6-対等な上下関係
「ふぅ〜! 気持ちいいな〜!」
「舌を噛みますよ? 黙っていてください」
「へーい」
アオイとユウリの追いかけっこが行われてから十数分後。
どうにかこうにかアオイに追いついたユウリは、彼女の風に運ばれて夜の街を飛んでいた。
全力疾走しすぎて息も絶え絶えだった彼だが、襟首をむんずと掴まれて運ばれ始めてからかなりの時間が経っているため、もういつも通りに明るさを見せている。
しかし、アオイに何度目かの注意をされると、風の勢いがわずかに緩んでいく中、静かに輝く街を見つめ始めた。
「こーんな高くから見たの、初めてだぜー」
「まだそこまで高くないですよ」
「え、もっと高くまで行けるのか!?」
「当たり前です」
ユウリが風に揺られながら明るく呟くと、アオイはバカにするなと言わんばかりに鼻を鳴らす。しかし、その表情は柔らかくどこか嬉しそうである。
彼らが飛んでいるのは、この街で一番高い建物からさらに10メートル近く上空。その目に映るのは、すっかり日が落ちて街中で明かりが輝き、暖かな光が百合の花を照らす光景だ。
すでに30メートルは超えてそうな高度だが、自由な風が大気のある範囲で縛られる訳がない。アオイは一旦ユウリを放り投げると、横抱きに受け止めて空を駆け昇っていく。
10メートル……20メートル……30メートル……
みるみる昇っていく彼女達の目には、もはやアスセーナの街など豆粒程度にしか映っていなかった。
見た目はただの小さな女の子であるアオイにお姫様抱っこをされたユウリは、景色に興奮しながらなんてことなさそうに笑う。
「うはぁ、すげー!! だけど、女の子にお姫様抱っこされるとか男としてどうなんだ? 面目丸つぶれだなー、あはは」
「私は神秘なので、あなたよりも力持ちなんです、ユウリ・アキレギアさん。見直したのなら、そろそろ帰ります?」
その言葉を聞いたアオイは、これみよがしに自分の強さというものを強調し、彼に帰るよう促した。
思っていた以上に本気で巻き込みたくなかったらしい。
しかしユウリもまた、彼女の方が強く自分が必要なさそうなことを認めながら、同行するつもりはなくならないようだ。
空を見上げながら、小さな女の子にお姫様抱っこをされていることも、格の差を見せつけられても、フルネーム呼びをされても気にせず呟く。
「別に、強いからって頼る先をなくす必要はないだろ?
強いからって周りに誰もいなくなったら、いつか心が壊れちまう。俺は弱っちい人間なりに、お前を見守るよ」
「……」
「ん……? どーした?」
「……いえ、別に。少し友人を思い出しただけです。そうですね、確かにどんな人でも弱さは認められるべきです。
そしてあなたは、思っていたよりも尊敬に値する」
ユウリの言葉を聞くと、アオイは空を飛び続けながらも唐突に黙り込む。しかし、彼から不思議そうに声をかけられるとすぐ元に戻り、薄く微笑んでそれに同意した。
珍しく風を差し向けられず塩対応もされなかったユウリは、途端に表情を明るくして人懐っこく問いかける。
「急に何だよ〜照れるぜ。それより、暴れ出した人を探すんじゃなかったのか? こんな高くから見つかんの?」
「先程、シャンヴルさんからメモをもらいました。
場所はわかっていますから、まずはそこに向かうだけです」
すると、アオイが懐から風で取り出したのは一枚のメモ。
彼女たちが資料室で調べ物を終える少し前に起きたという、人が暴れ出す事件の場所などが記されたメモだ。
風でその事件が起きたということ、メモを残してあることなどを察知して回収していたようで、最初から探すというよりも向かう感じだったらしい。
どうりで迷いがなく、こんな無茶苦茶で探しものに向かない飛行をしていたわけである。
もっとも、アオイは普段からこんな性格で、探すのも風で行うはずであるため、判断材料にならないかもしれないが。
「なんだよー、先言っとけな?」
「……帰ってもらうつもりだったんですよ」
「お、なんだなんだ? 俺を頼ってくれる気になったか?」
「少なくとも、保険にはなりますね」
「おう、それで全然いいぜー」
その事実を聞くと口を尖らせるユウリだったが、アオイの心変わりを知ると途端に嬉しそうに笑いかける。
基本的に役立たずとも受け取れるのだが、最後の砦、アオイが逃げ込める場所のような位置づけになれたと受け取ったようで、彼はご満悦だ。
おそらくあまり期待はしていないであろうアオイもそれ以上は何も言わず、目的地に向かうべく彼に指示を飛ばす。
「では、改めて向かいます。喋らないでください」
「了解!」
ユウリが元気に叫んだのを合図に、アオイは一気にスピードを上げ、暴れ出した人のいる現場へ向かい始めた。
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「いやー。なんか騒がしいなー、あっはっは」
再び街に足を下ろしたユウリは、事件によって集まっていた人々、暴れ出した人を拘束していた衛兵などに注目される中、陽気に笑う。
彼の言葉通り、周囲は空から人が現れたこと、領主の息子が小さな女の子にお姫様抱っこをされていたことなどを見て騒々しい。
酒で酔っていたなどの誤魔化しがあるとはいえ、そもそもが暴力事件が起きたということで集まっていたのだ。
そんなところに、住民から愛されるユウリが自分よりも小さく可憐な少女にお姫様抱っこされてきたとあれば、騒ぐなと言う方が無理な相談である。
「俺は関係ない」とばかりに笑うユウリを見ると、アオイは無理やりついてきた彼に責めるような目を向けた。
「あなたのせいですよ、ユウリ・アキレギアさん」
「いや、お前が俺をお姫様抱っこしたからだろ!?」
「最初の持ち方でスピードを出すのは、流石に悪いと思ったんです。ですが嫌がらなかったじゃないですか。嬉しかったのなら素直に喜んでください。綺麗だったでしょう?」
「おい、誤解を招くような発言はやめてくれ……」
この騒ぎの全責任を負わされそうになったユウリは、もちろん彼女に反発する。しかし、「私に運ばれて嬉しかったのでしょう?」との反撃を受けると、堪らず降参した。
そんな仲睦まじげなやり取りを見ていた周りの人達は、彼が黙り込んだのを見ると2人に歩み寄っていく。
片方は見知らぬ人物だが、もう一人はよく知るユウリだ。
事件のことは衛兵にはぐらかされることもあり、街の人達は彼らに興味を移しておずおずと問いかける。
「あのー……坊っちゃん? そちらの方は?」
「えっとだなー……友達?」
「空から降ってきたように見えましたが……
しかも、坊っちゃんを抱えたまま」
街の知り合いにアオイのことを聞かれたユウリは、少し迷いながらも彼女を友人だと呼ぶ。
彼はそう答えてからちらりと確認してみるが、彼女も特に嫌だということはないらしく、否定しない。
それを見た彼は、自信を得て話を切り上げにかかった。
「ま、すごい子だってことよ! 用があるんで失礼するぜ」
用事と言われれば街の人達もそれ以上追求することはない。
ユウリは様子を見ていたアオイの手を握ると、衛兵たちが集まっている場所の中心に向かっていく。
「友達、ですか。雇用主と被雇用者だと思ってました」
「……念の為聞いておくけど、どっちがどっち?」
「あなたに雇われたつもりはないので、私が雇用主ですね。
しかし、勝手についてきたのだからボランティアです。
賃金はお支払いしません」
「マジかよー」
ユウリに手を引かれながら進むアオイは、先程の問答に対して少し意外そうに呟いた。
落胆した様子の彼が恐る恐る聞いてみれば、答えはアオイの下にユウリというもの。
領主の息子でありながらボランティア扱いになってしまったユウリは、苦笑しながら形だけ不平を言う。すると、アオイはいたずらっぽく笑いながら彼に視線を送る。
「不服ですか? ならば、ご褒美を上げましょう」
「お、何くれんだ?」
「褒めてあげます。働き如何によっては、頭を撫でて」
「ほほう……!! それは中々に魅力的だ」
「……ロリコン」
アオイがくれるというご褒美に、ユウリは本気で嬉しそうな笑顔を浮かべる。それを見たアオイは、わずかに顔をしかめて嫌そうな表情を作りながら呟いた。
彼に繋がれていない手を胸の前に持ってくるという、やたらと本格的な演技とボケだ。
「3歳差でぇ!?」
「ふふ、冗談です」
やはり大袈裟にツッコミを入れるユウリに、アオイは楽しそうに微笑む。しかし次の瞬間、衛兵の元へと辿り着いた彼女は、暴れ出したという人を見据えながら真面目な表情を浮かべていた。




