邪神のハッタリ。
「アルスメイア、お前さんよく生きてたな。あれ絶対死んだと思ったがな?」
「ぁぁぁ!!!?うるせえよ!!!!黙れ!!!」
「お黙りなさいアルス。邪神ドーモン様が、あそこで本気になっていたら我々全員死んでいたわよ?」
邪神謁見の間から戻った6人の魔王達は、円卓に揃って別で会議を始めていた。
「それにしても、何をしたのかしらね。邪神様は。」
ミルスメイア。アルスメイアの姉であり黒の魔龍とも言われている。
「わっかんねえよ。本気で切ったつもりだったのに剣の方がぶっ壊れた。」
アルスメイア、ミルスメイアの弟にしてこちらも本物の魔王。神速の異名を持つ。
「はっはっはっ、ありゃそれくらい邪神様の体が固いって事じゃろ。」
龍人魔王、ヒャグレス・カインバッツ。ローブに身を包んだ最強の老龍人であり、最年長の598歳。禍々しい顔つきで、水属性の魔法を使う。
『そもそも熱を聞いたらわかるでしょ、どれくらい強いかなんて。』
ホロカリアス・ジャッキン。炎のゴーストであり、炎魔王と呼ばれる最も熱いゴースト。精霊の声を聞ける、精霊術を使う。子供っぽい声が特徴。
「ああ。強さが我々とは桁違いダ。レベルが違う、ミルスメイアと邪神様に感謝しておくのだナ。あの感じだと、次はない。」
骸の騎士王、オルドレア・ルノール。最も忠義に厚く、最も騎士道を大切にする男。アンデッドでありながら最強の騎士。
「アレこそ我が神なる者よ」
ライアル・ファリーガル。ライオンの様な頭を持つ獣人であり、キメラ。獣を束ねる魔獣の王。
6人の魔王はそれぞれの領地を持ち、それぞれの方針で部下を育成し人族へ対抗している。しかしながら人族の新兵器による攻撃は止まらない。その為、知恵を借りると言う名目で行われたのが邪神召喚。
「邪神様ならば、この最悪の戦争を止めでくださるだろうカ。」
『きっと大丈夫。けどあの感じ、攻撃するタイプには見えないね。』
「玉座っぽいのと一緒に召喚されておったな。アレはまさしく王という感じであったな。邪神王……邪王か?」
「冠もかぶってし、あの態度は完全に邪神そのものだな。」
演技のお陰か、魔王達にその実力がバレることは無かった。
◇
「ここが禁書庫ですっ!では、鍵をお渡しするのでそれではっ!入り口で待機しておりますのでっ!!」
「あぁ。ご苦労。」
御苦労なんて言っているが、内心はめちゃくちゃビビりまくっている。なんせ魔族と2人きりなんていつ食い殺されてもおかしくない。それに書物なんて読めるかどうかもわからない。もしかしたら千年前だから全部読めない文字かも……という考えまで至りつつ、1人でゆっくりとその扉の鍵を開ける。
「ここが禁書庫……」
魔王の根城の図書館というのもよく分からないが、ともかくここは先代の書物がたくさん置かれていると聞いた。
薄暗い青色の光で照らされた、物々しい雰囲気。しかしそれとは裏腹に、普通の本棚に普通の本が置いてあるだけだ。少し奥に進むと、そこには埃の被った椅子と机。そしてその上に置かれた本が一冊。
(読めん)
めちゃくちゃ意味ありげに置かれた本だが、タイトルが読めない。それどころか開いても何書いてあるのかがさっぱりだった。菱形のような文字の羅列に意味があるのだろうか。他にも色々な本があったが、一つだけ不思議な本を見つけることができた。
「これは……」
日本語。まさかの日本語である。しかしなんと言うか、古風な言い回しや筆っぽい書き方なのを見るに恐らく。
「江戸か。忍者とは、また古風な。」
忍者について色々なことが書かれていた。他には忍術の使用法などが書かれており、その節々にどこか古臭い絵が載っている。そして最後に書かれていた文字、それは。
(勇者-葉鳥半膳……ハットリハンゾウじゃないんかい。)
思わず内心ツッコミを入れた。明らかに寄せてる名前だが、どうやら人違いだったらしい。ともかく、それ以外は異世界言語の本だらけでよく分からなかった。
「成程、大して何も無しか。そも、次が召喚される可能性すら考慮していなかったと考えるべきか。」
千年も昔の本なのだから、それはそれで仕方がない気がする。ともかく異世界に来ても分からないことだらけだ。そもそも俺に何をしろと言うのだろうか。ともかく、日本語の書物を一つ持ち出し、すぐに入口へと帰還する。
「用は済んだ……ところで、着替えはないか?」
「は、はい!ございます!邪神様専用のお部屋があるのでそちらにお持ちさせます!!」
指を鳴らすと、どこからともなくぬるりとメイド服を着た黒髪美少年が現れた。手には既に服を持っている。
召喚者に案内されてその部屋に着いたのだが、謁見の間のすぐ隣で結構近かった。
「では、ごゆっくり。明日の朝にまた魔王様方をお呼びしますので、それまでゆっくりとしていてくださいっ。」
「ああ……そう言えば、召喚者。名前はなんだ?」
先程から凶悪な容姿の割にめちゃくちゃビビっているこの召喚者。名前を聞いていなかった。
しかし聞いたら聞いたでガチガチに固まりながらまたコチラを振り向いた。
「ワワワ、私は。召喚の氏族のぞ、族長。ファル・トルブィでございます。」
「そうか。俺の召喚、御苦労。下がれ。」
「ははははっはいっ!!!」
顔を輝かせて早々に部屋を出ていくファル。そして先ほどの美少年も服をベッドの上に設置すると同時に消えていた。理屈がわからないが、ともかくこの部屋が安全とは言い難い。
(ともかく、声を出すことは控えよう。)
妙に広いベッドと魔獣の骨でできた、紫と赤の内装。まさに邪神って感じの部屋だが、ともかく着替える。
堅苦しそうなローブにマント、無駄にでかい肩パッド?のようなものも付いている。ダサそうなので中のローブとマントだけ着て冠を机の上に置いた。
(どうするか。知らぬ間に邪神扱いな訳だが。)
ベッドの上で寛ぎながら、思考を巡らせる。人間の新兵器、魔族の蹂躙と解決策。そもそも邪神とは何か。
(後は俺の首に触れた瞬間曲がった剣。アレもよく分からないな。)
剣が柔かったのか、もしくは体が硬かったのか。今は近くに物がないため検証のしようが無いし、最中に見られたら色々と変な誤解を生みかねないからやめておく。
「忍術本か。」
もう一度ページを捲る。やはり忍術っぽいものが描かれている、しかしここでふと気づく。この本が、ただの忍術本ではない事に。
(……?能力参照術、虚空に手を星形に斬り念を込めれば自らの能力や才さえも自ずと虚空に示されるだろう。異界忍術その壱……魔法!?…………ってか千年前って江戸より前……だったな。)
よくよく考えなくても気づく。この本は、江戸時代にいた多分忍者みたいな奴が書いた似非忍術ではなく、魔術本だ。しかも勇者という事は、勇者が異世界から召喚されたという事実でもある。そしてなにより、千年前なのに江戸という事は時空間もはちゃめちゃと言うこと。なにはともあれ。
(こんな感じで……よっと。)
描かれている通りに虚空に指を切って念を込める。すると、脳裏に突然大量のテキストが表示された。
【ドライア・ファグニル・ドーモン】【lv5】【邪神】
【命:9億/9億】【魔量:5/5】
【力:5】【魔:1万】【防:9億】【速:5】【知力:5】
【絶対再生力】【外殻創造術】【絶対不変】【絶対魔力吸収】【邪神的威圧感】
(なんだこれは……!?防と命……体力と防御が9億!?ほかよっわ!!)
ツッコミどころ満載なステータスに思わず顔が険しくなる。そもそも絶対不変とか外殻創造術とか謎が多すぎる。
(使ってみるか……)
「外殻創造術」
ゴッ-
使用した途端、腕からカブトムシやクワガタのような黒い外殻が生成された。服の上に。
「硬いな。」
叩いてもかなり硬いのが分かる。しかし、引っ込める意志を持つとすぐに引っ込んだ。
使用した後、能力を確認したが特に何も変化はなかった。どうやら多用しても問題はなさそうだ。
(殻を作る能力か……使い道あるのかこれ?)
ないだろと言いたくなるが、外骨格は男の浪漫でもある。ともかく暇つぶしには最適だった。
適当に外殻を生成しまくっていると、だんだんと自由に形が作れる様になった。なんなら、自分の手から離しても消えない様にもなった。
(強度はそれでも変わらないか、まあ使えそうではあるな。)
念を込めるとすぐに粒子となって空気に消えていく外殻。これはアレだ、スーッとやってパッとすれば手元に剣が出来上がるやつが出来てしまう。やらないが。
(大きさは……この感じだと自由か。いくら使ってもステータスは変化無し、成程。)
拳の三回りほど大きなグローブを作り出した、どうやら体で触れている場合は変形が自由っぽい。そして体から離れるとその形を維持し、硬くなる。
(邪神っぽい使い方でも考えるか。)
その日、メイド達は素振りをする邪神を見たとか見てないとか。
◇
次の日。
「皆さま揃いました。」
会議室にて、昨日の続きを再開していた。服装はもちろん昨日のマントにローブだがローブは邪魔なので部屋に置いてきた。故に、今はマントと黒いツヤツヤなノースリーブの服を着ている。魔術的外装だとか言っていたが、半分聞いていない。足はスカートの様にヒラヒラしているやつだった。
集まっているメンツは全員で6人。アルスメイアは居ないようだった。そこで、ふと明暗がよぎった。
「さて」
今回は会議室なので、長い机に座った魔王たちを見ながら席を立つ。
威厳たっぷりな感じで、続けて口にする。
「最初に一つ。お前達にとって、邪神とはどんな存在だ?」
正直なところ今だにこの魔王達と対峙する時の恐怖感は拭えない。いくらHP9億でもこの錚々たる顔つきの化け物を見ると、生理的にビビる。とは言えそうも言ってられない、これから邪神を演じ続けなければいけないのだから。
「邪神とは、我々6大魔王の監督者であり監視者。人類と魔族との均衡が崩れた時、すなわち一千年のサイクルを得て召喚する事を許された存在でございます。全ての魔族にとっての、信仰の対象とも言うべきでしょうか。」
ライオン頭が親切ご丁寧に説明をしてくれる、そして続けて口にしたのは炎の幽霊。
『邪神様は思いの儘に、その考えを記してください。我々はその考えに従い、全ては収まる。貴方様はただ事が終わるのを待つだけで良いのです。』
「そうか」
つまり、今魔界が人族に攻められてヤバいから千年周期で俺が召喚された。そして、邪神は異界から召喚される神であり信仰の対象。こいつらは本当に魔王で、俺はそいつらに指示を出せる。そこまで考えて、気になったのは人族の新兵器。恐らくこの世界の人間が何かヤバい兵器を作ったから、いかにも強そうな魔王達も頭を悩ませているんだろう。
「お前達が手こずる新兵器と言うのは、なんだ?」
「【ネクロム】にございます。説明に関しては、見たほうが早いかと。」
老龍魔王が杖を振れば、机の上にゆっくりとホログラムが浮かび上がる。そこには俺の予想を上回る武器が装備されていた。
(銃…………!?)
「奴らの持っているこの武器がネクロム。そして、この様に。」
中世風のピストルにしか見えないソレは、引き金を引くと同時にまるで大砲の様な爆発を放った。そして、対峙する凶悪な魔族の体を貫通し、背後にいる街の壁さえも破壊した。
「如何なる装甲も貫通する、魔法式小型砲弾【ネクロム】。元は先代邪神様が発案されましたが、あまりの殺傷能力にその製造方法は闇へ葬られた……はずだった。」
「成程、よりにもよって銃の開発か。」
銃、と言う単語を聞いて首を傾げる魔王達。しかし、俺の脳内はそれどころではない。魔法式の銃があんな破壊力で、誰でも簡単に打ててしまう。しかも、映像を見るに明らかに数百数千の銃が生成されている。これは、かなりまずい。
「邪神様はネクロムを、ご存知なのですカ。」
「似た様なものを知っているだけだ。」
銃に対する対抗手段は、社会人に思いつけるほど簡単な問題ではない。しかもこの世界の場合は魔力によって、更に火力が増している。生半可な対抗手段は無駄に人命を割くだけだろう。なにか、魔力に対するカウンターがあれば。
「この世界に、魔力を吸い取る性質を持った物体は存在するか?それこそ、その場の魔力全て吸い上げる様なものだ。」
「確かに、魔力を吸収する鉱石はあります。しかし、それ程の効力はありませんな。ただ、近くにあるとちょっと吸われる程度かと。」
魔力を吸収して魔法の発動自体を不可能にすれば、ネクロムを封じることができると考えた。しかし、そんな物があれば苦労はしていないだろう。そんな、魔力を全て吸収する様な事は……。
「手は、ある。」
『本当ですか!?』
食い入る様に返事をする炎幽霊。しかし、これは実際に俺が行かなければなし得ない事だ。確実に成功する保証も無い。けれど、それでもやってみるしかないだろう。邪神ならば、その圧倒的な力で1人も殺さず領地を取り戻す程度簡単にこなせなくては。威圧感だけではない、威厳だけでもない。実績があってこそ、人は信頼される。疑われない。
「そうだな。我が信仰者達が死にゆくのを、指を咥えて見ているつもりは毛頭ない。」
立ち上がり、わざとらしくマントを振り払い腕を組む。そして、発動するのは邪神的威圧感というなぞのスキル。
「俺は人族が何をしたのか、魔族が何をしたかなど知らん。だが、蹂躙と虐殺ほど醜い快楽は存在しない。」
魔王達は席を立ち上がりこちらを見上げ続ける。
「俺が、戦地へ赴こう。」
『「「「なっ!?」」」」』
声にならない音を出し、絶句する面々。恐らくこの魔王達からすれば邪神という存在は、ただ玉座であぐらを掻いて指示を出す絶対者なのだろう。しかし、俺の考える邪神は違う。意のままに力を操り、気分で国一つ滅ぼすのが真の邪神だろう。
「なりません!もし邪神様に何かあれば、一大事ですぞ!もう一度の使用感にも千年の月日がかかるというのに!」
「そうです!!!態々貴方様が動かずとも我々に知恵を貸していただければッ!!人間如きに遅れは取りません!」
「私は反対です、騎士として主神である貴方が前線に出るなど持ってのほか。」
『反対!!』
「そうです!」
次々に来る魔王達言葉を聞き、想像以上の反感にビビる。しかし、此処は譲れない。目をカッと見開いてもう一度威圧感を発動、そして言葉を続けた。
「お前達、本当にこの状況を理解できているのか?まさか貴様らは、【ネクロム】さえどうにかすれば解決すると?知恵さえあれば勝てると?本気でそう思っているのか?」
一気に口数を増やし、情報を整える様に言葉巧みに人の意識を操る。まるで、大ごとの様に。この状況を再認識させる。
「ネクロムが有るのならば、その先に奴等は【アレ】も見つけるだろう。【先代邪神の考えてしまった、可能性の一つ!災厄の種を。】そして、事態は人族だけに収まらない。千年の周期、禁書庫に記された印。分かるか?此処で俺という最大の先手を打たねば……後はどうなるか、お前達にも分かるだろう。」
ハッタリに考察を重ねた、嘘で塗り固められた台詞ばかり。正直なところ自分でも何を言っているか分からない。しかし、そのまるで何か含みのある言い方によって、魔王達は震え上がったのだ。この邪神は、我々の考えを上回っていると。そう魔王達に錯覚させる、その迫力。
「まさかっ……!!奴が現れるというのですカ!?神話にさえその片鱗しか残さぬ、彼の獣が!!」
カタカタと骨を震わせて、動揺を隠せない骸骨の魔王。その言葉に、意味ありげにニヤつく俺。勿論、なんの事か全く理解していない。
「………………………………なんと、たった……召喚されてたった1日で……!そこまで見通しておられるとはっ……!先代の気づけなかったその領域迄、到達し得るとはっ!!」
老龍の魔王は、涙を浮かべて言葉を告げた。勿論何のことかサッパリ理解できないが、自信満々の目線で応える。
状況が理解できていない炎幽霊と、アルスメイアの姉。そしてライオン頭はただ呆然とこちらを見つめている。ファルに至ってはあわあわあわあわと慌てふためきながらその場に座り込んでいる。
「選択の時だ。さあ、行こうか我が従順なる信徒達よ!!!」
◇
「へえ……ただ踏ん反り返ってるだけの神かと思えば」
会議室の扉の影で、アルスメイアもその邪神の話を盗み聞きしていた。
「面白くなりそうだな。」
◇
人族の王城、その地下室にて。
「遂に災厄の種が撒かれたか。」
「はい、用意は既に滞りなく完了いたしました。」
試験管や魔石、魔獣の脳髄など不気味な品々が飾られたその異様な空間に男と女が1人。
「剪定の時はすぐに来ます。貴方もその瞬間を待つ事です。」
初老の男は女に向かってそう一言告げて、部屋を出ようとした。
「そう言えば、召喚された存在の危険度はどうですか?」
「ええ、全く問題ありません。人さえ殺せぬただの神の紛い物。アレなる欠陥品は計画にさえ気づく事はないでしょう。」
黒い陰謀が、水面下でゆっくりと世界を蝕んでいく。
誰にも悟られる事はなく。しかし、彼らもまた気づく事はなかった。
邪神というただの元人間の存在が、その後最大の難敵へ変わる事に。