11-もう一人の協力者
ユウリを残して飛び去ったアオイは、宣言通りクレープ屋に向う。いつものように風を纏って空を飛び、何度が来ている店の前に降り立っていく。
しかし、目の前に広がるのはいつもの店ではなく……
「はーい、チョコバナナクレープにいちごホイップクレープお待ちどおさまー。また来てねー」
彼女の目に飛び込んできたのは、いつもなら少なかったはずの店の前に、そこそこ列ができている光景だった。
毎回暇そうだったからこそ、彼に協力してもらおうとなっていたのだ。この様子では頼めそうにない。
予想外の出来事に、彼女はつい呆然としてしまう。
しかし、客を捌いているのは、初対面でアオイが落ち込んで歩いていることを見抜き、クレープを差し出してきたシロである。
空から少女が降ってくれば、気が付かないわけがない。
彼は客にクレープを渡した瞬間、少し離れた場所で立ち尽くすアオイを見つけ、笑いながら手招きする。
すると、いきなりのことで瞬きを繰り返すアオイも、一応は彼に会いに来たのだからと遠慮がちに近づいていく。
声を張り上げなくても届く距離まで近づけば、シロは生地を焼きながら彼女に話しかけてきた。
「や、アオイちゃん。思った以上によく来てくれるねー。
気に入ってくれたなら、無邪気な笑顔をよろしくー」
「いえ、少し用事があっただけです。……別に、あなたの作るクレープを気に入っていないという訳でもありませんが」
嬉しそうに笑いかけてくるシロに対してアオイは正直に目的を話すが、すぐに申し訳無さそうに視線を逸して付け足す。
用事が本命とはいえ、やはり何度も奢ってもらっているのに失礼な言い方はしたくないらしい。
だが、相手は初対面から笑顔を見たいとクレープを奢ってくれるようなシロだ。彼は仕事を続けながらも、余計な気を回さないようほのぼのと笑いながら口を開く。
「ははっ、そんな気遣いはいらないよ。俺は笑顔を見たいけど、強制してたら意味がない。言う事をやめはしないけど、そこまで気にしないでいいよー」
「はぁ……」
その言葉を聞いたアオイは、いつものことながら呆れた様子で息を漏らす。一応は彼も商売としてやっているはずなのに、自ら利益を溝に捨てるような行為をしているのは本当に不可解だ。
底なしのお人好しなのか、何も考えていないのか、はたまた利益を求めていないのか。最初から笑顔を見たくてやってると言っていた辺り、3つ目の可能性が高そうだが、どちらにせよアオイにとって意味不明なことに変わりなかった。
「はーい、カスタードお待ちどおさまー。また来てねー。
それで、アオイちゃんはなんの用事があるのかな?」
彼女がそんなことを考えている間にも、シロはクレープ屋の仕事をテキパキとこなしていく。また1グループ捌いたあと、彼はまた合間にアオイに問を発した。
「あ、はい。少し手を貸してもらえないかな、と……」
「手を貸す……うーん、店を離れるっぽいね? まぁ今日の分を稼ぎ終ったらいいけど……あ、アオイちゃん手伝ってよ!」
「え……? このお店を、ですか……!?」
協力要請を始めるアオイに、シロは仕事をこなしならも体を揺らして考え込む。しかしほぼ一瞬で即決すると、彼は今までにない程の笑顔を作って、逆に彼女にお願いをした。
完全に虚をつかれた彼女は、さっきから予想外のことばかり起こっていることもあり、思わず強めに叫んでしまう。
だが、それでもやはりシロは動じない。
アオイとユウリのやり取りがいつもアオイ優勢で進むように、アオイとシロのやり取りもいつもシロが優勢で進むようだ。
並んでいるお客さんが彼女に目を向けていても、彼はまるで調子を崩すことなくお願いを続ける。
「そーだよー。君はいつも客足が少ない時に来るけど、これでもノルマとかあるのさ。店を閉めるなら、その分も稼いでからじゃないとねー。だから、呼び込みよろしくー」
「よ、呼び込み……!?」
「ほら、店のエプロン。ちゃんと女の子用だよー」
「女の子用……? エプロンに性差なんてありますか……?」
「見ればわかるって」
アオイに呼び込みを頼んだシロは、彼女の意見を聞くことなく無理やり話を進めていく。とはいえ、一応は手伝いが必要な理由はしっかりしており、断るに断れない。
彼女は大いに戸惑い、焦りながらも、投げ渡されるエプロンを受け取ってあたふたと手足を動かし始めた。
「こ、これは……!?」
「フリルのついた女の子っぽいデザイン、店のロゴ入り。
別に男用……というか共用のものでもいいけど、それを使う方がお客さん呼べると思うなー」
袋からエプロンを取り出してみると、中から出てきたのはやたらと可愛らしいデザインのエプロンや髪留めなどだ。
シロが着ているのと同じように店のロゴはあるが、全体的にフリルで飾られ、ところどころにはハート模様まである。
いつもシンプルな和服を着ているアオイは、今まで着たことがないようなかわいいエプロンを見て、思わず顔を赤くしてしまうほどだった。
「私、こういうのは……あまり、得意では……ないのですが……」
「エプロンを着けるだけじゃん? まぁ、俺なら恥ずかしくて店内にいても使いたくないけど」
「シロさんっ、そんなものを押し付けないでくださいっ!!」
震える声で抗議するアオイに、自分だったら絶対に嫌だとのたまうシロ。当然それを突き返して文句を言うアオイだったが、しれっと続けられる言葉に堪らず動きを止める。
「でもさ、かわいい女の子がかわいい格好してたら、みんな来てくれるんじゃないかなー。ノルマ、早く終わるよー?
まぁ、それが嫌なら男装とかも目立てて需要もあるだろうけど……着替える場所、ないもんねー」
「……!!」
早く店の手伝いを終えれば、早く手伝ってもらえる。
考えるまでもなく合理的であり、アオイは苦しそうにしながらもエプロンを広げていく。
男装をする、上に着るどころか和服自体を着替える、などという案まで出てきたことも後押しし、彼女は真っ赤になりながらも可愛らしいエプロンを身に付けた。
準備が終わったのを確認すると、シロはクレープを作りながらもじもじしている彼女に指示を出す。
「似合ってる似合ってる。ほら、店の前を通る人に呼びかけてみて。かっわいー笑顔でね」
「あの、私は普段こんな格好はしませんし、部屋にこもって勉強ばかりしていて大勢と話すのもっ……!!」
「えー? なら、立ってるだけでもいいんじゃないかな?
多分今の君なら、店のロゴ見せるだけで目を引くよ」
「な、なぜ……!?」
ここまで来ても顔を真っ赤にして震えながら抗議するアオイに、シロは面白そうに笑いかけながら提案する。
立つだけでいいとまで言われた彼女は戸惑いを隠せずにいるが、実際に店に並ぶ客は皆彼女を見てニコニコしていた。
「ほ、本当に……!?」
問いかけた後、ようやく客達の様子に気がついたアオイは、目に見えて動転してしまう。エプロンの前をギュッと握りしめ、お客さんの視線を一身に受けて今にも泣き出しそうだ。
しかし、彼女以外の者からからしてみると、それは当然のことである。最初からそのことをわかっていたシロは、愕然とするアオイににこやかに告げた。
「だって今の君、最高にかわいいじゃん?」
「〜っ!!」
たとえアオイが神秘という特別な存在であろうとも、見た目も生きた年月も13歳の小さな少女だ。
この場にいる者達は男女関係なく、微笑ましい、可愛らしいという目で彼女を見守っていた。
具体的にどう思われているかはわからないながら、確実に彼の言う通りかわいいと思われているであろうことを理解したアオイは、ぷるぷると震えて悶絶している。
「お嬢ちゃん、頑張ってー」
「心配しなくても、すっごく可愛いわよー」
「あの、あの……おやめくださいっ……!!
はずっはずっ、恥ずかしいにょでっ……!!」
「あっはは! すごいキャラ崩壊してるね、アオイちゃん。
でも、仕事はできるだけ頑張ろうなー」
店に並ぶお客さんに応援されたアオイは、シロに促されてフラフラと前に進んでいく。立つだけでもいい。
それは今の一瞬で嫌というほど理解している。
しかし、だとしても彼女は己の力が及ぶ限りのことをしようと口を開いた。
「イラッシャイマセー、くれーぷイカガデスカー……!」
「あっははは! すっごい棒読み!!」
「そこっ、うるさいですよっ!
あなたは黙ってクレープ作っててください!!」
ガッチガチのままで声を上げるアオイを見て、目にも止まらぬ速さで生地にトッピングしているシロは面白そうに茶々を入れる。
その声に同調してお客さんも励ましの言葉を投げかけるので、アオイはやはり耐えきれずに叫び返していく。
しかし、それもまたかわいい認定だ。
客達は待ち時間がまったく気にならなくなっており、シロもいつもより楽しそうに仕事をしていた。
「ははっ! まぁそこまで無理しなくてもいいよ?
なんなら、美味しそうにクレープ食べてくれたらお客さんはどんどんやって来る!」
「食べるだけ……やってみます」
「美味しそうに、ね。無邪気な笑顔なら尚良し!」
「あの、緊張するので変なことを言わないでください……」
シロが苦しそうなアオイを見て提案すると、彼女はピクリと肩を震わせた後でちょこちょこと小動物のように駆け寄っていく。
そして、そろりそろりとクレープを受け取ると、面白そうに笑いかけてくる彼を恨みがましく見上げて離れていった。
もちろん、店に並ぶお客さんの数は目に見えて増えており、誰も彼もが彼女を温かい目で目守っている。
とはいえ、アオイは列の様子など気にかけていられない。
増えたことも見守られていることにも気が付かずにベンチにちょこんと座ると、エプロンで店の宣伝をしながらクレープを口に運ぶ。
「お嬢ちゃん、おいしー?」
「お、美味しいですよ、もちろん……!」
「きゃ〜!! かわい〜!!」
「〜っ!!」
微かに微笑みながら黙々と食べる彼女だったが、お客さんに声をかけられると思い出したようにぎこちない笑顔を浮かべて美味しさをアピールする。
すると、それを見た客達はもちろん黄色い声を上げ、アオイは恥ずかしそうに顔を伏せてしまう。
だが、彼女は仕事を放り出すことはできない。
その後も真っ赤になりながら宣伝を続けて、シロのノルマが終わるのを待った。
なぜこうなったのだろう?
ネームド昇格シロとなぜかデレた(?)アオイを見て、作者はただただ首を傾げるのみです




