22-否定された弱さ
本日二度目の更新です。
ウィステリアがまだイシャンとの戦いで葛藤していた頃。
蜜柑が無力化されていたのと、ほぼ同時刻。
食堂で魔人・ハオとの激闘を演じていたガーベラも、ウィステリア程ではないながら、苦戦を強いられていた。
「あなた、一体何なら効くのかしらっ……!?」
今宵何度目かの氷の剣を放ったガーベラは、またしても攻撃を調理されてしまったことに唇をかみしめる。
彼女はイシャンに押されっぱなしだったウィステリアとは真逆で、常に攻撃をしている側だ。
この光景だけ見たのならば、勝っているのは彼女だと思う人もいるだろう。
しかし、その攻撃がまともに当たることは一度もなく、明らかにハオの手のひらの上で遊ばれている状態だった。
「うめー飯は、よぅく効くぜぇ? この国のもんはぁ何でもうめーから、オレは満足感でフラフラだぁ。ひっひひひ」
「そもそも、何で氷なんて食べてるのよっ!?」
"アイスベルグ・ソル"
氷料理を食べながら、ふざけたように舌を出して笑うハオを見たガーベラは、苛立ったように叫んで氷を操る。
いくら剣の軌跡に無数の氷の刃を生み出しても、そのすべてを調理されるのなら意味がない。
巻き添えで商会の下っ端が蹴散らされるだけだ。
そのため今回は、さっきまでとは少し趣を変えていた。
生み出した氷では直接ハオを狙わず、氷の山は食堂の中央にそびえ立つ。
周囲の炎から光を取り込み、山の中腹あたりに収束していくと、熱の調整で生み出した噴火口から熱線を発射する。
"リフレクションレイ・ボルケーノ"
山腹に作られた噴火口から放たれる熱線は、氷とは違って無形だ。悲鳴を上げながら避難する下っ端達の頭上を、空気を焼きながら飛んでいく。
だが……
「タイレンは魔獣の宝庫だぁ。畑は踏み荒らされ、家畜は蹂躙され、まともな飯なんてねぇ。
雑草を齧り、骨をしゃぶり、ゴミを漁って生きてきたぁ。
それに比べりゃあ、この氷も炎もうめーもんだぜぇ?
とーぜん、熱でも食うー……というか、飲む」
操り人形のような不気味な動きをするハオは、頭をぐらぐらと揺らしながら、だらりと下げた包丁をおもむろに顔の前に持ち上げる。
包丁は汚く、彼自身も薄汚れたボロボロのマントを着たみすぼらしい姿をしているため、両手に握った包丁を力なく持ち上げる姿はまるでゾンビだ。
熱線を前にしてもフラフラと揺れ続ける彼は、見た目通り柔らかな動きで熱戦に向かっていくと……
"フルイドミンチ・ヘルコース"
両手の包丁から無数の巨大な斬撃を放ち、熱線を散り散りにするように斬ってしまう。さらには、まとまりを失った熱線は天の川のように輝きながら宙を流れ始め、ハオの口に飲み込まれていく。
直前の宣言通り、ガーベラの熱線はドリンクとして飲まれてしまったようだ。おそらくは、ウィステリアの炎への対処も似たようなものだと思われるが、それはガーベラが到着した時点で終わっていた。
その後はガーベラの氷ばかりを調理していたため、この光景を初めて見る彼女も、流石に度肝を抜かれてしまう。
目を見開き、口をまん丸にして、言葉を失っていた。
「……!!」
「いっひひひ、珍しいもんが食えたぜぇ。あぁ、やっぱこの国のもんはうめー……熱もタイレンじゃ苦いだろうなぁ」
「ふ、ふ通はそんなもの食べないわよっ!!」
しかし、そんな彼女もハオの現実離れした食事事情を聞くとすぐに我に返り、あしらわれるもどかしさを吹き飛ばすように全力でツッコミを入れる。
するととぼけた様子のハオは、人形のように首をカクッと傾けると、よだれを拭きながら不気味な笑顔で食事を勧め始めた。
「んぁ? ひっひひひ、あんたも食うかぁ?」
「いるわけ‥」
「やらねぇー」
「……!!」
彼はガーベラに熱線を勧めていたが、やはりイシャンにやったのと同じく、見せびらかしたかっただけらしい。
迷わず断ろうとする彼女がその言葉を言い切る前に、彼は小馬鹿にするような顔で提案を取り下げた。
戦いでも遊ばれている彼女は、彼の態度に苦虫を噛み潰したような表情になって睨みつける。
「食いたきゃ自分に撃ってみなぁ。
きっと喉が爛れちまうぜぇ。ひひ、ひひひ……」
「いらないって言ってるでしょう!?」
「いっひひひ……!!」
「一発だと料理されちゃうなら、それができないくらいの量であらゆる方向から狙うわっ!!」
"アイスベルグソル・コンバイン"
いらないと強く否定しても、彼が不気味な笑いを止めることはない。そんな彼の様子に苛立ったガーベラは、質より量で攻めるべく、先程の氷山を食堂中に生み出し始めた。
初めに宣言した通り、彼女は下っ端をまったく気にしていないので、逃げられずにいる男達は多くがその下敷きだ。
凄まじい熱エネルギーの真下で、ほとんど抵抗できずに叫んでいた。
しかし、何十もの氷山が次々に乱立する様子を見たハオは、全身をプラプラと揺らしながらなんてことはなさそうに問いかける。
「物量攻撃ぃ……それはたしかに捌き切れねーかもなぁ?
けどよぉ、そもそも全部を捌く必要、あんのかぁ?」
「は……?」
「オレはぁ、別にそこまで大食漢じゃねぇー……
から、食いてぇと思ったもんを、食いてぇ時に食うぜぇ」
食堂を埋め尽くした氷山から熱線を放ちながらも、ガーベラが胡乱げに聞き返すと、ハオはガーベラを見据えながら呟く。
"エアスライス"
瞬間、彼は包丁を素早く振り下ろして、低い体勢で風を切りながらガーベラへの接近を始める。
多くの熱線は彼の背後に置き去りにされ、ぎりぎり届いたものも片手間で散り散りにされてしまった。
床は熱線で溶け崩れているが、ハオは空間自体を切っているらしく、空気を咀嚼しながら宙を舞っており足が止まることはない。
「っ……!?」
"ソルグラディウス"
突然俊敏に動き始めたハオに、ガーベラは驚愕しながらも氷で包まれた剣を向ける。すると、その先から放たれたのは、氷山よりは小規模ながら同質の熱線だった。
しかし、氷山からの熱線が避けられたのだから、それよりも小さな熱線など簡単に避けられてしまう。
もちろんより小回りは効くが、空間を切り進むハオには追いつけない。
あっという間に目前まで迫られ、彼女はわずかに怯えた様子を見せた。
「っ……!? 何もかも、通用しないだなんて……ううん。
氷も熱も料理されてしまうなら、物理で殴るまでよっ!」
だが、彼女はすぐさまいつもの強気な姿勢を取り戻すと、氷を足場に飛び上がる。彼が避けること、調理することなどを誘導して隙を作り、そこに剣での一撃叩き込むべく目を見開く。
「なんだぁ? もう飯はおしまいかぁ? ひっひひ、美味ぇもん食えねぇなら、オレはもうお前に興味ねぇなぁ」
「はぁ!? こっちはあなた達を制圧しないといけないの!
やる気ないなら大人しくたおれて!」
しかし、彼女の言葉を聞いたハオは、もう氷などを一切出さないと受け取って動きを止める。
無造作に氷を突撃させようとしていたガーベラは、それを聞くと目を剥いて強気に怒鳴りつけた。
「商会の制圧、ねぇ。いちおー言っとくが……今回の商売は、伐採と整地、建築。そもそもオレは責任者じゃねぇけど、木々の撤去と道の整備でその分の利益は出てるぜぇ?」
「え、そうなの!? じゃあもう‥」
「だがぁ、オレには関係ねぇな。判断はイシャンがするし、オレは食いてぇもんを食うだけだ。なぁ、氷が終わりなら、もうお前を食っていいかなぁ? その柔らけー肉をよぉ!!」
「っ……!!」
ハオの言葉に希望を見出すガーベラだったが、すぐにそれは絶望に変わる。そもそも、近づいてきたのは明らかに氷ではなくガーベラに興味が移ったからだ。
今まで手のひらの上で転がされていて、熱線も軽く対処されてしまっているのだから、彼女自身を狙われたらひとたまりもない。
コマのように回転しながら向かってくるハオに、ガーベラは明確な恐怖を浮かべて氷を放つ。
"フリージングウンディーネ"
敵と戦う方法が調理なのであって、本当に人まで食べるとは思っていなかった彼女は、もはや細かな制御などできる精神状態ではない。
ただ、目の前に氷を吹き荒ばせる。
自分を守ろうと、氷で形作られた女性の腕の中に包まれる。
タイレンという国を象徴したようなハオの姿に、彼女はただ守られる貴族の令嬢となっていた。
「こ、来ないで……!!」
「肉料理ィーッ!」
しかし、すべてを調理するハオが怯むはずもなく。
ほとんど制御できていない、本来の力を失った神秘の氷は、瞬く間に突破されてしまう。
ハオはマントを凍りつかせながらも、変わらずコマのように回転することで氷風の中を進み、ウンディーネごとガーベラに包丁を向けた。
"ヒューマンパーチェス"
「あぅ……」
ウンディーネの首を粉砕した包丁は、わずかに勢いを落としながらも的確に彼女の首を打ち付ける。
みねうちではあったが、ウンディーネの腕からこぼれ落ちたガーベラは、力なく倒れ伏してしまう。
「肉、仕入れ完了だぁ。ひっひひひ」
段々と氷風が収まっていく中、部下の男達が倒れている食堂の真ん中では、1人舌なめずりをするハオが立っていた。




