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Another story No.2 ルウの秘密



「おら小僧、今日はこれだけの人数を処分してもらおうか」

「今日も、これだけの人たちを殺さなくちゃ、いけないの?」

 見渡す限り、ざっと100人はいるだろうか。昨日は134人がこの部屋に連れてこられた。僕は1日中、鋭利な刃物で連れられた人間を次々殺害しくしかなかった。

慣れなきゃ、心を捨てて、人を殺すことに何ら抵抗も示さないように。じゃなきゃ、僕が殺される。僕だけじゃなく、お父さんやお母さん、弟までもが殺される。守らなきゃ、僕が家族を守らなきゃ。だから、人を殺していくしかないんだ・・・

 凍える声を振り絞って、自分に暗示をかけていた。

 夜になり、眠りにつく瞬間が訪れると、恐怖のあまり震えた。意識がなくなり、目が覚めれば、また百人以上の人間を殺害しなくてはいけない。このまま何もない時間を過ごしたいから、ずっと起きていたい。まるで、時間が止まったかのような感覚が、一瞬でも来てくれたらどれだけいいか。

「うわわああぁぁぁぁ!!!」

 熟睡などできはしなかった。真夜中に、何度も目が覚めた。寝ている間でも、誰かが僕を見ている気がしてならなかった。視線を感じた方向を見るが、誰もいない。周りにはひびの入った壁が迫りくるかのように建てられていただけだ。、自分が殺した人間がこちらを見てるのか。

 荒い息遣いが、独房の中に響く。聞こえるものなど、誰もいないが。

「人間の、心を、捨てなきゃ。いや、人間をやめなきゃ・・・」

「人間を、やめたい・・・」

「人間を・・・」

 一日100人近くの人間の処分をしていくうち、時々記憶がない時間があった。一日に10人くらいしか処分していないはずなのに、150人近くを処分していた事実を聞かされ、困惑したこともあった。

「なぁ、あの人間処分場にいる小像だけど、あいつ最近おかしくないか?」

「人間を殺しすぎたせいで、精神がおかしくなったんじゃないか」

「聞いた話だけど、この前殺した人間の血でお風呂に浸かってたって話らしいぜ」

「マジかよ、狂気の沙汰でしか思えないな」

 外から聞こえてくる下衆な笑い声は聞きたくもないが、話している内容については、どうやら僕のことらしい。人間の血でお風呂に浸かる? 考えただけでぞっとするようなことを、僕がやっているというのか。そんな記憶はどこにもない。

「今日は200人を連れてきたぞ、しっかり処分しろよ」

「200人、足りねぇな」

「おっ、どうした? 前と違ってやけに張り切ってるじゃねぇか」

「うるせぇなぁ、さっさと持ち場に戻りやがれ。じゃねぇと、お前もこうなるぞ!!」

 俺は持っていたナイフを怯える少女の眼球に突き刺した。

「きゃああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 断末魔を上げる少女に、うすら笑みを浮かべるのが自分でもわかった。狂人的な笑みに看守は恐怖を覚えたのだろう、そそくさと持ち場に戻っていった。

 徐々に強制収容所で権力を持つようになった俺は、看守に身の回りの手伝いをする家政婦を連れてこいと要求した。看守は処刑する予定であった老婆をルウのもとに配置することとなった。正直なところ、身の回りの掃除が面倒なだけであったのだが。

 だが、すぐに俺の行動に怯え始めたのか、このばあさんは発狂した。たかだか人間の血のお風呂ごときで。


 毎日人間を殺害していくことで、ふと思った。

 この力を使えば、偉そうに指図している衛兵どもを処分することができるのではないか。

 神話では、ピラミッドという遺跡を作るのに、王族は奴隷を大量に使って建てたと言ったが、それだけの人数と体力があれば、反逆することなど簡単ではないだろうか。なぜ、馬鹿正直に指示に従ったのか不思議で仕方がなかった。

 幼き頃に読み聞かせてもらった話を、今になって思い出した。

 もうすぐで、ここを抜け出そう。家族ともども。

 いや、今すぐここを抜け出そう。

「おい小僧、今日はこれだけの人数を処分してもらおうか」

 部屋のドアが、衛兵によって勢いよく開かれた時だ。

『グシャ』

 鈍い音が部屋に響いたのが、自分の耳でもはっきり聞き取れた。持っていた収容者を毎日惨殺していた刃物を使って衛兵の頸動脈めがけて突き刺した。一日何百人もの人間を刃物で殺傷していたため、どの部位が人間に致命傷を与えるかが手に取るように把握していた。

「ぐああぁぁぁぁ!!!」

「今日で、お前の看守も最後だ。あの世で、ゆっくりと地獄の人々どもを看取るがいい」

 衛兵はうめき声上げながらもがき苦しんだ。自分の体の中で循環していた血が見る見るうちに流出しているのを見て、顔面蒼白になった。

俺はナイフを胸のポケットにしまって、部屋を後にした。建物の出口は頭の中に地図がなかったため、把握はしていなかった。だが、そんなことは俺には関係なかった。辺りをウロウロすればいつかは外に出られるだろう。捕まえようとする兵士がいれば、そいつを殺せばいいだけだ。

 俺はすぐに収容所を脱出することはなかった。やることがあったのだ。俺の家族はどこにいるか探し出したかった。家族の安否を確認したかった。どれくらいの間、離れ離れになっていたのだろうか。早く家族に会いたかった。そして、すぐに家族と共にこの地獄の場所から逃げ出したかった。

「おい、お前、待て!」

『グシャ!』

 俺は半狂乱のように、脱走を阻止する兵士を刺し殺していった。邪魔をするやつは殺さなくては気が済まなかった。

人間の処理の役目を請け負った唯一の利点は、人間の急所が容易に判別できることだ。おかげで、俺を邪魔する人間を簡単に片づけることができる。

どこだ? どこに家族がいるんだ? この地獄からみんなで抜け出すんだ。どれほどこの日を待ちわびただろうか。ようやく脱出できるチャンスが訪れた。このチャンスを、絶対に逃すわけにはいかない。

 見つけたのは、一つのリスト。殺処分された人間の名前が書かれたリストであった。家族の名前が書かれていないことを期待して、リストに目を通した。

だが、俺の目に飛び込んできたのは、家族の名前が書かれたリストであった。日付も書かれており、今から3か月ほど前に、家族はこの世界からいなくなっていた。

そ、そんな・・・お父さんやお母さんや、弟が・・・

「残念だったな。お前がもう少し我々に忠誠があれば、こんなことにはならなかったのにな」

 バカにした口調で、兵士が俺をあざ笑う。

「・・・・・・・・」

「おや、どうした? 恐怖のあまりちびったか?」

「お、お前らああぁぁぁぁ!!!」

感情のコントロールが効かなかった。向かってくる兵士を、次から次へと刺し殺していった。襲ってくる兵士を全て急所で刺した。その数は、100人をゆうに超えていた。とは言いつつも、俺にとっては1日に殺害していた人数と比べれば、取るに足らなかった。

「と、止まれえぇぇ!!」

「死ねえぇぇぇえ!!!!」

 止まることなく、感情の欲望のまま突き進んだ。

「ここにいる奴ら、全員殺してやる!!!」


———ここは、どこだろう? 所々記憶の断片にはあるが、どうやってこの場所にたどり着いたかは、はっきりしない。

 見えるのは街並みだ。どうやら、僕は高台から見下ろしているようだ。急斜面のような上り坂を駆け上がってきたというのだろうか。煙がぽつぽつと見えた。煙は上がっている建物をよく見ると、見覚えのある場所だった。僕がいつも人間を処分していた収容所だ。煙が上がっているのは、僕の姿を捕えるために薪に明かりをつけているのか。それとも、僕が建物を燃やしたのか。だが、ここまでくれば、看守に見つかることもない。追ってくることだってないだろう。

 さっきまで収容所の兵士どもを限りなく殺した。目に映る兵士全てを殺した。辺りの静寂が、さっきまで本当に僕が兵士を殺したのかわからなくさせる。

あの時の感情は、一体何だったのだろう。なぜ、これだけの人間を殺しても、何ともないのだろう。まるで、やりとりをTVで見ているかのように、他人事に思える。正直、僕が殺した感じがしない。映像がはっきりと覚えているのに。あれは、自分なのか?

 高台から景色を眺めている中、必死で今までの出来事を振り返った。だが、自分の精神を誰かに則られたように、自分の意思とは関係なく兵士どもを殺害していた。

 いや、今に始まったことではない。よくよく振り返ったら、ここ数か月の間、記憶がとぎれとぎれになっている自覚があった。そして、意識を取り戻すと、いつも血まみれの人間が目の前に立っていた。つい最近記憶に残っているとすれば、眼球をナイフでえぐり取られた少女だ。僕の横に突然現れたが、状況から察するに、僕がやったのだろう。人間を処分する役目を負わされていたから、不自然ではなかったが、何とも奇妙な光景であった。


———僕の中に、別の人格ができていたのか・・・


 口元が、やや緩んだのがわかった。

 望んだ多重人格が手に入った。

 嫌なことは、全て別の人格に押し込めてしまえばいいんだ。

 そうすれば、僕は苦痛を味わなくて済むことができる。

 それに、作り出した人格は、狂暴な方が都合がいい。

 だから、こうして、あの地獄の場所から抜け出すことができた。

地獄から抜け出してから気が付いたことが、何とも皮肉だが・・・

だが、やっと手に入れた自由を、むざむざと手放すわけにはいかない。

 そう、僕は、今日から新たな人生を歩むんだ。

 もう、誰の命令にも従わなくていいんだ。

 もう、誰にも逆らわなくてもいいんだ。

 もう、誰にも自由を奪われなくてもいいんだ。

 もう、誰も恨まなくてもいいんだ。

 もう、誰の目を気にすることもないんだ。

 もう、誰かに罵られて、流したくもない涙を流さなくてもいいんだ。

 もう、誰かのための人生を歩まなくてもいいんだ。

 もう、誰かに縛り付けられることもないんだ。


 もう、誰も殺さなくて済むんだ・・・


 顔が濡れていた。雨が降ってきたのだろうか。夜空を見るも、雨など降ってはいない。顔を上げたせいか、雫が口に入った。塩のようにしょっぱい。これは何だろう。雨ではないことは間違いない。

 わかった。

 これは、自分の涙なのか。

泣こうとして泣いているわけではない。泣きたい感情はない。それなのに、涙があふれてくる。自分の意思とは無関係に、これでもかと、涙があふれてくる。制御など、もはや効くはずがなかった。

僕は自由を手に入れた。さて、これからどうやって生きていこうか・・・

 収容所を抜け出した外の世界は、一人で立つのは初めてであった。制約のない世界は選択肢が多すぎて、かえって不自由になる。あの収容所の世界では言われたことをただやっていれば、不思議と1日が過ぎ去っていった。ところが、自由を手にした途端、何をやっていいかわからずじまいであった。生きている中で一番の地獄は『退屈』であると身に染みた。

 外の世界は楽園だと思っていたが、実態はそうでもなかった。食べるものも自分で調達しなくてはならない。寝る場所も自分で確保しなければならない。自分一人で生きていくことがこれほど大変だとは、思いもよらなかった。

 この世界は、収容所にいようと自由を手にしようと、地獄なのだ。結局のところ、世界というものはあの収容所を広くしただけだ。

あれこれ悩んだ結果、見つけ出した答えは、生まれた故郷を訪ねようとしたことだ。待っている人はいないのは分かりきっているけど、どうしても見たかった。どうしても、自分が生まれてきたわけを知りたかった。

生まれた場所は微かに覚えている程度であった。微かに記憶に残っている部分を頼りに、歩き始めた。

もしかしたら、僕を待っている人がいるかもしれない。いや、それはなくても、僕のことを覚えている人がいるかもしれない。僅かな望みを胸に、生まれ故郷を探す旅をつづけた。

 収容所に連れていかれてから、名前で呼ばれたことなど、一度もなかった。誰にも名前を呼ばれなかったせいか、自分ですら、自分の名前を思い出せないこともあった。もしかしたら、『ルウ』と、僕のことを名前で呼んでくれる人がいるかもしれない。

だが、生まれ故郷はどこにあるのだろう。ここから故郷へは、北か東か南か西か・・・知る由もなかった。

家族を探しているときに偶然見つけた1枚の写真。僕を含めた家族全員が写っていた。家の前で全員が笑っている。ここが生まれ故郷に違いない。この場所を探すことが、今の僕の生きる唯一の目的だ。

こうして、起きている時間全てを、生まれ故郷の捜索に充てた。

丸一日人間を殺さない日を送ったのは、いつ以来だろうか。

通りすがりの人すべてに、生まれ故郷の村について話を聞いてみた。しかし、生まれ故郷の村のことを知るものは、ほぼ皆無であった。

一体どういうことだ?

村にはもう誰もいないのか?

自分の生まれ故郷を探すこともできないのか。途方に暮れるも、他に生きる望みもなかったため、道行く人にひたすら声をかけた。

そんなことの繰り返しで、大きな町が見えてきた。

 掲示板には、あの収容所の絵が描かれていた。記事を読むと、収容所が何者かの襲撃により壊滅。この事件がきっかけで戦争が終結になると想定。

 やはり、あの収容所は諸悪の根源だ。いずれ誰かが叩き潰さないといけなかったが、誰一人として自分が死ぬリスクを負いたくはなかった。僕が叩き潰さなかったら、いつまであの収容所は機能していたのだろうか。事件日付は今日から1か月近く前を指していた。

 つまりは、1か月たっても、自分の故郷の村を探せないでいた。それだけ秘境にあるのか。それとも、それだけ遠い街へ連れてこられたのか。

故郷を探す旅をあきらめかけたその時、唯一村のありかを知っていた老人がいた。どうやら、その街のメインシンボルとして、タワーが立っているとのことらしい。確かに、写真の後ろにはタワーが立っているのがうっすら見えた。

6時間歩き続けて、案内された場所にたどり着いた。確かに、目印のタワーが立っていた。

やっと、生まれ故郷にたどり着いた。生きる目的として過ごしてきた日々が、達成できた。この村に、僕のことを知っている人がいるに違いない。

だが、他には何もなかった。

全て、焼け野原となっていた。

見渡す限り、人が住んでいることは、想像できない位荒れ果てた土地となっていた。

恐らく、街の人々を収容場に移したとき、街に火を放ったのだろう。はじめから、この町など存在しなかったようにしたかったのだろう。おかげで、どこが自分の家なのか、皆目見当もつかなかった。

もはや、自分に戻る場所など、どこにもなかった。僕を待ってくれている人はおろか、僕のことを知っている人さえいない。思い出のものなど、何もなかった。この荒野のように、僕の心も荒れ果てた。絶望の感情が、体の中を駆け巡った。


 行く当てもなかった僕は、自由の身になった瞬間を味わった高台に来ていた。どうやって来たのかは覚えていないが。

 結局、自由の身になっても、生きる権利は与えられないのか。それどころか、自由というものはかえって生きる目標を失うものだ。目標を自分で決めなければ、あるべきものは何もない。

 自由の身になったというのに、まるで逃亡者のような生活だ。正直、他人の目が怖い。今でも収容所にいた監視官が僕のことを追ってきているのではないかと思う。

 いるはずのない追跡者を、自分の中に生み出していた。

まして、僕のことを知っている人など、誰もいない。

正直、生きている意味があるのか?

誰かのために生きることなど、きっと訪れないだろう。

これから先、一体何のために、生きていくのだろう。

もう、生きていく望みは、何もない。

 やっぱり、死ぬしかないのか・・・

 父さん、母さん、弟よ。もうすぐ、そっちに行くからね・・・

 高台から、僕は勢いよく飛び降りた。いや、飛びあがったのだ。空に向かって羽ばたいたのだ。イカロスのように、天空へと。だが、無情にもこの星の重力によって、僕の身体は地面へと吸い寄せられてしまった。


———目が覚めた。

さぁ、天国の世界を見ようじゃないか。いや、ここは天国ではない。僕は、たくさんの人を殺してきたんだ。きっとここは地獄の入り口なのだろう。

 目に飛び込んできたのは、見覚えある景色だ。灰色に染まった無味な建物。それは、かつての収容所であった。確かに、地獄の入り口というのにはもってこいの場所だ。だが、収容所は現世での話だ。僕は死んだんだ。なら、この収容所は一体何なんだ? なぜ、目の前にそびえたっているんだ? 辺りを見回しても、見覚えのあるものばかりであった。既に人の気配はないためか、手入れのされていないため伸び放題の雑草。壁のひび割れがあちこちにあるが、間違いなくあの忌まわしき収容場だ。

 まさか、僕は死ななかったのか?

 天空にそびえたつくらい高い崖から飛び降りた。普通なら死んで当然だ。なのに、体には傷一つない。血も流れてはいない。多少の痛みはあるが、死ぬほどの痛みではない。

 なぜ、死ななかったのだ?

「なにやら困っているようだな?」

 どこかで声が聞こえた。内容を察するに、僕の方に向かって話しているようだ。声がした方向を見てみると、頭に角を生やした、猫くらいの大きさの生物がいた。だが、かわいい猫とは違い、目の前の生物はかわいいとは言えず、誰かを常に恨み続けた末、鬼のような醜い表情をしていた。

「お前は、誰だ?」

「俺は、地獄の大元締め、偉大なる閻魔様の直属の使いだ」

「はい?」

 見たこともない生物と、コミュニケーションが図れている。なんとも不思議な光景だ。確かに、鬼の表情からは閻魔の使いとしてはふさわしい。やがて、閻魔の使いという鬼が、聞いてもいないのに僕の方にベラベラと話し始めた。

「お前は、天国はもってのほか、地獄ですら受け入れを断られた。これがどういうことかわかるか? 一言で言えば、お前は死亡した時の引受先がないのだ」

「言っている意味が、よくわかりませんが」

 突然訳の分からないことを、まるで詐欺師のように早口でまくし立てる。あまりに唐突な内容を早口で聞かされては、頭の中で処理することなど、到底できなかった。

「まぁいい、順を追って話してやろうじゃないか。考えてもみろ。お前はこの収容所で一体どれだけの人間を殺してきた?」

「あれは、僕の意思で殺したわけじゃない」

 鬼は薄ら笑みを浮かべながら、重箱の隅をつつく弁護士のように見解を示した。

「だが、殺人の実行犯はお前だ。これがどんな意味か分かるか?」

 何を言っているのか、さっぱりわからなかった。閻魔の使いは状況が理解できていない僕に対して、バカにしたような表情でにやにやとしていた。

「なんだ、まだわからないのか? お前は人を殺すことには長けているが、頭は足りないようだな。よし、頭の悪いお前に、この俺様がわかりやすく教えてやろう。感謝したまえ。お前は毎日数百人の人間を惨殺してきた結果、第一級殺人者として初めて認定されたのだ」

 だから何だ? と僕は呆れていた。わかりやすくとか言いながら、全然わかりやすくない。自分が理解していることが相手にも伝わると思ったら大間違いだ。

「それで、結論は何ですか?」

「全く、無知なバカ者程結論を急ぎたがる。いいか、お前の人殺しの能力は、もはや脅威となっているのだ。その気になれば、弱小国家の制圧だって可能なのだ。その能力は地獄であっても脅威とされたのだ。これは、地獄始まって以来の大事件だ。第一級として与えられるのは、我が閻魔大王様の力を持ってでも、制御ができないレベルのことだ。第一級とみなされた人間は、悪者が集まる地獄ですら制圧されかねない事態となる。すなわち、悪者を収容する地獄がお前の身元引受を拒否したのだ。これが先ほどから俺が言いたかったことだ」

 だんだんと話がおかしな方向に進んでいる。とても現実とは思えない内容が次々と湧いて出てくる。そもそも、地獄など迷信程度にしか思っていなかったが、実在するというのか? だが、目の前の醜い鬼を見る限り、地獄の話も本当なのだろう。そして、僕は地獄ですら恐れる者として扱われている。

「つまり、この世界で言えば、犯罪者を収容する刑務所が、あまりにとびぬけた凶悪犯を恐れるあまり、引き受けを拒否した、というわけか?」

「いかにも」

 閻魔の手下の話を聞いて、どうにも腑に落ちなかった。

「地獄がそんな頽落を見せていいのか? この腐った世界ですら、凶悪犯を懲らしめるための機関はある。悪者に舐められないようにするのが地獄を統括する者の役目だと思うが」

「お前に言われんでもわかっとるわい!」

 突如閻魔の手下はかんしゃくを起こした。

「この世界では凶悪犯はさっさと殺してしまえば、ハイおしまい。だ。だが、地獄は凶悪な人間の行きつく先だ。そこから先への道はない。そんなところに、地獄を滅ぼしかねないお前が行ったらどうなる? 始末しようにもできない人間の扱いを永久に講じなければいけない。あらゆる苦しみを味わせる地獄が、我々の方が地獄を見ることになる。そんなのはごめんだ」

「さすが、地獄をまとめる閻魔の手下とだけあって、考えもわがまま気ままだな」

「やかましいわあぁぁぁ!!」

 またしても閻魔の手下はかんしゃくを起こした。だが、素振りがどうにも小物に見えて、恐怖は微塵も感じなかった。あの地獄の強制収容所の人間とは思えない人間である監視官の迫害が、こんな時に役に立つとは。何とも皮肉なものである。

「だが、お前の能力はお前が思う以上に凶悪なものだ。望む望まないに関わらず、お前は閻魔大王様から危険人物としてみなされた。あの鬼の閻魔大王様ですら怖気づくお前は、もはやどこにも行くことはできない。お前は、世界の敵となったのだ」

「行き場所が、ない・・・」

「だから、お前は死ぬことを禁じられたのだ」

「死ねない、ということか」

「そうだ。いや、不死こそがこの世で最もつらい地獄なのだ。考えてもみろ。お前はこの惑星が滅んでも生き続けることになる。お前が愛した人は全て先に死んでいく。そして、お前のことを誰一人として知らない人たちに対して、また一から自分のことを説明していかなくてはならない。終わりがないというのは、まさに地獄だ。まさにお前のような人生にぴったりだ。生き地獄を味わうがいい!!キャッキャッキャ・・・」


———!!!!


———・・・・・


 一瞬意識を失ったのか、ほんの10数秒の記憶がなかった。ふと、自分の手を見ると、血がべっとりとついていた。

「うわあああぁぁ!!」

 驚きのあまり、情けない声を上げてしまった。この血は何だ? 自分の血か? いや、血が流れている感覚はない。まさか・・・

 目線を足元に落とすと、閻魔の使いの鬼が顔をつぶされ、血だらけでぐったりと倒れていた。

「うわあああぁぁ!!」

 驚きのあまり、またしても情けない声を上げてしまった。一体誰が、こんな残酷なことをしたのか?

 収容所で人を殺していた時は、まだ自覚があった。だが、ここまで顔が無残に潰されるくらい手を加えることはなかった。

 周囲には人っ子一人もいない。荒れ果てた土地以外何もない。残る答えはただ一つ。

「や、やっぱり、僕が殺したのか?」

 地獄の使者を名乗るのなら、悪者の扱いには長けているはずだ。にも関わらず、あっさりと屍をさらしていた。とても、油断したからとは思えない。それは、先ほどまでの態度を見ればわかる。それに、僕を危険人物とみなしていたことからも想像がつく。

答えは単純だ。つまりは、僕が殺したからに違いない。自覚はないが、地獄からの使者をあっさりと殺してしまった。これで自分は、地獄ですらブラックリストに載ることは免れない。一体、僕の中に眠る狂気は何なのだろうか。元来生まれ持ったものか、あの収容所で自分が作り出したのか。

確かに、僕のことを閻魔が恐れることに、理由が付く。僕ですら、この狂気の能力に恐怖を覚えた。無自覚で、制御も効かない、一瞬にして目の前の生物を殺害できるこの力を。まさに、歩く殺人マシーンだ。もう一つの人格が勝手に暴走しては、どうすることもできない。僕の人格ではないのに、外見が一致するもう一人の自分のせいで、追い詰められなければならないのか。

心は違えど、身体は同じ。だから、僕の行動について身体が記憶しているのか。だから、人を殺した記憶が、身体に染みついているのだろう。人格が違えど殺人が正当化の環境であろうと、人を殺した身体を僕は有している。その報いのせいか、身体が死を拒むようになってしまったのか。

思考がパンク寸前であったが、一つ分かったことがある。

死ぬことの許されない人生が、幕を開けた。

 永遠に死ぬことが許されなくなった今、人間の一生など僕にとっては瞬きほどの時間にしかならない。愛した人は、必ず先立ってしまう。もはや、人間を愛することに対して、何の感情も抱かなくなった。

 地獄の幕開けが始まった。

これからどうやって生きていこう。

自殺もできない人生を生きるなんて・・・


———「どうして私を助けてくれなかったの? どうして私を殺したの? あなたが私の目玉を突き刺した時、すごく痛かったのよ。どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?」


「どうして?」


「わあああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 寝ているとき、あの時目玉を刺した少女が怨霊となって出てきた。怯えた表情はそのまま、僕が突き刺した左目がえぐれたままだった。これは現実で起こっていることなのか、自分の精神の中で生み出しているのか、判別がつかなかった。

「こうなったら、あなたにずっと憑いてあげるわ。私は地縛霊。死ぬことはない。あなたも死ぬことはないのでしょう? なら答えは簡単。私は永久にあなたのそばから離れないわ。ありとあらゆる動物に憑依して、あなたのそばをひと時も離れないわ。憑依した生物が死んだときには、また違う生物に憑依するだけよ。あなたは一生不幸な人生を過ごすよう、私がありとあらゆる策を練ってあげるわ。覚悟することね」


 悪夢が明けた。夢でよかった。いや、夢かどうかも亜分からないが、夢であってほしい。夢に出てきたあの亡霊は僕に付きまとうと言ったが、本当なのだろうか。辺りを見回すと、そんな生物はいない。よかった、全ては夢だったのだ。本当に良かった。

『にゃー』

 猫の鳴き声が聞こえた。なんだ、猫か。脅かすなと、ほっと胸をなでおろした・・・

———ありとあらゆる動物に憑依して、あなたのそばをひと時も離れないわ。

 まさか! あの悪霊がこの猫に憑依したというのか?

『にゃー』

 かわいい鳴き声とは裏腹に、不敵な笑みを浮かべているのを見逃さなかった。さらに、目が笑っていない。いや、左目の開きがおかしい。これは僕が彼女の左目を突き刺したことを示しているのか。

「そんな、僕に一生憑いていくというのか・・・」

 もう絶望しかなかった。この絶望が一生続くのであれば死ぬしかない。いや、死ねない身だ。

 本当に、どうやって生きていこう。

 たすけて

 死にたい・・・



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