3-アスセーナの領主
青年のクレープで元気を取り戻した、数十分後。
ぴんっと背筋を伸ばしたアオイがやって来たのは、街で一番大きな屋敷――アスセーナの領主の元だ。
念の為、まずは少し遠くから様子を窺っていた彼女は、屋敷の警備がそこまで気が立っていないこと、人数も平常通りであることなどを確認してから近寄り、話しかける。
「こんにちは。私はマンダリンの村長の娘、アオイです。
幾度か領主様にもお会いしたことがあるのですが、面会などさせていただけますでしょうか?」
「マンダリンの……? わかりました、確認を取ってきます」
「よろしくお願いします」
丁寧な物腰で話しかける彼女を見ると、警備員は少し胡乱げな表情をしながらも屋敷の中に引っ込んでいく。
残されたアオイは、確認を取りに行かなかった警備員に囲まれ、結果がわかるまで待ち続けた。
すると、ほんの数分後。
確認を取りに行った警備の男は、落ち着いた様子で戻ってくると、穏やかな表情で口を開く。
「確認が取れました。アオイ様、中へどうぞ。
領主様は今すぐにお会いになるとのことです」
「わかりました。ありがとうございます」
屋敷の中に招き入れられたアオイは、彼の案内に従って領主の元へと向かい始めた。
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「お久しぶりです、シャンヴル・アキレギア様。
色々とお忙しいとは思いますが、お時間いただきありがとうございます。お加減はいかがでしょうか?」
領主の前まで案内されたアオイは、先程と同じようにやはり礼儀正しく挨拶をする。それをテーブルの向こうから見つめる領主――シャンヴル・アキレギアは、痩せ細った顔をさらに困惑で歪めながら口を開く。
彼はあまり寝られていないのか顔色が悪く、痩せていることを抜きにしてもかなり具合が悪そうだ。
「は、はぁ……私はそこまで大した身分じゃないから、普通に接してくれると嬉しいよ。今の貴族なんて、結局各地で管理を任されているだけに過ぎないんだから……
偉いのは国王や聖花騎士団の魔法騎士レベルの人達だよ」
「十分凄いことだと思いますが……まぁ、わかりました」
シャンヴルが弱々しくそう言うと、アオイはあまり納得していないながらもうなずく。
彼がかつてフラー建国のために尽力した一族とはいえ、神秘であるため現在まで生きる建国の英雄を出されては、アオイもうなずかざるを得なかったようだ。
その様子を見てホッと息をつくシャンヴルは、彼女を見つめる目に段々と熱を込めていた。
「それに、聞くところによると……」
「何ですか?」
「君、神秘に成ったんだろう? 私はただの人間だからね。
正直に言って、君の方が敬われるべき立場だよ」
青白い顔をしているシャンヴルが、唯一生気を感じさせた目。その理由になったのはアオイが神秘に成ったという噂話であり、彼はわずかに身を乗り出して問いかける。
だが、アオイ本人にとっては、そんなに誇るようなことでもないらしい。シャンヴルが身を乗り出したことに連動するように、彼女はスッと目を伏せて言葉を紡ぐ。
「……国王様のように聖人であれば、そうだったかもしれません。しかし、私は聖人とは真逆の魔人です。いつ暴走してもおかしくない私は、その立場に相応しくありません」
「うーん……そうかな?」
「そうです」
「でも、知っているかい? 聖人も狂うんだよ。
国王様のように何千年も生きていれば、いずれ暴走する」
「あの方は暴走しているので?」
「さぁ、どうだろう? だけど、あの方はそう仰った。
きっかけはどうあれ、大事なのはその後どうするかだよ。
君が何かを恨んだのだとして、それでも尚この街を守ろうとしてくれているのならば、卑下することはない」
暗い表情で呟くアオイを見たシャンヴルは、彼女がどこか神聖化しているらしい聖人について語り、彼女を肯定した。
同時に、わざわざ会いに来たアオイの目的を察していたのか、自ら本題に入っていく。
彼の意図に気がついたアオイも、ハッと伏せていた目を上げると表情を引き締めてそれに応じる。
「……貴方はこの街の噂について知っていますか?」
「不安が高まっている。嫉妬や恨みにより人殺しが頻発し、欲望のままに強盗が起こっている」
「原因はご存知で?」
「いいや、私には想像もつかないよ。相談役にも色々と聞いているのだけれど、足がかりすら見つからなくてむしろ私の不安が高まるばかりさ。お陰で寝不足でね……」
アオイがここに来た目的を察していたシャンヴルだったが、噂については多くを知っているわけではないようだ。
この街で起こっている事件についてはスラスラと答えながらも、事実以上は答えられずに申し訳無さそうに顔を歪める。
彼女の神秘すら封じられているのだから、彼が原因を知らないのも無理はない。しかし、宿屋は噂すら知らなかったこともあり、アオイは表情を崩さず言葉を続けた。
「……宿屋の方は、その噂を知らなかったようですが」
「頻発と言っても、これまでと比べてずば抜けて多くなっているだけだからね。素早く片付けているし、大々的に報じて不安が高まっては悪化するだろう?」
「確かに、噂が広がるだけでも悪化してしまいそうですね」
場合によっては疑っていると取られかねない質問だったが、彼は焦る素振りを見せることもなく、正直に白状した。
なるほど、不安などの負の感情が高まって起こっている事件なのだから、広まれば悪化すると考えるのは当然だろう。
情報統制はよくないことだろうが、この状況では仕方がないと納得したアオイはすぐにうなずく。
だが、同時に他に有益な情報を得られる可能性も消えてしまい、頭を悩ませることになる。
(隠す理由は妥当、後ろめたいことも特にないようです……
街の人々にも聞いてみて、それでも噂を聞かなければ、私にできることはほとんどないかもしれませんね。
あとは、暴れた人の共通点を洗う、一度現場を見てみる……)
「ちなみに、暴れ出した者達が過去にどんな人物と接触したのか、などの足取りは掴めていますか?」
「もちろん。全員ではないけど、資料室にまとめてあるよ」
「見せてもらっても?」
「ああ、すぐに案内させよう」
アオイが共通点を探すために頼むと、彼は迷うことなく了承してベルを鳴らす。すると、案内かま終わるとすぐ外に出ていた警備員が入ってきて、頭を下げた。
「資料室に案内を頼むよ」
「了解いたしました。こちらへどうぞ」
シャンヴルに命令された警備員は、サッと敬礼して案内をしようとアオイを促す。だが、少し考え込んでいる様子の彼女は、すぐには動かず再びシャンヴルに顔を向けた。
「それから、事件が起こるとすぐに対処しているのですよね? 次に起こった時、教えていただけると助かります」
「わかったよ。申し訳ないけど、よろしく頼むね」
追加で頼み事をしたアオイは、先程と同じくすぐに了承し、頭を下げるシャンヴルに軽く会釈をして案内に従う。
彼女は暴れ出した者の共通点を探すため、資料室を目指して歩き始めた。
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警備員に案内されていくアオイは、屋敷に漂っている嗅ぎ慣れない香りを感じながら廊下を進む。
屋敷自体は特別なものではなく、他よりも少し大きく造りが丁寧な位だが、香りにはこだわりがあるのかもしれない。
彼女は慣れていない匂いであるため、少し風で飛ばしながら廊下に飾られた絵や皿などを眺めて歩いていく。
「……?」
「アオイ様、どうされました……?」
しかし歩き始めてすぐに、彼女は妙な動きをする人物を感じ取って足を止める。風を操ったことで、離れていく物体にも風が届いたようだ。
アオイは戸惑う警備員を無視して駆け出すと、風で拘束した不審者の元へと向かっていく。すると、その場にいたのは……
「……?」
「う、動けねぇ……!! 何でだ……!?」
シャンヴルよりも、遥かに派手な服装をした少年だった。




