異世界に召喚されたら、邪神と思われてるんだが?
「ぁぁぁあ!!辞めてやるつってんだろこんな会社!!2度と行かねえ!!」
戸田銅紋、29歳。社会人デビューを果たしたと同時に、超ブラック企業に入ってしまったこの男。数年は耐えたが月一で家に帰れるかどうかと言う劣悪な環境と、当たり前のように残業代がないという現実を突きつけられて今に至った。
「はぁ……何をやってるんだか…‥俺は。」
初めて東京に来た時は、漫画やアニメも沢山買えると喜んでいた。特に当時人気だった、【ザ・邪神様】という漫画が大好きだった。
「久しぶりの休みだ。今日くらいは漫画でも読みながらゆっくりと過ごそう。」
そう考えて押入れを開け、忘れていたことに気付く。
「等身大1/1スケールの邪神様専用チェア……買ってそのままだったのか……」
押入れの中には未開封の段ボールが3個ほど、それらは全て上京したての頃に買ってしまったグッズ達。ゆっくりと封を開けて、その椅子を組み立てていく。
「懐かしいな、邪神様の椅子か。ずっと椅子に座ってるコマしか無いから、一時期ネットでネタにされてたなぁ。」
魔界で最強の邪神が、思いつきで国を滅ぼしたり豊かにしたりするギャグコメディ漫画。同時ネットで大バズりした人気漫画であり、アニメ化も予定していた。無論、銅紋は多忙故に一切観れていない。
「よし、完成!おお……すげえな!!!!」
骸骨で作られた手すりに、妙に派手な剣が背もたれに刺さっている。金ピカな色合いだが、それよりも最初に不気味という感想が出てくるこの椅子。まさしく、彼が同時ハマっていた漫画通りの設計。クオリティは完璧だ。
「座れるんだよな……確か。」
会社で着込んだスーツを脱ぎ捨てTシャツ姿にジーパンに着替える。付属の【邪神の冠】を被り、ゆっくりと腰を下ろす。まるで邪神そのものになった気分、高揚するテンション。思わずそれっぽく顎に手を当てたり、作中のポーズを真似してしまった。
そう……29歳、もうすぐアラサーになる銅紋の心はこの一瞬だけ高校生へと戻っていた。
「ハッハッハッ!たまにはこう言うのも悪く無い。ああ、いい気分だ。」
今までのストレスが消えていくようだ。そんな事を考えながら……
強大な光と共に、銅紋は異世界へと召喚された。
◇
「……?ここは何処だ?夢か……?」
突然光に包まれて目を瞑り、再び瞼を開ければそこは知らない場所。凍てつくような空気に、まるで魔の王城とも呼べる物々しい銅像達。そして、目の前にいるのは。
「ぉぉぉぉお!!!召喚は成功しました!!!一千年ぶりの!!邪神様の降臨です!!」
召喚は成功したと叫ぶのは、悪魔のような羽と角。そして人間では無いことが窺えるピンク色の肌、それにまるでファンタジー世界のような杖と装備。その瞳は、まるで魔獣のような爬虫類。
「……っ……!?」
「我らが邪神よ!!!どうか!!!この魔界をお救いください!!!」
目の前に平伏するその、明らかにヤバそうな魔族。そしてその背後には、6人のもっとヤバそうな魔族達が横に並んでいる。
「ほう、アレが異界より召喚される邪悪なる神々の一柱。」
「感じるか?魔力とは違うこの異質な感覚。」
「ああ、それに玉座と共に召喚されている。奴こそこの魔界を救う一手となるだろう。」
ライオンのような頭をした獣人に、フルプレートのアーマーを着込んだ禍々しい骸骨。龍人っぽいヤバそうな顔の魔族、体が炎でできてる幽霊。人間に近いけどツノが生えてる上、肌に黒い鱗を生やした男に女。
即座に銅紋は「あっ、これRPGに出てくる魔王達じゃん。」とツッコミを入れたくなった。しかし同時に、「これ返答間違えたら殺されるな」という考えも出てきた。しかしそれよりもまず。
(はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?????!???)
思わず目と口を見開き、周囲をもう一度見る。
(待て、冷静になれ。とりあえず異世界だろうとなんだろうとこれはまずいぞ。)
ハァ、と息を吐きゆっくりと全員の顔を見る。この一瞬で、銅紋は理解した。
ここで「俺社会人だけど邪神って何?どう言う事?」とか変なこと言ったら、確実に殺されるという事を。
「ど、どうされました?邪神様…………?」
めちゃくちゃ怯えているこの女魔族。この感じ、明らかに恐怖を感じている。この社会人を見てと言うよりは、後ろの6人を警戒して震えているようにも見えるが。
絶対にここで変な事を言ったら、あいつらに殺される。先程からさっき立っていると言うか、めちゃくちゃこっちを見てくる。
そして銅紋はここで、最適解を見つけ出した。
ゆっくりと、銅紋はそれっぽい動作で立ち上がる。そして、一言。
「俺は邪神、ドライア……ドライア・ファグニアル・ドーモン。」
一瞬で思いついた適当なカタカナ文字を羅列させ、それっぽい名前へ変える。そして、もう一言。超上から目線で、出来るだけ銅紋の想像する邪神っぽいヤバそうな声で。
「状況を説明する事を!!許可する!!」
両手を組みながら超弩級の上から目線、そして完全なドヤ顔。まさしく、想像する邪神そのものを内心死にかけながら演じた。その結果。
「「「っ!!!」」」
こちらを見定めるような目で見ていた背後の5人が、その頭を一斉に下げた。ドーモンがただ声を発しただけで。
この瞬間、ドーモンは確実に勝ったと確信した。これが最適解だったと。
(勝った!この勝負勝った!これで異世界ライフが!!)
「随分上から目線だなあ?おっさん」
(負けたっ!!!!!!!絶対死んだっ!!!!)
反論をして来たのは、鱗を生やした銀髪の少年。明らかに16歳くらいの見た目だが、とてつもない威圧感とオーラを感じる。ゆっくりとこちらへ歩み出すが、召喚した女魔族によって制止される。
「邪神様に対して不敬ですよ、アルスメイア。」
「どけよ召喚しか脳がねえ雑魚魔族。そこの明らかに弱そうなオッサンが、姉様達に対して上から目線すぎねえかって言ってんだよ。こんな形してる奴の力なんて借りなくても、俺らだけでこの戦いは勝てる。」
振り払って、ドーモンの目の前へと立ち塞がるアルスメイア。
(待って待って待って待ってどうしよどうしよどうしよ)
「おっさん、お前……何様だ?」
腰につけためちゃくちゃ物騒なトゲトゲしい刀を抜き、ドーモンの首へ差し向ける。
しかし、ドーモンは一向に微動だにしない。なぜなら、今この瞬間に最適解を探している最中だからだ。
「おい!なんとか言えよ雑魚邪「くどい。」…………あ?」
ドーモンの導き出した答えは、「ワンチャン威圧したら怯んでくれんじゃね?」という安易なものであった。
「くどい、と言ったんだ。聞こえなかったか?」
「………………ああそうか、じゃあ死ね。」
しかし、無慈悲にもアルスメイアはその刀を振り下ろす。
この瞬間に首を切り落とされ、ドーモンは確実に死ぬ事を確信していた。
しかし、結果は全く違っていた。切り落とされたのは、首ではない。
グシャッ-
「なっ…………!?」
折れたのは、刀。首に触れると同時に、刀の刀身自体がひしゃげた。
まるで、紙を潰したように変形してその刀は床にポトリと落とされる。
カタカタと、体を震わせるアルスメイア。彼からしても、その結果は想定していなかった。
「…………?」
思わず首をポキポキしながら、蚊でも払ったのかという仕草で首を手で祓うドーモン。
「はぁ……頭が高い。」
(あっぶねぇえぇ!!!なんか助かったぁぁぁあ!!!)
それっぽい演技をしながら内心めちゃくちゃに喜ぶドーモン、しかしやはり怖いものは怖い。
体が少し震えているが、無理やり笑顔の表情を作る。
(ポンポンと、頭を叩いてさっさと下がらせよう。それが一番邪神っぽい。)
笑顔のまま、微動だにしないアルスメイアに向けてゆっくりと手を差し伸べる。身長は140程度だろうか、撫でやすい位置にいるのでちょうどいい。そう思って、ポン。と触れようとしたその瞬間。
「ど…………どうかお許しを。」
「っ姉様!!」
差し出した手を塞ぐように、一瞬にして背後にいた、同じような容姿の女魔族が現れる。
(姉様……姉弟か。)
「……まあいい。仕切り直しだ。」
「はっ、感謝します。」
「ングンググ!!」
弟のアルスメイアの口を塞ぎながら、背後へと戻る女魔族。ここで、銅紋は完璧な作戦を考えつく。
「どうやら皆興奮しているらしいな、一度御開きにしよう。そこの俺を召喚した奴以外、全員戻れ。」
「「「了解致しました、邪神ドライア・ファグニアル・ドーモン様。」」」
「…………ドーモンで良い。」
ドーモンの言葉と共に、6人は外へ直ぐ様消えて行く。若干震えている様子の召喚者の方を向き、話を再開する。
「召喚者、状況はどうなってる?」
「ははは、はいっ!現在は先代邪神様の死後から千年が経ち、人間どもが悪戯に魔族を差別し領土を奪っている状況です。魔族達は人間に比べて数が少なく、人間達が新兵器によって蹂躙していると言うのが現状です。一刻も早く対処を。」
「ふむ。」
席に座り、考える。
(人間の新兵器?魔族が蹂躙されてる?ダメだ……どうすればいいか全然わからん。)
しかし、気になったのは先代邪神の存在。
「先代?」
「は、え。えっと、先代様についての情報は全て本に記されております。禁書庫にございますが、難解な暗号を使用されている本もございます。どう致しましょう?」
「構わん、案内しろ。」
「ははははっはい!只今!」
初の異世界に肝を冷やしながら、誰も喜ばない最初の会議は幕を閉じた。
初投稿かもしれません