第六章 ミレイの帰還と国家の暴走 inボルドウ国
「へぇ、ここがミレイの生まれ故郷か」
幾多の困難があったが、ミレイたちは無事にボルドウにたどり着くことができた。旅の初めは一人だったミレイであるが、帰りはダイトとルウを連れて戻ってきたことに、市民は色目を使っていた。あの男二人は一体何者なのだろうかと、早くも噂でもちきりになっていた。ひょっとして旅先で見つけたしもべかペットか。それもやや大人な魅力を醸し出すルウと、少々やんちゃな少年のダイトの組み合わせのため、女性の妄想は尽きることがない。
ずっと単独行動をとってきたルウであったが、なぜかボルドウに入国する寸前に合流してきた。ミレイは気にはしていなかったが、ダイトがやや不審な目を向けていた。
「これで俺たちの旅も、終わりなんだな」
「そうですね、ダイト。そしてルウさん。あなた方がいなければ、私は無事にこの旅を終えることができるかわかりませんでした」
お礼を言うミレイに、やや照れるダイトであった。
三人はミレイが住むお城にたどり着いた。周りは草で覆われた広大な芝生に囲まれ、中央には、見上げるくらい高い城が建っていた。
「す、すっげー。こんなどでかい建物にミレイは住んでいるのか。うらやましいぜ」
「ふふ、ありがとう」
自分の故郷の劣悪な環境から見れば、なんと衛生面で素晴らしいのだろうと、ダイトは思った。
旅の最期として、ルウとダイトはミレイをお城の入り口までエスコートした。
「ダイト、ルウさん。ここまでありがとうございました。お父様にお願いして、今夜は二人をもてなしたい思います」
わかったぞ。このためにルウは俺たちと一緒にボルドウに入国したのだな。つまりは、ごちそうが狙いだな。
「ダイト君、私はそんなくだらないことに興味はありませんよ」
読まれていた。ダイトは何も言えなかった。
そうこうしているうちに、ミレイは笑顔で二人に手を振りながら城に入っていった。
「けっ、お前と二人っきりかよ」
「会話に困りますね」
思えば、ダイトとルウがツーショットというのはこれが初めてではなかった。だが、手持無沙汰な時間を過ごす意味ではこれが初めてであったため、結果として、ミレイがいなくなった途端、この二人は何とも言えない気まずい雰囲気に侵された。
「只今戻りました」
ミレイが、王家の使いの者に鞄を渡したあと、王室の方へ向かった。
「おぉ、ミレイ。ミレイじゃないか」
歓喜の声を上げているのは、ミレイの父でもある国王であった。
「お父様。ミレイ、只今無事に帰還いたしました」
口調はかしこまってはいるが、口元はにやけていたミレイであった。久しぶりの再会と無事にホームに帰って来た安堵感が入り交ざった結果であろう。
「よく、無事に帰って来た。さぞ辛かったじゃろう。どうじゃった。これまでの旅は?」
「えぇ、何度か危ない目に遭いましたが、無事に戻ってこれました」
「危ない? ワシはそこまで危険な旅をさせたつもりはないが」
「確かに、危険な旅でしたが、私のことを守ってくれた人がいました」
「そうか、今度その人を招待しなさい」
親子で水入らずの再会をしているときだった。
「それで、例のお宝は手に入ったんだろうな?」
ミレイが帰還して間もない中、大臣が塩対応の如くお宝の有無を確認した。
「こちらになります」
ミレイは鞄から例の部族から譲り受けたダイヤを取り出した。
「おおぉぉぉ、これだ。この輝き、まさに本物じゃ。はははっ、やっとこのわしの目の前に姿を現すことができた」
大臣がミレイが秘境の部族から譲り受けたお宝を、高らかに掲げ大臣であった。
「このお宝があれば、もはやミレイ、お前に用はない。消えてもらおうじゃないか」
ミレイの思考回路が止まった。大臣が何を言っているのかがわからなかった。
「おい、お前は何を言っておるんじゃ?」
「やかましい!」
国王に銃口を向ける大臣であった。
「———遅い。ミレイは遅いぞ。全く何やってるんだ?」
近くのベンチに腰を掛け、貧乏ゆすりをしているダイトであった。だが、神妙な顔をしているのはダイトだけではなかった。
「なにやら嫌な予感がしますね」
ルウが猫ちゃんを撫でながら、不吉なことを口走った。
「嫌な予感? まさか、男を連れて帰って来たことを気にしているんじゃ。旅先でお前は一体何をしてきたんだと、ミレイはお叱りを受けているんだ。あぁ、俺たちのために、すまないミレイ」
「そんな悠長なことであればいいのですが」
「ち、違うっているのかよ」
「ミレイさん身に、危険が迫っているのかもしれませんね」
「身の危険が迫っている? まさか、男を連れて帰って来たことを気にしているんじゃ。旅先でお前は一体何をしてきたんだと、ミレイはお仕置きを受けているんだ。あぁ、俺たちのために、すまないミレイ」
だめだこりゃと、ルウは呆れた。
「ダイト君。ミレイさんの旅の目的は、ある部族のお宝を持って帰ることですよね。つまりはお使いというところでしょう。そのお宝は、私の見たところ一生遊んで暮らしていく分の値打ちはあるはずです。もし、城の内部の人間の誰かが、このお宝を強奪するようなことがあれば」
「ミレイの身に危険が及ぶ!」
「ダイト君、城に乗り込もうではありませんか」
「おう!」
決意を固めたルウとダイトはミレイの救出に向かう。
やがて、先ほどミレイと別れた城の入り口にたどり着いた。
「あの・・・」
あくまで低姿勢で行動に出るルウであった。あからさまに猫を被っていると、ダイトはルウの演技に感心した。
「先ほどミレイさんからお城の案内をするため外で待っててくださいと言われたのですが、少々時間がかかっているので心配になってきました」
城の受付係がミレイに連絡しようとするも、応答がない。
「変ですね。先ほど城に入られたのにもう音信不通ですか。これはいよいよ、ミレイさんの身に何かあったことが現実味を帯びてきましたね」
ルウの推理を聞いてすぐに、ダイトは強行突破を図った。
「ミレイィ、今行くぞぉ!」
「まったく、あの単細胞はすぐ目の前しか見えていないんですね」
ダイトを追いかける警備員をルウは追いかけた。
「ミレイィ!」
「ダイト」
ミレイの耳に、ダイトの叫び声が聞こえた。
「こ、これは一体」
ダイトの言う通り、状況が把握できない事態が目の前で起こっていた。ミレイの城であるにも関わらず、ミレイが周りの兵士から銃口を向けられている。ミレイの隣には、国王でありミレイの父親と思われる男性が同じく銃口を向けられていた。
「やはり、城の内部によからぬことを企んでいる輩がいたようですね」
ルウの考えていた通り、ミレイが無事に城に帰還してハッピーエンドとはならなかった。城の人間も予期せぬ事態に直面したため、あたふたしていた。
「何だお前らは?」
銃を構えている大臣が、二人に向けて照準を変更した。
「な、何なんだ。何が起こったんだ?」
「お子様のダイトくんが理解するには酷な展開ですね」
頭に湯気が立ち上るダイトをよそに、ルウは淡々と状況を説明した。
「気になることがありますね」
ルウは国王の方を向いた。大臣のことは眼中にないルウに対して、大臣はかんしゃくを起こした。
「国王にお聞きしたいことがあります。ミレイさんが持ってきたこのダイヤ。一体どれほどの危険を冒して持って帰ってこられたと思いますか?」
「い、いや。簡単なお使いであると、聞かされただけじゃが」
やはり、国王は唆されただけか。
「国王、センチネンタル族という部族を知ってますか?」
「し、知っているとも。外部との接触を拒否する生活を続けて、村民は排他意識が非常に強く、部外者を殺害することもいとわない危険な部族じゃないか!」
「ミレイさんは、その部族からお宝をもらってきたのです」
「なんじゃとおぉぉ!」
やはり国王はこの事実を知らなかった。
「下手すれば、ミレイは殺されるところだったじゃないか」
「やはり、国王はこの事実を知らなかったようですね。この事実を知っていれば、ミレイさんをあんな危険な目に合わせるわけがありません」
「よくミレイは、その部族からお宝を無事にもらってこれたな。それに、彼らが大切に祭っていたダイヤを、こうも簡単に手放すとは到底思えないが」
「彼らは、ミレイさんが裏表のない人間だから、信頼したのでしょう。ミレイさんは部族のお宝の価値については無知だったところが、功を奏したのでしょう」
ルウは一体誰が国王を唆したのか。だが、そんな人物はこの現場を見てすぐに分かった。
「大臣、あなたが全て仕組んだのでしょう私が思うところ、この大臣はミレイさんを使って、秘宝を受け取ることが目的だったのです。確か、その秘宝は心が清らかなものでなければならないと謳われていました」
ルウが探偵のように、状況証拠から次々と推理していた。状況をよく理解していなかったダイトが、理解できなかったのか、話しに割ってきた。
「それなら、あの大臣自らが取りに行けば話は早くないか?」
「流石ダイト君。単純な答えをありがとう」
バカにしているかと、ダイトは怒り心頭となった。
「考えてみましょう。心が真っ黒かつ腹黒い大臣では、秘宝を受け取る権利がないに違いありません。表情を見る限り、いかにも腹黒い三流政治家の臭いがしてなりませんからね。結果として、センチネンタル族に殺害されるのは目に見えています。だから、ミレイさんにお使いのような面倒な手を使うざるを得なかった」
初対面の人間に対して失礼極まりないルウの説明のおかげで、ダイトが状況をようやく理解できた。そして、ミレイに危害を加えている大臣に向かって再び頭に湯気を立ち上がらせた。一大事の最中ではあるが、笑いを堪えるのに必死なルウである。
「もしくは腹黒い三流政治家の見解からすると、ミレイさんの口を割らせて部族の集落を探すのでしょう。抵抗するものにしついては容赦なく惨殺して、ダイヤだけを奪い去る。これで一生遊んで暮らせるのであれば、まさにせこい思考しか考えないものにとって天国そのものでしょう」
「薄汚い豚やろーめ!」
「ダイト君、本当のことを口にしてはいけませんよ。ほんのちょっとのぼやが、瞬く間に大火事になります。それに、権力者に対しては尚更注意が必要です。人格を持ち合わせていない人間となれば、始末が悪いです。あの時の独裁者のような下衆になります。権力を握れば、私利私欲の限りを尽くすに違いありませんからね。その結果は、今のありさまを見ればわかるでしょう」
「確かにな」
ダイトに大臣を刺激しないほうが良いと忠告しているルウであるが、ルウも遠回しに大臣をコケにしていた。火に油を注いだ結果、大臣の脳内は一気に火災現場の如く怒りの炎に満ち溢れていた。
「お前らは一体何様だ。突然この屋敷に現れて、よくもワシの悪口をずけずけと」
「国王にお聞きします。この城の警備は全て大臣が担っているのでしょうか」
またしても無視されたことに腹を立てる大臣を横目に、国王は静かにうなずいた。ルウの脳内では最悪のシナリオができ始めていた。
「つまり、この城で武力行使ができる人間は全て、大臣の部下ということですね。だとすれば、事態を何も知らない他の人間が、大臣たちを取り締まろうにも手出しはできない。このままいけばクーデターになるということでしょうか」
「何をごちゃごちゃ言っているんだ。お前たちはれっきとした不法侵入者だ。それに、このワシがクーデターだと一言付け加えれば、お前たちを逮捕することができる」
「よくもまぁ、そんなことが言えますね。第一そんな証拠はどこにもないでしょう」
「簡単じゃ。お前たちを誰一人として外から出さなければ、誰も真相を知ることはない」
隣で聴いていたダイトが、大臣にかみついた。
「お前、よくもそんなことが言えたもんだな」
「構うものか。それに、ワシはこの国の大臣のポストについておる。すなわち、権力を握りしめているということじゃ。となれば、お前たちの命も、ワシが握っているも同然じゃ」
ダイトが怒りに任せて大臣にとびかかろうとした。
『ダアァァァン!!』
銃声があたりに響いた。弾丸はダイトの頬をわずかにそれた。
「あ・・・」
ダイトは恐怖のあまり、腰から砕け落ちた。これまで何度かピンチに陥ったことはあったが、死の脅威に直面したことはなかった。今まさに、死への恐怖を実感したダイトは、戦意を喪失して、顔面が蒼白していた。
「ダイト君、しっかりしてください。あなたはまだ死んではいませんよ」
「何じゃ若造、出しゃばって。なら、お前を殺してやろうか」
あなたよりはずっと人生の先輩です。と言いそうになったのをルウはこらえた。さすがに事情を知らない人が効いたら、頭がいかれた人間にしか見えなかっただろう。
「できるものなら、やってみせてほしいですね」
ルウは本心を言ったが、大臣には挑発としてしか受け止められなかった。無理もない。不死身の人間など、まずもっていないためだ。
「それに、この場で私たちを殺害すれば、いくらミレイさんの城の中とは言え、隠し通せはできません。あなたは殺人罪として捕まりますよ」
「簡単なことじゃ。クーデターを起こしたテロリストとして、お前たちに罪を着せればいいだけのこと」
権力者お得意の方法だと、ルウは嫌悪感を露にした。
「お前たちは簡単に生かしてはおけなから、超法規的措置として3日後に公開処刑をするとしよう」
衛兵たちは、突如ルウたちの手首に手錠をはめた。
「お前らあぁぁ!!」
「ダイトさん、ここは彼らの指示に従うべきです。反抗しようものなら、あなたの身体は蜂の巣になりますよ。それに、ミレイさんだって無事にはなりませんね」
「くっ・・・」
ダイトはルウの言葉に従い、衛兵たちに身柄を抑えられた。ルウに対しては、銃口を向けられても平然とした振る舞いから、数人がかりで細心の注意を払って手錠をはめた。反抗されてはひとたまりもないと想定した。一方、ダイトにはコソ泥のように雑な振る舞いで手錠をはめた。反抗しても簡単に制圧できると衛兵は踏んだに違いない。それに、ダイトは戦意を喪失した状態であった。つまりは、弱い者には強気に出る弱虫だ。
「あなたたちは、この亡者の言いなりで人生を終えていいのですか?」
連行される中、ルウが衛兵たちにささやいた。
「うるさい! 黙って歩け!」
「やれやれ、家畜になってまで生きたいのですか。だとすれば、あなたたちの人生は生きてないも同然ですよ。生きる意味も持たず、ただ死ぬだけの人生なんて、私にとっては、そっちの方が地獄ですがね」
不死の身であるルウが地獄と評したのは、永遠の命よりも自分の誇りを失って、家畜同然でただ目的もなく生きていることであった。
カーマイン事件の時のように、兵士に向かって誘導尋問するも、失敗に終わった。よほど強力な忠誠心があるのか、兵士たちは自分の職務を全うしていた。
いや、違う。恐らくミレイさんが持ち帰ったあのお宝を使って、多少のおこぼれをもらうのだろうとルウは推理した。生きる目的のない人間にとって、最高のエサは金だ。走る馬の鼻さきにニンジンをぶら下げるように、金をぶら下げたのだろう。約束が果たされるかは、彼にとっては興味などなかった。
やがて、ルウたちは地下牢に閉じ込められた。
「ダイト君、大丈夫ですか?」
「あったりめーだろ! ちくしょう、あいつら、この俺様をこんな目に遭わせやがって」
「まぁ、いたって妥当なところだと思いますが」
「な、何だとぉぉ!!」
怒りをぶちまけるダイトに、今度は高らかに笑い声をあげるルウ。だが、彼はダイトが元通りになったのを見て、安心した部分もあった。
「さて、ミレイさんは囚われの身、下手をすれば処刑される可能性もあります」
「な、何だって!?」
ミレイが殺されることについて怒りが込み上げるダイト。
「私はミレイさんを助けに行きます」
「助けると言ったって、俺たちも捕まっているじゃないか? 一体どうするっているんだ?」
「簡単ですよ。ここから脱獄すればいいだけです」
「脱獄って、そんな簡単にできるものなのか?」
ルウはいつものうすら笑みを浮かべていた。土壇場になっても、ルウはルウのままであった。
「これくらいの牢獄なら簡単ですよ。私がかつて捕らえられた収容所と比べれば、容易いものです」
ルウが腰を重たそうに上げた。服の襟の部分を切り、針金を取り出した。やがて、針金を鍵穴に差し込み弄り始めた。いわゆるピッキングなのだと、ダイトは思った。
素早い手つきで、ルウはあっという間に牢屋の鍵を開けた。あまりに手際がいいため、最初から鍵がかかっていないかのようにも、ダイトには思えた。
「さて、あなたはどうするのですか?」
「き、決まってるんだろ! 俺もミレイを助けに行くぞ!」
本心ではミレイを助けに行きたいが、ルウはダイトの足が震えているのを見逃さなかった。
「さすがです。ダイト君も、家畜になってまで生きようとはしないのですね」
「あったりめーだろ! 自分の人生は自分で切り開くものだぜ!」
ルウはこれまでにないくらい、無垢な笑みを浮かべた。
「ブラボー。それでこそ男の子です。ですが、ここから先は生半可な気持ちではいけませんよ。下手したらミレイさんを助けるどころかあなた達の命が失われてしまうことだってあります」
「大したことねーよ。俺たちはこれまで様々な困難を乗り越えてきたんだ。ミレイを助けることなんか朝飯前だ」
その自信はどこから来るのやら。これまでの冒険で自分が裏で手回ししなければ、命がいくつ必要だったことやら。ルウは事実を伝えようか悩んだが、この場で種明かしをしても無意味と判断し、何も言うことはなかった。それよりも、時間がないと言ったところか。
「これから先は、まず自分の命が何よりも最優先です。これからの私はこれまでの私とは少々違います。仮にミレイさんを助けることができてもあなたが死んでしまっては元も子もない」
「そ、それじゃあ、ミレイは助けられないじゃねーか」
「私に不可能はありませんよ」
口元では笑みを浮かべても目が笑っていないことにダイトは気がついた。味方ではないにしても敵ではない立ち位置のルウではあるが、これまで出会ったどの敵より恐ろしく、冷酷に見えた。背筋が凍りついて初めて恐怖を覚えた。
「では、いきますか・・・」
ルウは無防備で巡回中の警備兵に近づく。ダイトの目にしては一瞬の出来事であった。
ルウは警備兵の後ろに回り込み、首筋を手刀で振りかざした。警備兵はなんとルウの一撃で倒れた。ルウの手際は実に鮮やかで、警備兵が持っていた拳銃を奪った。
「近代文明の武器は便利です。加減ができますから。刀なんか今の私に持たせたら、目に見えるもの全て殺してしまうでしょう。自制が効かなくなりつつありますから」
徐々にダイトの生気が失われていた。何かとてつもない化け物と共に行動している自分に気がついた。自分は強いと思っていたのは、実は井の中の蛙ではないだろうか。今、目の前にいるルウが襲ってきたら、確実に命を取られる。力の差が桁違いだと、ダイトは痛いほど感じた。これまで戦ってきたどの敵よりも、ルウの方が脅威であった。
「ミレイさんとの不殺生の約束は守ろうとしましょう。ただし、相手を五体満足にさせる保証はないですがね。腕の1本や2本は覚悟してもらわないと・・・」
恐らくミレイが聞いたら憤怒するだろう。「いけません」と。
ダイトはまともにルウの目を見ることはできなかった。口調はいつも通りでありながら、目があっただけで殺されそうな気がした。味方でよかったとは思うが、素直に喜べない。ダイトはルウの後ろにおとなしくついていく形となった。
牢屋のあるエリアから出ようとした時だ。
「何ぃ、あいつらが脱獄しただと?」
至る所で怒号が響いていた。
「意外とバレるのが早かったですね、もう少し時間を稼ぎたかったのですが」
ルウが拳銃を上に向けて構える仕草が、何とも様になっているように見えたダイト。目つきがより鋭くなっていくルウ。
不意にルウがダイトの方を振り向いた。驚いたダイトが声を上げそうになった。ルウが人差し指を立てて口に当てた。
「どうしましたか、いつものダイト君らしくありませんよ」
いつものように、物腰の柔らかい口調で話すルウではあるが、逆に恐怖感をダイトは感じた。
「お、お前。過去に相当悪いことをしていたんじゃないか?」
想像よりも斜め上のことを聞かされたルウは、少々ダイトをからかうことにした。
「そうですね。あなたが思っている以上に凶悪なことをしてきましたよ」
「じ、じゃあ、人を殺したことだって」
「もちろんありますよ」
薄ら笑みを浮かべながら、簡単に人を殺した過去があることを話すルウにダイトは硬直した。ルウは何も誇張をしてはいなかった。
「あ、あぁ・・・そ、そうなのか」
ダイトは震えていた。味方とはいえ、目の前には人の命を奪った人間がいた。
「な、何人殺したんだ?」
「そうですね、一人や二人では効かないというところでしょうか」
「・・・・・・・」
連続殺人犯でありながら、謙虚で涼しげな態度の彼は、サイコパスそのものであった。開いた口がふさがらないダイトは、震えが止まらなかった。
「人を殺す感覚って、どうなんだ」
「興味があるのですか。やめた方がいいですよ、殺人なんか。百害ありて一利なしです。やはり、人間に対する感情は愛でなくては」
ルウが優しく諭すも、ダイトの膝は震えたままだった。先ほどまで意気揚々としていたが、本物の殺人犯を目の前にして恐怖に身体が支配された。
「私が怖くなりましたか?」
「な、なに言ってるんだよ」
「隠しても無駄ですよ」
ルウがダイトに少し歩み寄った。
「お、お前が人を殺したことを知った俺は、お前に消されるのか?」
「はい、さっきからそんなことで怯えていたのですか」
ルウは、ダイトの言葉に拍子抜けした。
「ご安心を。あなただけでなく、もう誰も殺しはしません」
ふと微笑むルウに、同性であるが、完全にダイトは堕ちてしまった。いや、堕ちかけたところでなんとか踏ん張った。
「な、なぁ、教えてくれ! どうすれば、お前みたいに強くなれるんだ。人を殺すことじゃなくて、人を守る力だ」
ダイトが自身のプライドを捨てて、ルウに気持ちをぶつけた。気持ちをぶつけられたルウはいささか困惑していた。
「私は、強くなろうとして強くなったわけではありません。強くならざるを得なかった、とでも言っておきましょうか」
「な、なんだよ、それ。からかってるのかよ」
ルウの全てを見透かしているような態度に、怒りを覚えるダイト。まさに、その通りはあるのだが。
「できるなら、私は誰も殺したくはなかったのですが・・・」
ルウが遠い目をして過去を振り返った。
「なら、ダイト君は、どうして強くなりたいのですか?」
「き、決まってるだろ。お、俺は、その、ミレイを・・・」
ふと、ルウの口元に笑みが浮かんだ。先ほどまでの非常な性格が消えていった。
「誰かを守りたい気持ちがあれば、私なんかよりはるかに強くなれますよ」
「で、でも。今の俺は未熟だから、何度もミレイを危険な目にあわせてしまったんだ。もう、いやなんだよ・・・」
ダイトの目には、光るものがあった。
「大丈夫です。ダイト君は必ずや、ミレイさんを守ることができますよ」
「そんなこと言っても、ミレイはお前のことが好きなんだよぉ。俺のことは何とも思ってないに違いない。俺は、おれは・・・」
声がディミヌエンドの如く、だんだん小さくなっていった。
「簡単ですよ。あなたがミレイさんをずっとお守りしていけば、ミレイさんはダイト君を特別な人と思ってくれるに違いありません」
「お前・・・」
「さぁ、ミレイさんを助けに行きましょう」
(ミレイさんを、任せましたよ。これは心からの私のお願いです)
「いたぞ、ここかぁ! 脱獄犯を逃すなぁ!」
「どうやら、話し声が聞こえてしまったようですね」
ルウは銃口を警備兵の方へ向けた。
「私はあの日から不殺生を誓った。何があってもこの誓いは守ると誓った。けれど、今度ばかりは守れるかどうか・・・だけど、私は、ミレイさんを助け出す!!」
ダイトの目にはルウの姿が意外に映った。いつもうすら笑みを浮かべて、敵なんだか味方なんだかわからない振る舞いをしていたルウが、ミレイを助けるために躍起になっていることだ。やはりルウにとってミレイはかけがえのない人なのだろうか。何か、特別な感情があると言うのだろうか。
『ダアァァァン!!』
ルウは向かってくる警備兵めがけて発砲した。驚きのあまり、警備兵の動きは止まった。
「ま、まさか、撃ったのか。殺したのか?」
ルウは警備兵の左胸めがけて銃を構えていた。発砲すれば、間違いなく死に至る。心臓に命中すれば、おびただしい血があふれ出る。だが、警備兵から血の一滴も出てなかった。
「空砲ですよ」
ルウは固まった警備兵めがけて、またしても手刀で気絶させた。
「さて、ミレイさんの元へ行きますか。急ぎましょう」
「こちらが、ルウの身辺を調査した結果です」
「うむ・・・」
大臣は椅子に腰かけ、右手を顎に乗せながら調査レポートをめくっていった。
———調査対象、ルウ。出身、生年月日、家族構成共に不明。役所の戸籍の登録なし。交友関係は一切なし。
「こいつは、一体何を目的にそて今日まで生きているんだ。まさに生きる屍じゃないか」
「気になるのが、この写真です。こちらは先々代の女王の写真なのですが、奥の男に注目してください」
言われるままに写真を見ると、大臣は驚愕し、思わず席を立った。
「こ、こいつは、ルウじゃないか! 写真の日付から見るに、50年近く前だぞ。それが、姿かたちそのままの奴じゃないか」
「にわかには信じられません。これほどのそっくりさんは恐らくいないでしょう。一覧双生児の方がまだ違いがあります。ただ、ここまで来ると、奴は不老不死の可能性があります」
「ふ、不老不死だってぇ? バカ言ってんじゃないよ!」
突然、アニメのような突拍子もない設定に呆れていた大臣である。
「確かに、一言で不老不死と片づけてはお粗末です」
執事が博物館から取り寄せたという資料を、大臣に渡した。
「大臣、数百年前に起こった世界大戦で、この国は異国の民間人を大量に殺害していたという歴史はご存知ですか?」
「一応な」
執事が資料を広げ説明をした。
「この資料によりますと、当時覇権を握っていた『ジン』と呼ばれる国家は、世界各国を植民地としていました。国民が生きていれば、食料などが消費されます。これを快く思わなかった当時の権力者が、植民地の奴隷が働けず富を生まないと判断された時、資産運用で言うところの負債に当たるとして、容赦なく殺害していたそうです」
「何ともむごたらしい。あのカーマインが可愛く見えるわい」
「確かにその通りです。ですが、当時は現代とは違い、爆弾やガス室など、1度に大量の人間を殺処分できる兵器はありませんでした。そのため、当時は人間が一人一人殺処分をしていたそうです」
大臣の顔色が悪くなり始めた。
「気色悪い話はやめにしてくれないか。結論だけ早く言いたまえ」
かしこまりましたと言わんばかりの執事であった。
「資料によりますと、この殺処分をしていた人間の名前が書かれていました。『ルウ』と書かれています」
「何だと」
大臣が驚きの声を上げた。
「こいつはとんでもない人間だ。いや、人間ではない。化け物だ」
「いずれにせよ、ミレイお嬢様からルウの情報を吐かせるのが得策かと」
「ならば、あいつに直接尋問する必要があるな」
「いえ、大臣殿。もっといい案があります。これには、ミレイさんも同席することをお勧めします」
大臣と執事はミレイの部屋に押し掛けた。彼らはミレイを自分たちの部屋に呼び出そうとしたが、立場上できないことが不満であった。
「失礼しますよ」
あくまで物腰を柔らかくする大臣であった。
「あなたと共に行動したルウと呼ばれる青年ですが、一体何者ですか? ただの人間ではないでしょう」
「さぁ、ルウさんは勝手に私についてきたのでよくわかりませんが」
「とぼけるのですか?」
言葉では丁寧に接していても、態度が徐々に高圧的になってきているのをミレイは感じ取った。
「あなたたち、ルウさんに何をするつもりですか」
「別にどうということはないさ」
ルウやダイトを抹殺してもおかしくはない。やはり、3日後の処刑は本当に実行するつもりだ。
「あなたたち、ルウさんやダイトに危害を与えてみなさい。その時は私が絶対に許しません」
「そんなことは知ったこっちゃないな。それより、このセンチネンタル族とどうやって意思疎通を図ることができたか、教えてもらおうか」
なおもミレイに対して執拗に聞いてくる大臣たちである。ミレイの周りには助けてくれる人は誰一人としていなかった。絶体絶命のピンチであった。
———いいですか、ミレイさん。男どもは女性が怯えて助けを求めるような表情に性的な興奮を覚えるものです。怯えるのは本能のため仕方ありません。ですが、それを相手に悟られないようにしなくてはなりません。いわゆる演技です。気丈な女性をモデルに演技をすれば、男どもの言いなりにはなりません・・・
ここにきて、ルウの言葉がミレイの脳内で再生された。ルウの悪趣味な心理学だと勝手に思っていたミレイであったが、今まさにルウの言葉が真実だと認識した。
この薄汚い男どもに屈することは許されない。ならば、気丈な性格に持ち主であった母をモデルに抵抗しよう。威厳と誇りが備わった、この世で最も尊敬する母親になりきろう。
「私は、あなた方の要求は断じて呑みません!」
「ふっ、強情な娘よ。もう一度聞こうか。ミレイ、お前と旅しているルウとやら。奴は一体何者じゃ」
「あなた方に教えることは、何もありません」
「嘘を言うな! 何も知らない奴とノコノコ旅を続ける奴がどこにいるんだ!」
大臣の手下が高圧的な取り調べをするも、これまでの旅の経験で何度も命を狙われたミレイにとっては、大したことはなかった。旅に出る前のミレイと比べて、格段に度胸がついたようだ。
「そうか。お前が奴を知らないと言うなら、奴の本性を見せてやろう」
「ルウさんの、本性ですか?」
大臣が執事を呼び出し、例の作戦を実行するよう呼びかけた。執事は変な呪文のようなものを呟きだした。だが、この呪文はどこかで聞いたことがあるとミレイは察知した。そうだ。ジェーンと名乗る死神を召還した時そのものだ。やはり、目の前に突如亜空間のようなものが現れた。
「キシェェェェェ!! 人間を地獄の処刑台まで連れていくのが俺の役目。どんなに凶悪な人間であろうと、俺ににらまれたら最後、処刑は免れない。地獄の門番・ジェーンの登場!」
鎌を持ち全身が紫色のマントで覆われたガイコツ姿の『いかにも』の地獄の門番が飛び出てきた。正体は、エリアスがかつて呼び出したジェーンであった。この前と一言一句変わらないお決まりのフレーズは、練習でもしたのだろうか。まるで、駆け出しのアイドルの自己紹介のようだ。
ジェーンはミレイを見るなり、飛びあがるようにして驚いた。
「お、お前はあの時の小娘ェ。ま、まさか、ここにルウがいるんじゃねーだろーな?」
「安心したまえ。ルウはここにはいない」
ジェーンのご機嫌を取るように、大臣がルウがいないことを伝えた。仮にも、地獄の門番であるジェーンは、機嫌を損ねれば地獄へ連れていかれる可能性があることを、ミレイは思い出した。
「ジェーン、頼みがある。お前にはルウが過去にどんなことをしてきたか、皆に聞かせてほしいのだ」
「お安い御用だじぇ」
ジェーンはお得意のおしゃべりで、ルウがこれまでどのような悪事を働いてきたかを話し始めた。