第二章 根っからの独裁者の末路 inカーマイン国 後編
「宅配便でーす」
緊迫した空気の中、何とも場違いな声が聞こえてきた。全員の眼が宅配便と名乗る人物に注がれた。見ると、全身黒ずくめの格好でハットを被り、猫を手なずけていた。まさしくルウであった。
「宅配便なわけがあるかぁ。第一この部屋までたどり着ける宅配便業者なんかいるわけねーだろ。いたらとっくの前に射殺されているわぁ」
ダイトが内心冷や汗をかいていた。自身が考えた案で宅配便を装ってこの屋敷に入ろうものなら、今頃はこの世にいなかったかもしれない。
「ルウさん!」
宅配便業者の姿を見て、ミレイはとっさに叫んだ。
「やはり、殺されそうになっていましたね。到着が遅ければ、危うくあなたたちはこの独裁者に抹殺されていましたよ。それに、質が悪いことに、死亡した事実はおろか、この国に来たことすら隠ぺいしてしまうことでしょう。権力を使って」
ミレイとダイトは抱き合って震えていた。殺されそうになった恐怖感が未だに抜けなかった。だが、ルウが来たことで安堵感がどっとあふれ出た。
「ルウさん、なぜここに来たのですか? ここにきてしまった以上、あなたも命の危険があります」
震える二人に微笑みながら、緊張の糸をほぐそうとするルウ。ミレイの表情を見るなり、相手を気遣う言葉は出てきても、目は助けを求めていたことを彼は感じ取った。
「先ほど申しましたよね。力なきものは平和を主張する権利はないと。ならば、力があるものには、平和を主張する権利がある。そう、人間を殺す力がね」
ルウは、戦いの現場に出向いた。
「おい、自称宅配便。何だお前は?」
カーマインの問いにうっすらとした笑みを、ルウは浮かべていた。
「貴殿を殺す者。よくもこの方々を殺そうとしてくれましたね。彼らをここまで怯えさせて、許しませんよ。今度はこちらが攻撃する番です」
「やめてください!」
ミレイが必死の制止を叫ぶ。
「殺生は好まないとルウさん言っていたじゃないですか」
「心優しいお方ですね、あなたは。わかりました、では」
ミレイににっこり微笑み頭をポンポンと軽く叩いた後、ルウはカーマインの方に鋭い目つきを送った。
「訂正して、貴殿に全治二週間のケガを与える者としておきましょうか。それだと打ち身・捻挫・打撲と言ったところでしょうか。骨折となると、さすがに全治二週間では厳しいですからね」
「何考えてるんですか? それもダメです! 暴力はやめてください!」
ミレイがまたしても必死の制止を叫ぶ。
「それに、『殺す』は嘘っぽいところがありますが、全治二週間のケガは現実的で妙に生々しいです」
「わかりました」
ルウはしばし考えた。全治一週間に削減する案もあったが、日数が短ければいいものではないとミレイに怒られると判断した。あれこれ考えているうちに、名案を閃いたように薄っすら笑みを浮かべた。
「それでは、貴殿の精神を破壊する者としましょうか。これであれば、肉体的な暴力は加えていませんから、問題ありませんね。ちなみに、肉体の攻撃であればいずれ治りますが、精神は一度壊れてしまえば二度と元通りには戻りません。ミレイさんも中々悪どい事を考えますね」
「・・・・・・・・」
ミレイは開いた口がふさがらなかった。あーいえばこーゆーというフレーズが一時期はやったが、ルウはまさにこのタイプだ。
「ルウさん! どんな方法であろうと、相手を苦しめることはやめてください! お願いです!」
「ですが、あの独裁者はあなたたちを殺そうとしました。そのような相手をみすみす許すのは、いささか都合がよすぎると思いますが」
「いいんです。もう、誰も傷つく顔を見たくはありません」
「わかりました。ミレイさんは、本当に心優しきお方ですね」
ルウはミレイに敬意を払ったかのように帽子をとって少しお辞儀をした後、再び帽子をかぶりカーマインの方を見た。
「それでは、貴殿の暴走を止める者、ということにしておきましょう。これなら、ミレイさんも文句はないでしょう」
ミレイは、勝手にしてくださいと言わんばかりの表情を見せていたが、止めはしなかった。緊迫していた空気から一気にお茶らけた空気に様変わりしてしまった。さらに、彼女自身もついさっきまで殺されそうになっていたことを忘れていたかのようであった。ダイトに至っては、この極限状態の中で冗談を言えるルウが大物で圧倒的な存在であると思い始めていた。
「この俺様を止めるだと? くそ生意気なガキめ」
あからさまに挑発をするルウに対して、挑発に乗るカーマイン。また争いが始まるのではないかと、ミレイはひやひやしていた。事実、カーマインの後方ではライフル銃を構える兵士2名がいた。
「あなたが好き勝手わがままやってると、側近が愛想をつかして暗殺されますよ。よく映画で役立たずの部下を殺害するマフィアの幹部が映されていますが、そんなことを現実にやれば、返り討ちに遭います。現実のマフィアは部下を家族のように大切に扱います。そうでないと、駒としての働きが十分にできないだけでなく、駒に殺されてしまいますからね」
「何をバカなことを、この俺様を殺そうと考える駒はいるわけがないだろう」
「だそうですよ、部下の皆さん」
ルウが声をかけた瞬間、王室を警備していた兵士が集まってきた。その数30人程度だろうか。全員が銃口を独裁者に向けていた。カーマインは状況を理解するのに少々時間がかかった。
「お、おまえらあぁぁ、この俺様に銃口を向けるとはどういう了見だ? そうなればお前らだけでなくお前らの家族も強制労働所にぶち込んでやる。それも一生な!」
「言うのは簡単ですが、あなたが死ねば一体誰が兵士とその家族を強制収容所送り込むのです? よく考えてもみてください、命令を下す者はいないのですよ」
カーマインは苦虫をかみつぶしたような表情を見せた。これまでの高飛車な態度から一転していた。
「話は聞きました。どうやらあなたは恐怖政治で部下をコントロールしていたようですね。部下に対して『少しでもおかしな真似してみろ。お前の周りにいる兵士が逐一俺のもとに情報を提供しているんだ。そうなればお前だけでなくお前の家族も殺してやる。俺を殺しても側近がお前たちを殺す』と言っていたのでしょう。これを全員に伝えれば、部下を言いなりにすることができたも同然です。自分以外の人間は敵だと全員が錯覚すれば、こっちのものです。なので、私がその洗脳を解いてあげました。その結果が、ご覧の有様です」
つまりは、兵士としての務めをしているかほかの兵士が確認する、日本の江戸時代で言えば五人組の制度に近い。互いが互いを監視し合う仕組みを作り上げたのだ。この独裁者は自分以外の兵士は全て敵だと錯覚させる洗脳を使った。そのせいで本来は自身も脅され、立場的には味方である兵士を敵だと錯覚させることに成功した。カーマインを殺せば、自分や家族も殺される
しかし、この制度も欠点がある。クーデターを起こせば怖いものはない。ルウはいち早くこの仕組みに気が付き、兵士を説得したのであった。
それは、今から10分前のことであった。
———「何者だ?」
「私ですか? 先ほど王室に向かった二人のお仲間です。途中ではぐれてしまったので、遅れて到着しました」
目の前には、ルウに対して銃口を向ける兵士と、身分証明の確認をする兵士の2名がいた。
「大変ですね、こんなに荒れ果てた国を放置する独裁者を守る仕事をするなんて、同情しますよ」
「黙れ!」
銃口を構えていた兵士は、ルウの頭部に照準を定めた。
「あなたはなぜ、腐りきった独裁者を守るのです? その銃口を私でなくあの独裁者に向けて撃てば、全ては終わるのですよ」
「黙れ!」
「何もあなた一人で反乱を起こせとは言っていませんよ。そこで私の身分を確認している兵士とグルになればいいことです。味方は多いことに越したことはありません」
「う、うるさい。そんなことができていればとっくに・・・」
ルウがにやりとした。兵士はしまったと思った。謎の男の口車に乗って、つい本音を話してしまったのだ。ルウの身分を調べていた兵士の耳にも、聞こえたに違いない。銃口を構えていた兵士は力なく銃を降ろした。カーマインを機会があれば殺すと言ってしまったがため、自身でなく家族も殺される。冷や汗が止まらなかった。
「お、お前もそう思っていたのか?」
「!!?」
銃を持っていた兵士は、青天の霹靂の衝撃を受けた。独裁者を抹殺したい気持ちが、自分だけでなかったのだ。自分以外の兵士は、カーマインの忠実な側近であり、裏切り者は容赦なく抹殺すると思っていたことが間違いだったことに気が付いた。
「やはり、独裁者は保険をかけていたのですね。権力を握ってもクーデターを起こされたら溜まったものではありません。なので、自身を殺せる力があるものに対しては、洗脳によってクーデターを起こさせないようにしたのでしょう。思った以上の小心者ですね」
三人はある意味敵同士であったが、この瞬間、カーマインへのクーデターを起こす同志へと変貌した。
それからという者、会う兵士全員に独裁者クーデターの案を持ちかけた。すると、全員が以前からカーマインを殺してやりたいと口にしていた。実行に移せなかったのは、やはり自分以外の兵士が敵であると植え付けられた点にあった。
洗脳が解けた今、兵士たちはクーデターを起こすことを決めた。
「———さて、年貢の納め時です。あなたはこの国の王の座から退場しなくてはなりません。と、その前に。あなたの望みは何ですか? 破壊活動ですか?」
「そんなくだらないものではないわぁ!」
まさに負け犬の遠吠えだと、ルウだけでなくさっきまで部下だった兵士にまで思われていた。さらに、先ほどまでミレイたちに向かって銃口を構えていた2名の兵士は、同僚が反逆した姿を見て、銃口をカーマインに向けていた。
果たして、この独裁者の目的は何なのだろうか。ルウはカーマインの狙いについてしばし考えた。頭をすっきりさせる目的と先ほどの弁論でのどが渇いたのか、ミレイたちが手を出さなかった紅茶を彼は一気に飲み干した。ダイトが毒入りかもしれない紅茶を飲むルウを見て驚くが、ルウの身体に何ら変化がないことを見て安心した。
「自分の国を統治する立場ではあるが、国民に対して全くの無関心。単純に仕事をするのが面倒なだけじゃないですか?」
ルウが結論を述べた。
「いえ、あいつは逐一国の方針に関しては口うるさく指示を出していました」
ルウの味方になった兵士が、彼に対して助言をしていた。それに、寝返った結果か、国王に対してあいつ呼ばわりしていた。これも、同僚の監視の目がないことが分かったせいであろう。
「それは、どんな指示ですか?」
「具体的には、自分の欲望を満たすものばかりです。自分が上流の暮らしをしたいがために、国民の収入の半分近くを自分の懐に入る法案を作り、毎晩若い女性と寝たいからと20歳の女性には3年間の国王室勤務が強制的に命じられます。おかげで毎晩毎晩入れ替わりで女性と寝ていました。さらに、病気やけがで働けなくなる国民が出ると、運が良くて王室や強制収容所からの永久追放、運が悪ければお金を生み出さなくなると判断され射殺するなど、他にも残忍な法案ばかりを打ち立てます」
「おやおや、これはずいぶんと欲の深い独裁者ですね」
ルウは思わず吹き出してしまった。まるでわがままなガキ大将が権力を握ったようなものだと解釈したためだ。私利私欲の極みともいえよう。
「まるで子供ですね。子供が自分の欲望のまま権力を握れば、お金欲しさに横領する国会議員より質が悪い。なにせ、自分のくだらない欲を満たすために、周りがどれだけ迷惑をこうむるか一切考えていないのですから」
ケッと、カーマインは舌打ちでルウをにらんだ。そんな視線を無視するかのように、ルウは考え込んだ。やがて、ある結論を出した。
「わかりました。あなたの話した目的はあくまで表面上ですね。本当のあなたの目的は、『人間の苦しむ顔が見たい』じゃないですか? いささか趣味の悪いサディスティックでしょう」
ミレイを除く一同がうなずいた。どうやら、ミレイは意味を理解していなかったようだ。
「ルウさん、サディスティックとは」
「ミレイさんはまだ存じていないようですね。サディスティックとは、男女のSMプレイでムチを振るう側です」
ルウの言葉に、ミレイは口元を手で押さえ、恥ずかしさのあまり顔だけでなく耳まで真っ赤になった。何でもかんでも首を突っ込んで聞いてはいけないことを、この時彼女は学習した。恥ずかしがる彼女の表情をこっそりと覗くダイトであった。
「SMプレイはあくまで例えですがね。この独裁者の場合はムチを権力に置き換えて、様々な攻撃を与えています。そして、国民は権力という名のムチで叩かれ苦しむのです。それに、こんな小汚い方がムチを振るわれてもただ気持ち悪いだけです」
一同がうなずいた。
「で、そのところどなのですか?」
ルウが放心状態となっていたカーマインに問いただした。
「そうだよ。俺様は、人間どもが苦しみ、悲しむ姿がこの上溜まらないのだあぁぁ、キャアキャッキャッキャッキャ!!」
下衆な笑いが、周囲に響いた。追い詰められたカーマインがついに壊れたと、一同は解釈した。かつての部下は憐みの目を元上司に対して送っていた。
「ひ、ひどい・・・そんなことして楽しいのですか?」
「そうさ!」
なおも続く下衆な高笑いに、ミレイの感情は悲しくなっていった。
「いいですか、ミレイさん。男どもは女性が怯えて助けを求めるような表情に性的な興奮を覚えるものです。怯えるのは本能のため仕方ありません。ですが、それを相手に悟られないようにしなくてはなりません。いわゆる演技です。気丈な女性をモデルに演技をすれば、男どもの言いなりにはなりません」
ミレイの必死な説得が、かえって逆効果になることをルウは忠告した。懇願する姿はかえって性的異常者に興奮を与える結果となる。ミレイは、小さくうなずいた。
その様子が気に入らなかったカーマインである。苦虫をかみつぶした表情を見るからに、ルウの助言は的を射ていたようだ。
見切りをつけたように、ルウはため息交じりに独裁者の前に歩み寄る。
「あなたは権力を握り私権乱用をする悪党かと思っていましたが、どうやら違いましたね。本当は無能なただのドSな変態ですね」
またしても一同がうなずいた。
「あなたは、人間の苦しむ顔が見たいんですよね。そんなに人間の苦しむ顔が見たいのなら、独裁者なんかやめて葬儀屋かお坊さんになればどうですか? そこには故人を偲んで悲しむ人がたくさんいますよ」
今度は一同がうなずくことはなかった。カーマインだけでなくミレイを含めた一同は、ポカンと口を開いたまま硬直した。突然ルウが漫才を始めたかのように、突拍子もないことを口にしたためである。
「それに、これだけ街を破壊しては、経済活動は一体どうするのですか? あとは食料の問題もあります。あなたの食料を提供してくれる者が誰もいないのですよ。まさか、死ぬまで自給自足の生活を送るおつもりですか? とてもではありませんが、あなたの傲慢な性格からいって、自給自足の地道な生活はできないでしょう」
「・・・・・・・・」
あまりの現実的な話を唐突に話すルウに、カーマインだけでなく全員が沈黙する。
「水だって確保するのも難しいですよ。井戸でも掘りますか? それに、これだけ劣悪な環境になれば感染症の蔓延も想定できます。あなたの細胞内に侵入したウイルスは、瞬く間に増殖します。そうなれば最後、あなたを治療してくれる人は誰もいないから死を受け入れるしかありません」
カーマインの好戦的な態度から一転して、戦意が喪失したような表情を見せた。
「どうです? これでもあなたは自分の国を破壊し続けますか?」
なおも長い沈黙が続く。
「どうやら、決まりましたね」
ルウがにっこりとした含みの笑みで、カーマインにゆっくりと迫る。
「これが事の顛末です。さて、話は戻りますが、あなたはこの国を統治する立場から退場していただきましょうか。断れば、どうなるか」
ルウは相手が完全に降伏したと判断し、振り返ってミレイたちの方を見た時だった。
ルウが隙を出した瞬間、カーマインはトカレフの銃を手首から出し、ルウを狙った。
「俺は破滅だぁ。だが、このままでは終わらんぞ。全てを台無しにしてくれた、お前だけはぶっ殺す!」
「このおもちゃで、私を殺すとでも・・・面白い」
「度胸だけはあるようだな。だが、死ね!」
カーマインは震える手で引き金を引いた。『ダアァン!』とけたたましい音を鳴り響かせた。耳を塞いで怯えるミレイの眼には、独裁者が放った銃弾がルウの体を貫通したのが見えた。
「は、ははっ、や、やった・・・さっきは殺し損ねたが、今度は・・・」
絶望の中で見つけた唯一の目的を達成したカーマインは、壊れた笑いを響かせた。
撃たれたルウは地面に横たわり、流れる血をみて顔面蒼白になって・・・
いなかった!!
「やれやれ、この程度で、死ぬことができれば、どれだけ楽になれることやら」
ルウは撃たれる前と同じ姿勢でカーマインの前に立っていた。
ルウの姿を見た途端、カーマインは幽霊でも見たように凍り付いた。
「お、お前は、一体・・・」
処刑という名目で殺しに慣れているはずのカーマインですら、ルウはどこかがおかしいと恐れ始める。
「お、お前は、人間なのか?」
「正真正銘の人間ですよ。普通じゃありませんけど」
ルウは嘘はついていない回答で、相手をなおさら混乱に追い詰めた。
「死なないんですよ、私は。何をしても。撃たれても刺されても殴られても焼かれても首を絞められても」
カーマインは後ずさりする。
「ば、化け物!!」
「あなたのようなみみっちぃ小悪党に言われても、これっぽっちも嬉しくはありませんが。それに、化け物はどう見てもあなたじゃないですか。あなたが統治している国民に聞いてごらんなさい。誰しもが『化け物はお前だ』と声高らかに叫ぶことでしょう」
ルウはため息交じりで切り返すしながら、カーマインに歩み寄った。
「これ以上おイタが過ぎると黙ってはいませんよ。あなたが改心しないと判断したときには、すぐに飛んできますからね。何せ、私は普通の人間とは違いますからね」
「は、はぃ・・・」
カーマインは腰を抜かしてもなお後退りをした。同時にカーマインがいる床が濡れ始めていた。先ほど打った流れ弾が屋根に当たり雨漏りしたかと思えた。だが、水元は天井からではなくカーマインの股間からであった。つまりは失禁したのだ。
カーマインは完全に戦いから降伏した。ルウはミレイの方に振り返った。
「ミレイさん、これが『戦わずして勝つ』です。今回は多少交渉という名目で戦いましたが、暴力的な交渉は一切していません。宣言通りあの方の暴走を止めてみせましたよ」
ルウはミレイたちに軽くウインクした。ミレイは唖然としていた。確かに、ルウは高圧的に相手を抑え込んだり、暴力で解決などしていない。ダイトが正攻法で打ちのめされたにもかかわらず、ルウはまたしても戦わずして勝ったのだ。
唖然とした後に、ミレイは感銘のようなものを受けた。まさに、自身が求めていた戦いを、ルウがやってのけたのだ。
ミレイが不審な点について、ルウに聞いた。
「ちょっと待ってください。ルウさん、撃たれたんじゃないんですか?」
「いいえ、彼の撃った弾は明後日の方向を向いてました。あれだけ震えた手で銃を撃っては、狙ったところには飛んでいきません。ですが、このままあの独裁者を暴走させては周りの方にも危険が及ぶため、あえてあのような芝居を打ったのです。既に錯乱気味で私を殺そうとした独裁者に『俺は不死身だ!』と言えばいちころです」
「そうだったのですね」
ミレイは一安心した。考えれば、不死身な人間など、この世界には存在するはずがない。手品には種があるのと同じことだ。巨大水槽の中から一瞬にして脱出できることなど、現実では起こりえない。それに、脱出する瞬間はいつでもカーテンで覆われているため、脱出する瞬間は誰の眼にも見えてはいない。
「ここからは、私たちの出る幕ではありませんね。後はここにいる国民の力で再建をしていくことでしょう」
ルウが呟きながら、カーマインに撃たれそうになった時の衝撃で飛ばされた帽子を拾った。
「それでは、またどこかでお会いしましょう」
ルウは先ほどの戦いでは姿を見せなかった猫ちゃんを呼び出し、手なずけながら陽が落ちかけた夕闇と同化したように姿を消した。
「またしても、あのお方は戦わずして勝った。それに、私たちが殺されかけた絶体絶命のピンチから、形勢逆転して決着をつけました」
いまだに信じられないという表情を見せるミレイ。
「それに、独裁者がその座をおりたから、きっとこれからのこの街は生まれ変わるんだろうな」
街には歓喜が上がっていた。独裁者であるカーマインが失脚し、これからは民主主義の時代だと、全員が湧き上がっていた。
ミレイたちはやや離れた場所から。沸き立つ光景を見ていた。
「きっとこの国は、立ち直れますね」
「あぁ、そうだな」
時刻は既に日付が変わっていた。ミレイたちがつい数時間前に見た惨劇の街が、今はこれからの未来に向けて前進していく活気が見て取れた。
「さて、私たちも行きましょう」
「ちょっとまて、出発の前にまずは止まる場所を探さなきゃ。この時間だと移動する交通手段がないぜ」
そうでしたと、言わんばかりのミレイであった。
「———実は弾丸は私の身体を貫いていました。にも関わらず、こうして生きている。やはり、死なない身体であることは間違いないですね」
独り言を呟くルウである。いや、正確に言えば、彼の手の中で無表情を見せる猫が話し相手だろうか。
「それに、さっき飲んだ紅茶ですが、独特のアーモンド臭。あれは青酸系の毒物が入ってましたね。撃たれようが毒に煽られようが、生命は動き続ける・・・まぁ、彼らがあの紅茶を口にしなくて本当に良かった。飲んでいれば、私が到着する間もなく、死んでいたでしょう」
口治しに、水を飲んでやり過ごすルウであった。舌をえぐり取るような苦みを思い返した彼は、眉間にしわを寄せていた。
「人が悲しむ姿ね・・・そんなものはとうの昔に見飽きましたね。それに、あの程度の器の小さい独裁者なら、瞬殺することもできましたが、今は不殺生を貫いていますし。私はもう誰も殺したくはないのですから」
猫を撫でながら、ルウは月明りがうっすら照らす道から闇夜に消えていった。
「人間を奴隷のように扱う、ですか。こんな時代にもまだ下衆な名残があったのですね。とは言いつつも、私が経験したあの地獄と比べれば、この国の扱いはまだましですが」
———「こらお前たち、さぼってんじゃねーぞ! さっさと働かねーか!」
周りの景色が全て灰色に映っていると言っても過言ではない。例えるなら、刑務所という表現がしっくりくる。武器を持った監視役が、人間を奴隷のように扱っていた。刑務所であれば犯罪者を更生させるための施設であるが、ここは違う。一般市民を囚人のように扱っていた。
市民は生きる目的なんかなかった。人間として全うした人生など遅れるはずもなかった。ただ、言われるがままに働く奴隷として生まれてきたのだと、誰しもが自分の人生を呪っていた。
ボロボロの衣服を身にまとい、見た目が乞食そのものであった。乞食であれば何もせずにボケっとしていればいいが、この強制労働所では否応なく働かなければいけない。働けなければ殺されるのだ。
一例をあげると、先日果物を運ぶ初老の男性が足元を滑らせて、果物を床にばらまいてしまった。それだけでこん棒で百叩きに遭い、死亡した。役立たずは生きる価値のないと、看守が狂ったように叫びながら男性をボコボコに殴っていたらしい。
その百叩きにした看守が、ルウに向かって話しかけた。
「さすがルウだな、今日もこれだけの人間を殺すとは。おまえ、この仕事向いてるんじゃねーか」
「・・・・・・・・・」
「何だよ、無視かよ。くそ生意気なガキだな」
よせと、別の看守が止めに入る。
「こいつは特殊だ。下手に挑発するとお前を殺しかねない。こいつは放っておけばいいんだ」
ちっ、と舌打ちをしルウをにらみつけながらこの場所を後にした。
ルウの方も気に入らなかったのか、看守が閉めたドアに向かってナイフを思いっきり投げつけた。その場所は、看守がいたなら心臓に突き刺さっている場所であった。




