10-暴動は生物のように
屋敷にて方針を決めたアオイとユウリが、それぞれの役割を果たしていた翌日。アオイがシャンヴルに、さり気なく情報を流した翌日。
怪しい商人を探すために街に出ていたアオイ達は、昨日までとは違った噂を聞き、雰囲気の変化をひしひしと感じ取っていた。
「なんか、嫌に殺伐としてね?」
やはり自分を気にせずに置いて進むアオイを追うユウリは、チャラチャラと装飾品を鳴らしながら首を傾げる。
現在、彼らがいるのは聞き込みをするための人混みがあり、不審な商人も探ることができる商店街。
それも、この地に店を構えて商品は取り寄せるというような商人ではなく、自分の足で仕入れて売るタイプの行商人が集まる商店街だ。
しかし彼が呟いた通り、今日の商店街は妙に殺伐としていた。一日で商人がいなくなったりはしないが、客側も店側も商売よりは世間話に集中している様子である。
「聞いたかい? どうやら東方の薬が……」
「この街の人も、かなりの人数が中毒に……」
「錯乱した町民や商人が暴れるとか……」
「気づかずに巻き込まれた商人も……」
「誰が撒いたのかわからないけど、誰でもありえる……」
彼らが語り合っているのは、この街に潜んでいた問題が発展し、表出したものについて。不安感の高まりによる暴走ではなく、薬物による錯乱や暴力事件についての話だった。
しかも、かなり広い範囲で噂になっている辺り、昨日までの不安感の高まりによる暴動も悪化していそうである。
お互いに疑いの目を向け始めている人々を見ながら、ユウリは焦ったようにアオイに話しかけていく。
「なぁ、アオイちゃん! これは一体どうなってる……!?
不安が原因なんじゃねぇのか!? 薬物って……」
「商人が動いたのではないですか? 黒幕と関わりがある、もしくは黒幕本人である商人が」
「な、なんでいきなり……!?」
流石にしらを切るのは難しいと判断したのか、アオイは彼の質問に一部正直に答える。ユウリが反応しており、できるだけ伝えたくなかったことではあるが、昨日シャンヴルと面会したことが原因だと悟らせないように。
この状況でも冷静であること、彼女が何も知らないはずはないのだから、何か隠していると思われないように。
動いたと思われる商人についてだけを、致し方なく漏らす。
「……私が知るはずないでしょう? 私達が動いていることを知れば、多少は動きがあるのでは……とは思っていましたが、まさか薬物をばら撒くとは思いませんでした」
「お前、なんか変なことを……!?」
「普通に調査していただけですよ。この前黒幕らしき人影を追いましたし、その時に目撃されたのかもしれませんね」
多少は予想していたと言うアオイにギョッとするユウリだが、彼女は冷静に流す情報をコントロールしている。
実際に商人と会ったことは隠し、その上で自分が影響を与えてしまった可能性を認めていた。
アオイから見て、今のユウリは手放しで信頼できる人物ではない。商人と関わりがあるシャンヴルの息子であること、彼自身もその単語に反応を示していたこと。
聞き込みや監視などの手伝いならまだしも、もう自分の考えをすべて伝えるなどありえないことだった。
この言葉を聞いたユウリは、急に動き出した状況にアオイがやってきて動いたから以外の理由を見つけ、唸り始める。
「くっそ、最初から放置なんてできなかったけど、少し動いただけでこうなるのか……この感じだと、黒幕が現場にいなくても暴動が起きるぞ? それも、夜以外でも関係なく」
「……私としては、やはり怪しいと感じるのは商人です。
他にできることもないですし、協力してくれますね?」
「昨日もしただろ……」
「では、その成果を聞いてもよろしいですか?」
「……」
この状況でも慌てることなく、昨日と同じ方針で進める意思を見せる彼女に、彼は目を逸らしながら苦々しげに答える。
彼はどうやら、この話題にあまり乗り気ではない様子だ。
だが、神秘であるアオイが動じることはなく、風で見透かす彼女に隠し事ができるはずもない。
彼女が口が重いユウリに対して、昨日行っていたという話の続きを促すと、問い詰められた彼は黙り込んでしまう。
しかし、アオイが逸した視線の先に回り込んで見つめると、顔をしかめながら答え始めた。
「……特に、なかった」
「それは、商人の中から怪しい者を見つけられなかったということですか? それとも、最初から怪しいと思っていた商人が、尻尾を出さなかったということですか?」
「……風で監視してたのか?」
「監視などしなくとも、風からのたよりは届きます」
やはり重い口振りで答える彼だったが、既にある程度の事情は知っている様子のアオイは、具体的な選択肢を示す。
するとユウリは、諦めたようにため息をついてから強い光を宿した目で彼女を射抜いていく。
「じゃあわざわざ答える必要ないよな? 俺が敵か味方かはともかく、誰を探っていたかって事実は知ってんだろ?」
「セファール商会……タイレンを支配するビオレ奴隷商会より規模は小さいながらも、主に他国で力を増している組織」
「そうだ。俺はみんなに頼んでそいつらを探った。
結果は本当に惨敗だったけどな」
「そうですか……」
(あの商人はセファール商会の者でしたか……
先日のビオレ奴隷商会といい、よく他国に出てくる国ですね。彼が怪しんだのは、父親の取り引き相手として……?
少なくとも、深く話さなかったのはきっと……)
ユウリの行動について確認を取れたアオイは、彼が思ったよりも色々と知っていたことについて考えを巡らせる。
シャンヴルとあの夜の商人の繋がり、息子の目から見ても怪しげな商人、アオイの目から見て怪しかった商人。
この名前を出されても平気そうなので、ユウリが隠していたのは、セファール商会についてではなく怪しんだ理由。
アオイが彼に情報を隠す理由は健在だが、少なくとも彼自身を警戒する必要はなくなった。
しかし、当のユウリ本人はこの先も同行するつもりはないようだ。彼女が考えていると、暗い顔で重々しく口を開く。
「……用事ができたから、俺は一旦帰る。
お前も、俺はそこまで信用できねぇだろ?」
「……いえ、そうでもありません」
「嘘つけ」
「では、信用していないということにしましょう。ですが、だからこそ親睦を深める必要はありますね?」
不信感がないことを信じないユウリに、アオイは驚いたように目を丸くする。しかし、すぐにいつも通りの表情に戻ると、それを認めつつも含みのある言葉を投げかけた。
すると、すでにこの場を離れようとしていたユウリは、信用してないという言葉で浮かんでいた自嘲気味な笑みを消し、さっきのアオイと同じように目を丸くして振り返る。
「……なんだよ、いきなり」
「今晩、あのクレープ屋さんに来てください。
私は今日、彼に協力してもらうつもりです。
ついでに皆でお泊まり会をしましょう」
「おい、知り合ったばっかの男の家に泊まるってのか?
危機感なさすぎだろ、頭おかしいのか?」
彼女の提案を聞いたユウリは、迷うことなくそれを止めにかかる。お泊まり会など、知り合って一週間も経っていない男達とすることではない。
いや、知り合って何年経っていようとも、自分以外異性のお泊まり会などするようなものではない。
軽く罵倒しているものの、ユウリの主張は至極もっともだ。
しかし、神秘であるアオイには彼のしているような心配は一切ないようだった。渦を巻いたような瞳から強い光を発し、まっすぐ彼を見つめて言葉を紡ぐ。
「心配なら、来てください。約束です」
「俺が行っても同じだっての……
自分以外男しかいねぇとこに泊まろうとするなバカ」
「約束ですよ」
「あっおい……!!」
なおも止めようとするユウリだったが、アオイが話を聞くことはない。ただただ同じ言葉を繰り返すと、これ以上ごねられないように彼を残して空を飛んでいってしまった。
「……はぁ。親父を正気に戻すってだけでも厄介なのに、さらに警戒心のないガキのお守りかよ」
アオイに置いていかれたユウリは、ため息をつきながら頭をかくと、面倒くさそうに吐き捨てて屋敷への道を歩き始めた。




