21-ウィステリアの覚悟
黒幕の1人であるプセウドスと激突していた蜜柑が、彼の力によって無力化されてしまった頃。
宿の三階で行われていたウィステリアとイシャンの戦いも、架橋に差し掛かっていた。
「ほれ、どうしたよ少年! 覚悟は決めてきてんだろ!?
もっと攻めてみな! 逃げてばっかじゃなくてよ!」
"ラージャーラスター"
体一つ、シャムシール一本でウィステリアの炎を突き破ってきたイシャンは、彼を挑発するように荒々しく笑いながら、右手のシャムシールを突き上げる。
大きく曲がっている獲物ではあるが、やはり手練れなだけあってその軌道は的確だ。
炎で形作られたドラゴン――サラマンダーで防御する間もなく、ウィステリアは木剣を弾かれて後ろに大きく倒れ込む。
しかし、彼もただ倒れるだけではない。
頭を打ち付けそうになりながらも、なんとか受け身を取って滑るように距離を取っていく。
イシャンの挑発にも、油断なく炎を操って道を阻みながら、果敢に言い返していた。
「っ……!! 逃げてなんかないよ、ぼくはぼくなりの戦い方をしてるっ……!! あなたを超えて、ガーベラを守るんだ……!!」
「はぁ、ガーベラガーベラうるせぇなぁ!? 守りてぇ女がいんならもっと気張れ!! そんなんで守るだぁ!? 自分の身も守れねぇガキが、いっちょ前に夢物語語ってんじゃねぇ!!」
だが、イシャンにとってはその返答は気に入らないものだったらしい。苛立ったように一気に距離を詰め、ウィステリアに襲いかかっていく。
「っ……!!」
"スパークバタフライ"
もちろんウィステリアも炎で対抗するが、それは既に何度も突破された力だ。彼に群がっていく冷たい炎の蝶は、次々に破裂していくもその全てが横薙ぎに消し飛ばされてしまう。
さらには、ウィステリア達と同じく何かからの加護を受けたかのような動きで、流れるように次の動きに繋げていく。
スピードに乗ったまま爆炎の隙をついてくるサラマンダーの爪を潜り抜け、回転しながらウィステリアの目前に降り立つと、目にもとまらぬ速さでその刃を振り抜いた。
"エリアール・サルバシオン"
ウィステリアはまたしてもなんとか受け止めるが、今度は隙を作るためというような技ではない。
そもそも彼が握っているのは木剣であるため、刃が欠けるどころでは済まず、真っ二つに斬られて壁に向かって派手に吹き飛ばされてしまう。
しかし、ウィステリアが必死の根性を見せて防いだからか、イシャンが追撃をすることはなかった。
シャムシールを肩に担ぎながら、不満げに声を張り上げる。
「大切な人を守りたい。そりゃあ結構、やってみな。
だが、それならもっと前のめりになれ! 敵を殺せ、自らが傷つくことも厭わず殺せ! 自らこんなとこまで来といて、いまさら日和ってんじゃねぇよ!!」
「……守りたいのはみんなの命だけじゃないんだ。大切な人が傷ついたら、死んでしまったら、心が傷つくから。
ぼくは、自分をぎせいにしちゃいけない……!!」
逃げを意識していること、目の前の強敵すら殺したくないという考えを否定されたウィステリアは、少し黙り込んだあと絞り出すように答える。
もちろん彼も、蜜柑と話して決めた覚悟は覚えていた。
とはいえ、それは迷わずに殺すというようなものではなく、傷つけても必要以上に気に病まないというものだ。
そのため、彼の答えは明確にその要求を拒絶するような返答である。しかし、今回の答えを聞いたイシャンは、特に気に障ったような様子はなかった。
どこか暗い表情を見せながら、腰から外した幅の広いナイフをウィステリアの足元へ放り投げる。
「人は、死ぬんだよ。ならせめて真剣な殺し合いをしようぜ? 守るために命を奪う。そこから目を逸らす気はねぇんだろ? ほれ、受け取れよ。あんな簡単に壊れちまうチャチなおもちゃじゃあ話になんねぇぜ」
「命を、奪う……ぼくは……」
どうやら彼は、ウィステリアが失った木剣の代わりに自分のナイフを使わせるつもりらしい。
必要以上に傷つけるのを嫌がる彼に対してかなり苛立っていたのか、またも発破をかけるように笑いかける。
しかし、ウィステリアの反応は芳しくなかった。
決して手加減をしていないにも関わらず、何度も防がれているサラマンダーを見つめながら口ごもる。
すると、武器を受け取ることすら躊躇う彼を見たイシャンは、呆れたように眉をひそめた。
「あ? これも嫌なのかよ?
……別に、強さってのにも色々あるとは思うけどよ。
どんな強さであろうとも、何かしらの覚悟は必要だぜ?
傷つく覚悟、傷つける覚悟、殺される覚悟、殺す覚悟。
なんの覚悟もねぇやつが、願いを叶えられるわけねぇだろうが。ガーベラって子を守るために、お前は俺を殺してでも止める覚悟をしろ。殺して止めろじゃねぇ。殺してでも、だ」
「……」
彼の真意を受け取ったウィステリアは、大きく目を見開いて無言のままナイフを拾う。殺してではなく、殺してでも。
イシャンが何度も殺せと言っていたことから生まれた認識のズレは、ようやく噛み合い彼らは同じステージに立った。
「あなたの強さにい縮して、ぼくはここに来るまでに決めた覚悟を少し、忘れてたみたいだ。傷つけたとしても気にしないってだけじゃ、あなたには足りない。なら、ぼくは……!!」
「そうだ、少年! 逃げの意識、心配させないこと。上等だ。俺には思い浮かばなかった考えだが、いい。だが、敵はそれに含まれねぇんだから、願いは全力で押し通せ!!
守りてぇもんがあんなら、手段を選ぶな!!」
最後の覚悟を決めたウィステリアに、イシャンは嬉しそうに笑いかけながらシャムシールを向けた。
彼の優しさを肯定し、だが決して甘い考えでは終わってしまわないように発破をかける。
ナイフを片手に目を閉じて、深呼吸をしながら天井を見上げていたウィステリアは、彼の言葉に目を開いてサラマンダーに手を伸ばす。
「行こう、サラマンダー。
火力を上げて……あの人を焼死させてしまうくらいに。
このナイフに宿って……ぼくでも、あの人を貫くために」
「ハハッ、いいぜぇ。守るために戦うってのはそうじゃなくちゃなぁ!! この先どうなっても、後悔しねぇように」
ウィステリアの言葉を聞いたサラマンダーは、彼の覚悟の通りに火力を上げる。作戦のために二階以下はそのままだが、三階はみるみる燃え盛り、崩れ落ちていく。
熱い空気は感じるだけではなく、彼の肺を焼き焦がす。
仕上げにウィステリアの背後に立つと、彼の握るナイフに、全身に乗り移ってその長い髪を熱気で逆立たせた。
"サラマンダーレディネス"
サラマンダーをその身に宿したウィステリアは、今までとは違って自らイシャンに向かっていく。
炎の勢いで壁を蹴り、小柄さを活かして空中から襲いかかっていく俊敏な突撃だ。
"エリアール・サルバシオン"
しかし、散々彼を挑発していただけあって、イシャンも簡単にやられることはない。
先程炎の蝶を横薙ぎに払った時と同じように、前後に大きく足を開いて低い体勢になると、回転しながら彼の握るナイフを打ち払って後退していく。
"サラマンダーブレス"
イシャンに距離を取られたウィステリアは、膝を使って着地の衝撃を殺しながらも、自身に宿るサラマンダーからブレスを放つ。
しかも今回のブレスは、燃え崩れ始めていた宿が、燃えるではなく破壊されていく程の威力だ。
放った方向にあった部屋には次々に風穴が空いていく。
さらには、彼はその炎の尻尾を使って跳ね上がると、またしても空中からイシャンに襲いかかっていった。
だが、戦闘スタイルを変える前に何度も炎を突破されていたように、この空中からの攻撃はもう見られている攻撃だ。
他にも色々な技を見せていたのならともかく、彼を相手に何度も同じことを繰り返すと、もちろん対処されてしまう。
しかも、ウィステリアがいるのは逃げ場のない空中である。
タンッ……タンッとリズムを取るようにわずかに回転していたイシャンは、ウィステリアの着地位置で待ち構えると、空気のような動きでふわっとそれを受け流した。
"サルディーハヴァー"
「うっ……!?」
廊下に着地したウィステリアは、うめき声を上げると膝をつく。しかも、いつの間に斬られていたのか、身に纏っていた炎も半分以上吹き飛んで頼りなく揺らいでいた。
もちろん、彼はすぐさま振り返って背後に通り抜けていったイシャンと向き合う。だが、リズムよくステップを踏む彼は既に移動し、ウィステリアの予想地点から外れている。
彼の視線から数メートル左。
ハッとそちらに視線を向ける間に、イシャンは立ち上がりかけているウィステリアに襲いかかった。
"アシャラヒムサー"
なんとか再びサラマンダーで体を包み込んで、防御しようとするウィステリア。しかし、イシャンの繰り出す斬撃は嵐のように暴力的で、上下左右から襲い来るシャムシールに、炎はまたもかき消されていく。
上下左右、それぞれの位置へ飛んでくる2連撃。
それにより炎を吹き飛ばされたウィステリアは、胴体を狙う最後の2連撃に備えてナイフを構える。
だが、まともに戦ったのは今日が初めてであるウィステリアに、これを捌くだけの技量はない。
合計で10連撃にもなる暴力に、彼は為す術もなく炎のような赤い血を散らした。
「うっ、あ……!!」
「……ふぅ。ま、ざっとこんなもんか。そこまで深くは斬ってねぇし、炎で傷を焼けば血は止まるぜ。やっときな」
力なく倒れ伏したウィステリアを見ると、イシャンはシャムシールをしまいながら笑いかけた。
どうやら止めを刺すつもりはないようだ。
止血を促す彼に対して、ウィステリアはわずかに震えながら頭を持ち上げて問いかける。
「な、んで……?」
「俺は部下を必要以上に傷つけなかったことに感謝してんだ。つうか、そもそも他国の一般人を殺しゃしねぇよ。
俺達のこと何だと思ってんだ? 一応仕事で来てんだぞ?」
「なら、ガーベラも……?」
「あー……その子はあれだ。多分、ハオっていう商会の幹部とぶつかることになるから、死ぬな。あの人は俺とは違うからよ。言ったろ? どうなっても後悔しねぇように……ってよ。
お前はやれるだけのことはやったと思うぜ。
……それとも、まだやるか?」
ウィステリアにガーベラのことを聞かれたイシャンは、正直に事実を伝えながら面白そうに笑う。
すると、サラマンダーで体を焼いたウィステリアは彼の予想通りに立ち上がり、ナイフを構えた。
「な、ら……負けてる訳には、いかないっ……!!」
「いい覚悟だ。身を焦がしてでも勝利を目指せ。
お前みたいなやつは好きだぜ……!!」
一度倒れ、既にボロボロのウィステリアは、ガーベラを助けに行くために再び目の前の強敵に立ち向かっていった。
今日は昼にも投稿する予定です。
ゴールデンウィークが終わるので、明日からは投稿スピード落ちます。




