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蜜柑の対策  作者: 榛原朔
蜜柑の対策1

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23-強いられた不自由

蜜柑がプセウドスに無力化され、ウィステリアとガーベラもまだ劣勢を強いられていた頃。

宿の外でレーテーと対面していたアオイもまた、厳しい戦いを強いられていた。


「霧……? なぜ、こんなにも濃い霧が……いいえ、私はこれを知っている。誰かの攻撃。風が教えてくれている……」


彼女がいるのは、潜んでいた時と同じように屋根の上。

周囲に満ちるのは深い霧だ。それも、普通の霧ではない。


一寸先も見えない、水中にいるかのような濃密な霧。

彼女から空の月は見えず、蜜柑がいる丘は見えず、少し離れた先にある宿屋も見えず、隣の屋根の上も見えない。


屋根の上がそのような状況なのだから、もちろん地上も同様である。濃霧に惑うアオイからは見えていないが、霧は村中を包んでいるため、地上は完全に霧海となっていた。


そんな霧一色の視界の中で、彼女はなぜこんなにも霧が出ているのか、そもそもなぜ自分が屋根の上なんかにいるのかもわからないまま、ぼんやりと辺りを見回す。


とはいえ、どこか引っかかっている部分もあるらしく、彼女は必死に記憶の欠片をかき集めていた。

蜜柑の存在、自分に情報を届けてくれる風……つまりは加護の存在、なぜここにいたのか……


だが、この霧の存在となぜ記憶が曖昧なのか、誰と戦っていたのかなどは思い出せないままである。

それでも彼女が頭をひねっていると……


「ふぅむ、中々に厄介な女子(おなご)じゃ。

忘却の外から情報を得て、記憶を補完するとはの」


いつの間にかすぐ隣にやって来ていた老人が、何やら思わせぶりなことを言いながら近づいてきた。

アオイは眉をひそめながらも、屋根の上という老人にとって危険な場所で無視はできないと言葉を返す。


「おや、どうしたのですか? おじいさ‥!?」

「さて、三撃目。ケガは思い出したかの?」

「うっ……!!」


振り返ったアオイが老人を気遣うように歩み寄っていると、手が届く距離になった瞬間、老人は手に持っていたナイフを彼女に向かって突き出した。


まさか刺されるとは思っていなかったアオイは、驚きに目を見開く。しかし、同時にその痛みから記憶が呼び起こされ、口を抑えながら距離を取ると扇子を大きく扇いだ。


"シルフィードブレス"


すると、彼女の背後には風で形作られた羽のある少女が現れ、周囲は少女の具現のような柔らかな風に包まれていく。

直前まで彼女を包んでいた霧は、ほとんど消え去っていた。


それを確認してから、アオイは口から手を離して視線を落とし、自身の体を確認する。


彼女の目に映るのは、今刺されて血に染まった腹部、二撃目に刺されて風が扇子を持つ補助している右腕、一撃目に刺されて風で飛ばなければ引きずることになる左足だ。


ケガの状態も含めて、現在の状況を完全に理解した彼女は、難しい表情で老人――レーテーに視線を戻す。


「はい、思い出しました……はぁ、厄介なのはあなたですよ。

こんなもの、裏工作というような次元ではないです」

「ホッホッホ。それはお互い様じゃよ。風は元々霧を飛ばしてしもうて相性が悪いというのに、サポート特化とは。

忘れても情報が届くなら、わしの呪いも形無しじゃ」

「呪い……あなたは魔人ですか。神秘を扱うだけの私達仙人とは違って、神秘そのもの……厄介なはずです。ですが、それでもあなたを捕らえます。もうあなたを忘れない」


レーテーは無傷なのに対し、アオイは数か所の負傷。

これだけ好き勝手やっていても、未だにアオイのことを厄介だと言う彼だったが、彼女はスルーして攻撃を仕掛ける。


"シルフィードエンブレイス"


背後に作り出していた羽のある少女――シルフがその腕を広げると、彼を捕まえるように左右から風が動いていく。

レーテーの周囲にある霧を吹き飛ばし、左右どころか背後も塞いで風による抱擁をする。


寿命のない神秘でありながら、その精神性から老いた姿をしているレーテーは、特別素早い動きはできない。

風の両腕は、距離を取ろうとする彼をあっという間に囲み、今にも拘束しようと迫っていった。


「ホッホ、風は霧を吹き飛ばしてしまう。

わしが忘却の媒体に霧を選んだ時点で、わかり切っておったことじゃ。もちろん対策はしておるよ」


"クリープオブリーオ"


だが、抱擁から逃げようとわずかに背後へ移動してすぐ逃げ切れないと悟った彼は、穏やかに呟きながらアオイを見やった。


風の両腕は既に上以外をほとんど塞いでいる。

手前はアオイがいる時点で、左右は手を広げた瞬間に、背後はその十数秒後には。


それでも、レーテーは穏やかな態度を崩さずに左へと動き、そして彼女の目から消失した。


「……!? 風は私を囲っているはず……!!」


風はアオイを隙間なく囲っており、彼女自身もレーテーのこと、この霧のことなどを忘れていない。

だというのに、またも忘却してしまったかのように消え失せる彼に、アオイは目を見開いた。


「霧を吸えば忘却する。ふむ、たしかにその通りじゃ」

「……!!」


"スカイチェーン"


彼女が必死にレーテーの姿を探していると、誰もいないはずの左側から優しげな声が届く。

パッと視線を向けてみても、そちらの方向に人影はない。


しかしアオイは、声がしたからには姿がなくても彼がいるのかもしれない……と反射的にそちらへ手を向ける。

すると、その手に沿って現れたのは、空と地上を繋ぐかのような風の柱。


いつの間にかまた充満していた霧を消し飛ばし、姿が見えないレーテーを捉えようと一帯を襲う。


「忘却とは、誰の身にも降りかかるもの。霧に惑わされずとも、自然と物事は頭から抜け落ちていく」

「っ……!! 一体どこから……!?」

「わしを見たことを忘れておるようじゃな? ならば思い出させてあげるとしよう。さて、四撃目。思い出したかの?」


だが、それでもレーテーの声が途切れることはなく。

声の出処、彼の姿、そのどれもがわからないまま、アオイは背後に現れたレーテーに背中を刺されてしまった。


「くっ……!!」


"シルフィードテンペスタ"


またもナイフをその身に受けてしまうアオイだったが、今回忘れていたのはレーテーを見たことだけ。

攻撃を受けることで彼の居場所を思い出し、シルフの風で嵐のような勢いで飛び退る。


「たとえ隙間なく風で固めようとも、忘却はどこからか忍び寄っていく。さて、今度は覚えていられるかの?」

「忘れる前に、叩きます……!!」


レーテーは空を飛ぶことができない。

風で守ってもあまり意味がないと気付いたアオイは、もう彼の手が届く範囲にはいないように空を飛び続ける。


彼女は風での遠隔攻撃が可能であるため、遠く離れた位置から彼を見据え、まずは動きを止めるべく風の鷹を生み出した。


"赤爪の風鷹"


宿で男達を吹き飛ばした時と同じく、今回生み出した鷹も爪に火薬を仕込まれ赤く、姿を捉えるために無数だ。

風の抱擁では回避されてしまったアオイだが、それとはまた違ったやり方で彼の逃げ道を塞いでいく。


「右にいたかの? いいや、左じゃ。空に飛び上がっている可能性もあるじゃろう。そもそも、まだ屋根にいたかの?

地上からお主を嘲笑っておるかもしれぬ。さて、さて。

お主はわしがどこにいたか覚えているじゃろうか?」

「大体の位置は覚えています……! 先程は一方向にしか動いていなかったので追えませんでしたが、鷹ならば自在に捜索し続けます。空も、地上も、逃げ場はありません……!!」


段々とレーテーがいた位置を忘れ始めているアオイは、無数の風鷹を操って空間を埋めていく。

彼がいたと思っている場所だけを囲うように動くのではなく、どこにいても逃げても見つけられるように。


するとその目論見通り、数秒後には鷹が爆発を起こすことでレーテーの存在を彼女に伝えた。


「思い出しました……!

私は、その場所にいるあなたをたしかに見ていた……!」

「ホッホッホ、火薬がなければ大した威力ではないのじゃがのぅ。数と動きに加えてこれとは、中々どうして厄介じゃ」


しかし、もちろんレーテーも魔人なだけあってそう安安とは無力化できない。


隣の屋根の上にいた彼は、ナイフを握っていたのとは逆の手……左手に握っていた杖を横薙ぎに振り抜くことで、吹き荒ぶ風と爆発をかい潜ってくる。


「杖……!? それも忘れていたと言うことですか……!?」

「そのようじゃな。なぁに、大した影響はないからの」

「この攻撃を防ぐことができる。

それだけで十分すぎる程の影響ですよ……!!」

「おまけに、爆発に紛れたわしの居場所を、お主はまた忘れておるのではないかのぅ?」

「っ……!! 風鷹……!」


杖を使って爆発をかい潜ったレーテーは、それに驚くアオイと会話を続けながらも位置を調整し、粉塵を障害物することで彼女の視界から逃れる。


見てもすぐに忘れてしまうため、わざわざ視線から外れる必要はないのだが、風でどうにか対抗しようとしているアオイが相手なので抜かりがない。


再び風鷹を飛ばして捜索させるアオイも、今度こそ直撃させられるように移動しながら眼下を睨んでいた。


「地上……!!」


数秒後、またしてもレーテーを捉えた鷹が爪に仕込まれた火薬で爆発する。位置は今までと違って地上だ。


アオイはすぐさま爆発のあった位置に鷹を飛ばし、より狙いやすくするため、自分の目で結果を確認するために屋根より少し下の位置に移動した。


すると、彼女の目に映ったのは……


「ナ、イフ……!?」


黒焦げ状態で地面に刺さっている、レーテーが何度もアオイを刺したナイフだった。


それは、まるでついさっき投げつけられたばかりと言わんばかりに左右に揺れており、明らかに鷹を爆発させた原因だ。


つまり、ナイフを投げたことで起こった鷹の爆発によって、彼女は誘い込まれていた。


「っ……!?」

「わしは後ろにいたのじゃが、忘れていたのぅ?」


爆発が罠だったと察したアオイは、すぐさま振り返って空へ逃げようと風を操る。しかし、この時点でレーテーは背後に迫っており、彼女は至近距離から攻撃を受けてしまった。


"アスタラビスタ・レーテー"


「さらばじゃ、博識なる女子(おなご)

そしてようこそ、無知なる人形」


目を見開いて彼の顔を見返したアオイは、レーテーに指で額を突かれると、全身を水球に包まれていく。


その水は自らの色を忘れたかのように透き通っており、中で彼女の目から生気が失われていくのが、はっきりと見えていた。


「……」


口から気泡が出ていることから、呼吸はしている。

まばたきをしていることから、意識は存在している。


だが、レーテーを忘れ、忘却してしまう霧を忘れ、戦っていることを忘れ、加護を忘れ、蜜柑を忘れ、2人の親友を忘れ、自分自身すら忘れた彼女は、もはや自分の意志で体を動かす方法すら覚えていなかった。


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