28-強き願いは神秘へと
『……して……あ……ねが……も……ガ……を……』
「はぁ、はぁ……!! 何? 誰かの、声……?」
エンのお陰で蜜柑が覚醒し、彼に発破をかけられていた頃。
記憶をなくしたイシャンと殺し合いをするウィステリアは、彼に斬られて廊下を転がりながら、誰かの声を聞いて戸惑いの表情を浮かべていた。
この声は何を言っているのだろうか……と気が逸れたことで、イシャンのシャムシールは容赦なく彼の左腕を斬り裂く。
しかし、それでも彼は体を起こして距離を取り、耳を澄ましている。
『強く思い描いて!! あなたの願いを!! 燃えるような輝きを放つガーベラの姿、あなたの守りたいものを!!』
「……!!」
すると、彼の脳内に響いてきたのは、彼の過去と願いを見た蜜柑が必死に叫ぶ声。イシャンに押されている彼を鼓舞する声だった。
その声を聞いたウィステリアは、シャムシールが目前に迫っていることもあってか大きく目を見開く。
しかし、それは斬られる覚悟をして……という訳ではない。
相手を確実に倒すため、だ。
「ぼくは、あの輝きを……!!」
彼が目を見開いたのと呼応するように、その体には変化が現れる。瞳にはガーベラと同じような輝きを持つ炎が揺らぎ、全身には眩い金色の炎がちらつく。
「ただ、この燃えるような願いを……!!」
"守護者の炎"
背中からは金色の羽が生えてきて、ボロボロの彼を補助するように体を浮かせる。美しい輝きを放つ羽を羽ばたかせるその姿は、蜜柑と同じく天使のようであった。
「なんだ、お前……その姿……!?」
「さようなら、お兄さん。ガーベラが待ってるんだ」
「ッ……!!」
"ディヴァイン・スヴェート"
"アシャラヒムサー"
ただの人ではありえないほどの輝きを放つウィステリアは、驚くイシャンにお別れを告げながらナイフを振り抜く。
すると、そこから放たれたのは宿をバターのように両断する炎の剣。
イシャンも嵐のような暴力的な10連撃で応じるが、宿ごと焼き斬るような巨大な炎剣には敵わず、一撃で斬り伏せられてしまった。
「く、そ……!! 体が、硬直して……!!」
「ありがとう。あなたのおかげで、ぼくは本気の覚悟を知ることができた。だけど、ぼくは急がないといけないから……」
斬られると同時にその熱で止血されていたイシャンは、溶けたシャムシールの残骸を眺めながら悔しそうに呟く。
空から彼を見下ろすウィステリアは、そんな彼に感謝の言葉を告げると、その手に握るナイフを眼下に振り下ろした。
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『て……の……』
「ひっひっひ、意外としぶといなぁお前ぇ……
さっさと肉食わせろよなぁ、戦意もねぇならよぉ……」
「いやっ……!! わたしは……そんな、死に方っ……!!」
蜜柑の声を聞いたウィステリアが覚醒し、聖人に成ることでイシャンを圧倒していた頃。
同じく声が届いているはずのガーベラは、それに気がつく余裕もなく、ハオに踏み潰されながらも必死に抵抗していた。
しかし、歯をガチガチと震わせ、恐怖に顔を歪めている彼女にはもはや、お腹に乗せられた足を退かす力もない。
放っては食べられる氷で、ただの女の子となった弱々しい腕で、涙ながらに助けを求めていた。
「うぅ、だれか……!! だれかぁ……!!」
「襲撃は複数人なんだなぁ? 他のもお前みてーに柔らけぇ娘かぁ? お前の泣き声で呼べるかなぁ……?」
涙を流すガーベラを踏み潰しているハオは、より声を出させるためにしつこく足を上下させながら、舌なめずりをする。
抵抗はするものの逃げ出せない少女の味を思い、これから現れるかもしれない少女の味を思い。
すると、その願いが叶ったのか、周囲からは建物を破壊するかのような轟音が響き始めた。
そのことにすら気がつけないガーベラの上で、ハオは顔を上げて音の出処を探り始める。
瞬間、破壊された天井から現れたのは……
「っ……!? 上かぁ?」
「ガーベラっ!? 殺す……!!」
金色の炎に包まれた、天使のように美しい羽で空を飛ぶ美少年――ウィステリアだった。
彼は宿を派手に破壊しながらも、素早くハオに踏まれているガーベラに目を止めると、頭から彼らに突っ込んでいく。
「んぁ? ほんとに来た……けど、女かぁ?
神秘はそこら辺曖昧なやつ多くてわからねぇなぁ……」
「ぼくは男だ……!! その子を離せッ……!!」
「あー、あー。つまりは王子様なぁ? まぁ、若ぇ肉なら男でも柔らけぇか。お前は女みてーだしよぉ……」
鬼のような形相で迫るウィステリアに、ハオはぼんやりと彼を見上げたまま呟く。言外に男らしくないと言われた彼は、もちろん激高する。
だが、それでもハオはまったく動じることはなく、未だ食材としか思っていない彼は、太陽のような輝きと激突した。
"ハーッルザイル"
"フルイドミンチ・ヘルコース"
ハオの足元にはガーベラがいるため、ウィステリアはまだ本気を出す訳にもいかない。自身にまとっている炎とは別で、相棒のように隣りにいるサラマンダーの尻尾を叩きつける。
しかし、相手はガーベラの氷も、食堂を燃やしていたウィステリアの炎も調理して食べてしまった魔人だ。
聖人であるウィステリアとの格も同等であり、彼はガーベラの上から吹き飛ばされながらも、そのほとんどはドリンクとして飲んでしまった。
「……ケプ。あー……強ぇな、お前。オレじゃ勝てねぇかも。
けど、強ぇ神秘は美味ぇ……これを食べる機会は逃したくねぇなぁ……いっひひひ。殺す、かぁ……ひひっ、ひひひ……」
とはいえ、格としては同じ位置づけになるとしても、その中にも当然実力差がある。威力を殺し切れずに吹き飛ばされたこと、実際に食べた味などからそれを察したハオは、逃げる気がないながらも素直に勝てないと呟いた。
しかし、ウィステリアにとって大事なのはハオを殺すことよりもガーベラを助けることだ。
彼女の上からハオを弾き飛ばした彼は、脇目も振らずに涙を流しているガーベラを抱き起こす。
「ガーベラっ!! 大丈夫っ!?」
「ぐすん。リアぁー……助けてくれて、ありがとぅ……!!」
「……うん。無事で良かったよ」
いつになく弱々しく、ほとんどの強さや輝きが失われてしまったガーベラの姿を見ると、ウィステリアは目を伏せて彼女を抱きしめる。
彼女を助け出せたからには、もうハオなど眼中にないとばかりに完全スルーだ。食材を出してもらえていないので、ハオ本人も特に何も言わずにそれを眺めていた。
「ガーベラ。声、聞こえる……?」
「こ、声……?」
「うん。蜜柑お姉さんの、声」
ウィステリアの腕の中で優しく問いかけられたガーベラは、涙を凍らせながら不思議そうに首を傾げる。
そんな彼女を見つめるウィステリアは、蜜柑との繋がりを強く意識しながら笑みを深めていた。
ガーベラを安心させるように、もう大丈夫だと納得させるように。すると、彼の慈しむような目を見つめ返すガーベラの耳には、ようやく蜜柑の声が届く。
『よく、思い出してみて? あなたの願いを……願われた強さを捨てた姿を、それでも優しく輝くあなたを……』
「聞こえたわ……」
「蜜柑お姉さんは、かなり強くなったみたいだね。
ぼく達にも、その影響がでるくらいに。だけど、神秘に成るほどの心の強さや覚悟がなければ、このままだよ。
……君は、どうしたい? ぼくはどうあれ君を守る。
けど、君はこのままぼくが格好良くなってもいい?」
「……いじわる」
「ふふ、いじわるじゃないよ。ぼくは、ぼくの理想のために君の理想をぎせいにしたくないんだ。君だって弱くていい。
でもね、自分を殺す必要だってないんだよ」
人生で初めて守られているというのに、逃げ道をなくすように諭され、ガーベラは拗ねたように顔を背ける。
しかし、ウィステリアは彼女を尊重した上で真摯に思いを伝えていたので、彼女もしっかり自分と向き合うことにしたようだ。
腕の中から彼の顔を見つめた後、目を閉じて噛みしめるように力を抜くと、数秒後に開いた時には目は輝きを取り戻していた。
「わたしは……この性格がきらいじゃないわ。けど、だからといって誰にも頼らないような強さがあるわけじゃないの。
強くあることを、眩くあることを強いられるのはいや。
守って? 頼らせて? だけど、わたしも輝くわ……」
"深霜の令嬢"
自分の本心をさらけ出したガーベラは、背中から銀色の羽を生やしてウィステリアの腕の中から飛び立つ。
瞳は氷の結晶のような儚くも眩い輝きに満ち、全身には銀のように光る清純な水の粒が浮かんでいる。
ウィステリアと対極にあるような姿の彼女も、蜜柑達と同じく天使のようであった。
「おめでとう、ガーベラ。ぼく達は神秘に成った。
ぼくは聖人で、君は魔人だけど……ぼく達は誰にも負けない」
「えぇ、そうねリア。あなたがわたしを守ってくれるように、わたしもあなたを守るのだから負けはありえない。
ついでに、あなたの可愛さも保ってみせるわ!」
「うん、それでこそガーベラだよ」
空を舞うガーベラの隣を飛びながらウィステリアが笑うと、弱さを得ながらも、自信や力強さなどを取り戻したガーベラも輝く笑顔を見せる。
最初に蜜柑の前で宣言していた、強くなったウィステリアも可愛くするという誓いも再燃していた。
その時は否定していた彼も、復活した彼女の笑顔を見たこと以上の喜びはないので止めはしない。
彼女に微笑みかけて手を合わせると、同じタイミングで仇敵を睨む。食材を待ち望むハオも、ずっと食事の時間を待っていただけあって興奮気味だ。
「いっひひひ……こんだけ待ったんだ。
氷と炎と、最高の食材をたらふく食わせてくれよぉ……?」
「君に食べるひまなんて与えない」
「わたし達の全力で、一瞬で終わらせるわ!」
「楽しみ、楽しみ……ひひひ」
「行こう、ガーベラ!!」「行こう、ウィステリア!!」
"エスペラール・フロイライン"
"ディヴァイン・オウレオール"
声を合わせて叫ぶ彼らは、金銀の翼を羽ばたかせながらそれぞれ炎と氷を身に宿していく。
輝かしい氷のドレスを纏いながらも、守られる儚さと強さを両立した深霜の令嬢の姿に。神の如き炎を纏いながらも、隣を飛ぶ少女を輝かせる守護者の姿に。
神々しい光を放ちながら飛ぶ彼らは、包丁を構えるハオに向かって一気に接近していった。
「ッ……!? 速ぇ……!!」
「言ったでしょ? 食べるひまなんて与えないって……!!」
ハオの眼前で左右に別れたウィステリア達は、彼を混乱させるように場所を入れ替えながら息ぴったりで連携をとる。
返事をするウィステリアが左から神炎を放てば、逃げ場をなくすように右下から氷が手を伸ばす。
焼けながらも調理するハオにガーベラが空から氷槍を繰り出せば、周囲を炎が包み込む。
段々と手が追いつかなくなっていくハオは、もう食べるどころの騒ぎではない。2人を待つほど楽しみにしていた神秘を、調理する度に捨てることになっていた。
「おい、おいおい……おいおいおい……!?」
「言ったでしょ? 一瞬で終わらせるって……!!」
2人の猛攻によって目を回し始めるハオに、背後へ急接近したガーベラは耳元でささやく。同時に、彼は前方から迫る炎に体を貫かれ、全身を氷漬けにされてしまった。
炎に貫かれたまま外側を凍らされたハオは、身動き一つできずに焼き貫かれる痛みを耐え続けることとなる。
「……!!」
「やったわね! 流れだったとはいえ、2人かがりで戦ったのが少し申し訳なるくらいの圧勝だわ!」
危なげなく勝利したガーベラは、儚くも眩い輝きの目を細めてウィステリアに笑いかける。
しかし、そんな彼女とは対照的に、ウィステリアはまだ表情を緩めることなく氷像に向かっていった。
「ちょ、ちょっと何をしようとしてるの!?」
「もちろんこの人を殺すんだよ。ガーベラを足蹴にしたんだ。殺すって宣言した以上、最後までやらないとね」
「それは問題なるからだめよ!! ビオレ奴隷商会の魔人って言ったら、商会の中核でしょう? こちらが呼んでいる立場にはなるのだから、手を出したらどうなるか……」
「……それもそうだね。ならせめて、国に帰るまではこのまま苦しんでいてもらおうかな。よく考えたら時間もないし」
「えぇ、蜜柑ちゃんのところに急ぎましょう」
わずかに暴走気味だったウィステリアをなんとか押し止めると、ガーベラはホっと一息ついて笑みを浮かべる。
そして、蜜柑の元へと向かうため、2人揃って暗い夜空に飛び立った。




