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蜜柑の対策  作者: 榛原朔
蜜柑の対策1

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21/205

20-蜜柑の覚醒

直前まで蜜柑とテレパシーで話していたアオイは、レーテーと対面してもそれを自分から切ることはなく。

目の前の黒幕の1人と睨み合いながらも、村中に送り続ける風のたよりから、蜜柑の側の状況を察して声をかける。


「そちらにも、黒幕の1人が来たのではないですか?」

『……うん、そうだね。私の方の視界には、ガーベラが言ってた神父っぽい人が来ているよ』

「では、気が散らないようにテレパシーは終わりですね。

健闘を祈ります、蜜柑さん」

『そっちもね。じゃあ、また後で……』


アオイに促された蜜柑は、お互いの勝利を祈りながら視点と声を自分自身がいる丘に戻していく。

そんな彼女が最後に見たのは、宿を包むように満ちていく深い霧と、それを吹き飛ばさんとするアオイの風だった。




~~~~~~~~~~




「おや、ようやくお戻りかな?」


アオイとのテレパシーを終えると、蜜柑は直前まで微動だにしていなかった木の体を揺らす。

アオイが送り続ける風のたよりなどは関係なく、枝葉はさわさわと涼やかな音を奏でる。


そんな彼女に声をかけてきたのは、2つになっている視点からでも気がついていた黒幕の1人と思しき人物。

パチっと視界を切り替えた先にいる、闇に姿を隠すような黒いキャソックを身にまとった神父――プセウドスだ。


待ちわびていたかのようにいきなり話しかけられた蜜柑だったが、彼女は特に焦る様子もなく落ち着いて言葉を返す。


『こんばんは、神父さん。わざわざ待ってくれるなんて優しいね。それとも、何か狙いがあるのかな?

まぁ、もし待っていなくても対処したけど』

「ふふ、狙いなどありませんよ。私には戦闘能力が一切ありませんのでね。ただ、話をしに来たのです」

『嘘つき。神秘だと自覚したからか、今の私にはわかるよ。

漏れ出る神秘が、そのオーラが物語ってる。あなたは強い。

私1人で捕まえられる自信がないくらいに』

「これは手厳しい。あなたはこの私を嘘つきと呼ぶのか……

とても悲しいですよ。しかし、今はいいでしょう。

こういう話も、決して無価値ではありません」


狙いなどなく、ただ話しに来ただけ。

そう嘯いてみせるプセウドスの言葉を、蜜柑はすぐさまバッサリと切って捨てる。


決して信じられない男。黒幕であるということ以上に、その発言からこの場での彼の評価は決まった。

しかし、当のプセウドス本人の態度に変化はない。


悲しいとつぶやきながらも、飄々とした表情を保って蜜柑に笑いかけており、このまま話を続けるつもりのようだ。


『はぁ、どれが本当かはさっぱりわかんないけど……

何はともあれ、やっぱりここに来たね黒幕さん。

私はあなたの思い通りにはならない。

捕まえさせてもらうよ、嘘つきの神父さん』

「はて、黒幕とはなんのことでしょう? 私はたまたまあなたの話を小耳に挟み、こうしてお話に来ているのですが……」

『あなたの言葉はこれっぽっちも信用できない……!

悪いけど、問答無用で行かせてもらうよ……!!』


"ウッドプラント"


蜜柑が敵対宣言をしても、プセウドスは変わらず話しに来ただけだとぼけてみせる。しかし、彼を決して信じられない男であると認識した蜜柑は、彼の言葉などお構いなしだ。


全身が緑色の光に包まれたかと思うと、その光が伝播した丘から数え切れないほどの樹木を生み出し、辺り一帯を囲ってしまう。


それも、ただプセウドスを閉じ込めるだけではない。

樹木は球状に彼らを包み、だが決して止まることなく動き続けていた。


ズズ……ズズ……と、まるで工場のように全体が規則的に動き、絶え間なく樹木を生産し続けている。

動く木が襲いかかってくるのだから、すべてが動いていたらそれを見極めるのは至難の業だろう。


体も顔も、表情すらピクリとも動かさないプセウドスだったが、目だけは油断なくこの空間を見回していた。

遥か上空で動く木にサッと目を向け、背後で動く木の音に耳を傾け、すぐ横を動く木を凝視する。


しかし、それでも飄々とした態度を崩さない彼は、少しして工場の中心にそそり立つ蜜柑に目を向けると、困ったように目を細めながら言葉を連ねていく。


「あの少女は私のことを忘れていたはずなんですがねぇ……

それから、蜜柑さん。あなたが見ているものはなんですか?

私ですか? 地面ですか? 必死に操る木々ですか?

ふっふふふ。さて、私はどこにいるでしょう?」

『何言ってるの……? そこに、いるでしょ……!!』


"枝垂れ雨"


プセウドスの挑発するような言葉に、蜜柑は正直に目の前の神父を狙う。規則的に動き続ける木々を操作し、あらゆる方向から無音の一突きを放つ。


頭上から雨のように落ちてくる木々、地面に落ちた雨粒の如く横向きに跳ねてくる木々などは、避ける様子のない神父の体を瞬く間に抑え込む。


『ッ……!?』


しかし、木々の濁流に飲まれたはずのプセウドスは、攻撃が当たると霞のようにかき消えてしまう。


もちろん手応えはない。

木々は段々と消えていく体をすり抜け、地面を揺らし、そのまま規則的な工場周期に戻っていく。


「そこにいるでしょ、ですか? ええ、確かに私は先程までそこにいた。まぁ、私にそのつもりはなかったのですが……

ふふ、それでもいたのでしょう、あなたの目から見れば」

『何を、見ているか……!!』


どこからか響く声に、蜜柑は唇を噛みしめるように呟く。

彼女の視界に映っているのは、現れては消えを繰り返している無数のプセウドス。


そのどれもが、嘘。

言動、態度、実力、目的、本音、理由、肉体、存在。

目に見えていたもの、見えなかったもの、感じ取っていたもの。全てが、嘘、嘘、嘘。


もはや蜜柑の操る木々ですら、偽装されずに操れているのか疑わしいものだった。


胡散臭い笑顔を振りまきながら出現と消失を繰り返す彼は、やがて蜜柑の目の前に立つと、唯一本当だと思える言葉を口にする。


「能力が使えない? そう見えていただけです。

私に攻撃が当たらない? 私の虚像を見ているだけです。

ここは樹木の世界ではありませんよ、蜜柑さん。

ここは、嘘偽りの世界。全てが偽装された世界です」


"フェイクテリトリー"


直後、意図せず規則的な木々で彼を押し潰す蜜柑だったが、もちろん彼が食らうはずもない。

そのプセウドスは溶けるように消失し、気がついたら球体の真ん中辺りの木に立っていた。


『存在すら偽装しているなら、それが意味を為さないほどの大規模攻撃をお見舞するまでだよ……!!』


"ポーレンバースト"


すると、彼の言葉を聞いた蜜柑は、すぐさまその対策をした攻撃を繰り出した。どこにいるかを偽装されているのなら、どこにいても当たるような攻撃を。


たとえ偽装されているとしても、確かにそこにはあるであろう樹木から赤い花粉を生み出し、空間を埋めていく。

そして、視界が赤一色に染まった瞬間、花粉は眩い光を放ちながら爆発していった。


これにはもちろん、蜜柑もただでは済まない。

神秘という存在の丈夫さや、自身の神秘で耐性があることを踏まえても、爆発の威力で幹は悲鳴を上げ、樹皮は赤く熱されている。


『これならどう……!?』


爆発が収まると、蜜柑は倒れかけていた体を起こして周囲を見回す。すると彼女の目に飛び込んできたのは、自分が生えている場所以外はボロボロになった元丘。


規則的に動いていた樹木が吹き飛び、地面が崩れ、もはや丘とは呼べない崖のような場所だった。


しかし、やがて土煙が晴れてくると、蜜柑が生えている場所以外に唯一無事であった場所が現れる。

空中で球状に囲う樹木が無事であったのと同じく、まるで爆発自体がなかったかのように、丘を保っている空間。


そして、その場所に立っていたのはもちろんプセウドスだ。あの爆発を見ても涼しい顔をしていた彼は、土汚れを払いながら飄々とした様子で口を開く。


「私のいたところだけ花粉を避けるとは、思いの外心優しいお方のようだ。お礼に、1つお教えしましょ‥」

『ッ……!!』


"樹氷創剣"


プセウドスのいたところだけ花粉が舞っていなかった。

それはつまり、既にその場所に花粉があると偽装していたということだ。


にも関わらず、確実に嘘でありながら本気で心優しいと思っているように感じさせる彼に、蜜柑は追撃を仕掛ける。

再び樹木を生産し、木の温度を下げることで空気を凍らせて山のような氷剣の突き上げを。


だが、標的は当然その場にいない。

針山のように連なる氷山の横で、胡散臭い笑顔を浮かべながら話を続ける。


「精霊とは意識を得た神秘。

山であったり、湖であったりが意思を持つもの‥」


"フルーエントゥリー・フォリア"


プセウドスの言葉を遮るように、木々から落ちた木の葉が涼やかな音と共に視界を奪う。葉は柔らかな風によって球状の空間を埋め尽くし、偽装された本体に張り付くことで位置を見つけ出す。


だが、それでも彼は一方的な会話をやめない。

蜜柑に聞く気がなかろうとも、最初に言っていた通りに話をしようとしていた。


「精霊にも様々な形をしたものがいますが、神秘であるという時点で本質は同じです。神秘に成った生物と遜色ない程の強い心を持っている。また、獣は己の神秘を完璧に制御することで人の形を取ることができる。神秘の身体強化で力を、人らしい器用さという技術を両立できる姿に‥」

『見つけた、そこッ……!!』


"樹氷創剣"


葉っぱに覆われた人型に、蜜柑は再び氷の剣を繰り出す。

しかしプセウドスは、自身への偽装がバレれば蜜柑の認識を直接偽装すればいいだけだ。


彼がここにいないという偽装ではなく、蜜柑が彼を見ていないという偽装。


また、蜜柑の視覚全体を偽装することで、狙う場所を本来の位置から大きく左へ逸してしまう。見ている世界すら信用できなくなった蜜柑は、何もできなくなってしまった。


『ッ……!!』

「さて、授業は終わりです。楽しかったですね」

『何も、見えないんだけど……』

「そんなはずはありません。見え方を偽装しただけですよ」

『まともに! 何も見えないんだけど……!!』

「ふっふふふ。えぇ、それはそうでしょうとも。視界を少し回転させていますから。あと、左右をズラしてもいますね。

人なら数歩で転んでしまいます。では、どうしましょう?」


現在、蜜柑の視界は横になっているように傾いており、さらには写真を切ってズラしたようにジグザグとした見え方に偽装されていた。


プセウドスの言う通り、人が歩けば間違いなく転び、歩くことのない蜜柑でも下手に動くことはできないだろう。


そのため、まだ敵意はなく話をするつもりらしい彼に、蜜柑は状況改善のために抗議する。

しかしプセウドスは、まるでまだ彼女にできることがあるかのように何かを促し始めた。


『何もできないよ、当然』

「本当に?」

『……』


(授業は終わり……ってことは、この人は何かを伝えるために話したかった。話しに来たっていうのは本当だったんだ。

たしかこの時代の獣……私達みたいに神秘そのものに成った獣は、その神秘を制御することで人の形を取れるって……

つまり、私に人型になれって言ってるんだね。

理由は……? 興味……? 商会を差し向けたんだから、この人は私を欲してる。そっか、この人は多分、本当に戦闘能力はない。私を伐れないんだ。つまり、捕まえるために……)


すぐに何もできないと否定した蜜柑だったが、プセウドスはそれでも彼女に抵抗させようとしていた。

しつこく確認された蜜柑は、しばらく考え込んだことでその真意に気づく。


だが、もしこの状況を脱せる可能性があるとしても、それはプセウドスが自分を捕らえるために望んだことだ。


そうしなければ捕らえられないと見た蜜柑は、ひび割れた視界でプセウドスが見えないながらも、彼を射抜くように強く拒否する。


『……人型になれってことだよね。でも断るよ。あなたは私を伐れないんだから、私はこのまま仲間が来るのを待つ』

「……それは残念。でしたら、このままあなたの力を偽装して終わらせます。あなたに力はなかった。あなたに視界はなかった。あなたに意識はなかった……」


蜜柑に拒絶されたプセウドスは、残念と言う割に何とも思ってなさそうな調子で手をかざす。

どうやら、彼はこれまで何度もやってきたように、蜜柑のすべてを偽装するつもりのようだ。


蜜柑とアオイの誤算。それは、黒幕が神秘を封じる相手ではなく、すべてを偽装する相手だったこと。

期せずしてガーベラの恐れていたことが現実になり、蜜柑も慌てたように声を荒げる。


『い、意識って……!! 見せないだけなんじゃ……!?』

「ふむ……? 私の本質は、すべてを偽ることです。

つまりは、実際にいなくなる訳でもなく、能力がなくなる訳でもなく、意識がなくなる訳でもなく。

ただそのように偽装して、世界の認識を上書きする。

いても見えず、あっても使えず、起きていても眠りにつく。

これを見せないと言うならば、偽りのない正常を見せない。

……ちなみに、私が偽装しているのはその()の視界です。

精霊の人型は、たいてい体と魂の分離。強い神秘であれば、私の偽装にも多少は対抗できるようになりますよ」

『っ……!!』


(そんなの、植物状態よりも酷い……! みんなの努力も無駄になるし、悲しませるし、何よりも私は死ぬのと変わらない! この人の狙い通りだったとしても、人型になって逃げないと……!! 強くなって、偽装に抗うんだっ……!!)


たとえプセウドスの思惑通りだったとしても、蜜柑はすべてが終わってしまわないために、自身の神秘を完璧に制御して人型になることを決意する。


力が偽装され、周囲を覆っていた木々が落ちてきて、氷山のような氷の剣が崩れていっても。

視界が偽装され、横向きでバラバラになった景色が、黒く光を失っていっても。


懸命に、己の存在すべてをかけて。自然の中で生きてきた獣の生存本能に負けないだけの、誰よりも強い心で。この時代に満ちた神代の神秘を、自身に満ちる神秘を高めていく。


『私は、まだ消えていられないっ……!!』


覚醒しなければほぼ死と同義の状態になるという逆境にあって、彼女は神秘的な大自然を従えるだけの強い心を見せる。

みかんの木はひときわ輝きを強め、その光が収まったかと思うと、樹冠と幹の間辺りの空には少女が浮かんでいた。


白無地のドレスを着た、まさしく精霊と言える姿の彼女は、久しぶりの人の体に目を見開くと、その後すぐに身構える。


『やっ、た……!! これで、まだ抗え‥』

「おめでとうございます、蜜柑さん。ではさようなら」

『あっ……』


"オールレディ・プセウドス"


しかし、最初からずっとその瞬間を待っていたプセウドスは彼女が抵抗するよりも速かった。そもそも今までの偽装は、今回ほどじっくり時間をかけたものではない。


彼自身で促していた通り、意図的に与えられた彼女への試練であり、待ち構えられた覚醒だ。

当たり前のように跳躍したプセウドスは、彼女の胸部に手をかざして彼女のすべてを偽装した。


「偽装は既に完了しました。能力を偽装し、意識を偽装し、人型で抜け殻となったあなたを母に受け渡します」


力なく落下していく蜜柑を、プセウドスはそのまま横抱きにして地上に降り立つ。彼女に生み出された木々も、彼女の本体であるみかんの木も、既に生気を失っている。


少女達の会合が行われていた名残りなど見る影もなくなった丘の上では、ただ、村からの破壊的轟音のみが響いていた。



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