0-平和なりの暗がり
この世界にはいくつかの国がある。
現人神のいるエリュシオン、魔獣に荒らされているタイレンなど、その土地ごとに様々な特色を持った国が。
もちろんすべての国が豊かという訳では無いが、少なくともフラーという国は、恵みに満ちた豊かな国であると言えるだろう。
しかし、それでも……
彼の国には、平和な国なりの暗い部分というものがあった。
その表層に現れたのが、とある噂を呼ぶ出来事である。
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空には雲一つなく、すべてを飲み込むような黒々とした星空が肌にも目にも寒々しい。おまけに、乾いた空気で木々はミシミシと悲鳴を上げている。
ここは花の国フラーにあるアスセーナという街。
その一角のとある屋敷では、夜闇に紛れてとある取り引きが行われていた。
「例のものは用意できているのですよねぇ?」
「えぇ、もちろんですとも! 貴方が対価を支払ってくだされば、いますぐにでもお渡しできますよ! うっふふ」
手元にいくつものケースを用意していた男性が舐め回すような視線で問いかけると、木箱を背にした女性は両手を広げてはつらつとした声で答える。
彼らの背後にあるのは、それぞれ大量の薬が詰まっている箱とお金が詰まっているケースだ。
お互いの意思を確認した彼らは、女性の合図でケースの確認を始める商人を尻目に、互いの腹を探り合う。
「しかし、こんなものを欲しがるとは物好きですねー。
一体何に使うんです?」
「あなた方は客の事情に踏み込んでくるんですか?
商売人として、それはどうなんでしょうねぇ?」
「いえいえー、ただの世間話ですよ。だって貴方、我々に取り入りたいんでしょう? 隠し事をした奇人を信用なんて、できないじゃないですかー?」
「キヒッ……そんなもの、面白いことに決まってるじゃないですか! それ以上でもそれ以下でもないですよ」
「なるほどなるほど〜。中々いい性格してますねー」
「ですが、あなた方が求めている人材というのは、こういうものでしょう? どうです? 私は」
薬を何に使うとしても、明らかにろくなことではないだろう。目的を知らないなりに察した女性は、含みをもたせて機械的な笑みを浮かべた。
その様子を見ると、男も唇の端を吊り上げて三日月のような不気味な笑みを浮かべる。さっき言われた通り、最終的には彼女達に取り入るつもりらしい彼は、探るような目を向けていた。
期待を込めた男の言葉に、女性は機械的な笑みを崩さない。
しかし、段々と顔に生きた表情を露わにしていくと……
「えぇ……とーっても好みです♡」
手を唇辺りに添え、美しくも邪悪な笑みを浮かべた。
欲しい物を手に入れ、自分の売り込みも上手く行きそうな男もご満悦だ。
その間に男が用意してきたお金の確認も済んだようで、部下の商人達が女性に声をかけると、彼女はお辞儀をしながら言葉を紡ぐ。
「はい、代金は確かに受け取りましたー。そちらの品々は、既に貴方が所有される価値ですー」
「えぇ、感謝しますよ」
「ですが、我らの指針に合うからといってすぐ受け入れたりはしません。少なくとも私は、それ相応の代価を求めます」
「わかっておりますとも。ちゃんと私を見せますよ」
顔を上げた彼女は、スッと目を細めて脅すように低い声で告げる。今までとは違って、表で商いをする商人ではなく裏で暗躍する殺し屋のような雰囲気だ。
しかしもちろん、自ら彼女達に取り入ろうとした男がビビることはない。彼は女性に同調するかのように目を細めると、両目と口で三箇所の三日月を作って気味悪く笑った。
すると、男の答えを聞いた女性は、すぐにさっきまで見せていた裏の顔を消し去る。そして、薬が入った木箱を男の元へと運び終わった部下を背後に並べ、丁寧に挨拶をした。
「では、今後ともセファール商会をご贔屓に〜!
もしくは……我らの家族として、よろしくね?」
「キヒッ、もちろん受け入れてもらいます。
その方がとても面白いのですから……」
部下に聞こえないよう声を潜めて呟いた女性に、男は気色悪い笑い声を上げながら言葉を返す。
その声には、表情には、自信が満ち満ちていた。
取引を終えた女性と商会の面々は、屋敷に居着く奇人から背を向けて去っていく。暗闇に紛れるように、寝静まる人々を起こさないように、対を成す存在に気づかれないように。
しかし、部下たちが左右に控える中部屋を出ようとした女性は、退室する直前になって立ち止まり、声を投げかける。
「ああ、それともう一つ」
「何でしょう?」
「これは貴方の趣味なのでしょうが、一応は私から貴方へ課した試験でもあります」
「でしょうねぇ……ゾクゾクします」
「代価を求めはしますが、人材を求めているのも事実。
これより先、街の不安はより一層高まるでしょう」
「おや、お優しいことで」
試験と聞いた男は、恍惚とした表情で自らの体を抱く。
しかし、明らかに取引外の言葉を聞くと、かなり意外そうに目を見開いた。
「ちょっとしたサービスです♡」
女性は舌を出していたずらっぽく笑うと、今度こそ部屋を出ていった。すぐに商会の者達も彼女に続いて出ていき、部屋に残るのは男のみである。
「サービス、ねぇ……」
部屋で1人になったあと、薬の詰め込まれた木箱を眺めながらソファーに沈み込んだ男は、この先に起きることを想像して恍惚とした表情を浮かべながらも、意味ありげに呟く。
セファール商会の、損得を気にしないサービス。
それは、それだけ女性が人材を求めているということかもしれないが、彼が関与していないところでも問題が起きるということでもある。
彼女は外国からやってきた商人でもあるため、厄介なことになる可能性も高かった。
「まぁいいです。好きに楽しみましょう」
だが、面白さを重視して生きる彼が気に病むことでもない。
少しの間考え込んでいた彼だが、すぐに気を取り直すと戸棚からワインを取り出し、状況に浸り始める。
「足掻け、藻掛け、苦しめ……
あぁ、なんと楽しい世界でしょうか!!」
男は笑う。人々の不幸を願って。
男は笑う。人々の苦しみを糧にして。
醜悪な感情にまみれたこの街で、彼はいつまでも笑い続けていた。
蜜柑の転生直後のセリフを少し変えました。
若干未練を見せたシーンでのセリフに「そもそも、変なテンションで弱音はいたけどそこまで……」の追加とその前後のセリフ調整です。
あと、蜜柑の対策3も途中までというか、ほとんどアオイの物語になりそうなことを忘れてました。
蜜柑に戻るのは3のラストだと訂正します。




