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第七章 ルウたちの反撃と終末 inボルドウ国 前編



 ルウとダイトは、ミレイの救出に向かっていた。先ほど大臣たちに捕らえられた部屋に向かうも、人ひとりいなかった。

「どこに行ったんだ」

 ダイトが呟いた時、背後から物音がした。ルウとダイトが拳銃を構えながら後ろを振り返ると、城の入り口時から案内してもらった男性がいた。ルウは構えた拳銃を降ろして、男性に尋ねた。

「あなたは、どうやら大臣の手先ではないみたいですね」

「えぇ。持ち場に戻ろうとしたとき、あなた方が逃げ出したと騒ぎがありまして、それでここに戻ってくるのではないかと思ったのです」

 ダイトも構えていた銃を降ろした。

「私はミッチェルと申します。ミレイお嬢様はこちらです。さぁ、早く」

「ありがとう、ミッチェル」

 絶望から希望の光が見えたダイトは、ミッチェルに感謝の言葉を伝えた。その表情は徐々に明るくなっていった。

「何としても、ミレイを助け出してみせるぜ」

 熱がこもるダイトであった。ミッチェルに先導される形で、彼らは走り出した。

「こちらです」

 通された部屋は倉庫のように殺風景であった。走ったため、やや息の上がるダイトであった。ルウは特に体調の変化はなかった。

「どこにミレイがいるんだよ」

「いるじゃないですか。ほら・・・

天国に!」

「!!!」

 ダイトは察知した。こいつは大臣の手先だ。だが、すでに遅かった。奴は拳銃を手に、いつでも弾丸を発砲することができるに違いない。

 と思ったのもつかの間、ミッチェルの様子がおかしいことにダイトは気が付いた。

「・・・拳銃が、ない!」

 ミッチェルがジャケットの中にしまっていた拳銃を探すも、ポケットの中は何もなかった。

「探し物はこれですか?」

 壁際に追い込まれていたルウが、振り返ることなく拳銃を手に腕を上げた。

「い、いつの間に」

 ミッチェルは焦った。全て計画通りに事が運び、ルウたちを抹殺すると踏んでいたが、逆に自身が殺されかねない状況に置かれてしまったためだ。

「なぜわかった。俺がお前たちを抹殺しようとしたことを」

「なに、簡単なことですよ。あなたは警備や衛兵を任されている身分ではない。ですが、上着のポケットが膨らんでいるのを見つけました。恐らく拳銃が入っていると察知しました。簡単に言えば、事務職員がなぜ武器を所持しているんだ、となったわけです」

 ミッチェルは反論ができなかった。拳銃がルウにある以上、もはやミッチェルに勝利の要因はなくなった。

「これで、天国行きはあなたになりましたね。普段私は不殺さずを貫いていますが、その理由はミレイさんがいたためです。ですが、彼女はここにはいません。つまり、あなたを殺しても、誰も私を責める人間はない。だから、あなたを殺しても構わない」

 ミッチェルは震え上がった。ルウを見て、とても素人には見えなかったためだ。口調も表情も変えずに人を殺そうとするルウを見てダイトも同じように震え上がった。さらに、もしミレイに『ルウが人間を殺した』と告げ口をすれば、間違いなくルウに殺される。ダイトは尚更ルウに対して恐怖心を覚えた。

「お、おいお前。さっきまで人殺しはしないって言ってなかったか」

 ダイトの発言に、小さくため息を漏らし肩をすくめるルウであった。

「ネタバラシはいけませんよ、ダイト君。せっかく相手が戦意を喪失しているにも関わらず、隙を与えてはこちらがカウンターを受けてしまいます」

 ダイトはしまったと、全身の血の気が引いた。失態を犯した自分は間違いなくルウに殺される。ダイトは尚更ルウに対して恐怖心を覚えた。

「な、何だよ。単なる度胸のない甘ちゃんじゃねぇかよ。ははっ、脅かすな・・・」

———ドスッ!!

ミッチェルの身体に強烈な衝撃がかかった。ルウは彼のみぞおちにパンチをお見舞いしたのであった。

「ただし、一切の手出しはしないとは、思ってはいませんが」

 華麗な体術を見せ、ミッチェルを気絶させたルウを見て、自分はとんでもない人物と行動しているとダイトは改めて感じた。

「さて、ダイト君」

 全身がビクっとなり、心臓が口から出そうなほど驚いたダイトであった。まさか、さっきのミスで腹を立てて、俺を殺すのではないかと内心思っていたためだ。

「あ、い、いや、その・・・」

「何をそんなに驚いているのです? ここから先はさらに過酷な戦いが待っているかもししれませんよ。気を引き締めていかなければ」

「お、おうよ」

 どうやら怒ってはいないようだ。そして、殺されはしないようだ。

「それに、先ほどのような仲間に見せかけて罠をかけることもあります。油断は大敵です」

 ルウが優しく助言してくれるも、頭には入らないダイトであった。今度彼の足を引っ張ったら、本当に自分が殺されるのではないかと恐怖に縛られていた。

「さ、さっき俺が口を滑らせたばかりに、お前をピンチに追い込んでしまって。それで、俺はその失敗を償うべくお前に殺されるのかと・・・」

「あーーはっはっはっは」

 ルウはお腹を抱えてげらげら笑い始めた。突如ルウが壊れたのかと、ダイトはあっけにとられた。これまで腹の底から笑った顔を見たことがなかったルウが、目の前で大笑いしていた。なんとも異様な光景だと、ダイトはやや後ずさりした。

「そんなことで悩んでいたのですか。おかしすぎて涙が出てきそうですね。安心してください。何があってもダイト君たちを守りますよ。それに、私がそんな器の小さな人間に見えますか?」

 器は小さくはないにしても、笑顔で人を殺しそうな凶器は垣間見える。これを口にすればさすがに彼も黙ってはいないはずだ。

「信じて、いいんだな?」

「なんだか同性に言われると気味が悪いですね」

 

「どうだ? これが殺人鬼ルウの正体だ。奴は自分の命が惜しくて、他人の命を次々奪っていたんだ。自分のことがかわいくて仕方がないただの弱虫なんだよ」

 ミレイは声を上げることもなく涙を流していた。目線はうつろであった。ジェーンの口から次々と衝撃の事実を聞かされたが、ルウがかつて収容所で人間の命を奪っていたことで、天国も地獄も身元引受を拒否した事実は知っていた。そのせいで、彼自身が死ぬことが許されなくなったことも知っていた。

 だが、現実はあまりに残酷であった。ルウから聞いた話だけでも彼女は心を痛めたが、今の話を聞いて、それ以上に心を痛めた。

「数えきれない人間を殺しただけでなく、俺の親友の命を奪った。その罰として、ルウは死ぬことが許されなくなったんだぁ」

「る、ルウさんは悪くない。ルウさんは、自分の意思で人を殺したりはしていないわ! 悪いのはルウさんに人殺しを命じた人たちよ! 自分の手は汚さないで、口一つで人間を殺すだなんて、卑劣そのものだわ!」

 これまでに見せたことの無いくらい激高するミレイ。おかれた環境で生きていくには仕方のない手段であった。自分の意思で人を殺してはいないことを、ミレイは見抜いていた。

「だが、人を殺していることに変わりはない。不殺生を貫くお前にとっては大敵だ」

「あなたの方が最低です!」

「まったく、見かけによらず強情なお嬢さんだ。親に似なかったのだな」

———過去のルウさんの狂気。エリアスと会ったときに、顔を出したルウさんの凶悪な性格と同じ。きっとこの時の収容所の体験から生まれたのね。

「そして、これだけではないぜぇ。とっておきの事実を教えるとしよう。小娘ェ、お前はルウとは切っても切れない関係にあるんだぜぇ」

 突然ジェーンに名指しをされたミレイは戸惑った。

「一体何なのですか?」

 苛立ちと恐怖が混ざり合い、やや挑戦的にジェーンをにらみつけるミレイであった。

「この世紀の大量殺人者であるルウは、なんと子孫がいるんだぜぇ。その子孫こそ・・・


ミレイ! お前だあぁぁ!!」


 ミレイは目を大きく見開き、驚きを隠せなかった。

「私が、ルウさんの子孫・・・」

「ミレイさん!」

 ルウは走ってミレイがいる部屋にたどり着いた。彼の眼にはミレイと大臣と秘書がいた。この黒幕どもをどうやって処分しようか考えていた。だがもう一人、明らかに場違いな人・・・もとい、地獄の使者がいた。

「ジェーン。なぜお前がなぜここにいる」

 ジェーンはルウの姿を見てやや怯えていたが、不気味な笑みを浮かべていた。ミレイの表情を見る限り、ただならぬ事態になっていることを察した。

「出たな、悪魔。よくもこの時代までのうのうと生きてこれたな」

 大臣がルウに罵倒した。

「ジェーン。お前、何を話した?」

 ルウは感じ取った。これまでミレイに隠し通してきたことが全てばらされてしまったのではないかと。

「全てさ。お前があの収容所で民間人を大量に処分していたこと。凶悪な人格がお前の中に生まれたこと。殺人そのものが快楽になっていたこと。行きつく先は、人間の血でお風呂に入っていたこと。衛兵を全て殺害し脱走したこと。死ぬことが許されなくなった理由。俺の同僚を殺したこと」

 ルウがミレイの方を見ると、怯えた目をして泣いていた。

「もういい・・・」

 ルウがため息交じりにぶっきらぼうに答えた。

「そして一番重要なこと・・・この小娘はお前の遠い子孫だということを!」

「!! 話したのか?」

 キシェェェェェ!! と、うざい笑い声をあげるジェーンであった。その下品な笑い声も、ルウの表情を見て、一気にジェーンは凍り付いた。

「ジェーン・・・今までは温厚に接してきたが、それも限度というものがある。この恨み、今晴らしてやろうか。あの時の地獄の門番を一瞬で殺した時のように。俺は地獄使いであろうと殺すことができる事実を、お前は知っているだろう!」

 ミレイが恐怖で怯えていた。並々ならぬ怒りの感情を感じ取った。今まで敵対してきたどの人物より、ルウが最も怒らせてはいけないと肌で感じ取った。その怒りの矛先であるジェーンであるが、ルウが激怒しているのを誰よりも早く感じ取り、まるで巨大水槽の中から瞬間移動して消えてしまうマジックの如く、忽然と姿を消していた。

「やれやれ、逃げ足だけは相変わらず一級品ですね。ですから、今でも現場の使いっパシリなんですよ。まぁ、私が地獄に行くことがあれば、八つ裂きにしてくれてやりますがね。あ、行くことができないんでした」

 ルウがやや瞬きが多くなりながら、ミレイに近づいた。

「ミレイさん、あのジェーンから聞かされた内容ですが、全て事実です。あいつが脚色を加えていなければの話ですが。あなたとダイト君には最後まで隠しておきたかった事実を知ってしまったのですね。全てを知れば、恐怖のあまりあなた方は私の前から姿を消すでしょう」

 ルウはミレイの手を両手でとった。

「今もミレイさんは震えていらっしゃる。こんな私を軽蔑しましたか?」

「ルウさん、本当なの? あなた、私の遠いおじいちゃんなの?」

「・・・ミレイさんの前では、黙っているはずでした」

 ルウは視点が定まっていなかった。動揺しているのだろうと、ミレイは思った。いつも冷静沈着なルウの姿からは想像もできなかった。見た目が20代前半の青年でありながら、私の遠いおじいちゃんなのは間違いないのだろう。現実離れした話ではあるが、どこまで受け入れられるのだろうと、ミレイは解釈した。

「ルウさんは、私があなたの子孫だといつから知っていたのですか?」

「えぇ、最初から知っていました」

「そうだったの・・・」

 複雑な思いを見せるミレイ。共に旅をし、時に思いもよらない恋心すら芽生えた人が、遠い祖先であったこと。肉親であると同時に人間ではないことを知った。

さらに重大な事実も受け止めなければならなかった。自身に大量の殺人を犯してきた血が流れていた。あまりに現実離れしている事実があれこれと押し寄せてきた。一体、どのような感情を表せばいいのかわからなかった。

一つ分かったことであるが、真夜中の森でルウがミレイに手を出さなかったのは、自分の遠い愛娘であるためだ。何世代も離れているとはいえ、間接的な近親相姦となることをルウは理解していた。

「この旅の中で、全てを打ち明けようか何度となく迷いました。だが、きっと現実離れした事実はミレイさんにとっては信用してもらえないでしょう。いっそ、このまま秘密を貫き通したほうが良いと判断しました」

「それじゃあ、ルウさんと初めて会ったとき、全てはあの借金取りたちとやり合った時は、なぜ姿を見せたのですか?」

「初めてミレイさんと会ったあの借金取りの事件のときは、いわば不測の事態です。私があの場に入らなければ、ミレイさんもダイト君も殺されていたでしょう。あの場はおどけてみせましたが、実は切羽詰まっていて、平然を装うのに必死でした」

「そう、だったのですね・・・」

 涙を静かに流すミレイ。もはや感情の抑制が効かない。あらゆる情報でオーバーフローした結果、ミレイの感情を司る機能が制御不能になった。もう、何も考えることができない。

「あの時は私が仲裁に入るしか道はなかった。それは不慮の事故扱いとして、再び陰ながらミレイさんを見ていこうとしました。ですが、ミレイさんと言葉を交わしたのがきっかけで、どんどん近づきたい欲望を抑えることができなくなっていったのです」

 先祖として、父親代わりとして、旅する仲間として、ミレイさんとどう接していけばわからなかった自分がいた。ルウはその邪念を振り払うかのように、答えを出した。

「ご安心を。この一件が終われば私はここから姿を去りますよ。疫病神がいなくなるにこしたことはありません」

 ミレイがルウの腕をつかんだ。視線を逸らすルウに対して、ミレイはじっと彼の眼を見ようとした。

「過去にどんなことがあっても、あなたはルウさんですよね。これまで私たちに接してくれたあなたは、まぎれもなくルウさんですよね。偽りのないルウさんですよね」

「・・・はい、もちろんです」

「ならば、ずっと私と一緒にいてください。祖先として私たちを守ってください。迷惑だなんて、私は思ってなんかいません。勝手な子孫で申し訳ありませんが、これからも守ってください!」

 あっけにとられたルウであった。彼にしてみれば、ずっと誰かに頼られることは何百年となかった。常に影の存在として自分の子孫を見守ってきた彼が、今初めて表舞台に立ったような感覚になった。

「ありがとう。ミレイさん」

 ルウは裏表のない屈託な笑みを浮かべた。ほんの少しだけの笑みは、彼の達観した人格を表しているのかもしれなかった。

「何やらいい雰囲気のところだが・・・」

 大臣が突如割って入ってきた。

「ミレイよ、お前は人殺しの血を引いた末裔だ。つまりは、この国は狂乱の血で塗られているのだ」

「それはちょっと大げさじゃないでしょうか。私が殺戮に興じていたのは千年も前の戦国時代です。それに、狂乱の時代が数世紀続けば、ほとんどの祖先が何かしらの人殺しをしているでしょう。あなたの先祖だって、人を殺している可能性だって大いにあります」

 ルウはあえてロジカル的に現実論を突きつけた。

「だが、この事実を国民が知ればどうなる? この国は大量殺人者の末裔が治めている。つまり、犯罪者の国になるのだ。国民はもちろん反対する。そうなれば話は早い。ミレイの一族よ。お前たちは即刻この国から出ていけ」

「あなたは政治家がちょっと不謹慎な発言をしただけで辞任だと騒ぐマスコミですか? 器が小さいですね。器の小さい人間が国を治める方がよっぽど悲惨な結果になると思いますよ。ちょっと国民が国に愚痴を言っただけで不敬罪と称して処刑することが目に見えています」

 ルウが冷淡するように大臣に吐き捨てた。


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