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第五章 深夜の森と狂ったミレイ



 夜遅く、ダイトが寝静まったのを確認したミレイは、ルウが近くで寝泊まりしていることを予感して、辺りを見回す。鞄にそっとナイフを忍ばせて。

 10分ほど歩いたやや高台に、煙が上がっているのが見えた。ルウはそこで野宿をしているに違いないと踏んだミレイは、焚火の上がっている場所まで向かった。

「ルウさん」

 ミレイが神妙な顔をしていると、ルウは思った。恐らく、何か探りを言えれるのだろうと、ルウは高をくくった。

「どうしましたか、こんな夜分遅くに」

 ルウは飼い猫を撫でていた。猫の瞳は薄らとなり瞼は重力に逆らえなくなっていた。

「ルウさん、起きていらしたのですね」

「えぇ。寝こみでも襲うつもりでしたか?」

「な、何を言ってるんですか」

 顔がやや赤くなるミレイであった。

 ミレイは折れた木に腰を掛けた。夜は寒いため、ルウがいれたての温かいコーヒーをミレイに渡した。

「ミレイさん、どうやら深刻なことをお話に来たようですね」

 ミレイの真剣なまなざしに、ルウは思わず身構えた。

「ルウさん、率直に聞きます。あなたは一体何者ですか?」

「ただの放浪者ですよ」

 なんだかはぐらかされた答えであると、ミレイは疑心暗鬼になった。

「それだけではありません。死神のような地獄の門番が言っていた、ルウさんが昔非道の限りを尽くして地獄から追放されたという話ですが、あれは本当ですか」

 ルウは考え込んだ。肯定か否定か。時間的には数秒であったが、どちらの答えがいいか精いっぱい思考を働かせた。あまりに沈黙が長いとやましいことがあると疑われてしまう。実際には、やましいことだらけであるが。

「お願いです。私にあなたがこれまで辿ってきた道を教えてください。私は、ルウさんに興味があります」

 ミレイはルウの両手を握り、祈るようにややうつむいて話した。

「全てとはいきませんが、一部はお話する必要がありますね」

全ての出来事を話すにはミレイには衝撃的すぎると判断し、肯定と否定の間を取って一部だけ事の顛末を話すことにした。

「私は人間ですが、ある意味では人間ではないのかもしれません。私は、死ぬことが許されなくなったのです」

「死ぬことが、出来ない?」

 いきなりオカルトやマフィア映画のような不老不死の話が出てきて、ミレイは半信半疑になっていた。だが、地獄の門番と名乗るジェーン姿を肉眼ではっきりと見たことや、ルウが地獄を永久追放になったことを照らし合わせればつじつまが合う。極めつけは、撃たれても刺されてもすぐにケロッとしていることだ。やはりルウの言葉は真実なのだろうと、彼女は判断した。

 そうですねと、ルウはため息交じりにつぶやいた。

「では、どうして地獄が身元引受を拒否したのですか? 言い伝えでは、人間死んだときには天国か地獄のどちらかに行くとあります」

「原因は、千年前に起こった戦争でしょうか。ミレイさんも歴史は習ったことがあるでしょうから、多少なりとも理解はしているとは思いますが」

 国の令嬢であるミレイは、ありとあらゆる教養を受けていたため、千年前に世界が混乱期を迎えていた大戦時代のことは、それなりに解釈していた。

「私は、その戦争で捕虜として敵国に捕まり、敵国の強制収容所へ収監されました。そこでは、私を奴隷のように扱っていました」

 ミレイは雷に撃たれたような衝撃を受けた。

「千年近く前の戦争を生きていたのですか。そうなれば、あなたは人間なのですか? それなら、すでに千歳以上の年齢になっていますよ」

「そうです。私はその戦争時代から今日に至るまで生き続けているのです。話が進まないので、次に行きましょう。その強制収容所で待っていたのが、地獄でした」

「地獄・・・」

「ミレイさん、ここからの話は狂気の沙汰です。話を続けるのであれば、気をしっかりと持っていただかなくてはなりませんが、どうしますか」

 ミレイは覚悟を決めて、話を聞くことを選択した。

「その収容所では、私に何の権限もありませんでした。奴隷ですからね。そこで与えられた仕事は、収容所で使い物にならくなった人や、国の方針に対して異を唱えた人たちの処刑でした」

 ひゃっと、悲鳴をミレイは上げた。だが、気丈にならなきゃと決めたミレイは、話を続けてくださいとお願いした。

「気分が悪くなれば、いつでもおっしゃってください」

「私は、逃げません。どうぞ、お話を聞かせてください」

「わかりました」

 ルウはミレイの手を握り、少しでも安らげるように図った。

「そこでは毎日のように人を殺せと、看守のような人たちに脅されました。断れば、私が殺される。私は、生きるために人を殺したのです」

「ルウさん、あなたは・・・」

 ミレイはやや言葉を詰まらせながら、重い口を開いた。

「人を殺したことがあるのですね」

 ルウは、黙ってうなずいた。

「自分が生きたいがために、人を殺し続けた。最低な人間です。これまで会ってきた非道な人たちに、ダイト君は罵声を浴びせ、ミレイさんは罪を償うように促していました。本当は、誰よりそれらの言葉を受け止めなくてはならないのは、他でもない私です」

 今自分の手を握っているこの手で幾人の人を殺してきた。ミレイにはとても信じられなかった。彼の手は柔らかくて細く、きれいな手をしていた。

「当時は爆弾や毒ガスなどの、大量破壊兵器はありませんでした。まして拳銃さえも。あるのはナイフのみです。なので、100人いたら、100回ナイフを心臓や頸動脈に押し付けました。なるべく労力をかけたくはなかったので、1回で致命傷を与えなければなりませんでした」

 口元を押さえて震えるミレイを見たルウは、いったん話を止めた。

「なるべくなら、残酷な話は避けた方がよろしいですね」

「ごめんなさい、生理的にこの手の話は受け付けないので。マーナちゃんの時と同じで・・・!!」

 ミレイはハッとした。

「ルウさんは、マーナちゃんが起こした連続通り魔事件で、異常な点を指摘したのは、この時の経験からだったのですね」

 ルウは少し頷いた。

「現代なら爆弾や毒ガスなど、スイッチ一つで大量の人間を殺害できます。なのに、この時代でナイフで人を殺害するには、単純に人間を殺す行動そのものに意味があると判断しました」

 あの時はカッとしたミレイであったが、実は彼の実体験をもとに推理が進められていたことを知った。

 ルウはミレイの高ぶった感情を落ち着かせるため、彼女の手を握りながら話を続けた。

「それから、私は命令されるがまま人を殺し続けました。いうことを聞かなければ、私だけでなく私の家族の命を奪うと言われたのです」

「それって、まさか、カーマインの時と同じ」

「そうです。あの独裁者は千年前から使われていた人を操る巧みな話術を使ったのです。なので状況を判断した私は、すぐにあの兵士たちの洗脳を解除しました。私自身が洗脳されていた側でしたから、容易に解除できました」

「これまで出会った来た、人の道を正すような方たちは、実は千年前の戦国時代からすでにいたのですね」

「歴史は繰り返されるとよく言いますが、まさにその通りです。いや、繰り返すというよりは、成長していないと言った方が正解でしょうか」

 こんなこと、彼にしか言えることではないとミレイは上目遣いでルウを見た。

「結果として、私は大昔にたくさん人を殺してしまったせいか、天国はもちろん、地獄ですら引き受けを拒否されてしまったのです。閻魔大王さまも、私に殺されるのが、恐ろしかったと、あのジェーンとよく似た地獄の使者が言っていました。そのため、私はこの世界に永久にい続ける呪いのようなものをかけられてしまいました。肉体は老衰することの無いよう、永久に当時のままになってしまいました」

 とても信じられることの無い話ばかりを、ミレイはルウから聞いた。だが、彼が言うのであれば、全ては事実のだろう。ミレイはルウを信じるしかないと腹をくくった。

「ルウさん、これからも殺人をしようとしているのですか?」

「そんなことはしませんよ。私はもう無益な殺生はしないと遠の昔に決めていますから。事実、収容所を抜け出してからは、誰一人として殺してはいません」

 ミレイにとっては、確かに思い当たる節があった。これまで幾度となく命の危険にさらされていても、ルウは決して暴力や殺害を企てることはなかった。それに、ピンチの時には必ず彼がそばにいてくれた。

 何もかもが裏打ちされたルウの行動、さらに、これまでの自分に照らし合わせた結果、自分自身も彼の影響を少なからず受けていると思った。

 そして、強制収容所・・・

———!!!

ミレイは雷に撃たれた感覚になった。

(ま、まさか・・・)

 ミレイは慌てて自分の鞄から、かつて母から読み聞かせてもらった本を出した。

「もしかして、ルウさんがこの物語の主人公なの?」

 ミレイは幼いころに母から読み聞かせてもらった本をルウに手渡した。ルウはやや読むペースが速く、1ページに5秒程度の速読で読みすすめた。

「・・・一体、誰がこの物語を勝手に広めたのでしょうか。まるで、私のことを遠くで見ていたかのようで少し気味が悪いですね。ですが、あまりに平和な展開ですね」

「それじゃあ、。青い空に鳥たちが舞い、青い海には魚たちが優雅に泳いでいる姿を見るために抜け出したのでは、ないのですね」

「残念ながら、この物語のように楽天的なことではありませんでしたよ。それに、ここ最近ですよ。他の生物を見て心が和むようになったのは。余裕がようやくできたのでね」

(そう、現実は酷なものなのです。こんなおとぎ話のようなものなら、どれだけよかったことか・・・)

 ミレイはショックを受けた。幼き頃に胸を躍らせたおとぎ話は、実際にはどす黒い現実の中の絶望から生み出されたことを知ったためだ。なぜ事実をもとにしたはずの物語が、ここまで脚色が加えられてしまったのだろうか。今となっては、知る由もないのが現状だ。

それに、ルウには一体どれほどの絶望があったのだろう、とミレイは思った。

「では、この本はルウさんの体験をもとにしていますが、実際にルウさんが書いたものではないのですね」

 ルウは遠くを見ながらうなずいた。

「きっとこの物語は、収容所に捕らえられていた人が、希望の光を探すべく作った物語なのでしょう。この地獄の外では、平和な楽園が待っていると願ったかのように。ですが、現実はそれほど生易しいものではありません」

「ルウさんは、今日までどう生きてきたのですか」

「最初は普通の人間のように生きてみました。好きになった人と結婚もして、子供もできました」

 実は妻子持ちだったことに、ミレイは予想外の衝撃を受けた。

「最初はよかったです。ただ、好きになった人とは100%看取ることになる。人間の寿命など、私の寿命と比べたらほんの一瞬です。妻だけでなく子供も孫も、死を看取るのはいつだって私の役割です。これを3回ほど繰り返しましたが、挙句の果てには寂しさと悲しみしか残らないとわかり、一人で生きていこうと決めました。実際に何もしなくても死なないため、一人で生きていけるのですから」

 神妙な顔つきになるミレイ。彼は何百年もの間一人で生きてきたのかと。

「寂しかったのでしょう」

「そうやって慰めの言葉をかけてくれる人もいました。ですが、少しすれば私の前からいなくなります」

「私はルウさんのもとにいます」

 その言葉もよく聞きました。とルウは内心思ったが、口には出さなかった。彼女が悲しむためだ。


「ところで、ミレイさんはどこに向かおうとしているのですか。振舞い方や考え方を見るか限り、とても教育された方だと思います。確かボルドウ国の令嬢とおっしゃっていましたが」

「そういえば、まだ私のことをお話していませんでしたね。私は、ボルドウ国を治める王の娘です」

「そうですか」

 ルウは遠目を見ながら、思考を整理した。

「それであれば、あなたの身に何かがあれば、国の一大事になるはずです。それを、これまで数々の危険な国を渡って来るのを、ボルドウ国の王が許可するとは思えませんが」

「実は・・・」

 ミレイは自身の鞄から村の部族から譲り受けたダイヤを、ルウに見せた。

「このお宝を持ち帰る命を、私は父・・・いえ、国王から受けました」

「そうですか」

「一説によれば、このお宝は人間が一生遊んで暮らせるだけの価値があるみたいです」

「そのお宝の価値は、国王はご存じなのでしょうか」

「さぁ、私にはよくわかりませんが」

「もし、国王の意思でないとすれば、このお宝を自分の私利私欲のために使おうとする輩が、ミレイさんの国の中にいるかもしれません。帰還の時には用心しなければなりません」

「考えすぎですよ」

 それであれば、問題はないとルウは思った。だが、これまでの旅の経緯を考えれば、か弱い少女にとってはあまりに無謀である。彼女が死ぬ可能性も十分ある。にも関わらず、国王がこの旅の許可を出したとなれば、誰かが国王を唆したに違いない。父親でもある国王が、これだけ危険な旅が待っていると事前に聞かされていれば、反対をするに違いない。

これは本当に単純なお使いなのだろうか? ルウは用心することにした。

「とにかく、そのお宝を奪おうとする人には気を付けてください」

 はい。と、ミレイは頷いた。

 ミレイが来て、30分くらい経ったころだろうか。ミレイの表情が怪しくなのを、ルウは感じ取った。

「ルウさん、あなたは人間の血を見るのが何よりも好きだとおっしゃいましたね」

 ルウは言葉が出てこなかった。恐らく、この前の幼女の惨殺事件での出来事がトラウマになったのだろう。

「・・・昔の話ですよ」

 血が好きなのは自分以外の人格だ。だが、彼女の前では多重人格を口にはしたくなかった。狂気の性格は自分とは違うと言えば、それは逃げになると思い、あえて自身の多重人格は口に出さないルウであった。そのため、昔のこととして話を終わらせたかった。

「私、思ったのです。ルウさんにはこれまで何度も旅先で助けられています。なのに、私たちは何のお礼もできていない。それに、もうこれ以上、ルウさんに罪を犯してほしくはないのです」

「ご安心を、私はもう人を殺めたりはしていませんよ」

「私からプレゼントがあります」

 ミレイはポケットから刃物を取り出した。やがて、刃物の先を自分の手首に押し付け・・・

『ブシュ!』

 ミレイの手首から血がじわりとあふれ出てきた。

「ルウさんはずっと自分の欲望を押さえつけたまま永久に生きているのですよね。そんなのつらすぎます。だから、ルウさんが血を求めるのなら、私の血をあげます。一度に大量に与えると、私の命が持たないのでわずかしか与えることができませんが。これからは、私の血を少しずつ与えます」

 突如リストカットしたミレイに硬直するルウ。

(ま、まずい・・・心臓の鼓動が強くなってきた。この、ゾクゾクしてくる感覚は、久々だ。お、俺は・・・彼女の血を欲したい!)

 漫画の例えで言えば、瞳孔が小さくなっていき四白眼となり、口が半開きになっている表情を見せるルウ。

「あの、このシチュエーション初めてだからわからないのですが、ルウさんの口元に血を送り込めばよろしいでしょうか?」

 うつろな目でミレイは話す。出血で血圧が弱くなっているため、身体に力が入らないのだろう。ジト目のような半開きの目で女性に詰め寄られるだけでも理性が飛びそうなであった。さらに、好物の血を目の前にぶら下げれば、なおさら理性が簡単に飛びかねない。ルウの鼓動は1秒ごとにだんだん早くなっていった。

(多重人格を口にしなかったのが間違いだった。完全にミレイさんは自分が血液愛好者だと誤解している。それに、さっきからちらほらと、あの人格が顔を出してくる。出てくるなよ!)

「私の血って、ルウさんから見て綺麗ですか?」

(そんなゾクゾクすることは言わないでくれ!)

「私の血は、どんな味がするのでしょうか」

(だ、だめだ・・・ミレイさんとだけは、絶対に・・・)

 ルウはミレイの手首に手を添えた。手首から血を吸われるのだと覚悟したミレイは、ぎゅっと目を閉じた。

「ば、バカな真似はいけませんよ・・・」

 ルウの口から意外な答えが返ってきて、ミレイの思考回路は一時停止になった。目を開けると、自分のリストカットした手首に包帯を巻くルウの姿があった。

「自傷行為で血を求めるのは、燃えるシチュエーションではありません。というより、自分の身体のことを考えない子供は、私は嫌いですね」

 口ではぶっきらぼうなことを言いながらも、ルウはミレイの手当てをしていた。昔は血のシャワーを浴びていた時とは思えない、優しい手つきでミレイの手首に触れていた。

「それに、無益な殺生は嫌いではないのですか?」

「そ、それは私がルウさんに血を・・・」

「そんなことは考えなくていいのです。一応私は特殊な事情であれ、身体はれっきとした人間です。吸血鬼なんかじゃありません」

 包帯を巻いて、何とか止血することができた。

「確かに私はたくさんの人を殺めてきた過去があります。ですが、今は大切な人を守りたいのです。ですから、ミレイさん、どうかバカな真似はしないでください」

 大粒の涙が、ミレイの瞳からあふれ出た。しゃくりを上げるよりも早く、涙が頬を伝っていた。

「わ、私、とんでもないことをしてしまった・・・」

「今は、ゆっくりと休んでください。大丈夫。起きたら、またいつものミレイさんに戻りますよ」

「ひゃ、へぇい・・・」

 涙やしゃくりのせいで、言葉がうまく発せない。

ミレイは声を出して泣いた。

「わたし、わたし・・・」

ミレイの涙が枯れるまで、ルウはこの場にい続けようと決めた。だが、いつまでたってもミレイの涙は尽きることはなかった。ルウの胸の中で。

「私は、泣くことを忘れてしまったのです。人間としての感情を捨ててしまったせいでしょうか。ついでに、怒りの感情も無くなりましたが、悲しい時に泣けないことは想像以上につらいものがあります。だから、ミレイさんが泣けることがうらやましい」

 なおもミレイは泣いていた。

「本当だったら、私もミレイさんと一緒に泣いていたでしょう。一緒に泣けずに、申し訳ありません」

「これ以上泣かせないでくださぁい」

 ルウはミレイを抱きしめていた。安心感を与えるために。一体どれほどの時が経ったか、ようやくミレイの涙は止まり、話ができるまで回復した。

「私、ルウさんの役に立ちたいと思ったのです。ですので、私の血を」

「わかっていますよ」

「あ、あの、私のこと、嫌いにならないでください」

 いつも以上に小さくぼそぼそと話すミレイであった。

「もちろんですよ」

「私って、怖い女ですよね。リストカットする女なんか、狂ってるとしか思えない」

「誰にだって間違いはありますよ」


———可愛い可愛いミレイさん。どうか、安らいでください。

———ルウさんて冷たい人間だと思っていたけど、あったかい。心も、身体も・・・


 どれほどの時間が流れたころだろうか。ようやくミレイが話ができるまで落ち着いた。

「あ、あと、このことは」

「もちろん、ダイト君には一切口外しませんよ」

「あ、ありがとうございます」

 ミレイはダイトが寝ている寝床へと戻っていった。普通に動けるところを見ると、出血量は大したことはないと、ルウは判断した。

「あ、危なかった・・・危うくミレイさんに手を出してしまうところだった」

 肩で息をするルウは、額から冷や汗をかいていた。ルウの目線の先には、子猫がいた。まるで、子猫がルウの行動を監視しているかのように。冷や汗をかいたルウであった。

「わ、私は、手を出してはいませんからね」

 目線にはルウの子猫が鳴かずに黙ってルウを凝視していた。

「ここ数百年近くはほとんど惨殺をしてこなかったせいか、あの人格が世に出ることは少なくなってきた。だけど、あの時の私は、危うく昔の人格が顔を出した。正直、あの瞬間の記憶がとぎれとぎれになっている。私の人格が乗っ取られていた可能性が高い。あの人格を出さないために、どれだけの時間殺生をしてこなかったことか。もっとも、それが当たり前なのですが」


 翌日、ミレイは出発する前に、ルウのところに駆け寄った。

「ルウさん、昨日はごめんなさい」

「お気になさらずに。それより、彼らには怪しまれないように」

 ルウの視線はダイトたちを見ていた。ミレイは小さく首を縦に振った。

「傷は、痛みますか?」

「多少違和感はありますが、動けないほど痛くはありません」

「よかった、それであれば傷跡は消えることでしょう。せっかくきれいなお肌に一生の傷が残ってしまっては大変ですから」

 綺麗との誉め言葉に、ほっぺがうっすら赤くなるミレイであった。今まで散々綺麗だと言われてきたけど、彼に言われると本当にうれしくなる気持ちって何だろうと、ミレイは思った。

 やがて、ミレイはルウを連れてダイトの前に現れた。

「おい、お前。どこにいたんだ。まさか、ずっと俺たちを見張っていた訳じゃねーだろーな」

「たまたまお会いしただけですよ」

 昨晩、ミレイと行った密会について、ルウは何も言わなかった。横目で、ミレイがダイトにばれていないかとひやひやしていた。

「ボルドウまではあと少しですね。ここまで来たのも何かの縁でしょう。ミレイさんの住むお城までエスコートいたしましょう」

「は、はい。お願いします」

「何だってぇぇ」

 喜ぶミレイと不満のダイトであった。


———「報告します。エリアスが昨日、ドナーに関する法律を改正すると発表しました。改正として、ドナー対象者は原則脳死状態であることが条件となりました」

「なんだと! それでは、臓器提供の場がぐっと下がるではないか。一体誰だ、法律を改悪することを促したのは」

「これは関連がないとは言い切れませんが、ミレイお嬢様がエリアスと接触した後に法律を改正しています。恐らく、ミレイお嬢様が関わっているかと」

「やはりか」

 苦虫をかみ砕くように嫌煙の表情をにじませていた。

「これで、簡単に臓器提供ができる国がなくなりました。これから、いかがいたしましょうか」

「簡単じゃ。我が国の法律を変えるまでじゃ。なにせ、ワシにはそれだけの権限が与えられているのじゃからな」

「ごもっともです」

 部下にあたる人物は、一礼をして部屋から出た。



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