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幼馴染だったらいいな

作者: マツテツ

 4月5日、月曜日。暖かき春明けのはずなのだが、まだ少々寒気がしてくる。

 校門前の桜の木も冷え込みが続いたせいか、まだ満開になっていない。いつもなら、もう花がちらちら落ちて桜の道ができているはず。

 新しい学年の始まりにこんな異常な気候、悪い前兆にしか思わない。登校初日からやる気が出ない。

 なにより高校生活最後の一年なのに、

 俺はまだ好きな人に告ってない……告る勇気がない……。

 

 俺の名前は新田悠真、今日から高校三年生、つまり受験生だ。大学受験、正に人生中で大事な試練である。進学した大学の知名度で将来が決まると言っても大げさではない。

 だが、そんなの俺にとってはどうでもいい、べつに成績優秀で推薦される訳でもない。ただ大学受験より大事なことがある。

 そう、俺が抱えてるのは進路問題ではなく、恋愛問題だ!

 好きな女の子がいる、彼女の名前は倉木柚月。

 同じクラスで出席番号14番、席は俺の前。成績優秀で多分推薦、しかも生徒会会長である。誕生日は7月10日。好きな色は赤、好きな食べ物は卵焼き、毎日の昼ごはんに必ずイチゴミルクを飲む。

 彼女の住所まで知っている。勘違いしないで、スト―カ―ではないぞ、ただ家が近いだけ、って言うか同じマンションに住んでる。俺が5階で彼女は9階。

 幼馴染で毎日一緒に登校して一緒に帰る……な訳ない。そんなの恋愛小説や恋愛アニメにしか出ない話だ。

 幼馴染のところが友達でさえない、話だってしたことがない!

 幼馴染ではないけど、彼女の事は小さい頃からなんとなく記憶にあった。同じマンションに住んでいたから、さすがに何面が見かけた事がある、でもその頃はただの赤の他人、気にもしなかった。

 小学校は別だけと、中学は同じ学校だった。不思議に入学式以外マンションで会った事がない。ただ同じ学校の生徒で、クラスメイトにさえなった事がない、それ以上もそそれ以下の関係もない。だからあまり彼女の事を気にした事がなかった。

 その頃までの俺は「恋愛」も「好き」も知らない、異性に全く興味を持たないバカだった。鈍いて言うレベルじゃない、単細胞生物だ!マジあの頃の俺を殴りたい。

 青春の無駄だよ!チッ!

 こんな俺が何故彼女を好きになったて?それは一目惚れって言うやつかな。

 中三の夏、放課後バスケ部の練習に行く途中、慌てて走ったせいで廊下の曲がり角でプリントを持ってる彼女とぶつかってしまった。その瞬間、俺は初めて異性に対するもやもやした感情が芽生えた。

 正に良くあるラブコメ展開。

 体と体で大した面積の接触はしてない、しかもたったの一瞬。でも確かに感じる女の子の体の柔らかさ。うまく言えない感覚、すべすべでぷにゅぷにゅしてふんわりした感じ、体温のあるプリン、ゼリー?とにかくぎゅっと抱き締めたくなる。

 『マジごめん、大丈夫すっか?』

 『は、はい。だ、大丈夫です』

 散らかしたプリントを拾いながら慌てて返事をする倉木さん。なんて可愛いだろう、女の子の声ってこんなに優しいだっけ。

 俺が手伝おうとしてしゃがんだら、倉木さんが急に立ち上がり、頭が思いっきり顔面にぶつかってきた。

 『す、すすみませんー!本当にすみません!見てなくて……』

 『いいって、いいって』

 倉木さんは力いっぱい何度もお辞儀し、最後の一枚のプリントを拾いバタバタと俺の隣から走り去って行った。

 鼻がツンツンしてるけど痛いと感じない、感じるのは鼻に残る倉木さんの髪の毛の匂い。

 いい匂いだった。シャンプーなのか、それとも女の子特有な香りなのかは知らないけど、忘れたくない匂いだ、でも忘れちゃった……。

 もう一度嗅いてみたい!

 それから、その時のもやもや感を知るためにネットで調べてみて、それは「恋」だと分かった。でもなかなかぴんとこなかった。

 そんな俺を迷いから突き放だしてくれたのが「ラノベ」だ!

 ラノベ――人が憧れる世界を小さな本に凝縮した芸術品。物語に出てくる一人ひとりの人物が持つ豊かな感情に個性的な性格。

 こいつらが俺に教えてくれた、「恋」とは修羅……ば?ん?ちょっと違うな、片思いだし恋敵らしい相手もいないし……。

 まぁ、とにかくラノベが俺の鈍感な感情って言うか性格って言うかのを豊富にしてくれて、倉木さんへの想いをもっと明確にした。

 高校受験の時もけっこう踏ん張った。倉木さんってなんだか頭良くて成績がいいイメージで、町内にある近くて偏差値も高い高校に進学するんじゃないかと賭けた。

 元々は隣町のまぁまぁな高校に進学するつもりだけど、倉木さんと同じ高校に行けるため、めっちゃ勉強し、微妙な成績で合格した。

 賭けがあたり、こうして今倉木さんと同じ高校にいる。

 同じ高校に入れたとしてもあまり変わる事はなかった。俺はバスケ部に入り彼女は生徒会に入った、俺は文系を選択し彼女は理系を選択した。

 俺達にはなんの接点もない、関わりがない。唯一関わりのある事と言えば、高二は同じクラスだった。

 でもそれだけだった、話す話題も切っ掛けもない。何より根本的な問題は俺には話しを掛ける勇気がない。

 他の女子は大丈夫だけど、倉木さんになるとつい意識しちゃう。

 こうして、あれこれ何も進められなかったまま今日高三になってしまった……!


 色々思い出していると、気づいたらもう校舎前まで歩いて来た。

 ってか、倉木さんがすぐ目の前にいる。

 風も吹いてないのに髪の毛がさらさらしている、小柄で可愛いなぁー。

 引力でもあるみたいに、ついつい視線が倉木さんに吸い込まれていく。

 昇降口の入り口で倉木さんが突然足を止めた。

 あれ?まさか俺がじろじろ見てる事に気づいた?やばい、何とか誤魔化さないと、でないと変質者だと思われて通報するかもしれない!っな訳ないけど。

 できるだけ反応をしないように自然と歩きつつ、目でちょろちょろ見回して、何とかこの空気を破る手段を……見つかった!

 「おーい、タヌキ!」

 タヌキ、フルネームは鈴木狸月だからタヌキと言う綽名をつけた。高校で初めての友達で同じバスケ部、不思議な縁で高一高二は同じクラス。男の第六感が俺に教える、多分今年も同じクラス。

 中学の知り合いは全員隣町の高校に行ったから、こいつとはけっこう仲がいい、って言うか友達らしい友達はこいつしかいない。

 ずっと倉木さんを注視していたから、タヌキも前で歩いていたのに今気づいた。

 俺は何もなかったふりをして、小走りにタヌキと肩を並んだ。

 「よう、おはよう!悠真」

 「ああ、おはよう」

 「今年は頑張れよな」

 「なんの事だ?」

 タヌキが口角をあげて耳打ちをする。

 「倉木柚月の事に決まってんじゃん」

 「うるせ!」

 タヌキは唯一俺が倉木さんに片思いしてるのを知ってる人。

 「またまた~どうせさっきもじろじろ見てたんだろ」

 「……」

 正にその通り、ここで言い訳したら男じゃないと思った。

 「今年も同じクラスになれるといいね」

 「さぁ、どうだろ」

 俺だから分かる、タヌキが言ってるのは俺と倉木さんの事だ。

 下駄箱の前でなぜかタヌキがため息をつく。

 「この下駄箱とはこれで三年目か、換えたいな……」

 「なんで?換えてもどうせ前の人が使った中古品だし」

 普通の学校は学年やクラスが変わるたび、下駄箱を換える事になってる。換えると言っても実際新しい下駄箱になる訳ではない、ただ前の先輩が使い残したのに換えるだけ。

 この学校は違って三年間同じ下駄箱と過ごす事になっている。

 「中古品だからって、俺よりボロボロな下駄箱はないでしょ」

 「それも確かだな」

 タヌキは下駄箱の扱いが悪くて、何時も扉を引っ張る勢い開けるし、閉じる時も思いっきりバンって閉じる。去年蝶番が一個壊れてから、やっと優しくしてあげた。「人は失って初めて大切な物に気づく」とは、正にこう言う事だな。

 「悠真、俺と換えてくれない?」

 「ヤダネ」

 「チッー」

 上履きに換えてから三階まで上がった曲がり角の最初の教室がそう。倉木さんは俺らより先に着いてもう席に座っている。

 高三になったと言うのにあまり実感がない。クラスは何時ものまま、3~5人程度のグループで固まりザワザワとしている。ただ、何時もの「宿題見せてくれない?」とか、「昨日の○○みた?」とかが、「クラス換え緊張するな」とか、「隣クラスの○○ちゃんと同じクラスになれると良いな」とかに変わっただけ。実際の雰囲気は何も変わってない。

 教室に入るとタヌキと分かれた、あいつが席に着いたとたん直ぐ2人集まり、グループを作って何かしらの話題を始めた。

 倉木さんは何時も通り一人で何か難しいそうな本を読んでいる、俺が隣から通っても一目もくれなかった。

 俺は顔が怖くて近づきにくいから、普段バスケ部の部員以外話す相手がないけど、倉木さんは色々優秀で可愛いのに何故か何時も独り。

 生徒会長だから話が掛けにくいかな?

 しばらくしたら喧騒なクラスが急に静かになった、先生が来たからだ。グループもばらばらになり席へ戻って行く。

 ざっと挨拶し、高二の思い出みたいなものを話して、いよいよ今日の主題に入った。

 クラス替え。

 「出席番号順に読んで行くから、ちゃんと聞けよ」

 別の学校は校門とか校舎前に看板を立て、そこに各学年クラス替えの結果が貼っているらしいけど、俺らの学校は一度元のクラスに戻り、それから先生がクラス替えの発表をする事になってる。

 「では、田中千夜3年2組、青木優一3年1組、中村周平3年2組……倉木柚月3年3組……」

 出た、3組。でも倉木さんの次が直ぐ俺、はらはらする余裕もない。

 「……新田悠真3年3組」

 ヨッシャー、同じクラスだ。

 ちょっとでも油断したら嬉しい感情が顔にでも漏れそう。ほっとしたけど、まだちょっとだけ本当にちょっとだけ、どうでもいいくらいちょっとだけ気になる人がいる。男の第六感を賭けてるからな。

 「……関口竹朗3年4組、鈴木狸月3年3組……」

 やはり俺の感はあたった。タヌキの方を向くと、にこっとした顔でピースしてきた。

 「……終わり、名前読まなかった人いない?では解散、各自移動開始」

 先生が終わりの合図を出した瞬間、クラスはまた喧騒に戻った。

 タヌキが真っ直ぐ俺の方に歩いて来て、片手を肩に乗せた。

 「良かったね、悠真。今年も同じクラスで、なにかしらの縁があるかもしれないよ」

 「お前とは何の縁も結びたくないな」

 「またまた~俺の言ってること分かってるくせに」

 そう、俺だから分かる、タヌキが言ってるのは俺と倉木さんの事だ。

 3年生の教室は全て2階にある。3年3組の教室に入ると、すでに一人ひとり新しい出席番号と席が黒板に書いてあった。俺は三十二番で倉木さんは十九番、タヌキは一番。タヌキとはどうでもいいけと、倉木さんとばらばらに離れるのはちょっと悲しい。

 

 クラス替えの後は新しいクラスでの自己紹介とか、始業式とかどうでもいい事、クラス替えの結果を知る為だけに学校に来た。初日は授業も部活も無かったので、十一時半で下校した。

 「一人で大丈夫か?」

 昇降口で靴を着替えていたら、タヌキが変な質問をして来た。

 「何が?」

 「帰りだよ、帰り」

 「は?どうゆう意味?迷子の心配?」

 俺が意味を掴めないせいで、タヌキが呆れた顔でため息をつける。

 「だからさあ、何時も部活があるから別々に帰ってるけど、今日は部活が無いでしょ?帰り道で会っちゃったらどうする。お前ら同じマンションに住んでるんだろ」

 「あ……!」

 いまさらこんな大事なことに気づく。1年の頃は部活の見学で、2年の頃は新入生案内があったから倉木さんと別々に帰れた。でも今年は特に何の用事もない、もしも帰りで倉木さんに会ったらどうしよう、マンションで同じエレベーターに乗ったらどうしよう、そんな狭くて密閉な空間で二人だけなんて……やばい、想像するだけで頭がぽかぽかして来る。

 俺はぎゅっと両手でタヌキの肩を握った。

 「タヌキ!」

 「な、なんだ?」

 「今日、俺の家に来い。直接来い、今すぐ来い!お前が無いと今日は生きていられない!」

 「ちょっ、紛らわしい事言うな」

 タヌキが思いっきり体を引く。

 「まぁ~落ち着け。帰りにどっか寄り道すればいいだろ」

 「あ、そうだな」

 ついほっとしてはぁ~っとため息をつける。

 「何ほっとしてんだよ、お前はこれで良いのか?今日はせっかくのチャンスだろ」

 確かにタヌキの言う通り、ずっとこのままじゃよくない。今日一緒に帰らなくても、ただ後ろに付いて同じ道を歩くだけでも、話をする切っ掛けが見つかるかもしれない。今日、このチャンスを逃したら二度ある保証はない。もう高三だし、何時までも逃げてはいけない。

 しばしば考え込んだ後俺は決意した。

 「――ありがどうタヌキ、俺は今日……てっ、人は?」

 気づいたら、タヌキがいなくなっている。どうせあいつの事だから、「これもお前の為だ、勇気を出せ、友よ」とか思って、中二的な優しさで俺の前から消えたんだな。

 勇気をだして覚悟を決めたんだけど、現実は何時も悪戯をする。

 速足で帰ったけど、倉木さんを見かける事ができなかった。自分が早すぎたじゃないかと思って、マンションの入り口で三十分以上待ったけど、影一つも見なかった。新入生の案内は2年生と風紀員に任されているから、生徒会も今日やる事はないはず。倉木さんが生徒会の仕事以外で学校に留まる理由もないはず。普段寄り道をする人にも見えない。

 考えられるのは、倉木さんはもうすでにマンションに戻っている。

 

 夜、俺はベッドで寝転んで、真っ白の壁を見つめていた。

 なんだろう今日。

 自分がバカみたい、何一人張り切ってんだろう。例え帰り道で倉木さんと会ったからってどうなるって言うの?「好きです」って告るの?なにそれ、急に告白なんてただキモいと思われるだけ。「友達になって下さい」とか?は?何言ってんの?十年以上同じマンションで暮らして、しかも中、高校は同じ学校なのにずっと話した事がない、ずっと他人のまま、今さら友達なんて告白以上にキモいだけど。

 そっか、そうだな。今さら遅いんだ。これって自暴自棄って言うやつかな?俺はそんな程度の人って言う事か。

 でも、やっぱり倉木さんの事が好きだなぁ……付き合いたいなぁ、普通に話しをしたいなぁ、一緒に登下校したいなぁー。 

 俺はなんで昔ずっと倉木さんを無視して来たんだろ……

 もしも時間が逆戻りできるなら俺は倉木さんと仲良くなりたい。そうだな、できれば小学校から始めたい、学校は違ってもいい、幼馴染になればいい、そうすれば毎日普通に遊んで話しができて。中学は一緒に頑張って、また同じ高校に受かって……

 そしたら、もっと簡単に告白ができるじゃないかな。

 ……そんな事あるわけないか。

 「悠真、起きて、朝ごはん食べる時間なくなるよ。悠真……」

 寝るって言うのはなんて幸せの事なんだろう、楽しむ事はないが悩む事もない、でもその分誰かに起こられるのが辛い、痛くも痒くもないが何故か体は「起きる」事に抵抗する。

 「あと少しだけ……」

 俺は体を横にして布団を頭まで被せた。

 「はいはい、あと5分だけね。でないと本当に遅れるわよ」

 これは聞き慣れてる声、母さんの声。でも、なんだか違和感が感じる……まぁいい、それよりもうちょっと寝ようと思いたいだが、さすがに一度目が覚ますとなかなか睡眠に戻れない。

 部屋のドアが閉めた音と同時に、だらだらとベッドから起き上がった。当たり前だけどここは俺の部屋で俺のベッド、でもなんだか違和感が感じる。

 ベッドから降りてドアを開けリビングへ歩く、これは毎日やっている事、でもやはりなんかの違和感が感じる。

 「おはよう、悠真」

 「おはよう、父さん」

 父さんはもう朝ごはん食い終わって、ソファーで何時もの朝ニュースを見ている。いつもの事だが違和感がする。

 「あら悠君、おはよう。偉いね、すぐ起きて」

 「あ、うん。おはよう、母さん」

 なんだかガキ扱いされてるみたいけど、大した事じゃないし寝起きで怠いのもあって、どうでもよく聞き流した。

 椅子に座って目玉焼きを一口噛んだ。目玉焼きは何時も食べてる、でも今日はなんだかでかくて感じる。

 何時もなら一口で三分の一は噛んでいるのに、今日の一口はやけに小さい。

 『――おはようございます。今日は四月六日、金曜日。今日のお天気は……』 

 どうやら朝七時半天気予報の番組が始まった。

 なにもかもが平常である、でもなにもかも違く見える。変な違和感がする、だがどこが変か分からない。

 寝不足?昨日落ち込んだせいなのかな……、昨日?昨日ってたしか月曜日だったはず!なのに今日のニュースは金曜日だと言っている。火、水、木が抜けている。

 そうか、なんの違和感が分かった。父母の声と顔が若くなっている、部屋のドアノブが高くなっている、部屋も廊下もリビングも家の全てが広く大きく感じる。

 俺が小さくなった?いや、時間が過去に戻っているんだ!

 「ねぇ、父さん。今年って何年?」

 「え?2012年だけと、どした?」

 「いや何でもない」

 アニメ小説とかの主人公ならもうびっくりして、なんか大声で叫んだり、急に立ち上がって机とか力ずく叩いたりするだろう。恋してからラノべを良く読むようになったせいか、俺は意外と冷静にこの現実を納得した。驚いていないって言うと嘘だけど。

 ラノベでよくある展開だと、こうなった原因は恐らく昨晩の妄想で神様やら奇跡やらが発生したって事かな。

 現在分かる情報を整理すると。2012年つまり2021年から9年戻った、9年前は確か8歳、と言うことは今は小学三年生ってところかな。今日は4月6日だから、今年小学三年になったばかりって言う事か。始業式はどうなってんだろう、今日からかな、それとも昨日が始業式?親に聞くと変に思われるし……。

 「どうしたの悠真、箸が止まってるよ」

 「あ、いや、なんでもない」

 慌てて返事をして、ガクガクと食べ牛乳を一気飲みした。

 「ごちそうさまでした。着替えてくるね」

 「歯もちゃんと磨くんだよ」

 「わかってる」

 昔ならめんどくさくて絶対一人で磨かないだろう、でも今は違う、磨かないと口の中が臭くてすっきりしない、一日中気になっちゃう。

 俺って偉い!

 十七歳の心に八歳の体も悪くないな、優越感が満たされやすい。

 歯を磨いてから部屋へ戻って来た。

 改めて見ると服とか玩具とか色々と懐かしい、ある意味新鮮な感じ。これらを見てるとやっとタイムスリッピした実感がする。

 でも今は思い出より情報収集。ランドセルから適当に教科書を一冊出す。国語の教科書。裏を見ると左下に縦書きで「2ねん1くみ にったゆうま」と書いてある。

 これから得られる情報。

 其の一、まだ三年の教科書をもらってないと言う事は、始業式は今日である。

 其の二、クラスは1組。

 其の三、もう新学年始まっているのに、まだ去年の教科書をランドセルに入れてるなんてさすが俺だな。

 教科書の中を捲るともちろん落書きがやばい。『スイミー』とかは魚の群れで出来た大きな赤魚に牙とか翼とかを描いている。古代の偉い詩人達とかも変な化け物になっている。本当に申し訳ございません、でも改悛するつもりはないです。

 ランドセルの中を調べていると、急に部屋のドアが少し開いて母さんが顔を覗かせる。

 「悠真、着替え終わった……?」

 床に散かってる二年の教科書を見た母さんの顔が突然怒り、ドアを押すように開けた。

 「もう、春休みに何度も言ったのに、ちゃんと始業式前にランドセルを整理しといてって」

 「ごめんなさい」

 なんで俺が謝らなきゃいけないの。俺のせいじゃないし、俺だけど。

 「あら、珍しいね、ちゃんと謝るなんて。まぁ~いいわ。早く支度するんだよ。狸月君が下で待ってるよ」

 「はーい」

 子供のタヌキか、見たことないな、ちょっと気になるな……って、待て待て、可笑しい!

 確か俺がタヌキと知り合ったのは高校だったはず。なのに何故今この時代では俺とタヌキが友達になっている。

 いや、そもそもこれって本当にただのタイムスリップなのかも分からない。実は平行世界とかなんちゃらで、前の地球とよく似た別世界の地球に転生したとか?でも転生の前提条件は、死亡。

 俺はただ寝て起きたらこうなっただけ、死んだ実感がない。体は健康だし、病死な訳はない。地味で何処にもある普通の男子高校生だし、誰かに暗殺されたとかも考えられない。

 では召喚された。これも多分違う。召喚したのは誰なのかはともかく、召喚する魔方陣やそれらしい物がない。だいたい、召喚とはある生物または非生命体の別次元の「存在X」を呼び出す事。つまり召喚とは他人による強制テレポート、ただ場所が移動しただけで外観は変わらないはず、なのに俺は幼体化してる。

 神の悪戯?俺は無神論者だ、そんなの信じたくない。

 夢?それにしてはリアルすぎ、顔を捻っても普通に痛い。

 「悠真ーまだー?」

 幼い男の子の声、多分タヌキ。

 「今行くー」

 色々難しく考えても結論は出ないし、まずは行き当たりばったりだ。

 小学校は決まった制服ないから適当に服を着替えた。今日必要な物を今更整理するのも間に合わないから、とりあえず全部ランドセルに包んだ。

 玄関で靴を履き替えた後「行ってきます」と挨拶し、親は顔を出さなかったけどちゃんと「いってらしゃい」と返事を返してくれた。

 ドアを開けるとタヌキが門扉の前で待っていた。

 子供のタヌキは高校とは大違い、肌の色はちょっと黒めで坊主頭。悪戯が好きな悪ガキにしか見えない。こんなガキがあのイケメンタヌキには思いにくい。でも不思議になんとなく一目でタヌキだと分かった。

 「やータヌキ、久しぶり」

 「何言ってんの、昨日小公園で遊んだばっかじゃん」

 「あ、そ……そうだね」

 「あと、俺はタヌキじゃない、タヌツキだ!」

  高校時代はすっぱりと受け入れたのに、今は嫌がるとは、やはりガキはガキだな。

 「はいはい、タヌキ」

 「だーかーらータヌキじゃないって!」

 中身が十七歳だと、こんなガキをついついからかいたくなっちゃう。

 「怒るなよ。さあ、早く行こうぜ、タヌキ」

 「だからタヌツキだって。つうか学校の方向違うぞ」

 「そ、そう?」

 「全く、二週間通わなかっただけで学校の道忘れちゃうなんて」

 チビタヌは呆れた顔で頭を振った。

 「あれ?変な……確かにこの道だったはずなんだけど」

 「はぁ……じゃあな」

 一つため息を残し、チビタヌは反対側へと歩く。

 「ちょっ、待てって、オイ!」

 家から学校まで歩いて数十分。途中からちょいちょい思ってたけど、校門前に着いて確定した。もう一つ俺の子供の頃の記憶と違う所があった。通う学校が違う。

 この地域には二つの小学校がある、山下小学校と石川小学校。俺の記憶が正しければ、子供の頃に通った学校は石川小学校のはず、なのに今目の前の校門に書いている学校名は山下小学校!

 「あのさぁ、タヌキ。ほんとにここか?」

 「何言ってるの、今日のお前可笑しいぞ。そんなに学校に行くのが嫌か?」

 嫌な訳ない、むしろ嬉しいぐらいだよ、なぜなら倉木柚月も山下小学校だからな。証拠はない、でも確信はできる。

 さっきも言った通りこの地域には二つの小学校がある、言い換えせば二つの学校しかない。俺の記憶だと、小学六年間「倉木柚月」と言う名前の女の子を見た事も聞いた事もなかった。つまり、倉木さんはその頃この地域にあるもう一つの小学校、山下小学校に通っていた。

 もちろん隣町の学校に通ってた可能性もあるが、まぁ、多分ないだろう。

 ここまで来ると、絶対昨夜の願いが叶い、奇跡が起きたに違いない。あとは学校内で倉木さんに近づけ、幼馴染ルートを始めれば言い。

 チビタヌは俺と肩を並ぶのをやめ、小走りで前へ何歩進で急に止まりこっちを向いた。

 「あと、タヌキじゃない。タヌツキだ!もう二度と読み間違えるなよ、たとえ冗談でもな」

 「あ、うん。わかった、ごめん」

 さすがにもう冗談は言えない、マジで怒ってる顔をしている。まさかチビタヌと高校タヌキがここまでが違うとは思わなかった。

 「これで良い、許す」

 この言い方はむかつくけど、中身が十七歳の俺は心が広いから許してやろう。

 「あのさぁ、タヌ……ツキ」

 「なんだ?」

 俺とチビタヌは再び肩を並んだ。

 「俺らのクラスに倉木柚月って子いない?」

 「いないけど、どうしたの?名前からすると女の子みたいだけど」

 「じゃあ、他のクラスは?」

 「さぁね、他のクラスの事は知らない」

 「そっか……」

 思わずがっかりした気持ちが顔に漏らしちゃった。

 「なになに、もしかして好きな子?」

 「はぁ?そ、そんな訳ねぇ……ょ」

 反射的に否定しちゃったけど、本心を叛く言葉なのでだんだん声が小さくなっていく。小学生相手にこんなに動揺するとは、自分が情けない。

 チビタヌはこれ以上何も聞いてこなかったけど、ずっとこっちを見てニヤニヤしている。

 このままだと、十七歳の高校男子のプライドがこのニヤ顔の小学生に潰されちゃう。話題を変えないと。

 「あ、あ~今日のクラス替え楽しみだな~」

 「クラス替え?」

 「うんうん、クラス替え」

 「無いよ」

 「そっか、無いか……え、無いの?」

 チビタヌが眉をひそめぎろぎろとこっちを睨む。

 「今日の悠真やっぱ変だぞ」

 「ぞ、ど……そうかな」

 相手が小学生のガキだといえ、上手く誤魔化そうとする嘘も、説明のつかない事を抱えてるのは事実で、思わず目を避けてしまった。

 「もしかしてー」

 チビタヌの視線がじわじわと近づいて来て、ごくっと涎を呑む。

 「ー春休みの宿題やってないからツルツル頭に怒られるのが怖いの?」

 ツルツル頭?先生の事?この年齢でもうヤンキーかよ。小学生こえぇ。まあ、勘違いしてくれるのは助かる、このまま流そう。

 「そ、そうなんだよ、宿題一文字も書いてないだよな~」

 俺が俺への理解だと、これは多分本当の事だと思う。

 「まあ、悠真らしいな」

 チッ、このコゾウ、舐めやがって。中身の俺は高校生だぞ、クラスに着いたら小学生の宿題なんか十分、いや、五分で終わらせてやる。

 「石川小学校はいいな、宿題がないらしいよ。俺らの学校だけクラス替えしないし、先生も変わっないから休みに何時も宿題出てるんだよな」

 「へー、そうなんだ」

 適当に言葉を合わせた。

 問題は宿題じゃない、クラス替えだ。俺と倉木さんのクラスが別々になっている、体育も合同なのかは分からない、たとえ合同だとしても倉木さんのクラスと一緒になるとは限らない。これだと学校での接点が作れない。

 接点のないまま自ら倉木さんに近づこうとするのは難しい。もう小学校の三年目、クラスの間またはクラス内の間でもう決まったグループができているはず。これは高校でも小学でも同じだと思う、学校は常に小さな社会になっている。

 「僕も仲間に入れていい?」「いいよ」なんて甘い時代は終わっている。今の小学生は賢いのだ、て言うか闇だ。小学生可愛い?は?ガキはめんどくさいだろ!

 でも倉木さんの事だから、小学生からガリ勉の独りぼっちの可能性も高い、やーやー期待はできそう。待てよ、ガリ勉の倉木さんの方が余計話し掛けにくくない?何て言うか冷酷の女王様で、近づけ辛いムードを発散している感じ。

 気づいたら隣で一緒に歩いているはずのチビタヌが前に走って行った。周りの数少ない生徒も足を速めだした。

 校舎前で男の先生が「早く早く」と促している。

 すると、朝の会の始まりを告げるチャイムが鳴った。

 「オーイ、タヌキお前俺を見捨てたな!」

 全力ダッシュして喚んだが、全集中で上履きを履き替えてるチビタヌに無視された。「タヌキ」と呼んでも無視された。

 マジ待って欲しい、俺クラス分かっないんだよ。つうか俺の下駄箱どれ?

 春休みの宿題もピンチだ……五分ところが、五秒もないじゃん!

 ツルツル先生信じてくれ、俺はちゃんとやろうとしたんだ!時間がないだけだ!













 

 

 

 

 

 

第二章 すれ違い

    4月1日

 きょう、ばんごはんを食べおわったあと、血あらいを手伝いました。お母さんの血もお父さんの血もぼくがあらいました。

 お母さんに、「悠真くんえらい、大きくなったね。」と、褒められました。

 

 「おっと、『褒』の漢字は小学三年生にはまだ難しいかもな」

 と、小さく呟いながら漢字の「褒」を消しゴムで消し、ひらがなで「ほ」と書き直した。

 そう、今俺は日記を書いている。春休みの宿題が日記を一篇かく事だからだ。

 この固い文章に、高学年でもよく間違える「皿」と「血」の漢字。なによりこの一枚の白紙で何度も書いて消した鉛筆の痕、誰が見ても「この子は真面目に日記を書いてるな」と思わさせるカムフラージュ。完璧だ。天才か俺。

 クラス中がざわざわしてる、もうチャイムが鳴って三分は経っているのにツルツル頭が来てない。そのおかげで、いま日記を書く時間が作れた。

 優等生な感じなぼっちが数名静かに座ってる以外、ほぼ全員の人がざわついている。後ろまたは隣席とお喋りしたり、定規で切った消しゴムの粒や丸めた紙を投げ合ったりしている。 

 誰も頼んでもいないのに、何人か度胸の高い子が教室のドアに体を寄り、先生が来るのを見張っている。こいつらが恐らくこのクラスの問題児様達だ。

 やはり、高校も小学校も同じだ、先生がいないとただのばらばらの砂だ。まぁ、アニメだとこういう時委員長らしい女の子が「みんな静かにして」とか言うだろう。でも現実は現実、そんな責任感のある子はめったに見ない。

 「みんな静かにしてー。お前らさっさと席に着けって」

 あ、まさか本当にいたわ、女の子じゃなかった。ってかチビタヌじゃん、マジか!

 「何優等生振りしてんだよ、お前だって今日遅刻したくせに」

 「それは……」

 先生見張りの問題児の一人が言い返してきた、それに対しチビタヌはなんの言葉も出ない。

 本当にごめん、遅刻したの多分俺のせい。

 「で、でも。ちゃんと、席に……着けない……と」

 チビタヌは一度打ち下れた勇気を掻き集め再び口を開いた。

 でもその言葉にはなんの威力もなかった、小さな足掻きはたまに敵の強力剤となる。

 「なんだよ、お前が遅刻した事を先生にちくってやろうか?」

 「……」

 こんどこそチビタヌは徹底的に黙り込んだ。拳が振れるほどギュッと強く握って、悔しい感情が隠す事もなく、顔に描いてある。

 でもチビタヌは俺のせいだと言わなかった。普通はここで俺に一目あげて、目で「お前のせいだろ」と伝えても可笑しくない、むしろそれが当たり前だ。なのにチビタヌはそうしなかった。 

 多分今回の件について俺は部外者、なんも悪くないと思っているのだろう。

 ガキの喧嘩を面白半分で見ていたのだが、心がだんだん重くなっていく。心の中に何かがうようよしてる感じ。何かしたいが何をすればいいのか分からない。

 この感情を罪悪感だと言えるのか。

 チビタヌが遅刻したのは間違いなく俺のせい、でも俺は悪くない。俺だって被害者、何も知らないまま目が覚めたら世界が変わっていた。

 もし予め一緒に登校するのを分かっていたら絶対にばたばたなんかしてなかった、遅刻するはずもなかった。

 高校の頃だと、これぐらいの事なんて「テヘヘ、ワリィー」で済ませる。でも何故か今はこんなに重く感じになる。体が小さくなった分心も繊細になったのかな……。

 ……情けないな。

 中身が十七歳の俺が小学生の口喧嘩で一々自分に言い訳するなんて。

 ほんと情けない、これだから何時まで経っても倉木さんに告白が出来なかったんだよ。

 なにが「接点がない」だ「話題がない」だ、そんなのないなら作ればいいじゃん、ただの言い訳だよ言い訳。現実と向き合う勇気がない駄目人間だ。

 自分を変えたくないのかよ?変えたい!なら今ここで変えろ!変えてやる、変えるんだ!

 「――お前ら」

 勢いで立ち上がちゃった。

 「先生が来たぞ!」

 ――いい加減にしろ。と言いかけた瞬間、見張りの一人の報告で言葉が押さえ返られた。マジで何だよ、俺の覚悟と勇気を返せ!

 クラスが一瞬で静かになり、問題児達も席へ駆けつける。三秒もない間で、全員が姿勢を整えて、大人しく座ってる。

 入ってきたのは男の先生、一目で分かる頭、この人が間違いなくツルツル頭だ。

 若そうに見えるのに何故か髪の毛一本も生えてない、ツルツルピカピカで卵の様。生まれつきなの?それともこの時代ではこう言う髪形が流行してるんのか?ってか髪型と言えるかな。

 ツルツル先生は両手を教卓に支え、右から左の列をざっと見渡した。

 「さっき、『先生が来た』とか言ったの誰だ?」

 「……」

 クラス全員が目にしているのに誰も返事をしなかった。それもそう、誰だってめんどうな事にしたくない。ちくったら仇が生まれる、今後絶対問題児達に嫌がされる。

 たとえチビタヌが遅刻の弱みを握られていなくても、黙っていたと思う。これが「社会」で生きる常識だから。

 数秒の沈黙が続いてツルツル先生が口を再び開いた。

 「まぁいいだろう、今回遅れてきた先生も悪い」

 この一言だけでクラスの空気が緩んだ。みんな声には出してないけど、ふう~っと固まった体が軽く力を抜けた。

 その後に続くのは新学年挨拶とかどうでもいい話。早く今日の学校終わって欲しい、俺にはまだやる事がある。

 倉木さんが所属するクラスを探さないと。

 始業式は午前中に終わった。クラスに戻るとどうでもいいプリントがいっぱい配され、やっと下校だ。

 チャイムと同時に男の子も女の子もランドセルを背負い、まるで予めから話し合ったように、なんの躊躇もなく、三人、四人と自然に帰宅グループを作っていた。

 「やぁ悠真、帰るぞ」

 声を掛けてきたのはチビタヌ、ってかチビタヌ以外誰がある?高校も小学校も友達がチビタヌ一人しかいないなんて……。本当に縁なの?それとも何かの呪いか?

 「悪い、先に帰ってて。俺ちょと用事があるから」

 「そっか、じゃあな」

 俺と手を振ってすぐ、誰かが「狸月一緒にかえろ」と声掛けチビタヌと肩を並んだ。ほんとこいつ高校でも小学でも人気だな、俺がどうやってこいつと友達になったのか気になる。

 まぁ、それはさと置いて、今は倉木さんの事が先だ。

 山下小学校は各学年が赤組み、青組み、黄色組みの三種類の色で三クラスに分けている。俺がいるのは赤組だから、残るのは青と黄色しかない、以外と捜査範囲は小さい。

 でも、なんだかやな予感がする。

 まずは青組。青組のドアから中を覗くとまだずいぶん生徒が残っている、でもその中には倉木さんはいなかった、もう帰ったかも知れない。まぁ、今日の目的は倉木さんの所属するクラスを調べるだけ、居なくてもクラスメイトに聞けばよい。

 「あの、ごめん。倉木柚月って女の子はこのクラスにいる?」

 「ううん、いないよ」

 出て来た一人の女の子に聞くと、あっさり答えて去っていた。

 次は黄色組。同じく中を覗くと、倉木さんらしいい人は居なかった。出て来た男の子に聞いても「柚月……?さあ、三年生にこんな名前の人居たっけ?」と返された。

 やな予感があたった、実に言うとこの予感は始業式からあった。始業式中ずっと目で倉木さんを探してたが見当たらなかった、まさかと思ったが本当に思った通りだった。

 倉木柚月はこの学校には居ないかもしれない、すくなくともこの学年にはいない。そして何より怖いのは「倉木柚月」という人がこの世界に居ない事だ。

 俺は階段前で立ち止った、上へあがるのか下に降りるのかに躊躇ってしまった。上は四階、四年生が居る階。下は二階、二年生の居る階。

 どっちへ行くのか悩んでるじゃない、実際どっちに行ったて変わっない、ただ順番が変わるだけ。怖いんだ、どっちに行ったて変わっないから怖いんだ。もし二年にも四年にもいなかったらどうする?次は一年?それとも五年と六年?だいたい学年が別々自体が考えられない。

 「……昨日の『魔法少女マララ』見た?」

 「見た見た!……ごめんなさい。でさ、最後の必殺技可愛いかったよね………」

 二人の女の子がお喋りしながらそっと俺の横から下へ降りようとした時、内側で歩いていた女の子が俺の肩にあたってさらりと謝り、直ぐお話に戻った。

 こんなしょうもない事が切っ掛けで俺は足を動かし女の子達の跡に付いて下へ降りた。

 何故なのか、人が戸惑う時は周りに流されやすい、たとえそれがどれだけしょうもなくて関係のない事でも、すぐ影響され流されて行く。

 周りに流された行動も、自分の本意なのかも分からない、ただ気づいたら自分の体が勝手に動いた。

 二階へ降りて来た、でも二人の女の子止まらなかった、そのまま曲り一階へ進む。当たり前だ、この二人が二階で止まる理由がない。でも、俺はそれを理由にした、言い訳にした。

 俺が二階で止まらなかったのは怖いからじゃない、周りに流されたからだ。

 そんなの理由にならない、ただおじけただけだ。自覚はしている。

 可能性は低いが二年に居ないとは言い切れない。たとえ居なくてもまだ高学年がある。たとえ高学年に居なくても最悪別の学校に通ってる事だってある、石川小学校とか、隣町の学校とか。それでも居なかったろ、幼稚園、中学校、高校……諦めさえしなければ可能性はいくらでもある。

 でもやはり怖い。可能性はいくらでもつくれる、でもその分倉木さんがこの世界に存在しない可能性が増えていく。

 俺はまた尻込んだんだ、何度目だろう。告白と同じで、何度も何度も「接点」?「話題」?とかで成功する「可能性」?って物を考えたり、結局自分で自分を追い込めて行く。

 可能性なんて最初からYESかNO五割五割づつなんだよ、それを自分で勝手に条件をプラスし、「可能性」という天秤を崩していく。

 人はそんなもんだ、自分の過ちをどれだけ理解しても、いくら反省をしても、結局また同じ事を繰り返す。

 ああぁーヤダヤダ、また始まった、何時もこうだ。直ぐ「人間」と名乗る生物について自分に都合よく語り、こうやって自分を慰めるんだ。

 ほんと、俺が嫌いだ……

 自分と自分との語り合い、慰め合いで何時の間にかもう自宅のマンションの下に着いた。

 入り口前で立ち止り、何十階もあるマンションを仰ぐ。

 いまさらなんだけど、思う。倉木さんも同じで、俺とこのマンションに住んでいるんだなって。

 ……同じ?待てよ、俺は何て大事な手係りを忘れたんだ。わざわざ遠回りする必要はない、一番分かりやすくて重要なヒントは直ぐそばにあったんだ。それはどの家にでも必ずある物、一目で存在を表せる物。

 ――郵便受け箱。

 同じマンションに住んでいるから、郵便受け箱に書かれている苗字を探せば、「倉木」一家がこの世界にいる証拠になる。さすがに別人とか、倉木さんがまだ生まれてないとかはありえないでしょう。……多分。

 一歩前に踏むと自動ドアがすーっと開いた。中に入り、自動ドアが閉じたと同時に俺も足を止めてしまった。

 郵便受け箱が置いているのは、左前方に続いた小さな廊下。その入り口を見て気力が一瞬で半分は下がった。

 もしも、本当にもしも、「倉木」と書いた郵便受け箱が無かったらどうする?……そ、そしたらきっと引っ越したに違いない、うん……なはず。

 都合のいい退路を作り上げ、すっと一息吸い再び偽りの勇気を掻き集めた。

 壁に沿って一歩一歩と入り口の角まで歩いた途端、俺はあまりにもの驚きに目を大きく丸めた。 

 その瞬間、俺は思った。今までのは何だったのだ、と。

 廊下の角から出て来たのはランドセルを背負った一人の女の子。室内で風もないのにさらさらと舞う様に見える髪の毛、その内に隠された白い肌。綺麗。可愛い。

 俺にとって輝くて遠い存在だ。

 「ゆ、柚月……さん……!」

 あまりにも驚きについ声を漏らしてしまった。

 「あ、つ、す、すみません……変ですよね、し、知らない人に下の名前なんて……。え……と、僕は、その……」

 「ゆ、悠真……くん……!」

 「…………」

 思いがけない瞬間で言葉の整理ができず、ただ反射的に謝って自己紹介をしようとしたら、倉木さんが急に俺の名前を口に出した。しかも下の名で。それに対し言葉を失い「え?」っとした反応が顔に出す。

 二人は見つめ合い、短い沈黙に入った。すると、倉木さんが急に顔を赤く染める。

 「あ、つ、す、すみません……変ですよね、し、知らない人に下の名前なんて。……えと、その、私は、あの……倉木柚月と申します!」

 驚きにまた驚きの展開だ。倉木さんが突然俺と同じ反応し、同じ言葉で返し、名前を名乗り大きくお辞儀をする。

 倉木さんが頭を上げると、その透き通った目が潤っていた。目が合うと顔がさらに赤くなって、いきなりマンションの外に向かって走りだした。だが、自動ドアの開くスピードがあまりにも遅くて、倉木さんの頭が思いっきり開こうとしてるドアにバンとあたった。

 え?何?ドジなの?可愛いすぎるでしょ。

 声を上げて大泣きするかと思ったが、倉木さんは声一つ出さなく、潤くて今でも涙が落ちそうな瞳でこっちをちらっと一目見て、こんどこそ外へと駆けた。


 倉木さんの跡を付くと付近にある公園にやって来た。

 ストーキングじゃないぞ、こんな可愛い女の子が一人で外をうろちょろしてるのが心配なだけだ。他の不純な理由はない!……のだ。

 倉木さんは公園の椅子に座ってて、流れる寸前の涙を何度も何度も手のひらで拭いてゆく。すると太ったメガネを掛けたおっさんが近づいて来て倉木さんに手を伸ばし話を掛る。

 出た!ロリコン変態おじさん!

 この時俺の脳に二つの対策を思いついた。其の一、こっそりとおっさんを押し倒し直ぐ倉木さんを現場から連れて逃げる。其の二、知り合いのふりで倉木さんに声を掛け、上手く現場から連れて逃げる。

 もちろん後者を選ぶ。正義感しかない脳なしの主人公でもあるまいし、賢い人はみんな後者を選ぶだろう。

 「オーイ、柚月ちゃん。ここに居たか、帰るよー」

 手を振りながら、倉木さんの方へと走って行った。

 おっさんは、俺と倉木さんの間を目で往復し、ほっとした様な表情を顔に出した。

 「良かったね、友達が来てくれて」

 と一言残して行った。

 俺は去って行くおっさんの背中を見て「べー」と舌を出す。このロリコン爺が、まだお人好しの面をしてやがる。

 すると横から「ふんっ~」とした笑いを我慢するような声が漏れた。

 振り向くと、倉木さんが右手で口を隠し左手で腹を押さえて、ぴくぴくと必死に笑うのを我慢してる。

 俺は何も言わず、ただ可笑しげな顔で見つめる。え?何で笑ってんの?

 しばらくすると倉木さんの笑いが止まった。

 「ごめんね、別に馬鹿にしてた訳じゃないよ。ただこんな事もあるんだな~と思っただけ」

 「はぁ……」

 何が何なのか分からなくてとりあえず曖昧に理解した返事をする。特にこの態度、さっきまで照れてる様な感じなのに、今は何だか年上のお姉さんっぽい目線?が感じる。

 「ここに座って」

 倉木さんが隣の空いてる所を軽くぽんぽんと叩く。

 俺が言われた通りに座ると、倉木さんが再び口を開く。

 「ありがとうね」

 「うん?」

 疑問に思うと、倉木さんが小首を少し傾けた。可愛すぎる!

 「でもさ、さっきのおじさん悪い人じゃないかもしれないよ」

 「……」

 確かにそう。このおっさんがロリコン変態やろうと言う証拠は何処にもない、ただ通りすがりのいいおっさんかもしれない。でも俺は間違った事をしたとは思わない、証拠はないけど可能性はある、例え本当に白でも誰も損はしないし。

 「君の名前は?」

 俺がずっと黙っていたせいか、倉木さんが急に話題を変えた。それにしても変な質問だ。

 「え?さっきマンションでユウマって俺の名前を呼ばなかった?」

 聞き返すと、倉木さんが急に慌てだした。

 「そ、それはその、君に似た友達も丁度ユウマって名前だったから……ね!」

 ――へぇ、倉木さんにそんな友達がいたんだ、知らなかった。とか思ってる場合じゃない。ユウマって俺と同じ名前、どう考えても男の名前じゃん!恋敵なのか?ついに修羅場か!

 「君だってマンションでユズツキって私を呼んだでしょ」

 「そ、それはその、お前に似た友達も丁度ユズツキって名前だったから……だ!」

 慌てて倉木さんと同じ言葉で返してしまった。

 「へ、へーえ、そうなんだ。奇遇だね。じゃあ、君のフルネームって何?」 

 「新田悠真」

 「ふ、ふんー。ちなみに私のフルネームは倉木柚月だよ。よろしくね」

 「あ、はい、よろしくお願いします!」

 「よろしくね」っと言った後の微笑み何?可愛すぎるでしょ。天使でも降臨したかと思ったよ、おかげで敬語で返事しちゃったじゃないか。

 「…………」

 空気がまた死んだ。何を話すのが分かっない、もともとちょっとづつ倉木さんに近づこうと思ったのに、まさかこんな展開になるとは思わなかった。色々と突然すぎる。しかも今のこの状況かなりヤバイ、倉木さんと近すぎる、拳三つ分の距離しかない。前世でも今世でも、倉木さんとこんなに近いのは初めてだ。近すぎてさっきからずっといい香りがして来る。ボディソープなの?洗濯洗剤なの?

 ヤバイヤバイ、ドキドキしすぎて脳か働かない。何でもいいか何か話さないと……

 「ーや、実は俺未来からきたんだよ」

 アアァァー!バカ俺、何言ってんだ!バカバカバカバカバカバカ……

 「……」

 「……倉木さん?」

 しばらく経っても倉木さんからなんの言葉もなく、振り向いて見ると口を半開のまま呆然としている。どう考えてもこれは驚きの顔だ。タイムリミップとか言われたらそれは驚くだろうけど、でもこの驚きは何か違う。意外な、予想外な事でもあったような感情が混ざっている。

 「倉木さん?」

 「あ、うん……」

 二度声を掛けるとやっと返事をしてくれた、でも顔が真剣になっている。

 「新田君、今の話ほんと?」

 やはり可笑しい、こんなの普通は冗談で流すはずなのに真面目な顔をして聞いてくる。

 「……もしかして2021年?」

 「……え!」

 俺の驚きに察知したみたいで、柚月さん急に顔を真っ赤に染めた。

 「え、嘘、どういうこと。今の悠真君って子供の頃の悠真君じゃなくて、私と同じ未来から来て幼体化した悠真君なの……」

 倉木さんは染めた顔を両手で隠し、こつこつ呟いてた。全部聞こえてるけど。

 「あの、倉木さん……」

 「相手がただの子供だと思ったから、変な気を使わないように、年上の高校生らしく話しをしたのに……恥ずかしい……」

 「倉木さん!」

 「は、はい!」

 声を一つ上げて、やっと返事をしてくれた。でも何故か目を合わせると、さらに赤く染まった。

 「し、失礼しました!」

 「あ、倉木さん!待って!」

 突然お辞儀をし逃げようとする倉木さんの腕を思わず掴んだ。すると、倉木さんが顔を猿の尻みたいにし、一度気を失う。

 「ええぇー!倉木さん?」

 「今の話ほんとですか?」

 「は……い」

 気を取り戻した倉木さんからの話だと大体こうだ。

 倉木さんは俺と同じで2021年4月5日始業式の日の夜に寝て起きたら時間が2012年に成っていた、しかも同じく幼体化してる。

 タイムリミップした後の世界は記憶と同じだった、ただ一つだけ違うのは通っていた小学校が昔の記憶と違っていた。通う学校は山下小学校のはずが石川小学校になっていた。つまり、俺と倉木さんが本来通うはずの学校がすれ換えったて事。かな?

 何この展開?どう考えても俺と倉木さんはお互い関係し合っている。

 運命に結ばれたのか?これはこれで悪くない話しだ、ってかこうなって欲しい。

 それにしても何時も冷たそうな倉木さんが実はこんなドジな性格してるなんて意外だな、最初はまだ子供だからこんな性格してるかと思ったよ。逆萌え最高!

 「倉木さんは、タイムリミットした原因知っていますか?」

 質問すると、不思議に倉木さんがまた顔を赤くする。ただ人に慣れてないから照れてるのか、それとも俺の事が……いや、それは断じてないだろう。

 ちょと待ってから倉木さんが口を開いた。

 「そ、それは……その、心当たりはあるけど……言えない。に、新田君は知ってるの?」

 「そ、そ、それは……俺も心当たりあわ、あるけど、言えない……」

 それは言えないだろ、言ったらヤバイ。「夜、倉木さんの事が好き好きとか妄想したら神やら願いやら奇跡とかでタイムリミップした」と言ったら絶対頭の可笑しい変態だと思われる!

 「…………」

 気まずい、もともと気まずいのに、お互い正体ばらした後余計気まずくなった。でもこのチャンスは逃したくない。今までずっと接点やら話題やらの理由を作って逃げてきた、だが今なら接点も関係性も十分にある、話題だってある、ただ足りないのは勇気だけ。

 「じ、実は俺多分す、好きな人が原因でこうなった……かもしらない」

 緊張しすぎて言葉がまとまらない。 

 「ウソウソ、やっぱ今の……」

 「……私も」

 「え?」

 その返事はとても心を複雑にする。「私も」って倉木さんに好きな人がいる、それも誰なのか俺には分からない、だからこそもやもやする。

 それが別人だとしたら、俺には入る隙間もないだろう、だって、それはきっと俺みたいに好きで好きで堪らないからこうして時間が遡ったに決まってる。

 「俺はさ、中三の夏から彼女の事が好きになったんだ、一目ぼれしちゃったんだ。でもそれからずっと話を掛ける勇気がなくて、気づいたらもう高三になったんだ……」

 俺何で急にこんな話を始めたんだろう、そっか、もう諦めたんだ、だからもう何と思われて構わない、いっそ気持ちをぶつけて解放しよう。

 「……それでさ、俺……実は彼女と同じマンションに住んでるんだ。情けないよね、こんなに近いのに一度も話掛けた事ないなんて」

 倉木さんの体がビクっとした、それもそうよ、こんなの告白と何が違う?キモイっても思ってるだろうな。

 「私ね、今日学校で……」

 ほらな、俺の話を流す様に話を変えた。

 「……ずっと彼の事を探してたの。でもね、どれだけ探しても居なくて、学校の人に聞いても誰も彼の事知らなくて、もしかしてこの世界に彼が居ないと思うと怖くて怖くて……」

 その気持ちは良く分かる、だってついさっきまで俺も同じ事していた、考えていた。

 やはり、俺なんか入る隙間もないか……。

 「……でね、考えたの。郵便受け箱に書いている苗字を探そおって、それでマンションに帰って探したら、ちゃんと彼の苗字があった。すっごくほっとした、良かったーって」

 倉木さんがずっと地面を向いてた顔を上げ俺を見つめて微笑だした、それを俺は呆然と受け止める。

 何がどういう意味なのか分からない、いや、本当は分かってる、ただ分からないふりをして自分を落ち着けようとしたかもしれない。理解はできていようとしても、この気持ちがそれを直ぐ受け入れようと出来ない。唐突すぎる。

 意識がどんどん飛んでいく、目の前がぼんやりとする。だんだん視界が暗く……

 

 ふっと目を開けると、視界に入ったのは俺の知ってる天井、俺の部屋だ。

 ベットから座り上がったと同時にスマホの目覚ましが鳴った。腕を伸ばしスマホを取ろうとした途端、次に視界に入ったのは大きい……手?

 大人にしては稚い手、十代の高校生の手だ。

 「え?」

 急いでスマホを確認すると、画面に表示してるのは――

 6:30 4月6日 火曜日

 さらにカレンダーアプリを開くと画面の真上に「令和3年」と書かれた大きくて赤い四文字が載っている。つまり今は西暦2021年?

 それを目にして、俺は再び「え?」っと愕然の声を漏らした。

 「……ユメ?」

 

 

  




























第三章 告白

 とっくに朝飯を食い終わった親父はソファーに座ってて朝のニュースを見ている、お母さんは昼の弁当を作っている。変な言い方だけど、二人の顔もちゃんと老けてる。

 これこそが何時もの日常だ、普通の朝だ。少し変わる事があると、今日は昨日より暖かい、でもあれが昨日と呼べるのか。

 「昨日」は二つあった、高校の始業式と小学校の始業式、もちろん高校の方がおそらく本当の昨日。

 では、小学校の昨日は何だった。「夢」と呼ぶには中途半端すぎる、夢と現実の区別ぐらい馬鹿にでも分かる。あれは確かの現実だ、でも説明がつかない。

 「早く食べなさい、今日からまた朝練が始めるんでしょ」

 箸が止まってぼーっとしてた俺をお母さんが促した。

 「ヤベ!」

 時間を見るともう七時十五分過ぎてる、朝練は七時半に始まる、残り十五分もない。まぁ、難しい事は後にして、今は目の前の日常をちゃんと過ごそう。

 「ごちそうさまでした」

 早食いし、皿の片付けのついでにお母さんから弁当を受け取り床に置いたカバンに入れる。

 「行って来ます」

 「行ってらっしゃい」


 学校はそれほど遠くはない、走って十分で着いた。

 「お、おはよう……」

 「おはようございまっすー、新田先輩!」

 部室のドアを開けると一人の後輩が着替えていた。

 「新田先輩がこんなにぎりぎりの時間で来るなんて珍しいっすね」

 「まぁね」

 「じゃあ、俺先に行ってますね」

 「おう」

 部室が俺一人になった。ロッカーがないから部室はもうカバンでいっぱいになってる、恐らく俺が最後に来た。

 まあ、朝練と言っても自由練習だから監督の先生はあまり来ない、たまーにすこーし遅れたってなんの問題もない。

 ゆっくり着替え終えて体育館へと向かおう。

 体育館に近づくほど、バスケットボールが床を叩く音が強くなる。入り口の前まで来るとバスケットシューズが床と擦る音が聞こえてくる。

 「おはようございます!」

 ほんとはこっそり入りたかったが、ドアを開けると、直ぐ後輩達の熱い挨拶がぶつかって来た。

 「……や、おはよう」

 何時も早めに来てるから、こういうの初めてで少し恥ずかしい。

 元三年が卒業し、学校も始まったばっかで一年部員もまだいない、だから今日の体育館は広く感じる。

 別に規則でもないのに、何故か三年と二年がちゃんと分かれてコートを半分ずつ利用している。まぁ、大した人数差はないからこれはこれでいいや。

 三年が固まってる奥のコートへと行こうとすると、タヌキに先に気づかれた。

 「おーい、悠真今日は遅いな!」

 「ははぁー」

 もう返事するの面倒くさいから、笑って誤魔化した。あの「夢」?のせいか、たったの一日ぶりなのにタヌキを懐かしく感じる。

 「タイマンだタイマン!」

 「朝からタイマン?俺まだ体動かしてねぇだけど」

 本当は超走ってもう動きたくないだけ。

 「おっさんかよお前、今の時代の若者誰がウォーミングアップ何かするんだよ」

 「……」

 俺はタヌキを無視しストレッチを始めた、二十秒で終わったけど。

 普段は混んでるから、自由練習中にタイマンなんてありえない。でも今は三年生四人だけで半分のこートを使ってるから余裕にできる。他の二人はシュート練しててタイマンをするのはちょっと危ないけど、まぁ、今の時代の若者はそんなの気にしない、ボールにあてられるのを慣れてるし。

 タイマンは一応どちらかが先に十点取った方が勝ち。ボールが入らなかった場合ディフェンスとオフェンスが交代。

 ジャンケンに勝って俺が先にオフェンス。

 「なぁタヌキ……」

 「なんだ?」

 「お前ってもしかして小学のボウズだった?」

 ドリブルしながらタヌキに問う。

 「……え?」

 「すきやりー!」

 タヌキが質問で一瞬だけ気を抜いたのを狙い、右から突破し「レイアップシュート」で決めた。始めて三十秒も経ってない。これで2:0。

 「ズル!」

 「気を抜いたお前が悪いんだよ」

 ボールが入ったから、今度も俺がオフェンス。

 「タヌキさぁ、小学校……おっと!アブねぇー!」

 同じて手を使おうとしたが、タヌキは話を無視し俺からボールを奪おうとした、危機一髪の所で「ビハインドザバック」ボールを後ろでドリブルする技で避けた。

 俺とタヌキとの実力の差は大して変わっない、強制突破はなんとかできるけど、それだとシュートのタイミングとバランスが取れ難い、なにより俺は朝っぱら激しい運動がしたくないので、一度右突破に見せ掛けて実はスリーポイントシュート!

 ボールの弧線は良い、手応えもある、不意がなきゃ多分入る。なきゃな。

 ボールが放物線の頂点まで来て落下寸前の時、急に飛んで来たボールと衝突し、この完璧な放物線が曲った。

 「ヤーワリィー」

 シュート練の一人が頭を掻くかくしなんがら謝りに来た。

 「これでディフェンスとオフェンス交代かー」

 「え、いいの?今日の悠真優しーい」

 俺がこう言うとタヌキが喜んで自らボールを拾いに行った。

 ディフェンスは俺に換わったので、俺が始めの合図をだす。ディフェンスがボールをオフェンスに渡す事で始めの合図になる。

 「タヌキってさぁー小学の頃クラス委員長だったりしない?」

 そう問いながらボールをタヌキに渡した。

 「そうだけと、なんーだ!」

 「だ」と共にタヌキが一瞬で俺の右から突破しシュートを決めた。

 俺が反応に付いていけなかった訳じゃない、あまりにもの驚きに反応ができなかったんだ。

 「おい、タヌキ。今のほんとか?」

 「あぁ、たしか小2小3二年連続で委員長やったな」

 シュートを決まったドヤ顔で言う。

 「じゃあ、坊主も?」

 「さっきもそうだけど、悠真何で知ってんの?坊主の事誰にも言った覚えないのに」

 「ちなみに、小学は山下小学校?」

 「まぁ、そうだけど……」

 「俺は?クラスに居た?」

 「……は?」

 タヌキの顔がだんだん不思議になり、俺はだんだん驚きになる。これはもうタイマンところじゃないな。

 「ワリィー、俺今日先に朝練上がらせてもらうわ」

 タヌキが言ってるのは多分本当だ、あいつには嘘を吐く理由がない、普段も嘘を吐く冗談も言わない人だ。

 やはりそれはただの「夢」じゃない、偶然には偶然すぎる。寝る事により過去え戻れる超能力?いや、ただ戻るにしても俺が過去への関わりが深すぎている。俺が過去で何かを変えても、現時点の未来には何の影響もない、タヌキが俺と同じ小学校にして同じクラスである事に何の記憶もない、これが一番の証拠。

 ってか、過去と言っても色々と俺の知ってる過去と違う。

 何より気になるのは……倉木さんだ。

 その時の倉木さんは俺と同じで、寝て起きたら過去に戻っていたと言ってた。つまり倉木さんは俺と同じ体験をしたと言う事、じゃあ、今の彼女にはその記憶があるかどうか?あるとしたら、もしそれが本当だとしたら、あの時の言葉は……。

 「キャッ!」 

 「す……」

 廊下の曲がり角で誰かとぶつかった。とっさに謝ろうとしたが、前を向くとその言葉が飲み込んでしまった。倉木さんだ。

 「すみません!本当にすみません!……」

 倉木さんが何度もお辞儀する。懐かしい光景だ。

 倉木さんが頭を上げて俺の顔を見ると、顔を赤くし俺の隣から走って行った。 

 「倉木さん!待って!昨日ー変な夢を見ませんでしたか?」 

 すると、倉木さんの足が止まりゆっくりと振り向いてくれた。手元のプリントで顔を半分隠し、「うん」っと頷く。

 「その夢って、過去……?の夢ですか?」

 「……」

 そのままの姿勢でまた頷いた。

 「じゃあ、あの夢の最後の言葉は……」 

 「……!」

 俺がまだ言い終えてないのに、倉木さんが赤く染めた顔をプリントに埋めた。

 「…………」

 しばらく経っても何の言葉がなかったから、倉木さんがちらっと少し目を出して覗こうとしたら、ビックリして一歩引いた。何故なら、俺がこっそりと手前までやって来た。

 もう決めた、今度こそ言いたい事を言う、もう逃げない!

 「倉木さん……待って!」

 倉木さんがまた逃げようとしたが、勢いで彼女の腕を掴んだ。

 この瞬間、俺と倉木さんの目が合った、二度目だ。一度目は中三の夏だ、一瞬だけだけと目を合った、でもその一瞬があったこそ今の瞬間がある。

 例え過去の夢の時でも、話し合う時は鼻を見つめていた、目を直視する事なんか出来なかった。直視したら言葉が上手く言えないところが、言葉その物を忘れちゃいそうだ。

 でも、今なら言える―

 「好きです。ずっと前から好きでした。中三の夏、初めて廊下でぶつかった時から一目ぼれでした。俺と……付き合って下さい!」

 倉木さんの潤んだ目が大きく開き、涙でも搾り出す様に透き通った瞳が一点に縮小する。何の予兆もなく目じりから涙が溢れ、すーっと赤い頬に痕を残し、そっと顎の下で二粒の涙が一つになり倉木さんの顔から飛び降りた。

 「わ、私も……」

 ずっと閉じていた倉木さんの唇が小さく開く、

 「……好きです」

 その声は小さかった、春風の様な温もってこっそりした声、少しでも気を抜けてたら聞き逃れそうだ。

 でも、そんな声が俺の心の奥で響き続ける、ドキドキと。

 「ねぇ、見て」 

 倉木さんに言われ窓の外を見ると、満開になった桜の花が春風に乗って舞い落ちて行く。

 そっか、今日は暖かいか……。

 気温も、心も。





 その「夢」がなんだったのか誰にも分からない、でも俺は時々思う。

 その日の夜、俺と倉木さんが同じ事を考え同じ事を思い、重ね重ねの思いから「夢」が出来たんじゃないかって。

 でもその重ねた思いがすれ違い、お互い相手の所に行きたいと思い込み、だから「夢」の中で二人の学校が互換したと思う。



 

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