3-訪問者
「あ、危ないよガーベラ……
だれか悪い人がいるのかもしれないじゃん……」
「だから行くんでしょ? あの人にうばわれるつもりもないし、魔獣からゆいいつ生き残った木なんだから守らないと」
彼女が黙って普通の木のフリをしていると、しばらくしてから子ども達の話す声がはっきりと聞こえてくる。
どうやら彼女の叫ぶ声を聞いてやってきたらしく、誰かが木に何かしようとしてるとでも思っているようだ。
1人は臆病な性格らしく引き留めようとしているが、ガーベラと呼ばれた方の女の子は随分と勝ち気らしく、その子を引きずって丘をズンズン登ってくる。
(魔獣……? やっぱり異世界なのかな? っていうか、2人共かっわいい〜! 人間に転生してたら、絶対話しかけてた。
まぁ、ちゃんと口が動けばなんだけど……)
彼女が魔獣という単語に首を傾げていると、すぐに子ども達がその姿を現す。幹を曲げないように必死に目線だけを下げて見れば、そこにいたのは10歳くらいの2人の美少女だった。
それも、彼女が少し危ない考えを持ってしまいかける程の美少女達である。
1人はさっき聞こえてきた声の通り臆病そうで、肩にかかるくらいの銀髪で顔を何度も隠しながらも、必死に引き止めようとしている子。
もう1人のガーベラと呼ばれた方は、やはり聞こえてきた声の通り自信に満ち溢れており、長い金髪をサラサラとはためかせているお嬢様然とした子だ。
(この子達が探してるのって、私の声だよね……?
やっぱり声出すのはよくなかったかなぁ……?)
少女達は木の根元までやってくると、話していた通り怪しい人物を探すために彼女の周りをぐるぐる回り始める。
いや、正確に言うと探しているのはガーベラだけで、銀髪の子はどう見ても引きずり回されているだけなのだが。
ともかく、少女達は何度も何度も彼女の周りを巡り、怪しい人物がいないかを探し続けていた。
それはもう、彼女が声を出したことを後悔してしまう程に。
しかし、声の主は守ろうとしている木である彼女自身であり、付近に怪しい人はいない。
仮にいたとしても、この丘には彼女以外に木はなく穴などもないため、隠れることなど不可能だ。
それだけ本気で守ろうとしているということなのだろうが、何度彼女の周りを探しても無駄でしかないのだった。
「ガ、ガーベラ……もし人がいたとしても、ここにはかくれる場所がないよ? もうにげちゃったんじゃないかな〜……」
「……そうね。もし何かするつもりだったとしても、まだ計画段階。あと一歩おそかったということね。
つかまえたければ、しばらく見張るしかないのかしら……」
「計画って……な、なんでこの木?」
「さぁ? 悪人の考えなんて知らないわ」
銀髪の子が恐る恐る進言すると、ようやくガーベラは足を止める。だが、諦めたり気が済んだりした訳ではなかったようで、その目には未だ燃えるような決意が渦巻いていた。
(ひ、ひぇ〜……これはしばらく喋れないかも……っていうか、ガーベラって子は眩しすぎて直視できないよ……!)
その様子を見た彼女は、木のフリを続けながらも密かに戦慄する。彼女は唯一生き残った木であるらしいので、無理もないことなのだろうが、かなりの執念だ。
しかも少女達……というよりガーベラは、先程の宣言通りこの木と丘を見張るつもりらしい。
銀髪の子の手を引いて彼女に近づいていくと、寄りかかって座り込んでしまう。
その見張りや、最初に言っていたあいつについての相談などもし始めているため、かなりの長時間彼女が動けないことが確定した。
「……さて。それじゃあリア。ここを見張る計画を立てましょう。アオも含めた当番とか」
「それよりも、領主様がこの木を伐採したいっていう方が重要だと思うんだけど……」
『えぇ!? 私、伐採されるのぉ!?』
「っ……!?」
彼女が『この子達、まだまだここにいるつもりっぽいなぁ』『ずっと動かずにいるのは辛いなぁ』などと考えていると、
当たり前のように告げられた事実が耳に飛び込んできた。
その内容は、蜜柑の木である彼女が伐採されてしまうというもので、つまりは木に転生した彼女がまたしても死んでしまうということである。
せっかく木のフリをし続けていた彼女であったが、これには思わず絶叫してしまう。同時に根本にいる少女達が飛び上がって彼女を見上げるも、殺される可能性があるということでもはや気にする余裕はない。
いくら異世界でも木は動かないかもしれないなどという配慮は消し飛び、さっきまでの努力はなんだったのかと言いたくなるくらい無警戒に、全身を揺らしながら話しかけ始める。
『あの人に奪われるって、そこの集落の領主のこと!?
奪われるって言ってたってことは、私はあなたの木なんだろうけど……なんで伐られないといけないの!?』
彼女が問いかけるのは、もちろん今聞いた自分を伐ろうとしているらしい領主についてだ。命に関わることなので、ただの木のフリをしていたことも忘れて必死である。
だが、やはり木が喋るのは普通のことではないらしく、少女達は彼女を見上げながらポカンとしてしまっていた。
臆病そうな子も勝ち気そうな子も、今だけは同じように目を見開いて口をあんぐりと開いている。
ただ、そのことには少女達自身も彼女も気がついていない。
少女達は完全に放心状態であり、彼女は2回も死にたくないということで頭がいっぱいで、少女達の様子など目に入っていなかった。
『私が起きたのはさっきだし、前から決まってたってことだよね? 特別な木もしくは異常な木、恐ろしい木とかそんな理由ではなく。じゃあ……さっき魔獣って言ってたよね?
立ち退きって、何かを作る時にもある気がするし……
砦とかそんなものを作りたいのかな?』
ポカンと黙り込んでいる少女達を眼下に、彼女はあるのかもわからない脳をフル回転させる。
反応は一切ないが、だからこそ考えをまとめるために口に出していたことは、マシンガンのような勢いだった。
『はっ……!?』
(ま、まずい……!! 私はただの木私はただの木……
決して悪い蜜柑じゃないよ……!! 頼む大人しい子、ガーベラちゃんを説き伏せて村に帰るんだ……!!)
だが、ある程度考えがまとまってくると、彼女も自分が置かれている状況を思い出す。
さわさわと揺らしていた枝葉、どこからか響き渡らせていたテレパシー的な声をピタリと止めると、今更ながら姿勢を正して普通の木を演じ始めた。
「……!!」
しかし、彼女は少女達の目の前で全身を揺らしながらマシンガントークを繰り広げていたのだ。
もちろん今更ごまかせる訳がない。
彼女が沈黙してもしばらく放心状態だった少女達は、少ししてからようやく我に返ると顔を見合わせる。
そして、目を輝かせて彼女に話しかけ始めた。
「待って待って、まさか精霊様だったんですか!?
なんでこの木だけ無事だったんだろうなって思っていたのだけど、そういうことだったのね!」
「うわぁ……!! まさか、本当に存在するなんて……!!
感げきです、精霊様……!!」
(え……!? え……!? 私、話してもおかしくない?
精霊が何かはわからないけど、なんかすごい木……!?
よ、よかったぁ……けど、それはそれで……)
興奮した2人の様子に、ようやく少女達が目に入った彼女は、戸惑いながらも落ち着きを取り戻す。
しかし、考えがまとまったことに加えて話しても大丈夫だという安心感から、彼女は普段の性格に戻ってしまう。
すなわち、慣れてしまえばスラスラ話せるが、慣れるまではまともに話せない性格――内弁慶に。
もちろん、先程までペラペラ話していた通り、普段から全く話せないということはない。
だが、今は普段の日常とはまるで違う状況だ。
普通にしていろという方がおかしな話だった。
転生後はテンション高く1人で喋り、さっきは伐採という脅威にテンション高く1人で喋っていたが、なにせ彼女、転生後に人と話すのは初めてである。
(あわわわわ……精霊様だって。え、これ伐採について聞いていいの? 何か凄いこと求められてる? 私こんな目で見られたことなんてないよ……もう、どうしたらいいのぉ……!?)
「あ、あれ……? 精霊様? 話せるのですよね……?
……リア、2人して空耳を聞いたなんてこと、あるのかしら?」
「えーっと……流石に2人しては、ないんじゃない……?
かなりはっきり聞こえたし、すごくしゃべっていたし……」
いつまで経っても彼女が呼びかけに応えられなかったことで、少女達は不安そうに相談を始める。
彼女からしてみれば、勘違いだと思ってくれた方が助かったかもしれない。
だが、少女達はさっきの声を勘違いだと思いはしなかった。
一度顔を見合わせた少女達は、きっとまた話してくれるはずだといつまでも待ち続ける構えに入る。
転生一日目にして、苦心しながらもどうにか体を制御してみせた彼女には、2度目の試練が訪れていた。