2-街に潜む悪意
科学文明が滅びたこの星――地球には、蘇った神代の神秘が満ちており、それにより魔法のような力を使うことができる。
だが、はじめに使えるようになったのは獣達であり、自然に生きていなかった人類は出遅れた。
彼らは群れることで安心を得て、その後も獣ほどに力を得ることはなかった。
せいぜいが飲み水に困らないだとか、風で洗濯物を乾かせるといった程度だ。しかし極一部の人間は、自然に生きた獣の生存本能に勝るとも劣らない強い感情により、他を圧倒する程の神秘を行使できるようになる。
それが神秘に成るということ。
神獣や人に危害を加える神獣――魔獣と同じく、人を超えた、神秘そのものという生物の枠組み。
中でも、誰かを守る決意などの正の感情で成った者を聖人、誰かを恨むなど負の感情で成った者を魔人。
彼らが得た神秘をそれぞれ祝福、呪いという……
「魔人が事件を起こしている……」
神秘に成ったことで理解したこと、これまで自由に旅してきて知ったことを思い返していたアオイは、さっきまで眺めていた手帳を閉じる。
ここはアスセーナにある宿屋の一室。
彼女は夜更けにこの街へやってきていたため、情報収集などを始める前にまずは体を旅の疲れを癒やしていた。
とはいえ、神秘である彼女は普通の人よりも遥かに丈夫であり、旅をしていた程度ではそこまで休む必要はない。
一晩寝てすっきりした体を伸ばすと、ベッドを降りて身支度を整えていく。
宿屋に備え付けてあったパジャマから和服に着替え、髪を梳かして一括りにし、扇子を懐に忍ばせれば準備完了だ。
まずは噂が事実なのかを確認するために、部屋を後にした。
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「知らないのですか……?」
「えぇ、知りませんね」
部屋を出て数分後。ひとまず彼女は、一階にある受け付けで情報収集を始めていた。だが、受け付けにいた女性に話を聞いてみても、彼女は噂すら知らなかったらしい。
宿屋ならば情報が集まってきそうなものだが、間髪入れずに知らないと返され、彼女は流石に少し混乱しているようである。
不思議そうに見返してくる女性を前に、彼女はしばらく考えをまとめるために立ち尽くしていた。
(宿屋の方が知らないというのは……私がこの話を聞いたのは旅人からだというのに、あり得るのでしょうか……? ですが実際に知らないと……であれば、むしろ彼らが知っていたことが異常? 標的は旅人ではなくこの街の住民?
ともあれ、一通り聞いて回る必要がありそうですね)
「あのー……大丈夫ですか?」
アオイが顎に手を添えて考え込んでいると、受け付けの女性は心配そうに声をかけてくる。現在他の客はいないが、その分彼女のおかしな様子が気にかかるのだろう。
顔を覗き込まれたアオイは、ゆっくりと顔を上げると何事もなかったかのように感謝の言葉を述べた。
「はい、問題ありません。お時間いただきありがとうございました。……おそらく帰りは遅くなるので、夕飯は結構です」
「わかりました」
お礼を言ったあと少し遠くを見つめていたアオイは、瞬きをすると遅くなる旨を伝え、宿屋を後にした。
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アオイの神秘は風である。
それも移動や荷運び、動作の補助や風の揺れから人の動きや声を察知するなど、かなりサポートに特化したものだ。
宿屋は泊まっていてすぐに聞けたため直接話を聞いていたが、情報収集をしなければいけないとなった時、普段の彼女がまずとる行動はもちろん風を使った感知だった。
一人目とは直接聞いたからといって、方針は変わらない。
宿屋を出た彼女も、すぐにそうしようと風を操作し始めていたのだが……
「風からのたよりを、感じない……」
歩きながら風を感じるアオイには、それらからの情報がもたらされることがなかった。噂話が集まりそうな宿屋の女性が知らなかったことも含めて、この街は明らかに異常である。
しかも、風自体は操れているのだからなお悪い。
アオイが周りを見回してみれば、彼女に向かって吹いてくる風によって揺れる旗や女性達の長い髪があった。
「動きも音も少しは分りますが……なぜかブレますね。
ここまで来ると、魔人がいない理由がありません。
はぁ、とても厄介なことになりました……」
実質、能力を封じられたと言っても過言ではないアオイは、珍しくとぼとぼと歩きながらため息をつく。
もちろん、直接話を聞こうと思えば人はいた。
右を見ればクレープの店があるし、左を見れば花屋がある。
前後には同じように歩いている人々がいるし、早朝の作業を終えて休憩に入っている様子の農家、非番らしき騎士なども時々見ることができる。
おまけに、アオイはこの国では珍しい和服を着ている上に、特別珍しくはないものの、他の追随を許さない程に艶やかな黒髪を持った美少女だ。
今でさえちょこちょこ街の人々から視線を向けられているので、話しかければ簡単に質問に答えてくれるだろう。
しかし彼女は、何よりも自分のアイデンティティーとも言える神秘が封じられていることがショックで、そんな気分にはならないようだった。
奇異の目を向けられながらも、まったく意に介さずとぼとぼと街を歩き続ける。
「おーい、そこのお嬢ちゃん!」
「……?」
するとしばらくして、目に見えて落ち込んだ様子で歩く彼女にはついに横から声がかけられた。
口をへの字に曲げたまま不思議そうに顔を向けると、そこにあったのは数人しか客がいない一軒のクレープ屋。
中から呼びかけてきていたのは、店員と思しき髪も肌も、目すらも真っ白いお兄さんだった。
「何があったか知らねぇが、元気ないねー?
これやるから、よかったら食いなー!」
「……いいんですか?」
「もちろん! 俺は子ども達の笑顔が見たくてこの仕事してるからな。そんな顔されてちゃ、笑わせてやりたくなる」
目の前に突き出されたみかんクレープを見て、アオイは瞬きを繰り返す。意表を突かれたからか、先程までの暗さは吹き飛んでいた。
しかし、快活に笑う青年の言葉を聞くと、彼女は少し逡巡したあと懐から財布を取り出し始める。どうやら、子どもだと見られたことが嫌だったようだ。
「子ども……いいえ、私はもう13になりました。クレープはありがたくいただきますが、代金はお支払いできます」
「いーや、ガキだね。俺からしたらぜんっぜんガキ。
断られたら俺が恥ずかしいんだから、遠慮せず食べなー!」
値札を見ながらお金を差し出したアオイだったが、青年はすぐさま受け取りを拒否した。
それも、彼女を急かすようにクレープを差し出す手を震えさせながらだ。
実際に、いくら神秘に成っているとはいっても、アオイはまだ子どもである。もはや人とは一線を画す存在でも、生きた年月で言えば青年には及ばない。
青年の言葉でわずかに怯んだ彼女は、異常に白い肌と髪をした彼の顔をしばらく見つめると、おずおずと受け取った。
「えっと……では、いただきます」
「おう!」
ニカッと笑う彼から目をそらしながら、アオイはクレープをかじる。青年は彼女の笑顔を待っているようで、ジッとその様子を見ているためとても食べにくそうだ。
だがそのクレープは、彼の厚意によって無料で提供されたもの。無理やりだったとしても、実際に元気はなかったのだから無下にはできない。
少しずつ気持ちを落ち着かせていくアオイは、すぐに思考をみかんのクレープに切り替えてじっくり味わい始めた。
どんな巡り合わせか、奇跡的に自分に力を与えた精霊と同じ果実のクレープを。
「……美味しかったです。ありがとうございます」
「ははっ、いつか無邪気な笑顔も見たいもんだねぇ」
クレープを食べ終わったアオイが微笑むと、青年はホッとしたように笑いながらも軽口を叩く。
彼女は笑ってはいるが、心から溢れたというよりは見せるために出したという感じなので、無理もない。
笑いながらもどこか悔しそうにしたいる彼に、アオイは少し困りながらも、うっすら嬉しそうに返事をした。
「それは……難しいかもしれません。
ですが、しばらくはこの街にいるので、また来ますね」
「おー、元気でなー!」
手を振る青年に軽く会釈をしながら、元気を取り戻した彼女は再び道を歩き始める。リフレッシュしてスッキリした頭で、これからどうするかを考えながら。
(あ、彼にも話を聞くべきでしたかね……
しかし、無計画に聞き込みをするのも非効率的。幸い面識はありますし、ここの領主様に聞きに行ってみましょうか)
青年のお陰で元気を取り戻したアオイは、ひとまず能力の一部が封じられていることは後回しにして、最も確かな情報を聞けそうな領主の元へと向かい始めた。
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