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蜜柑の対策  作者: 榛原朔
蜜柑の対策1

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26/205

25-それは彼らを形作るもの

――ここは、どこ……? 私は、何を……


真っ暗な空間に浮かぶ蜜柑は、ぼんやりと虚空を眺める。

手を動かそうとしてみれば、艷やかな肌をした腕がダンスをしているように弧を描く。


足を動かそうとしてみれば、白無地のドレスの裾が風に揺れるようにふわふわと動く。

しかし、決して移動することはできない。


優雅に泳ぐような軌跡を描く手足は、何も掴むことなく彼女をその場にとどめ続けていた。


――動けるのに、動けない……


しばらく手足をバタつかせていた蜜柑は、やがて諦めて手足を投げ出す。水中、もしくは無重力空間のようなこの場で、彼女はただぼんやりと虚空を眺め続ける。


――あれ……? 何か、風が……


するとしばらくして、彼女の前方からは風が流れてくる。

暗闇では全く見えないが、たしかに。

風は彼女の全身を包み込んだ。




~~~~~~~~~~




『アオイ、しっかり勉強するんだよ。

私達は本来、余所者なのだから。

それでも受け入れてくれたこの村には、感謝しなければ』


風を越えた先に広がっていたのは、広い書斎で一組の親子が話している光景だった。

幼い少女の父親と思しき男性は、彼女を天井高くまで持ち上げながら、優しく微笑みかける。


持ち上げられる少女は父の言葉を聞くと、無邪気に笑いながらも不思議そうに首を傾げていた。


『うん、お父さん。だけど、ほかのばしょでもみんなやさしかったよ? なんでそんなにがんばるの?』

『貴族とは違って、村長は能力や信頼で選ばれる。だけど、まさか遠い異国の者がなれるとは思わないだろう?

真面目すぎるかもしれないが、少し役に立ちたいんだ……』

『ふーん。わたしも、やくに立ってほしい?』

『できれば、そうしてほしいかな。無理強いはしないけど』

『……わかった』


父の真っ直ぐな視線に、少女は不満を隠しながらうなずく。

真面目な父。余所者ながら、村長に選ばれた父。

村のために頑張り続ける、父……




『役に立つ、人間に……有能な人間に……』


父の言葉に縛られた少女は、必死に勉強し続ける。

余所者だから、役に立たなければいけないから。


同年代の子と一切遊ばない彼女は、村の子達からすると余所者以上に異端者だ。

誰一人友人などおらず、それでも彼女は1人学び続ける。


『……なぜ、こんなことをしているのでしょう?』


机に向かいながらも自分自身に問いかける彼女は、窓の外を仰ぎ見る。強く逃げたいと思ったわけではない。

だが、窓の外を飛ぶ風は、どこまでも自由であった。


『あの子達、また……』


しばしの休息。

ぼんやりと外を眺めていた彼女の目には、貴族の令嬢と村の子どもにいじめられる少年の姿が。


『……眩しい。私には向かないわ』


彼女達をを見つめていた少女は、少ししてから悲しげに呟く。だが、再び机に向かうことはなく。

薄っすらと思案した少女は、まずは試しに窓を思い切り開いてみることにした。




……不自由だ。だから、風に。どこまでも自由に吹く風に。




~~~~~~~~~~




――これ、アオイの……


風が通り過ぎていくと、蜜柑はポツリと呟く。

今見た光景を思って、少女の願いを思って。

自分が呼び起こした、彼女の強い感情を思って。


――みんなと、繋がっている……


少女の言葉を思い起こしながら、蜜柑は願う。

できることなら、彼女の心が救われますように……と。


すると、蜜柑の感情に呼応するように、またしても前方からは何かがやってくる。

先程とは違って、固形で冷たい。つまりは、氷。


――これは、ガーベラ……?


次が誰のものかを理解した蜜柑は、額に当たる冷たさに身を委ねていった。




~~~~~~~~~~




『みんな、げんきかしら? よければわたしも‥』

『ガーベラさま……!?』

『は、はい。げんきです』

『それじゃあぼくたち、ようじがあるから……』


冷気の先に広がっていたのは、1人の元気な少女が子ども達の集団に声をかけている光景だった。

しかし、友好的に話しかける少女とは違って、子ども達はどこまでも冷たく、今にもこの場から離れたそうだ。


『そう、なのね……じゃあ、また‥』

『行こうみんな』

『あ……』


少女は子ども達の言葉を聞くと、少し悲しげな表情をしながらも明るく空いている日を聞こうとする。

だが、子ども達は彼女の声を遮るように言葉を重ね、彼女を置き去りにして去ってしまった。


『……』


少女は黙って彼らを見送る。

悲しげな表情を引っ込めて、少しでも心を開いてもらうために輝かしい笑顔で。




数年後。

やはり村の子達に馴染めなかった少女は、自分の家の畑で仕事をするようになっていた。


『おい、見ろよ。ガーベラ様、また畑仕事してるぜ』

『ほんとうだ。よくやるなぁ。大人顔負けだ』

『まぁ、あの家の畑はでけぇもんなー』

『それでも大人おしのけてやるか? ふ通』

『なんか、指じまで出してるしなー』


毎日畑に出ていれば、おやつをくすねに来る子ども達もその光景を度々目にすることになる。

大人達に負けずに働き、大人以上に指示を出し、勝ち気で輝かしい笑顔を浮かべる貴族の娘の姿を。


彼らにとって、少女は貴族でなくても眩しすぎて。

彼らにとって、少女は明確な差のある憧れで。


だが、子ども達が少女の姿を見ているということは、少女も子ども達を見ているということである。

畑で働くことで寂しさを埋めていた少女は、毎日のように目にする彼らをいつも見ていた。


勝ち気な性格を、嫌だと思ったことはない。

貴族に生まれたことを、嫌だと思ったことはない。しかし、村の子たちはたしかに彼女に格差を感じ、光を感じる。

強いな。眩しいな。そんな言葉は彼女に弱さを許さない。


『……でも、私だってただの女の子なんだよ?

1人でいるのはさびしいし、王子様に守られるお姫様にだって憧れる、女の子なんだよ……?』


去っていく子ども達を眺め、彼らの求める強く輝かしい貴族の娘として生きながら、彼女はポツリと呟く。

その目は輝きに満ちており、その表情は自信に満ちており、だがその心は、悲鳴を上げていた。




……貴族として、強さを、眩しさを求められた。

だから、眩さとは違った輝きに。守りたいと思われるような、人と平等に接することができるような弱さを。

宝石のような氷の輝きに。お淑やかな深窓の令嬢に。





~~~~~~~~~~




『おい、見ろよこいつ! 女みてーになげーかみ!』

『それに、花なんてながめてるぜ!』


冷気が和らぎ、暖かな熱が蜜柑の体を包み始めた頃。

暖かさの先に広がっていたのは、花畑で花を愛でる少女のような少年を子ども達が囲む光景だった。


どうやら彼らは、普段から少年の見た目と気質をからかっているようで、少年は困ったように笑いながらも抵抗しない。

バカにするように髪をつままれ、挑発するように体を小突かれ、それでも悲しげな笑顔を浮かべたままである。


無抵抗の少年に、子ども達の行為も段々と悪化していく。

髪を引っ張り、少年を突き飛ばし、悪意をぶつける。

だが……


『ちょっと!! 何してるのよ!?』

『げっ、ガーベラ様だ!』

『にげろっ! おき族様につかまるぞー!』

『あはははは!』


貴族の娘が注意しながら走ってくると、子ども達はすぐに身を翻して逃げ去っていく。

少女は普段から畑仕事をしているため、彼らを捕まえることは不可能ではなかったが、どうやら少年を優先するらしい。


逃げていく彼らを寂しげに見つめ、それから少年にゆっくり歩み寄る。


『大丈夫?』

『う、うん……ありがとうございます、ガーベラ様』

『……』


少年に助け起こされた少年は、少女を眩しそうに見上げながらお礼を言う。しかし、その言葉を聞いた少女は不満げだ。

少し寂しげな表情をしたあと、唇を尖らせる。


『……あなた、わたしに助けられたわよね?』

『え……? う、うん……』

『なら、そのおん返しに気楽にせっして?

わたしと友だちになりましょう?』

『え、いいの……?』

『もちろんよ! むしろ、わたしがたのみたいくらい!』


少女の要求を聞いた少年は、驚きで目を丸くする。

だが、彼女に自分からお願いしたいとまで言われると、少し逡巡しながらもにっこり微笑みながらうなずいた。


『えと、よろしくおねが……よろしく?』

『よび方は?』

『ガー……ベラ?』

『そう! これからよろしくね、ウィステリア!』


敬称抜きで自分の名前を呼ばれた少女は、顔を輝かせて少年の名前を呼ぶ。ずっと孤独で友人を欲していた少女は、村の子ども達を全員覚えていたから……




少年は少女と出会って以降、村の子ども達にいじめられることはなくなった。もちろん全くなくなったわけではない。

ただ、彼らに絡まれると少女が助けるようになったのだ。


男のくせに可愛いとからかわれてきた、コンプレックス。

それをいつも守ってくれていたガーベラ。


男らしくなりたい。ガーベラを守れるくらいに。

永遠なんてないんだから、きっと変わってみせる。

この燃えるような思いが、彼の願い。


だから、どこまでも優しい性格だとしても、強く。

ガーベラのような輝きを、燃えるような輝きを。


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