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蜜柑の対策  作者: 榛原朔
蜜柑の対策1

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25/205

24-忘却の川は地獄にて

「さて、ではわしの仕事をするとしようかのぅ」


蜜柑が無力化されてから寸刻。

ガーベラがハオの手にかかり、一度負けたウィステリアがそれでもイシャンに立ち向かっていた頃。


アオイのすべてを忘却したレーテーは、彼女が包まれた水球をその場に安置したまま、燃え盛る宿の眼前に立っていた。


「お主らの利益を忘れよう……お主らの恐怖を忘れよう……

お主らの現在地を忘れよう……お主らの痛みを忘れよう……

さて、残ったのはなんじゃろう? みかんの木を伐ること?

ビオレへの忠誠? 鬼哭衆への敵対心?

では、開放するのじゃ。自分自身すらも曖昧になりながら、ただ本能に従って暴れよ。この仕事は、お主らの恩人から頼まれた仕事なのじゃろう?」


既に敵を排除している彼は、周囲を警戒することもなく手を広げると、ゆったりと言葉を紡いでいく。


すると、溢れ出してくるのは水中にいるかのような濃密な霧。彼の望むこと以外はすべて忘れさせる呪いの霧だ。


それはアオイが吹き飛ばす前のように、みるみる村中を包み込んでいった。


"アスタラビスタ・レーテー"


「安心しておくれ。忘却は商会のみじゃ。

暴走して宿から飛び出しても、思い出せなくなるがの」


彼の生み出した濃霧は、割れた窓から宿に入っていく。

与えるのは忘却。行われるのは混乱による暴走。

霧に包まれた村の中で、仕事を終えたレーテーは1人穏やかに微笑みを浮かべていた。




~~~~~~~~~~




レーテーが村中を霧で満たした、その数分後。

宿屋の中では、突然室内を満たし始めた霧に混乱する商会の男達がいた。


「おい、何だこの煙!? 火事が悪化したのか!?」

「知らねぇ!! とにかく口を塞げ!!」

「待て、これは霧だ!! むしろ火が消えるぞ!!」

「何!? た、助かったのか……!!」


初めは火事による煙だと思っていた様子の彼らは、その中の一人が霧だと指摘したことで落ち着きを取り戻す。

燃えていた火が消えていくのを確認し、普通の自然現象だと理解すると口から手を離し始めた。


彼らが思った通り、これは霧だ。

だが、決してただの霧ではなく、レーテーという魔人の呪いによって生み出された神秘の霧である。


火事が収まっていくことに安心し、大きく息を吸い込んでいく彼らには、すぐにその影響が現れ始めた。


「あ……? ここは、どこだ……?」

「わからねぇ……けど、この建物の外にある、あの丘に生えた木を伐らねぇといけねぇってことはわかる」

「ああ、それだけは成し遂げねぇと……!!」

「待て!! たしか鬼哭衆がいるんだよな……?」

「だから何だ!? 稼いでいかねぇと、ビオレ様の期待を裏切ることになる!! 何を使ってでも、滅ぼすぞ鬼哭衆……!!」

「あの人のためだ、後悔はねぇ……!! 使うぞ鬼人薬……!!」


ほとんどの記憶を忘却した彼らは、わずかに覚えている記憶――仕事(使命)の内容とビオレに対する忠誠心などに従い行動を開始する。


彼らの一部は、散り散りに逃げていった仲間にもこれからの予定を伝えにいき、残るメンバーは懐から一本のアンプルを取り出した。


それは本来、タイレンの人間が持っているような代物ではない。だが、とある科学者が面白半分に提供したことで、彼らは一人残らずその狂気の実験品を手にしていたのだ。


「俺達みてぇなのに配るんだ。これはきっと試作品だぜ?」

「ハッ、だからなんだよ? この命はあの人のためにある」


忘却により混乱している彼らは、迷うことなくそれを首筋に打ち込む。半分操られているような状態の彼らには、一切の痛みがない。


だが、効果だけは確かなものとして、彼らの体に変化与えていった。肌は固く硬質化し、背も少しずつ伸びていく。

額には鬼のような角が生えてきており、その姿はまさに鬼。


身を屈めて不気味に唸る彼らは、さっきまでと同一人物とは思えないほどに荒々しく、理解できない言葉を喚き始める。


「6;qafv@6;s@;ed)4te!! 鬼哭衆t@s@4dq!! r^@wkd94t@eを鏖殺d<t,を稼ew@v@6;様i:yd@)4r.c@!! 6;qai命feo,%<6;qaid@84edfeo,%!! 6;qak価値f<qq@v@6;様k力iu;.ts@4tq@!!」


忘却と、鬼人薬。

その両方に犯された男達は、もはやまともに考えることもできずに、朧気な意識で叫びながら宿を飛び出していった。




~~~~~~~~~~




「あ……? なんだお前……?」


ビオレ奴隷商会の男達が暴走を始めたのと、ほぼ同時刻。

ウィステリアに胸を貸すように戦っていたイシャンは、どこか虚ろな目を彼に向けていた。


彼らの周囲に充満しているのは、もちろんレーテーの霧。

ほとんどの記憶を忘却させてしまう、神秘の霧だ。


レーテーが言うには商会にのみということで、この村の人間であるウィステリアは正常である。

だが、イシャンは商会を率いてきた責任者であるため、記憶がツギハギだらけになっているようだった。


「けほっ、けほっ……!! はぁ、はぁ……?」


状況を理解できないウィステリアは、イシャンに吹き飛ばされた体勢のまま不思議そうに彼を見上げる。


殺されることはないとはいえ、ガーベラの命がかかっているためその目は真剣そのものだ。

自身の加護と同じように、燃えるような目をしていた。


とはいえ、彼は既にボロボロ。

突然おかしなことを言い始めた彼に対して、何もできずにただ見上げることしかできなかった。


「みかんの木を伐る……戦闘中……これは、煙幕……?

さてはお前、妨害しにきたな? ここがどこか知らねぇが、商売の邪魔する相手なら殺すぜ」


どうやら、イシャンの記憶が消えている状態で、これほどまでに相手を倒す意志を秘めていることは、完全に悪手だったようだ。


シャムシールを肩に担ぎながら思案するイシャンは、しばらくしてそう結論づけると、本気の殺意を込めてウィステリアを睨み始める。


「えっ……!? 他国のいっぱん人は殺さないんじゃ……!?」

「はぁ? 何の話だ? 俺は木を伐る、お前は邪魔する。

それだけの話だろ? そもそも、ここタイレンじゃ殺し合いなんざ日常茶飯事。ガキでも覚悟して邪魔しに来てんだろ?

それをバカにするような真似はしねぇよ」

「覚、悟……」


そんな彼の様子に驚愕するウィステリアだったが、イシャンは彼とのやり取りを忘れているため、何を言っても通じない。


どうやら彼は、ここをタイレンだと思っているようなので、抵抗しなければこのまま殺されてしまうだろう。

必死で立ち上がっていくウィステリアは、状況を正確に理解できないながらも、覚悟という単語に顔を引き締める。


「そう、だね……ぼくは、ガーベラに守られるだけじゃいたくない。大した力がなくても、人を傷つけることがいやでも、この気持ちだけは、どこまでも燃えてるんだ……」

「結論は出たな? じゃあ殺し合おう」


イシャンが好戦的な笑顔でシャムシールを構えると、ウィステリアもそれに呼応するようにナイフを構える。


消し飛ばされていたサラマンダーを再び作り出し、まとって全身を燃やす彼は、今までになく死を感じながらイシャンと激突した。




~~~~~~~~~~




「さて、無事精霊は確保。レーテーが暴動を起こすでしょうから、鬼哭衆も動くことは……」


ガーベラとアオイがそれぞれハオとレーテーの手にかかり、ウィステリアが命懸けの戦いを開始した頃。


蜜柑を無力化していたプセウドスは、人型に変化した彼女の状態を確認し終わって、今にもこの場から離脱しようとするところだった。


だが、彼が相方の行う作戦を呟きながら立ち上がっていると、その言葉を遮るように近くから轟音が響く。


眉をひそめたプセウドスが音の出処――村の方向を見やると、彼の目に飛び込んできたのは、ボロボロの丘をさらに荒らしながら駆け上ってくる黒い物体だ。


地上を走る流星のようなそれは、凄まじいスピードで丘を登り切ると、彼らの頭上を大きく飛び越えて着地する。

巻き上がる土煙の中から現れたのは、2つの頭を持つ犬の魔獣――サーラメーヤを従えたエンだった。


彼はサーラメーヤに引かせた戦車から飛び降りると、豪快に笑いながらプセウドスと対面する。


「なっはっは!! 実に面白ぇ見世物だった!! 酒が美味ぇ!!

だが、俺様の報酬を強奪されるのは気に入らねぇぜぇ!!

大人しくそいつを寄越しな、プセウドス!!」

死者への冒涜(ヤマラージャ)……」

「なんだ? わざわざその名で呼ぶっつうことは、地獄と争う覚悟があんのかぁ!? 全てを偽る旅路(アルコーン)!!」


無感情に彼の神秘としての名を呼ぶプセウドスに、エンは同じように彼の名を呼んで舌を出す。


レーテーの暴動によって鬼哭衆は動かない。

それは事実だと思われるが、先にプセウドスが蜜柑を捕らえたことで予定が狂ってしまったようだ。


彼には勝てないと受け入れたのか、プセウドスは蜜柑の体を地面に横たえ、両手を上に上げながら微笑みかける。


「……引き渡してもいいですが、既に偽装していますよ。

不可能とまでは言いませんが、そう簡単には解けません」

「ん〜? ん〜!? ハッハァ!! テメェ、俺様の力を舐めてんのかぁ!? あぁん!? この場は既に地獄だぜ!?」

「……!!」


胡散臭い笑顔を浮かべているプセウドスの言葉に、エンは酒の影響もあってか、テンション高く叫び返す。と言っても、別に酒に酔ってホラを吹いている訳でもないようだ。


プセウドスは微笑みをわずかに崩し、エンも半裸の体に輝く装飾品をジャラジャラと揺らしながら、威厳たっぷりに錫杖を地面に打ち付ける。


"ヤマ・ピトリローカ"


すると、自身が呼び寄せた、魔獣を防ぐために築かれた岩壁による結界の内側は、不気味な光を放ち始めた。

彼の築いた村を囲う安全圏は、村の人達に影響を出さないように数キロ先。


当然その内側にある丘にも、不気味な光は満ちていく。

ここが彼の言う地獄であるかのように。


同時に、岩壁の結界は村の外数キロ先から、直に村の周囲も囲い始める。鬼哭衆が封鎖している位置を内側にして、村ごと彼らも守るかのようだ。


「存在の偽装、意識の消失。つまりは仮死状態!!

ならば俺様が裁いてやろう、お前の罪を!!」


すべての準備が整ったエンは、サーラメーヤに上で胡座をかきながら宣言する。地獄の裁判の開廷を……


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