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にゃんにゃんこ
「にゃんにゃんこ」
「重大な秘密を打ち明けるとすれば、私は生まれながらにして人であり、同時ににゃんにゃんこでもある」
「ふぅん」
「なんだその塩対応は……。もう少し興味を示してくれてもいいのではないか?」
「いや、にゃんにゃんことか馬鹿じゃないの? って思ってただけ」
「やけに、にゃんにゃんこへの反応がキツイなぁ」
私はにゃんにゃんこだからこそ、ふざけてにゃんにゃんこを騙る奴が嫌いなのだ。
それは幻とも言える存在だが、ここに存在している。
そして恐らくだが、1/100000の1人くらいの確率で、他にもにゃんにゃんこが潜んでいるだろう。
小さい頃から近所付き合いだった、このメガネだからこそ大人しくしているが、他の奴らだったら容赦していないだろう。ココ最近見かけていなかったが、なにかしていたのだろうか。
「そうだね、では1つ話をしてあげよう」
「話?」
「ごく普通の会社勤めの男が、いかにしてにゃんにゃんこに至ったか、そんな与太話さ」
「ふぅん……」
あくまでも、メガネは自分がにゃんにゃんこだと言い張るようだ。しかし私にはメガネがにゃんにゃんこでないという確信がある。
というのも、にゃんにゃんこはお互いに共鳴し合い、にゃんにゃんこの存在を感知できるのだ。しかしメガネからは何も感じることはない。よって、にゃんにゃんこでないとわかるのだ。
「まあ聞いてほしい。あれはつい先日、具体的には三週間前のことだな。私はとある案件を受けて、九州にいたのだよ」
「最近めっきり見なかったのは、そういうことね」
「そうだ。そこで私はとあるにゃんにゃんこにより、間接的ではあるが、致命傷を負わされることとなった。本来であれば、往復含めて一週間かからない日程だったが、ここまでの回復に時間を要してしまってね」
「……ふぅん?」
ひどいにゃんにゃんこもいたものだ。私がメガネの隣にいたなら、そのにゃんにゃんこを許してはいないだろう。しかし他のにゃんにゃんこと遭遇するなど、にわかには信じがたいことだ。
にゃんにゃんこはいることにはいるが、にゃんにゃんこは偽装に長けており、遭遇しても気がつくことはそうそうないはずなのだ。
「……いや、こういう語りは性にあわないな。だからもうネタばらししてしまうが、私が生死の境を彷徨ったのは、君が原因だ」
「は? バッカじゃないの? 私はにゃんにゃんこではないから、あんたを殺しかけた相手がにゃんにゃんこなら、それは全て作り話ね」
「いいや、これは間違っていないとも。私はにゃんにゃんこでもあると最初に言っただろう。にゃんにゃんこには、他のにゃんにゃんこの存在を感知できるみたいでね、驚いたよ。九州からここに戻るまでに、様々な地でにゃんにゃんこが普通の人間に混じっていたな。どおりで世界的に大掛かりなプロジェクトまで用意して、なお捕まらないわけだ」
にゃんにゃんこがお互いの存在を知ることができる力、これは人間には一切漏らされてはならない、そういう重要な力だが、それを知っているということは……あるいは。
「まあいいわ。仮に私がにゃんにゃんこだとしても、その原因はあるのかしら? 私はあんたが向こうにいる間、こっちで過ごしていたアリバイがあるわ」
「間接的に致命傷を負わされた、と言っただろう? この壊れた器具に見覚えはないかな……いいや、あるはずだ」
「そ、それは……」
「そう、私が君に調達を依頼した例の品だ。私はしっかりと正規品を買えるだけの額を渡していたはずだが、君はその一部を着服して劣化品で間に合わそうとしたね?」
「そ、そんなことになるなんて思いもしないじゃない!」
「いや、思いもしなかったとしても、そもそも着服はまずいんだがね……」
このメガネのために、私がしてしまったことは仇となっていた……。命より重いものはなく、自分の行いを恥じずにはいられなかった。しかし、まだひとつ疑問は残る。にゃんにゃんこに後天的に変化する方法など、聞いたことがない。
「でもあんたがにゃんにゃんこって、どういうことよ」
「私は脆弱な人の身として、生死の境を彷徨った。が、そこに光をもたらしたのが、案件の依頼主である彼女だった」
「っ!? いつの間に」
「そう警戒しなくとも、害を及ぼすことはありませんよ。この場にはにゃんにゃんこしかいないのですから」
「じゃ、じゃああんたも?」
「ええ、にゃんにゃんこです」
メガネの言葉に合わせて、黒ロングの和服美人がそこにいた。現れる直前まで毛ほどの気配すら感じなかった……。これは熟練のにゃんにゃんこだろうが、今のところ害はないという。果たして。
「彼は遠くの地であり、難易度の高い依頼であるにも関わらず、私の元まで足を運んできてくれました。そのお礼です」
「難易度の高いって……。そういやこのメガネは何を仕事にしてんのよ」
「彼は何でも屋みたいなもの、と言っていましたね。だからこそ、私と縁があったのでしょう。私が依頼した仕事は、私を拘束から逃がして欲しいというものでした。普通では裏を怪しんで、引き受けられることはなかったでしょう」
「拘束?」
「少しドジをしてしまい、私は長い間人間に捕まっていました。貴重な被検体ということで衣食住は確保され、丁寧な扱いではありました。それでも実験台にされたりと、自由だけはありませんでした」
大々的に、にゃんにゃんこが捕獲されたという発表を一度も聞いたことないあたり、にゃんにゃんこを警戒させないための策だろうか。和服美人は思い出すのも辛いように俯いていたが、パッと笑顔で顔を上げた。
「もうこの籠で一生を終えるのだろう、と思っていました。そんなとき、彼が来てくれたのです。私を救い出しに」
「救い出しにって、メガネは何をしてたのよ」
「言ってしまえば錠前破りかな。ある程度の情報と開いた後の諸々は問題ないって聞いてたから、万全の準備をしていけた……はずだったんだがね」
「最後の電磁ロックが解除されると同時に、小さな破裂音が響き、開けた扉の向こうでは彼が倒れていました。両手は火傷をおっていたものの、それ自体は命に影響はなさそうでしたが、電流が流れたことで心停止していました」
「あれだ、もしかしなくても君から渡されたパチモノが原因というわけだよ」
「それがにゃんにゃんことどう繋がるっていうのよ」
にゃんにゃんことして生きてきたが、一度も聞いたことがない。一体なんだと言うのか。
「我々にゃんにゃんこの中の一部には、まぐわった相手をにゃんにゃんこにしてしまう、という体質の者がいるみたいです」
「え……それってまさか」
「はい、速やかに脱出を図り、心肺蘇生を行いましたが彼は衰弱していたので、救うためには彼をにゃんにゃんこにすることで、生きながらえさせることだけでした」
「それじゃあ……」
「散々君には童貞だなんだとバカにされてきたが、目が覚めたとき彼女に逆レイプされていたね。しかし医療行為だ。普通に考えれば助からない状況から、生きて帰ってこれた。私は彼女に深く感謝しているのだよ」
メガネの童貞なんて誰もいらないだろうから、私が予約していたのに……気がつけばかっさらわれていたみたい。こんなことなら早く動いてればよかった。
「君が私をにゃんにゃんことして感知できないのは、恐らく私が混ざり者だからだろうな」
「彼を襲った後で隅々まで検査をしましたが、特に異常は見受けられませんでした。となると残りは、彼が変質してにゃんにゃんこになったから。という可能性のみです」
「ほんとに……にゃんにゃんこになったんだ」
「ええ、私はにゃんにゃんこの身ということ。これで晴れてにゃんにゃんこ同士というわけだ。と言いたいところだが、残念ながら君とはお別れすることになる」
「え?」
「私は一見普通に見えるが、どうにも不安定らしい。人がにゃんにゃんこに変化した前例も少なく、何か起きてもすぐに対応できる彼女の元で過ごす方が安全なのだよ。それに今回の件、依頼主の彼女の処女をもらってしまったからね……責任はとらなければ」
「私はあの実験場から出してもらえた、というだけで十分なのですけれどね」
私は二人並んで歩き去るメガネの後ろ姿を引き止めたかった。けど出来なかった。この状況を引き起こしたのは、私の軽率な行動だったから。
私は小さい頃から思ってることを言うのが苦手で、誤魔化すのにずっとメガネに強く当たっていたけど、そんなあたしに出来ることは何があるかと考えた結果。
掠めたお金による指輪は誰の手に渡ることもなかった。
「にゃんにゃんこ」
にゃんにゃんこ