遠ざけること」
「あぁ、なるほどね。いいよ、来なよ」
「ありがとうございます。では」
ユウリとアオイがやってくるというお泊まり会。特にアオイが来ることに対して微妙な表情をしていたシロだが、彼女の目的を聞くとすぐに何をするつもりか察して頷く。
アオイもシロの様子を見て安心したように表情を緩めて頭を下げると、怪しい商人を追うべく、倉庫が立ち並ぶ区画へと風を纏って飛び立っていった。
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アオイがシロと分かれてから数十分後。
商人に気が付かれないように、比較的ゆっくりと空を飛んでいた彼女は、ようやくその人物に追いつくことができた。
暴れていた男性を落ち着かせた日とは違って、その目で確認しているのでもう逃がす心配はない。
監視を手伝ってもらっていた人達を巻き込むわけにも行かないので、ここからは交代して彼女単独だ。
念のため他チームはまだ監視を続けてもらっているが、このチームの仕事は終わりとなる。彼らはシロから追加の報酬をもらうべく、速やかにこの場を去っていった。
「……ふぅ」
自分と商人以外には人が一人もおらず、閑静な倉庫地帯で、アオイは息を潜めて声を漏らす。
怪しい商人は今のも倉庫の一つに入るところだ。
その人物を逃さないために、できれば自分も倉庫に侵入してその目で確かめるために、彼女は緊張した面持ちで歩を進めていく。
商人が入ったのは、ここらで最も大きい倉庫群の中の一つで、入ったあとはもちろん扉が閉められていた。
しかし、監視に気が付かなかったりと案外慎重ではなかったこともあり、扉の閉まりは不完全だ。
わずかに開いているそれを風でズラすことで、彼女は倉庫内への侵入を果たす。中に入ってしまえば、あとは黒幕なのかを確かめること、カメラで証拠を撮ることだけである。
「……で、……てる……な?」
「……い、……す。……ら……やく……」
風からのたよりだけでなく、耳にも微かに聞こえる音を頼りに彼女は進む。物音を一切立てないように、風で物の位置を計りながら、風で浮かびながら。
やがて、慎重に進む彼女の目の前に広がったのは……
「早くその薬をください。お金ならば用意があります」
「まぉまぁ落ち着きなさい。……えぇ、取り引きは成立です。
屋敷までバレずに運ぶ手筈は整っていますか?」
「もちろんですとも! 領主様に厳命されております!」
「えぇ、ならばお行きなさい。密かに、ね」
今まさに取り引きが終わった商人達が笑い合う姿だった。
商人の背後には、お金が詰まっていることの確認が終わったケース。領主の部下と思われる男性の背後には、怪しげな薬が詰まっている木箱。
「……」
物陰に潜むアオイは、シロから受け取ったカメラを使って、それらを無音で撮影していく。
取り引きしていた品物、商人が付けているセファール商会の樹木のような紋章、領主の部下が付けているアキレギア家の花のような紋章。
街に広がっていた薬物を密かに買い込む領主……これは証拠としては十分すぎるほどのものだ。
用事を済ませてこの場を去っていくアオイは、事件を解決させるために思考を巡らせる。
(まさか、シャンヴル様の部下がやってくるとは……
元々今晩調べる予定でしたが、薬物の取り引きということはほぼほぼ黒ですかね。証拠は十分。
今晩は証拠集めではなく、断罪をしましょう……)
身を隠しながら倉庫から身を滑らせたアオイは、今晩の予定とその前の下準備に行うことへの覚悟を決めて、大空へ飛び出していった。




