出会い!!
水無月翔が高校二年生になってから二週間程経ったある日、全校生徒にこんなアンケート用紙が配られた。「この学校に期待していることはなんですか? また楽しみな行事はなんですか? (複数回答可)」と書かれた紙がホームルームの時間に生徒全員に配られたのだ。それを見た水無月はこう書いて提出した。
学校は、工場である。その中で俺たち生徒は原料として、形を整えられ、社会の様々な需要を満たす製品に仕上げられる。大人たちが勝手に決めたルールの中で、俺たちは自由を奪われている。標準化されたカリキュラムに、標準化された時間。昔はそれで良かったのかもしれない。言われたことをやっていれば、社会に受け入れられ、会社で昇進し、給料も上がり、終身雇用で定年まで働き、老後は年金で悠々自適に過ごすこともできる。これは産業革命時代に生まれ、今の時代まで続いている。
しかし、今は時代の変化が激しく複雑になっている。たった数年で新たなテクノロジーが次々と生まれる。また、未来も不確実で曖昧だ。現在、安定した企業なんてものはほとんど存在せず、20年後にはなくなっている可能性の方が高い。
そんな時代に生きているのに、なぜか教育はなかなか変わらい。週5で学校に通い、朝から夕方までほとんど座った状態で教師の授業を黙って聞く。動いたり立ったりした方が記憶の定着が良いという研究もあるのに…。また、学ぶペースは人それぞれなのに、全員が同じ授業を受ける。評価を高めたければ、その仕組みに順応するか、物わかりのいい良い子になればいい。ただそれは本当に教育と言えるだろうか? 答えは、否。表向きには生徒の個性を大事にすると言っておきながら、学校にとって都合のいい人が評価される。それは偽善だ。そんな偽善に満ちた学校が、俺は大嫌いだ。
こんなことを書いて提出したので、当然、後日担任の師走柚子先生に放課後呼び出されてしまった。水無月は、師走先生には一年のときから世話になっているので、無視するわけにもいかず、先生の呼び出しに応じて職員室に向かった。
「水無月くん、これは何かな?」
師走先生は呆れた様子で水無月が提出した紙を手に持ちヒラヒラさせながら言った。
「アンケートに対しての俺の答えですが…」
「これ、答えになってないよね。質問は学校に期待していることと、楽しみな行事なんだけど」
「あ、すみません。答えを書き忘れてましたね。期待していることも楽しみな行事もありません」
「いや、それはこれを見ればすぐにわかるから!」
「そうですか…」
「何かないの? 水無月くんが学校に期待していること?」
「ないです」
「即答! そんなに学校が嫌い?」
「はい」
「そう……じゃあ、水無月くんが好きなことってなに?」
「俺は科学が好きです」
「科学か…」
水無月は科学が好きだ。科学は人間やこの世界の本質を教えてくれる。国語なんかどうでもいい。コミュニケーション能力を高めたいなら、実際に誰かと会話をするのが手っ取り早いし、読解力を高めたければ本を読めばいい。歴史なんかどうでもいい。過去に何があったのかを知っているだけでは意味がない。大事なのは、人間が過去に行った愚行から学び、これからに活かしていくことである。体育なんかどうでもいい。運動は人間の健康にとって欠かせないものだが、学校に強制されるせいで運動嫌いになる人が多いのではないだろうか。そのせいで、運動をしなくなり、健康が悪化してしまうのは本末転倒だ。運動は一人でできるもの、複数人でできるものがある。どの運動が好きかは人それぞれだ。水無月は一人でできる運動が気軽でできるから好きである。なので、体育は内容によって参加したりサボったりしている。
「好きなことがあるのは素晴らしいことだけど、学校の授業でも学ぶことはあるはずよ」
「そうですね。先生によって教え方が上手い人と下手な人がいるので、それを比較すると、どんな説明がわかりやすいのか学べます」
「そ、そんな風に授業を聞いてたの…」
「どんなことでも学べることはありますからね」
「そ、そう…」
学校で言われていることに盲目的に従ってはいけない。学校で問われることは答えがあることが多いが、生きていく中で問われることには答えがないことが多い。自分がどんな人生を歩みたいのか、何をして生きていくのか、という問いに正しい答えはないのである。それは自分で手探りながら見つけていかなければならない。
それを見つけるのに、科学が役立つと水無月は信じている。科学を学び、科学を理解することは楽しいことであるし、人間が本来持っている好奇心を引き立ててくれる。学校のつまらない授業とは全然違うのである。
「あ、そ、そういえば、友達はできた? 新しいクラスになって二週間経ったけど…」
「いいえ」
「えっ、ひ、一人も?」
「はい。俺と友達になりたい人なんていると思いますか?」
「いるでしょ! 水無月くんは魅力的なんだから!」
「無理に気を遣わなくていいです。自分でも周りにどう思われているのかわかっているつもりですから。…それに、友達が欲しいと思ったこともないんで」
「そんな悲しいこと言わないの」
「悲しいですか? 俺は別に悲しいなんて思ってないですけど…。そもそも友達ってそんなに必要ですか? 俺は今のままでも満足していますし、一人が寂しいと思ったこともありません」
「それは…」
「友達は多い方が良いとか、友達一〇〇人できるかな、みたいな一つの価値観を全員に押し付けるのは害悪だと思います。人によって快適な友達の数は異なるのが普通です。広く浅く付き合うのが好きな人もいれば、狭く深く付き合うのが好きな人もいるでしょう。その中で俺は特に狭い方だったっていうだけで、何の心配も…」
「もういい! それ以上は私が悲しくなるから!」
師走先生はそう言って、右手で目頭を押さえていた。そのまましばらく沈黙が流れたので、水無月は右肩に掛けていた鞄を背負い直し、口を開いた。
「話は終わりですか? 俺、そろそろ帰りたいんですが…」
「ちょっと待って。もう少し付き合ってもらうから」と師走先生は言い、椅子から立ち上がり「ついて来て」と言った。
師走先生は職員室を出てどこかに向かい始めたので、水無月もあとをついて行った。途中水無月が「どこに行くんですか?」と尋ねたが、師走先生は「ついて来ればわかるから」と答えるだけで、どこに向かっているのか教えてくれなかった。そのまま先生について行くと、校舎三階の一番端の空き教室に辿り着き、先生はその教室の前で歩みを止めた。その教室は使われていないはずだが、人の気配があり、教室札には『相談部』と書かれていた。
ここは部室なのか。てか、『相談部』って何をする部活なんだ? と思っていると、師走先生がドアをノックした。中から「はい!」という声が聞こえてから、師走先生が横開きドアを開けた。
「如月さん、今ちょっといい?」と師走先生が言った。
「はい」と彼女は答えた。
師走先生が教室の中に入ったあとに続いて水無月も入り教室を見渡した。教室の後ろ三分の一は、使われていない机と椅子が山積みになっていた。どうやら荷物置きとして使われていたらしい。掃除されていたようだが、まだ埃っぽさを感じだ。そして教室の中央には長机が一台と椅子が一脚あり、その椅子に黒髪ショートヘアの女子生徒が座っていた。そして彼女の向かいの位置に椅子が一脚あった。
彼女は読んでいた本を机に置いて、水無月たちに視線を向けた。
「みっ、水無月くん!」と彼女は言った。
「ん、どうして俺の名前を?」
「えっ、そ、それは…」
「彼女は如月牡丹さん。今年、水無月くんと同じクラスのはずだけど…」と師走先生が言った。
「そうですか。すみません、俺、人の顔と名前を覚えるのが苦手で」
「き、気なしなくていいよ。私、目立たないから、知らなくても仕方ないよ」と如月は言った。
「如月さん。今のは怒っていいところだよ」と師走先生が言った。
「そんなことは…」と如月は言った。
「如月さんは優しすぎだよ。まぁそこがとても魅力的なところだけどね」
「そ、そんなことは…」
「あぁー、やっぱり可愛い! 妹に欲しいくらい!」
「先生、冗談はやめてください」
「えっ、私は本気だけど」
「え!?」
「で、先生はどうして俺をここに連れて来たのですか?」
二人の謎のイチャイチャが始まっていたので、水無月は無理やり割り込んで本題に入った。
「あ、そうそう! 忘れるところだった」と師走先生は言ってから、拳を口の前に当て「ん、んん」と言い、改まった態度になった。「水無月くんにはこの部活に入ってもらいます!」
「は!?」と水無月が言い、ほぼ同時に如月が「え!?」と言った。
「いきなり何言ってるんですか? 意味がわからないんですけど」と水無月が言った。
「ん、聞こえなかった? 水無月くんにはこの部活に入ってもらうって言ったの」
「それは聞こえてます! そうじゃなくて、どういう意味かを聞いているんです」
「ん、意味? そのままの意味だけど」
「あ、あの…先生…私、何も聞いていないんですけど」と如月が言った。
「そうね。さっき思いついたことだから」
「さっき…」と如月は呆然とした顔で言った。
「どうして俺がいきなりこの…」
「『相談部』」と師走先生が言った。
「その『相談部』に入るっていう話になるんですか?」と水無月が言った。
「水無月くんの力がこの部活に必要だと思ったから」
「なんですか、それ? そんな風に煽っても乗せられませんよ。てか、そもそも『相談部』って何をする部活なんですか? 人の悩み相談にでも乗るんですか?」
「そう! さすが水無月くん。理解が早い!」
「いや、これくらい誰だって想像できますよ」
「そうかな? でも、それなら話が早い。水無月くんはこの部活に入って如月さんと一緒にみんなを救ってもらいます」
「みんなを救うって、随分壮大なことを言いますね」
「水無月くんの知識は悩んでいるみんなを助けることができる。あなたもその知識を誰かにために活かしたいと思わない?」
「別に思いません」
「そんなこと言わないの! 人のために何かをするのって結構心地いいのよ!」
「たしかに、人助けは科学的にも良いと証明されているので、いいでしょうね」
「そうでしょ! それに、水無月くんはいろんな人たちと関わっていく中で大切な友達ができる…はず。これってWINWINじゃない?」
「どこがWINWINなんですか。俺は別に友達なんか望んでないんですけど…」
水無月がそう言うと、師走先生は鋭い目つきで水無月を睨んだ。水無月はそれに怖気づき少し黙ることにした。
「じゃあ、詳しいことは如月さんに聞いて。私は職員室に戻るから、あとよろしくね、如月さん」と師走先生は言い、ウインクをしてから教室を出て行こうとした。
「えっ、先生ちょっと待ってください」
如月が師走先生を呼び止めようとしていたが、師走先生は振り返らずに右手を顔の横に挙げてから「じゃ」と言ってそのまま教室を出て行った。おそらく先生は説明が面倒になったので、逃げたのだろう。教室には水無月と如月の二人が取り残されたのだった。
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