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にゃんにゃんこ

「にゃんにゃんこ」





「すみません、今回も僕の分を手伝わせてしまって……」


 なに、気にするな。私がこの部署のリーダーであるから、その部下を手伝うのは当然のことだろう。それにもう、お前の傍らは慣れっこだからな。


「……はい、早いとこできるようになりますから」


 それを聞かされたのは何度目だろうなっ!



 この毎度行われるやり取りには、ケラケラと笑わずにはいられないものだ。

 こいつがこの部署に配属されてから三年、未だに私を必要とする可愛らしい後輩だ。

 女ながらもガサツに育った私に、精密な作業ナシに効率を求められるこの部署は適任であった。他の部下も悪くない腕ではあったが、こいつだけは別だった。

 片鱗をあまり見せていないが、恐らく丁寧や精密な作業に向いているのだろう。しかし部長は、いつかこいつが必要になる日が来るだろうと、ウチの部署にねじ込んできた。

 いつもあの人の考えは読めないが、当たってることも多く、いずれ必要になる日が来るのだろう。

 などと考えながら片手間に作業をしても、こいつより早く終わった。……理由はわからん。

 それから意味もなく羊を数え始め、羊が153を超えたところで、こいつも終わりを告げた。



「すっかり日も暮れてしまいましたね」


 冬は日没が早いものだ。よし、せっかくだから飲みにでもいくか? もちろん私の奢りだぞ。


「い、いえ、ほんと毎回申し訳ないので今回は……」


 別にいいだろうさ、お前の懐が痛む訳でもなし。そうだな……見方を変えれば、これはタダ飯だぞ? それともなんだ、タダ飯は嫌いか?


「わ、わかりましたって。行きますよ」



 きっと私は、こいつのことが好きなんだろう。誰にも取られたくないからマーキングとか、古典的かつ馬鹿みたいではあるが、何かと理由をつけて世話を焼いたり、好感度稼ぎをしつつ話したりしている。押しかけではあるが、こいつの中で私はどれほど大きい存在になれているだろうか。





「ほ、ほら。ここは家ではないですし、先輩のお兄さんでもないですから! しなだれかかるのはやめてください!」


 えー? 嫌いなの〜? このジャーキー美味しいのにぃ。


「ちょ、だからそれはジャーキーではなく、僕の指ですってば。しゃぶらないでください!」


 独り占めする気だぁ〜。ずるい〜。


「なんでこう、お酒入るだけでこんな残念になっちゃうんだろうか」



 知っているぞ。お前が私に指をしゃぶられて満更でもなさそうなところを。そしてバレていないと思っているみたいだが、しゃぶられた指をチロチロと舐めていることも、また知っている。そしてその赤く染まった顔が、酒のせいだけじゃないことも。

 え? 私が酔ってるだけじゃないのかって? シラフであんなこと出来るわきゃないだろ。ただの変態じゃん。

 まあつまるところ、酒という大義名分の元、あんなことやこんなことでこいつに絡みつき、ポイントを稼いでいるのである。

 ただし酒には強いので、することは全部演技で確信犯。記憶もバッチリ残っているんだけども。





「先輩、いい加減起きてくださいって」


 ……。


「全く、僕が紳士的なにゃんにゃんこだから良かったものの、先輩は隙がありすぎですよ……」


 ……。


「ほら、こんなにかわいい」



 もちろん飲んだ後は潰れたフリである。こうすれば、こいつが紳士的に家まで送り届けてくれるからだ。

 なぜかお姫様抱っこで。こういう時って、普通おんぶではないのかと疑問になるところではあるが、恐らくその答えはにゃんにゃんこなのだろう。

 ぺたぺたと顔を触られる中、顔がにまにましそうになるのを必死に我慢する。今は寝たフリである。





「こうして運ぶ中、冷え込んだ外気に触れても起きないし、先輩はしょうがない人ですよ。ほら家に着きましたよ」


 ……すきぃ。


「はは……こういう時、僕がにゃんにゃんこではなかったら。普通の人間だったらと思ってしまいますね……」


 大丈夫、きみがにゃんにゃんこなのは知ってるからさ。その上ですきと言っているのだよ。


「まさか〜。そんなわけありゃ……。え、先輩何を知ってるって?」


 実は君がどうしようもないほど努力家なにゃんにゃんこで、私はそれが好きだってことくらいかな。



 こいつがにゃんにゃんこだということは知っている。

 こいつが入社して一年のタイミングだったか、私は急に舞い込んだタスク消化に奔走していれば、時間的に遅くなってしまい、帰る途中で光の漏れ出る一室を見つけた。そっと中を確認すれば、こいつがうんうん唸っていた。私は残業して早めに終わらせたが、他の物は数日かかりそうなもので、まあ仕方ない。手伝ってやるかとドアノブに手をかけたところで、こいつはにゃんにゃんことなり、タスクの山を恐ろしいほどの早さで消化し始めたのだ。一瞬固まったが、私は見つかることのないよう、すぐに静かにその場を離れた。

 恐らくバレないかというのと、人間社会にこの「にゃんにゃんこの力」を持ち込んでいいのか、悩んでいたのだろう。全く律儀な奴だ、家に持ち帰って、にゃんにゃんことして消化すればいいだけの話だろうに。

 それからは積極的に、こいつを手伝うようになったっけ。少しでもこいつの心労を減らせるように。

 にゃんにゃんこだからなんだ、こいつは超常の力があるにも関わらず、それに驕ることなく努力してたんだ。ならば少しくらい、ご褒美があってもいいだろう。



「先輩……僕がにゃんにゃんこであると知って……。なぜ僕の存在を密告しなかったんですか」


 そうだとも。知っていたとも。にゃんにゃんこであろうとも、私の可愛い部下ということに変わりはないからな。それをかさにきて横暴な振る舞いをしていたなら、また結末は違ったろうがな。


「あれ? ……先輩が潰れてから起きるのって、基本的に翌朝ですよね? しかしあれだけお酒を飲んでおいて、ここまで明瞭に喋れるはずが……」


 ああそうだとも、私はピンピンしているぞ。お前の唇を自分の意思で奪える程度にはな。



 もうどうにでもなーれ♡ 流れでキスしてしまえば、こいつは一瞬で赤くなった。わかりやすい奴だな。しかし私も物好きなものだ、にゃんにゃんことわかっていながら、こうも感情が乱されてしまうとは。



「い、今のは!?」


 今のはご褒美だとでも思ってくれ、今まで私の下で働いてきた分のな。そして、これからも頑張れるおまじないだ。


「ご褒美……」


 そ。慣れないながらも、精一杯努力するその姿勢は嫌いではないぞ。他の誰もがお前に見向きしなくとも、私だけは味方でいよう。その価値を見出してやろう。だからこれからも、私の下で私を助けてはくれないだろうか。


「と言いつつも、きっと僕が助けられ続けるんでしょうね」


 違いないな。



 お互いに笑顔に染まる顔は真っ赤だったが、酒のせいではないのだろう。しかしこの気持ちを伝えるには、まだ時間が必要そうだから、もう少しだけ待っていてほしい。それまでは甘い上司で我慢してくれるだろうか。





「にゃんにゃんこ」

にゃんにゃんこ

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