7-暴れ出す人
「空けてくれー、犯人と会わせてくれー」
先頭を歩くユウリは、真面目な表情になったアオイの手を引いて衛兵の壁をかき分け進む。
アオイも自分の小ささを自覚しているため引かれるがまま、衛兵も領主の息子だと知っているためすぐに道を空けて彼らを通していた。
「ユウリ様……!? どうぞこちらへ」
「どーもー」
衛兵全員に事情が伝えられている訳がないので、彼らは2人――主にアオイに対して不思議そうな目を向けているが、ユウリがいるため何事もなく素通りだ。
彼女達はズンズン衛兵の中を進んでいき、すぐに暴れ出したという人の元へと辿り着く。
「お前がッ!! お前がッ!! 奪ったんだろッ!?
返せッ!! あいつは俺のものだったんだッ!!」
その人物は暴れ出してからまだそう時間が経っていないらしいく、拘束されながらも未だに叫び続けている。
アオイ達が行くと通達があったのか、彼は手足から胴体まですべて椅子に縛り付けられており、まったく動けないのに。
これには軽薄なユウリも戸惑いを隠せず、いつもの明るさがかき消えた、明らかに引いた表情で衛兵に問いかけた。
「これは……?」
「は、どうやら錯乱しているようです」
「……錯乱。お前が奪ったあいつって?」
「おそらく痴情のもつれでしょう。彼が襲いかかったのは、一組のカップルでした。両名搬送済みです」
ユウリに問いかけられた衛兵は、サッと敬礼をしながら事情を伝えた。こうして話している間も叫び続ける彼を冷たい目で見やり、あったことや所感を淡々と。
「あーあー、どれだけ拗れればこうなるんだ……
てか、よく今日まで堪えられてたな? こーんな感情抱えてたなら、日常生活にも支障が出そうなもんだけど」
それを聞いたユウリは、自分も遊び回っている側の人間であるからか、かなり深刻な表情でつぶやく。
自分も向けられる可能性がある感情らしく、拗れ方をリアルに想像した様子だった。
もし向けられるのだとしたら、完全に自業自得だろう。
とはいえ、彼の指摘は案外的を得たもので、ここまで錯乱するレベルならば、もっと前に爆発しているべきだと言える。
標的が目の前からいなくなっても、椅子にガチガチに拘束されても、どれだけの人に囲まれようとも、彼は狂ったように叫び続けているのだ。はっきり言って、普通じゃない。
ただのカップルに対する怒りや恨みでは説明できないような、尋常ではない何かが感じられた。
衛兵達は最初から遠巻きに監視しているだけで、ユウリですらあまり近寄りたがらず、少し距離を取っている。
だが……
「……」
「ちょ、危ないって!? どうせまともに話も聞けねーんだし、他を当たろうぜ?」
「一応風でお互いを固めるので大丈夫ですよ」
彼のつぶやきを聞いたアオイは、彼と違って引くことはなく、無表情のままで男に歩み寄っていく。
ユウリが止めようとしてもお構いなしで、男の拘束を強めるように、自分に鎧を纏わせるように風を操る。
風がアオイを包むと同時に、男からどころかユウリからも体は守られ、もう誰もアオイを止めることはできない。
危害を加えられる心配がなく、止められることもなくなった彼女は、拘束される男の前に立つと顔を彼に寄せていった。
「あなたは最近、普段会わない誰かに会いましたか?」
「あいつはッ!! お前がッ!! 返せッ!! 許さねぇッ!!」
耳元で問いかけるアオイの声に、男は風に手足を押さえつけられながらもなお叫ぶ。指先すら動かせなくなっても、必要以上に風を吸い込んでしまっても。
男の反応を見たアオイは、ほんのりと柔らかい笑みを浮かべ、質問を続けた。直前まで資料室で見ていた、暴れ出した人の一部に見られた共通点を思い出しながら。
「なるほど。では、その誰かは顔や体格などを隠していた、黒ローブの扇動者ですか?」
「え、なに話せるの……!?」
「ずっと一緒にいたはずなのにッ!! 急に横からッ!!」
「なるほど」
アオイを守ろうと真横で聞いていたユウリは、なぜか会話ができているらしい彼女に目を見開く。
しかし、当然のように無視されてしまうので、彼は変わらず叫び続ける男と彼女の間で視線が交互に揺れていた。
「では、あなたはその人物に度々話しかけられ、今のような錯乱状態に陥ったのでしょうか? 本当はカップルのどちらとも仲が良く、悔しさもあれど祝福していたのに」
「俺、は……!! お前達と……!! 俺、はァァッ……!?」
「なるほど、醜悪な扇動ですね」
本心を見抜かれた男は、さっきよりも苦しげに叫び出す。
自分の中で折り合いがついていたはずの出来事が、いつの間にかここまで醜悪に増大していたらしいことに目を見張り。
ようやく目に見えて狼狽えた男を見て、アオイも大体のことを察した様子だ。隣で何もできずに立ち尽くしているユウリも、彼女達のやり取りを聞いてなんとなくわかったのか、今では会話を聞き入っている。
「その人物は今もあなたの近くにいますか?
もしくは、いると思いますか?」
「あいつは……あいつは……」
「……暴れ出す直前にも、会いましたよね?」
「……」
「ご協力、ありがとうございました。
きっともう正気に戻っていますよね? サービスです」
段々と叫び声が弱まり、ついには黙り込んでしまった男を見て、アオイは綺麗な姿勢で頭を下げる。
風からは解放されるも、まだ椅子に縛り付けられたままである男は、そんな彼女を呆然と見つめ呟いていた。
「俺は、なんであんなことを……!?」
「見知らぬ人に心を許したから」
最後に一言だけ言い残すと、アオイは慌てて後を追うユウリを伴って男、そして衛兵達の輪から離れていく。
ここで得るべき情報はすべて入手したようだ。
「天使ちゃん、さっきのは!?」
「あの男性に話を聞きました、ユウリ・アキレギアさん」
「いや、どーやって!?」
人混みを逃れてから問いかけてくるユウリに、彼を気にせずスタスタと歩いていくアオイはしれっと答える。
男性に話しかけていたので事実ではあるのだろうが、明らかに言葉足らずだ。
だが、別に彼を無下にするつもりはないのか、さらに重ねて質問してくる彼を振り返ると、小首をかしげて言葉を返す。
「……よーく観察して、ですかね?」
「嘘つけーい!? どんな観察をすりゃまともな返事もなしにあそこまで全部見透かせるっての!?」
「風で脈拍や発汗なども計ってましたから」
「そっちが本命だな!? うん、神秘ってズルすぎだ!!」
すかさずツッコミを入れるユウリ。
しかし、アオイはもう答えたからいいと思っているらしく、すぐに前を向くと歩きながら軽い調子で付け足し、彼は溜めていた分まで全力で体を反らしていた。
「ともかく、注意すべきは黒ローブの人物。まだ周辺にいる可能性は高く、また暴れる人がいないとも‥」
話を変えるように彼女が今日これからの方針を伝えていると、すべて話し終わる前に人々の叫び声が聞こえてくる。
タイミングがいいのか悪いのか、声がした方を向くまでもなく明らかに暴れ出した人がいるようだ。
その騒ぎを聞いたユウリは、アオイから離れるのも気にせず立ち止まり、音のする方を振り返った。
「おいおい、噂をすればなんとやらってか? さっきも暴れてた人がいたってのに、忙しい街だな自分の街ながら!」
「ぼやいてる暇があるならさっさと向かいませんか?
手遅れになっては笑えませんし、置いていきますよ?
私は飛ぶのでもう走ってきてください」
「うえぇッ……!? 待て待て待て……!!」
彼を気にせず風を纏い始めるアオイに、立ち止まっていた彼は慌てて駆け寄っていく。すでにアオイは風に包まれているため、すぐに彼女の元までは辿り着けない。
それでも、攻撃や防御のためでもない分まだ脆く、ユウリは必死の形相で風を突き破ってなんとか彼女の手を握った。
「ぜぇ……はぁ……!!」
「よくできました。飛ぶのでお気をつけて」
「くっ……!! お前って意外とぉぉ……!?」
ユウリがちゃんと自分について来ようと言うことを聞くと、彼女はにっこり微笑んで空へと飛び立つ。
なにか言おうとしたのを遮るように、何よりも現場に急行するために。風に振り回されて叫ぶユウリを連れて、空を飛んでいった。
~~~~~~~~~~
「彼女ですか……」
「そうみたいなー」
彼女達が空へ飛び立ってから数分後。
騒ぎの現場を見下ろす彼女達は、建物の屋根の影から顔を覗かせていた。
眼下で起こっているのは、1人の女性が装飾品店で暴れているという事件だ。どうやら今回の場合、女性はネックレス等の装飾品が欲しくて暴れているらしい。
つまりは、自分の欲望を醜悪に歪まされている状態であると言える。そして、騒ぎが起きたのはついさっき。
黒幕だと思われる黒ローブの人物は、この近くにいる可能性が高かった。
屋根の影から周囲を探るアオイは、暴れる女性は衛兵に任せて黒幕を見つけるべく意識を集中させる。
「俺にゃーまったくわからんけど、いんのか? 黒幕」
「……やはり妨害されています。ですが……」
事件を眺めているユウリに尋ねられると、またも風を妨害されているらしいアオイは悔しそうに表情を歪めながら呟く。
だが、ただ妨害されるがままということもないようで、彼女は少し遠くを見つめて目を細めていた。
「怪しい動き……見つけました……!!」
「ちょ、突っ込むのか!?」
「あなたは下を。万が一のことがあればお願いします」
「……へいへーい」
再び空を飛び始めるアオイに慌てて声をかけるユウリだったが、彼女にこの場を任されると不承不承ながら視線を女性に戻す。
そんな彼に信頼の目を向けるアオイは、もう振り返ることなく怪しい動きをしている人物目掛けて飛んでいった。
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風は人の行動を感知する。呼吸から、鼓動から、手足の動作から生じる風の波によって、正確に。
そのため、ここら一帯の大気を支配しているアオイは、一直線に飛んでいくと迷わずとある位置にて降り立ったのだが……
「……不審者、あなたです?」
「なんですなんですー? 開口一番に失礼なロリですねー。
こっちは夜遅くまで頑張って商売してるんですよー。
冷やかしなら帰ってくださーい」
目の前にいたのは、たまたまこの場所で出店を開いていたと思われる女性。想像上の黒ローブの不審者とは似ても似つかない、明るく、印象が強すぎる香りを漂わせる女性だった。
それも、色々と混ざっていて判別が難しいが、アオイが領主の屋敷で嗅いだのと同じ香りもあるようだ。
流石にこんな人が自分にバレずに暗躍しているとは思えない彼女は、少し女性を見つめたあと申し訳無さそうに頭を下げる。
「はぁ、すみません。あなたも大概失礼だとは思いますが、こちらからだったので気にしないでおきます」
「ふふっ! 思いの外聞き分けのいい子ね〜! さてはお金をたくさん持っていらっしゃるー? お菓子でも宝石でも、情報でも。ここにはなぁんでもありますよー?」
「では情報を。あなたは黒ローブの怪しい人物を見ましたか? この辺りを駆け抜けていったはずなのですが」
アオイの態度を見て途端に商売を始めた女性に、彼女は迷いなく情報を買おうとお金を差し出す。
女性は嬉々として受け取るが、どうやらその情報は在庫にないらしい。遠慮なく受け取ったくせに、指を顎において隠しもせず首をかしげた。
「黒ローブぅ……? 見てないですー」
「そうですか。ここにはいないという情報をありがとうございます。とても役に立ちませんでした」
「うっふふ、しっつれーい。でも、わかるわよー。こんなのに自分が何を掴んだかなんて、知られたくないわよねー」
「……失礼します」
アオイの嫌味に対して探るような目を向けてくる商人だったが、彼女はもうこれ以上ここにとどまるつもりはない。
商人の言葉に反応することなく、速やかに風を纏ってこの場を後にした。




